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巡れ星  作者: 紅月 実
第二話 遥かな里
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遥かな里(二)

「あの……それってつまり……しかも……。ごめん、もっかい言って…………」

 耳年増のシムは星の数ほど噂を耳にしていた。ある程度は察していたが、全ての真実を見通すのは不可能だった。あまりの衝撃に次の言葉が出てこない。ミアイも口に手を当てて驚いていた。テンがちらりとヤスに目をやる。

「お前は知っていたよな」

「んー、まあ、そりゃあ……。少しは」

 溜め息をついたテンはもう一度同じことを言った。


「俺の母は東ガラットの巫女だった。それと前の領主は母の実の兄で、ガリは従兄弟だ」




 テスの特権は領主=長を中心にした三代まで認められる。テンの母テアナは先代領主ガラ=テスの実妹なので、テンとガリは従兄弟同士だ。先々代の孫であり、先代の甥のテンもテスの一族となるはずだった。

 〈自然〉の代弁者たる巫女は、民の規範として己を律せねばならない。それなのにテンの母テアナは男と通じて不義の子を産んだのだ。

 意に反した行為を強要されたわけでもなく、地位を譲れば嫁ぎ先は選り取り見取りだというのに、どんな事情があるのかと邪推された。万一相手が既婚者であっても、離別させるなり複数の妻を持つ許しを取り付ければ済む話である。巫女の特権を傘に着ずとも、ごり押しすれば娘に甘い領主なら許しただろうに。

 幼い頃から聡明で麗しく、稀有な異能力を備えたテアナを領民は慕っていた。沈黙は更なる憶測を呼び忌み子であるテンへの迫害となった。彼への嫉妬と羨望は、皆の信頼を裏切ったテアナへの敬愛の裏返しだった。


 テンの母テアナも、巫女である前に親も兄弟もいる一人の人間だ。しかし当代領主の娘だったことが問題を大きく、更に根深くした。先々代の領主ロイ=テスには三人の子がいた。

 三人とも〈自然〉の恩恵――――〈月〉をその身に宿しており、長男は何事にも秀でた一角の人物ゆえ次の領主に。次男は一本気な狩り人だったのでクウォンに。末の娘は容姿も能力も恵まれたので巫女にと目され、久方ぶりに家長と戦士の長が並び立ち一族の隆盛が蘇ると誰もが期待した。

 だがそれは長男が二十代の若さで事故死したことで露と消えた。民の母たる夫人は既に亡く、気落ちする領主には悲しみを分かつ最たる存在がいなかった。跡継ぎを失った領主は病を得て床に伏した。そして、特に可愛がっていた末娘の不始末が明るみに出る直前に、死者の魂が集う『春の野』に旅立った。


 奴隷を認めていない自治領内で、最もそれに近い立場なのが重罪人だ。死一等を減じられて見せしめ・・・・とされる場合、男であれば重労働、女であれば娼館に送られるのが通例だった。

 しかし、父の後を継いだ次男は咎人となった妹を哀れに思い、一族から排斥して緘口令をくに留めた。身分を自由民に落とす形ばかりの処分と、妹親子を領主館の離れに蟄居ちっきょさせて余人との交わりを禁じたのだ。

 生命を源とするテアナの〈癒し〉は、母となったことでかえって強まっていた。癒し手の子は強い〈祝福〉をその身に受ける。元・巫女との間に子を成せれば氏族の血が強まるという打算もあった。強い能力者同士だと子は出来難いが、一人でも生まれれば御の字である。女神の慈悲によって癒しを継いだ女児を授かる可能性もある。

 しかもテアナの美しさは近隣に知れ渡っており、秘してもなお漏れ出した事情を差し引いても、ぜひにと望む縁談は少なくはなかった。




「醜聞は周知の事実で簡単に隠せるものじゃない。だからガラ伯父は、皆が噂に飽きるのを待つつもりだったようだ」

「巫女の忌み子ってのは知ってたけどさ。……でもまだ何かありそうな気がする」

「俺は信用が無いな……、だがシムは良い勘をしている。確かに、まだ言ってないことがあるが、本当に聞きたいか?」

「もちろん!」

「……母はサフィンの先代領主の次男、つまりカクとタカの父のところに嫁いだ。二人は俺の義理の兄に当たる」

「…………え、うそ」


 しかし半年足らずで二人の父が急死したため、テンは母と共に里に帰された。どういうわけかテンの母が嫁いだ相手は立て続けに急死した。その度に里に戻されて都合四回も嫁いだという。巫女の能力と美貌がそうさせたのだろうが、いくらなんでもと思わざるを得ない。

 最後の相手は泥酔して暴力を振るいテンの母が大怪我を負った。そしてそれを機に、ガラ=テスは妹親子を東ガラットから出すのを止めた。


「血の繋がったきょうだいはいないが、義理のなら全部で五、六人くらいはいるぞ。相手がどう思っているかは別だが」

「……オレの弟はそこにいるでかいのだけさ」

 茫然と天を仰ぐシムをよそに、ヤスはテンに視線を突き刺していた。カクとタカは東ガラットの秋祭りに合わせてやって来て、一冬の間半端仕事をしてしのいでいた。レイファンは東ガラットよりも南で平地も多い。狩りや行事の時期も多少のずれがある。若衆上がりの移住者が春の狩り組編成の時期を待つのは珍しくはない。

 若衆を終えたテンが新しい狩り組を編成したのはその後だ。新参者の自分たちでは勝手が分からないと、カクがテンにまとめ役を押し付けた結果だ。テンを指導してやろうという酔狂な先人は誰一人現れず、仕方なくテンはかしらを引き受けた。


 三人では心許ないので同期の若衆をもう一人加えようと相談し、テンは自分に嫌悪感を抱いていなさそうな人物に声をかけた。

 しかしヤスは既に別の狩り組から誘いを受けていたため一度は断った。折悪しく相手の都合で話が流れ、他に選択の余地が無かったという経緯でテンをかしらに頂いた。後年入ったシムとミアイは仕方ないとして、自分にはもっと早く打ち明けてくれてもという気持ちが顔に出ている。


「水臭えよな。お前ら」

「黙ってて悪かったよ。一応伯父貴に口止めされてるんで、このことはガリとテン以外は殆ど誰も知らないのさ。オレたちはレイファン出身のただの移住者なんだよ。……まあ、親父はサヤナ=テスの後ろ盾が欲しくて、テンのお袋さんを後添いにしたわけ。あ、そうそう……、忘れてるみたいだから一応言っとくけど。オレが『王子サマ』ならタカもだからな!」

 カクの言葉が止めとなって、シムは頭を抱えて唸り始めた。展開についていけなくなったのだ。あろうことか、ヤスまでどこかの一族の血縁ではと疑って問い詰めて呆れられた。


 珍しくタカが何か言いたげな様子を見せた。念話の〈絆〉で聞いた実の兄が「ティアナのことも言え」と代弁する。

「ああ、ティアナは……、どこに行っても爪弾きにされた俺に珍しく懐いたな。あれ・・も生まれたときから〈月〉を持っていた。将来は狩り人になりたいと常々言っていたが、事故で身体の一部を失ったせいで、それを補うために癒しの力が目覚めたんだ。聖地にある巫女の里へ修行に出されたらしいと聞いていたが、詳しいことは知らなかった。しかし、まさか東ガラットにやって来るとは……」

 テンの母が二度目に嫁いだのはエリエ=テスの分家筋で、相手の連れ子がティーアだった。世間は狭いように感じるがこれも必然である。


 東ガラットは巫女サヤナの地。空位になったからと後任を右から左に用意できるわけがない。公の催事は他氏族の巫女が代行したが、それでも頼めるのは年に数回が限度だ。祝福の証〈月〉を導くには対象者と対峙して心身を整えることも必要で、その度に呼びつけるなど到底無理である。

 巫女の里とガラ=テスは幾度も文を交わして協議した末、次の人材の育成が終わるまでテアナに人々導くよう命じた。テアナはそれほどの力量を持っていたのだ。




「あー、うー……。で、でも今のテンは東ガラットにいるんだから、タカたちと同じ移住者……?」

「いや、違うぞ」

 ヤスがそれを否定したのは、古い記憶にテンを領民にするという内容の宣旨を聞いたことがあったからだ。

「あー! もう! わけわかんないよ!!」

「『全てを水に流して民として認め、寄る辺無い者の将来を鑑みて館に留め置く』だな。……要は甥とは認めないが、身の振り方が決まるまでは世話をすると言っている。ガラ伯父は、母が亡くなって後見人のいない俺を孤児として引き取った。生まれつき〈月〉を持っていて狩り人になれるのは決まっていたからな。若衆になれば寮で寝起きするようになることだし」

 訓練を終えたその後は、別の土地へ移り住むなり領民として生きるなり好きにしろ。というのが伯父の考えだとテンは解釈していた。


「臭いモノには蓋をしろってことさ」

 親族に見放されいくばくかの金を渡されただけで、故郷を追い出されたカクとタカの境遇も似たようなものだ。彼ら兄弟も悩んだ末に、かつてのえにしを頼ってテンの元に来たのだから。

 結果としてテンは生まれ故郷に残ることを選んだ。心を抉る言葉も、存在を否定する視線も、全てをその身に受けながら。それでも東ガラットから離れなかった。

 例え厚かましいとなじられても、出自に重きを置かぬ人物とだけ関わりを持つ。その考えに行き着くまで随分と悩んだが、開き直ったテンは己に向けられる蔑視に対して無関心を貫いた。

「俺までいなくなったら、ガリが本当に独りになってしまう。あいつだけは俺を気にかけてくれていた。あいつのために、俺がしてやれることが何かあるはずなんだ」




「テンはこのままでいいワケ?」

 気力が回復してきたシムが新たな疑問をテンにぶつけた。この問いも核心をついている。王狩りは特例として本人のみ一代限りで一族と同等の扱いだが、所詮は戦士の範疇を出ない。非常時は別として、ガリの役に立ちたいなら同じ側で支えるのが筋だろう。

 領主でありサヤナ=テスの氏族長を兼任するガリは多忙を極めている。不在時の村は換金所のアシュトンや外戚で伯父のバリノフに、規模の大きな街や村は執政官や顔役などにかなりの部分を任せていた。だが、あちこちに散らばる役所からの上申書は最終的に領主の元に届く。どんなに振るい落としても裁可を待つ書類の山は耐えることはなかった。


「『王狩り』になったんだから、堂々と戻れそうだけど……」

「母の汚名は雪ぎたいが、俺の復権はどうでもいい。ガリのように振舞うのはどうやっても俺には無理だしな……。あいつに仕える臣下でいるほうがずっと気楽だ」

「どっちかでもできないかな」

 我が事のように頭を悩ませるシムを見るテンは優しかった。冗談らしきものを口にするのも、今まで言えなかったことを吐き出して心が軽くなったからだろう。

 一つの汚点を一つの功績であがなうのなら可能かも知れないが、テンの失権と母の不名誉は密接に繋がっている。テンの出自を証明するには、サヤナの血統を『誰』から継いでいるのかが重要になる。母親の罪が赦されたならテンは自動的に復権されるが、どちらか一方というのはかえってややこしくなりそうだ。

 そこを飛び越えてテンのみを一族として認めるのなら、領主の命に従って治安を守る任に着く〈狩り人〉よりも上の、上級戦士とでも言うべき『王狩り』のままでも大した違いはない。血筋のみを誇る無役の放蕩者より、自力で勝ち取った栄誉の方に重きを置かれるのは世の常だ。


「母は一族の顔に泥を塗ったからかなり難しいな。母や伯父の世代にとってはあまりにも衝撃が大きかったんだ。母が死んだ後、ガラ伯父が俺を自由民にすると決めたときも、縁を切られたと思うより、自分の立場がはっきりしてほっとした」

 取り繕った体裁でも公の身分が認められると、悪し様に言われてもさほど気にならなくなった。誰も頼らず擦り寄らず、己一人でいればいいと腹をくくったのである。

 詳細を知っているカクとタカはもちろん、薄々察してはいても態度の変わらないヤス。

 隣国の逃亡奴隷で先祖返りのシムは、自由民になる手助けをしてから言葉を交わすようになった。

 そして少々曰くのある経緯から狩り組に加わったミアイ。


 狩り組の仲間も皆それぞれに事情があるが、王狩りとなったテンに好意的な態度の者が増えたのも事実だった。

 親の世代では無理でも、同じ世代の人間なら自分だけを見てくれるかもしれない。そんな僅かな期待を持って、人と接することができるようになったのも狩りに出てからだ。嫌われ無視されるのが当たり前だったテンにとって、人との関わりは苦痛でしかなかったというのに。

 狩りは仲間を信頼しなければ不可能だ。そして狩り人が戦士であるうえは、有事に生命を預けることになる。今では信頼の置ける仲間の他に、雑談ができる知人までいる。己を取り巻く環境の変化に少々戸惑っていた。


「『王狩り』だって……、狩り人を引退しても一生ついて回るでしょ。それで良いじゃない。テンはテンで、他の誰でもないもの」

 立ち上がったミアイは花を摘みに木立の向こうへ消えた。一大決心で身の上を告白したのに、あまりに淡白な反応だったからだろうか。テンは少々複雑な表情でほっそりした後ろ姿を見送った。違和感を覚えたヤスも、ミアイの消えた方角へ顔を向けたままのシムをつつく。

 思い返せばミアイもあまり自分について話したがらない。別の土地で生まれたことや母親が東ガラットの出身で、遠方の嫁ぎ先から二人で戻ってきたことしか知らなかった。

「ミアイも……、テンと同じなんだ」

 皆の顔が一様に疑問の表情を浮かべた。ややあって答えたシムによれば、ミアイも誕生を家族に喜ばれなかったという。

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