秋の日(三)
秋の陽射しが降り注ぐうららかな森で、午後を満喫するのはテン組の六人である。
狩り場に着いて早々に見事な角の雄ジカを仕留めた。治療所に頼まれた数種類の薬草と、ついでに摘んだ秋の実りが詰まった籠は全ていっぱいだ。正午までに今日の務めが終わった彼らは陽だまりで寛いでいた。
ここはいつも昼食をとる湖畔よりも奥まった小さな空き地である。水辺は涼しすぎるので、風を遮る木立の中に場を移していた。
火を熾して暖を取りながら湯を沸かし、干し肉と野草、穀物を入れて雑炊を作った。交代で火の番をしながら午睡もする。薬草の仕分けも終わってしまい、手慰みの木彫りをするテン以下、皆思い思いにのんびりと過ごしていた。
「へぇ~、そうなんだ」
「うん、そうなの。それでね……」
ミアイとシムはずっと雑談をしていた。それは、何をそんなに話すことがあるのかと思うほどだ。ミアイは仲間と一緒にいられる時間が嬉しくて仕方なかった。
二人の話題は多岐に及ぶが、やはり祭りに関連したものが多い。定期的にやってくる馴染みの他、許可を得た一見の商人が訪れる予定をシムはどこから聞きつけてくるのやら。まるで店先で品定めをするように、髪留めやそれに合う簪の相談をしていた。
「まとめてもすぐに崩れちゃうの」
「もっと伸ばせばいいのに」
狩り人は日中に森を駆け回る。男子であれば気にならぬことでも女子には一大事。全身汗と土埃にまみれるし、夏は強い陽光を浴び冬は冷たく乾燥した空気に晒される。女の命ともいうべき肌と髪の手入れは悩みの種だ。殆どの女衆は肩につく程度の長さの髪で妥協しており、ミアイもその一人だ。
「今から伸ばしても収穫祭には間に合わないでしょ」
癖の強い暗褐色の髪を一房摘まんで伸ばす。手を放せば毛先はくるんとあらぬ方を向いた。毎朝ていねいに梳かしているのでまだましなほうだ。癖の強い髪質なのはタカもだが、身だしなみに疎いタカは無精ひげが当たり前で入浴も面倒臭がる。寮で同室の兄にやいやい言われてようやく湯を使う始末である。
「ヤスみたいに短くすればいいのに」
「ちょくちょく切るのが面倒で……」
と、いうやりとりをしてからシムもタカに何も言わなくなった。とはいえ、当のシムも風呂嫌いで有名だ。しかし、シムはタカほど体臭が強くないので厄介にはなっていない。
「仕方ないわ。母さん譲りだから」
「へえ……、ミアイは母親似なんだ」
「そう言われれば、そうかな。髪の色も癖もおんなじだもの」
幹に背中を預けていたカクも枝の上から同意する。
「オレもお袋似だぜ。だからオレはこんなに好い男なのに、そいつは親父に似ちまったせいでクマみたいだよな」
『そいつ』扱いされたタカは苦笑して頬を掻いている。兄の皮肉はいつものことなので大して気にしていない。
「親父さん金髪だったんだ」
「……いや、それは母方の祖父さんに似た」
両親ともに褐色の髪だったというから確かなのだろうが、カクは何故かむっとしている。そこでふとシムとテンの目が合った。
「あ、ねえ、テンの母さんてどんな人だったの?」
「ん……、そうだな……。子供の俺から見ても不思議な人だった」
「ふ、不思議ってどんな風にっ!?」
尋ねたシムが目を大きく見開いた。テンはこの手の話題になると黙ってしまうのに、珍しく答えたからだ。他の者も同様の表情で頭に顔を向けた。
続く質問にテンが困惑したのは在りし日の母の姿になのか、それともその事を口にした己自身にか。いずれにしろ、テンの心境はいつもと違ったようだ。
「声を荒げたりしないのに大の男と堂々と渡り合って、相手を黙らせるような威圧感があった」
「へえ……、巫女みたいな人だね」
記憶を辿り言葉を捜すテンは説明に苦労していたが、眉根を寄せて剣呑な顔をする。後悔しているのがありありと分かった。頭痛でもするように額にこぶしを当てていたが、やがてカクに目を向けた。
「皆にはちゃんと話しておいたほうがいいんだと思う。……構わないか」
すっとカクの目が細められ、普段は皮肉と嫌味が居座る瞳が真摯にテンの視線を受け止める。だがそれも束の間ですぐ訳知り顔になった。
「構わないヤツもいるようだがオレは大いに構う。……だから、まずオレらの話からしとく」