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05 『八つ当たり』

 05 『八つ当たり』




 迎えの着陸艇には、既にタルトとコラノがいて、パルタワインを開けている。


「旅の醍醐味だよな」

「旅の嗜みだろう」


 無重力でリバースするなよ、親父ども。

 まあ、それも良い経験か。


 俺はナミとナリを座席に座らせて、非常用の酸素マスクやエチケット袋などを説明し、シートベルトを着用させてから、マサイのガイドブックを渡した。


 それから、アンドロイドに荷物を確認させ、メンバーを見回す。

 艾小姐は、何とかフェンシィの世話を受け付けている。


「フェンシィ」

「何タ、ユウキ」

「お兄さんたちは?」

「もうそろそろ来ると思うネ」

「そうか。艾小姐」

「はい、ユウキ様」

「マサイまで一日半だ。暫く我慢してくれ」

「はい、ユウキ様」


 マサイで開放的な気分になれば、少しは良くなるだろう。

 ちなみに艾小姐のパンツは、彼女の肩から掛けてあるポシェットに入れてある。

 何故か、艾小姐もフェンシィもトップレスの侍女スタイルなのだが、着替えは兄たちが持ってきても梱包シールして貨物室行きだから、軌道上のシップに乗ってからでないと取り出せないだろう。


 ああ、へそくりを持ってくるのを忘れた。

 いや、空港内にも金塊はある。

 2個ぐらい持ってくれば良いだろう。

 重いから、誰かに1つ持って貰おうか。


「フェンシィ」

「何タ、ユウキ」

「悪いけど、荷物を取りに行くから手伝ってくれ」

「ふん、忘れ物カ」

「まあ、そうだな」

「可哀想タから、特別に手伝ってやろウ」

「ああ、恩に着る」

「当たり前タ」


 フェンシィを連れて、空港の奥にある貨物船の後ろに行く。

 2台ともボロいが、ちゃんと飛ぶ。


「こんな所に連れてきて、私そんな安い女じゃないネ!」

「変な勘違いはするな。そこに山があるだろう」

「草ボウボウ、古い煉瓦か何かの山ネ」

「それが、お宝の山なんだよ」


 俺は山のひとつに手を突っ込み煉瓦を引き出す。

 想像以上に重たい。

 20キロはあるだろうか。

 二つはいらないかもしれないが、念のためだ。


「ほれ、フェンシィも一つ取ってくれ」

「何これ、ひトく重たいヨ」


 フェンシィは屈んで取ろうとしたが、予想以上に重いのか、しゃがんで持ち上げることになった。

 その一瞬に、スカートがめくれて黒い水着が見えた。


 やっぱり、パンツは穿いてるんだな。

 当たり前か。

 しかし、その当たり前が、領地では出来ていない。


 面倒くさい。

 うざったい。

 気持ち悪い。

 落ち着かない。

 必要ない。

 洗濯が面倒。

 お金がかかる。


 などという、理由からだ。


 確かに、地球では下着泥棒の被害に遭うと気持ち悪いだけではなく、下着を買うお金と手間ががかかっていると聞いたことがある。

 お気に入りを盗まれたら、そりゃあ頭にくるよね。

 高いやつなら余計だろう。

 上下セットの下だけとか買えるのかな。


 どうもわからん。


 かといって、事前に下着を買って取り替えるなんて出来ないだろうし、そんなの着用してくれないだろうな。

 下着代を置いてくるとか?


 女子中学生に2万円で売ってくださいとか言えば、まあ、通報されるな。


 スカートは穿いてくれるようになったのだから、気長に行こうか。

 領地にワゴンセールみたいに、一杯パンツを置いとけば、穿くようになるかもしれないしな。


 フェンシィが持ってきた煉瓦を下に置かせて二つ並べると、用意しておいた手ぬぐいで煉瓦を綺麗に磨く。


「こ、これは、金塊?」


 フェンシィは驚いて金塊を叩き、それから思い付いたかのように煉瓦の山を振り返る。


「ああ、あの山、ぜ、全部金塊カ?」

「全部じゃないけど、見せかけの幾つか以外は大体金塊だな」

「ど、どれくらいあるカ」

「さあ、余ったやつだから、多分7000トンぐらいかな」

「な、な、七千!」


 きゅー


「おい、フェンシィ! 気を確かに持て!」

「だって、七千!」

「フェンシィ、倒れるな。重いぞ、パンツが見えるぞ」

「パンツなんか、1Gで何枚も買えるネ」


 1Gは大体5000円である。

 55ドルか100リナと言った方が良いか。

 パンツの方は、いくらだか知らない。


「おい、しっかりしろ。安い女じゃないんだろ」

「でも、パンツは安いネ」


 まだ、言ってることが変である。


「じゃあ、安いパンツ脱がすぞ」

「タメ、タメネ。それは許してヨ」

「だったら、起きて深呼吸しろ」


 マッチョで角刈りのイケメン女が、女の子座りしてもあまり様にならない。

 けれども、おっぱいは薄いが女の子だとわかる。

 職業柄、女の子らしく出来ないのだろう。


「私、年俸2000Gネ。16歳にしては高給取りヨ」


 ええっ、お前16歳だったのか!

 そっちの方が驚きだって!

 要人警護など、ベテランの仕事だと思うだろう。


 2000Gってことは、1000万円か。

 確かに高給取りだ。

 命を張ってるし、定時に帰れるわけでもないから、それほど高くもないかな。

 リナなら20万か。

 大体50石だから、子ジャケより下ぐらいか。

 でも、16歳だからなあ。

 エリダヌスの物価なら大金持ちである。

 

「2000Gは2キロネ。1トン稼ぐには500年かかるヨ。それが7000あるなんて、しかも無造作に外に積んであるなんて、あんた正気カ」

「もう、2、3個持って帰るか?」

「本気で言ってる…… ネ」


 フェンシィはため息をついた。


「ここでは純金は評判が悪いんだよ。柔らかすぎて農機具にも車軸にも向かないからな」

「だから、金塊よりパンツの方が価値があるとカ」

「人によるかな?」


 空港にフェンシィの馬鹿笑いが響き渡った。

 ブワッハハとヒャヒャが混ざったような笑いかただった。

 身体を捩り、脚もバタバタさせている。


「おい、本当にパンツが見えてるぞ」

「ヒーヒー、こんなに笑ったの久しぶりネ。苦しー」

「そんなに面白い話はしてないぞ」

「わかってる。だけど、ここのみんながパンツを穿いてない理由がわかったような気がするネ」

「別に、金塊でパンツを交換したりしないぞ」

「大抵の女は、この金塊ならパンツと交換すると思うヨ」

「だから、そんなことしてないって!」

「わかってるヨ。女は表向きってやつに意地を張るからナ。平気で交換するような女のパンツは欲しくないネ」


 うーん、そうなのかもしれない。


ワンの家は色々あって艾家に世話になっている。しかも、働かせてくれて、きちんと給料も払ってくれる、良い人たちネ」

「そうか、艾小姐もいい人なんだな」

「そう、ちょっと上流に意地を張ってるけど、下には優しいヨ」

「なら、良かったじゃないか」

「だから、私も女を捨てて頑張ってきたネ」

「そうか、でも女の子だろ」

「この世に、ただでも私のパンツを欲しがる男なんかいないヨ。変態だけネ」

「俺は変態じゃないぞ」

「いいえ、変態ヨ。テも、私は恩返しできれば女を捨てても全然後悔しないネ。人前で全裸でも戦えるヨ。普通の女には出来ないことネ」


 まあ、女を意識しては戦えないのだろうな。

 きっと、凄いことなんだろうな。

 恩を感じるというのは、実際に凄いことなのだろう。


「でも、恩返しって一体何タろう」

「難しいな。困っている時に力を貸すとかかな」

「私、恩を意識しすぎてたヨ。確かに恩はあるけど、艾家にしてみれば、ユウキが金塊を持って行くかと言ったのと同じ。人によると言うのも同じネ」

「意味がわからないけど」

「多分、この金塊1個で万家の負債は消えるね。3兄弟で一生艾家に仕えて返そうと誓った負債ネ。でも、消えるの負債だけ、恩は消えないネ」


 負債を返しても、恩は返せない。

 金貸しに借りたなら利息をつければ良いだけで、恩など感じなくてもいい。

 受け取ったのが親切心なら、返すべきは誠意だろうが、計算できるものじゃないから厄介でもある。


「ユウキが2、3個持って行くかといった時、艾老師が『暫くうちで働いてみなさい』と言ってくれたことを思い出したヨ。お金は恐ろしいと心から震えていた家族全員がそれで助かったが、今度は負債と恩でがんじがらめになったネ。でも、艾老師はそんなことを望んでいたわけじゃないネ。人生はパンツと同じで売り物じゃないネ」

「いや、パンツは売ってるからな」


 穿いているパンツは売り渡さない、と言いたかったんだろうな。


「フフフ」

「何だよ、薄気味悪いな」

「私、これから八つ当たりするヨ」

「何だって?」

「流石に青鯨家に喧嘩は売れないが、ユウキでお嬢様の敵討ちをする。ボディガードにも意地があるし、恩もあるネ」

「俺が悪いわけじゃないだろう?」

「だから、八つ当たりヨ」


 フェンシィは立ち上がり、スカートを外すと、黒い水着まで一気に脱いでしまった。

 少女らしい淡いそこは、艾小姐よりも薄く感じた。


「おい、フェンシィ」

「いくぞ、ユウキ。ふんっ!」


 いきなり、大股開きの右回し蹴りだった。

 俺はしゃがんだ姿勢からバク宙で逃げ、着地する前にもう一発来るのを察知して身構えた。


 どかっ!


 確かに、女の子の蹴りではなかった。

 俺は吹っ飛ぶことで勢いを殺して、次を準備した。

 フェンシィは転がった俺を予想していたのか、素早く走り込み、右脚の踏みつけと左脚の蹴り上げに、後ろ回し蹴りまで混ぜたコンボ攻撃で翻弄してきた。

 上体を上げると左右のフックまで放ってくる。

 俺は何発か良いのを貰って、ダメージを蓄積していった。


「どうした。そんなんチャ虎に勝てないゾ」


 俺は反撃に出たが、流石にプロだ。

 殆どをブロックされ、カウンターまで貰ってしまう。


「少しは、全裸だって意識しろ!」

「勝ってからナ」

「くっそったれー」


 全く、これからハネムーンだというのに、何でこんなところで全裸のイケメン少女と死闘を繰り広げてるんだよ。

 出発時間も迫ってるんだぞ。


 とはいえ、このままなら3分ほどで、俺がのされて終わりそうだ。

 全裸の女の子は、やはり俺には弱点にしかならなかった。

 女性の身体というのは、男を引きつけてやまない数々の曲線で成り立っているのだ。

 特におっぱいと、股間というのか鼠径部と呼ぶのか、鍛え上げられても女の子らしいラインを描く部分は、こんな時にも目がいってしまうのだ。


 やはり、隠すべき場所なのだろう。


 いや、隠しているパンツが今度は対象になり、パンツを隠す筈のブルマーとかが今度は対象になり、それを隠すスカートの裾が少しひるがえっただけで、目が引きつけられる。

 一種のイタチごっこだ。

 身体を覆い隠す、イスラム教徒にでもならないと駄目なのだろうか。

 そうしたら、今度は免疫がなくなって、ミニスカートを見ただけでも一晩中眠れなくなるだろう。


 どかっ、ばきっ、めきっ。


 まあ、このまま負けだな。

 弱点負けだ。


 ならば、女の子、いや、フェンシィの弱点は何だ?


 俺は再び回し蹴りの良いのを食らって、地面を転がった。

 股間を見てなくても、よけられなかっただろう。

 素晴らしい蹴りだった。


 しかし、転がった先に金塊があった。


 これだ!


「フェンシィ!」


 俺は金塊を掴むと、迫り来るフェンシィに放り投げた。

 フェンシィは一瞬、よけるか掴み取るか悩んでしまい、結局両手で受け止めてしまった。

 俺はそのチャンスに乗じて両脚を揃えたドロップキックを金塊に放った。


 ドスッ!


 金塊がフェンシィの胸の下辺りにめり込み、フェンシィは前屈みになった。

 倒れ込んだ俺は、両腕で地面を押し込み、逆立ちでジャンプすると、フェンシィの頭を両脚で挟んで仰け反らせ、そのまま地面に押しつぶした。


 上から俺、金塊、フェンシィ、地面の状態である。

 俺は呻くフェンシィの鳩尾に容赦なく肘打ちをたたき込むと、フェンシィは少し硬直し、直ぐに温和しくなった。

 そのまま、俺はフェンシィの股間に顔を押しつけてゼイゼイ言っていた。


「やっぱり、変態ネ」

「興奮した、女の子の匂いがする」

「興奮の意味が違うネ。誤解を招くことは言わないヨ」

「そうかな?」


 俺はフェンシィの太股の内側を、ペロリと嘗めた。


「きゃーー!」


 悲鳴は、とても女らしかった。


 俺は太股ペロリの技術スキルを取得した。



 それから暫くして、俺たちはよろけながら着陸艇に向かって歩いていた。

 俺が金塊を二つ、フェンシィが一つ持っている。


「お、重いぞフェンシィ。手伝いの意味がないじゃないか」

「一つは私が勝った分ヨ」

「勝ってないだろ」

「男としては負けたけど、女として勝ったヨ」

「何でだよ」

「ユウキ、私の身体に興奮してたネ。私にメロメロ?」


 二人してヨロヨロだがな。


「俺はこれからハネムーンなんだ。メロメロのわけないだろう」

「ふん、じゃあ、慰謝料ネ」

「慰謝料は俺の方が請求したいくらいだぞ。全く情け容赦なく攻撃しやがって」

「それでも、私の股間を嘗める余裕はあったネ」

「股間じゃなくて、太股だ」

「どちらでも一緒ヨ。この性犯罪者」

「すみません。口止め料にしてください」

「わかれば良いネ」


 でも、まあ、ちゃっかりしているところは、女の子ぽくて良いかな。


「それで、恩返しになるのか」

「いいや、別物ヨ。恩返しって、私たち万家の者がきちんと自立して生きるってことだとわかったヨ」


 確かに恩返しのために女を捨てました、とか言われても迷惑だろうな。

 本当の恩返しは、自分たちが自立して幸せに暮らすことで、感謝を示すことじゃないか。

 それで、助けた方も、本当の意味で助けたことになるのだろう。


「負債を返し、自立し、ちゃんと独立して生きていけることを見てもらうと言うことかな?」

「そう、それがわかった。私は艾家の3人のお嬢様が結婚するまで守り、その後は仕事も女らしくして、私のパンツを本気で欲しがる男と結婚するヨ」


 パンツを欲しがるではなく、本気で好きになるの間違いだろうな。


「それから幸せになってるところを、旦那様やお嬢様たちにもきちんと見せるネ」

「喜んでくれるだろうな」

「そして親戚の様に仲良く暮らすヨ。助けがいる時には側にいるような関係になるネ。それが本当の恩返しだと思うヨ」


 なんだか、良いやつだなあ、イケメンマッチョ女のくせに。


「だから、未来の夢と夫のためにも、ユウキにパンツを取られる訳にはいかないネ。脱いで見せたりも出来ないヨ」

「さっき、思いっきり見せてたよな」

「まだ、暫く男だからノーカウントヨ」


 男なら、慰謝料はおかしいだろ。

 だが、俺はあえて突っ込まなかった。


 空港は夕日に染め上げられて、フェンシィの顔は逆光の中だったが、少し赤くなっているような気がした。




 万家の兄ふたりが色々なことで驚愕するシーンもあったりしたが、俺たちは旅客船のVIPルームに落ち着いた。

 ナミとナリは、左右で俺の打撲の手当をしてくれている。


「ユウキ様、相変わらずで安心しました」


 とてもハンサムなパーサーが言いたいことは良くわかる。

 最初はゲーモとテパと一緒だったし、2度目はナナとサラサが一緒だった。

 3度目はナミとナリだから、少し呆れているかもしれない。


 俺よりパーサーの方がモテるだろう?


「タルトとコラノは落ち着いたかな」

「はい、くつろいでいらっしゃいます。私までパルタワインを頂いてしまいました」

「出来はどうだい?」

「かなり良い出来だと思います。当たり年になるでしょう」


 3年物だが、タルト家の家令であるセバスもそう言っていた。


「1ケース船倉に置いていくよ。オフの時にでも楽しんでくれ」

「遠慮なんかしませんよ」

「ああ、それで大事な相談があるから座ってくれ」

「はい。何でしょうか」


 俺はテーブルに図面を呼び出した。

 現物の写真も添えて表示する。


「これは、大きなゲートシップですね」

「旅客用の最新型として完成した。ツインドライブが特徴だが、高級が売りでもある。ホエール軍に試験航海を依託しているが、今のところ何の問題もない」

「それは素晴らしいですね」

「骨格は軍の規格をベースに使って、5万トン級になった。この船の5倍だね。デブリ・メテオ対策のレーザー砲4基、外壁は軽くだが金樹脂ナノプログラムが使ってある」

「旧規格の軍になら、勝てないまでも余裕で逃げられますね」

「実は、顧客の第一は委員会だよ。念のため安全でないと困るんだ。次が星系首相たちかな。何しろ妻が3人いたり子供が多かったり、随員や護衛までいる」

「確かに、ここの4人部屋では手狭です」

「今までは、政府専用船を使っていたけど、軍仕様じゃ息が詰まるだろう? 護衛たちなんか2段ベッドしかないんだ」

「これは凄いですね。会議室や娯楽室まであります」

「それで、パーサーにこの船の運用を任せたいんだ」

「何ですって!」


 流石のパーサーも驚いている。


「この船の所有権は、新会社を創ってエリダヌス財務長官が30%、長鯨曉子アキが30%、パーサーが30%としたい。配当はパーサーに任せるが、儲けが出るようになったら、姉妹船に投資して欲しい」

「長鯨曉子様とは、ゲートトレイン社の?」

「孫娘だがWGT社は支援としてしか関わらない。あっちは国内線をトレインからシップに入れ替えるのに精一杯なんだ。知ってるだろう」


 トレイン事故により、シップ型でないと緊急時に着陸できないことがわかったのである。


「つまりは、国際線の会社をお創りになると言うことですか」

「いいや、パーサーに創って貰いたい。地球、ホエール、エリダヌス航路はこの船と競合するから、WGT社は暫くしたら、この船をローカル線に回すことになると思う」

「つまり、この話をお断りすることは出来ないということですね」


 この船ともう一隻は、カナの会社かアキの会社のチャーター便としてエリダヌスへ来ている。

 主に七湖の観光客や湘南リゾートの客のためだが、ホエール娘の母親たちや、豊作氏や京太郎氏まで使うから定期便に近くなっている。

 それでも、ホエール船として立ち寄っているから、色々と制約に縛られる。

 地球・ホエール間は、今まではホエールが地球から独立していない建前だったので、やはり国内線だった。

 だが、もうそんな時代ではないのである。


「別に、悪い話じゃないだろう?」


「いえ、良いお話過ぎて、頭に染みこんで参りません。夢のようです」

「夢見てる暇はあんまりないんだ。3ヶ月後には就航させたいんだが、船長以下の人員やアンドロイドはパーサーが手配して欲しい。会社も営業も宣伝も暫くはWGT社の出向としてパーサーの知り合いがやってくれるが、船の運用だけはパーサーが直に取り仕切って欲しい」

「しかし」

「ああ、そのうち双子座とか牡牛座とかが開発されると、更に忙しくなるかもしれない」

「ですが」

「株式の残りの10%は船長組合にしてくれ、やる気も責任感も違ってくるだろう」

「それでも」


「では、決まりだ。カルロ・ゴンザレス社長」


 パーサーは恥じ入るような顔をしたが、それでもやる気はあるのか、目をそらしたりしなかった。


「知ってらしたのですね」

「ジェームス・カークの又従兄弟だろう。親の世代で地球とホエールに住み別れた時点から、運命が変わってしまったんだろうなあ。でも、ジムとは殆ど他人みたいなもんだろう」

「地球で一度会ったことがあります」

「傲慢な、ヤンキー野郎だったな」

「ええ、その通りでした」

「今日辺り、アルゼンチンで小麦の収穫予想をしているはずだよ」

「本当ですか?」

「うん。思ったより馬鹿じゃなかったから株式会社の方のCIAに雇わせた。軍で威張りたかったんだろうけど、農業の査定の方が才能があるよ。地元のビールの味で、出来不出来までわかるんだから」


 パーサーは心の底から呆れた、という顔をしていた。

 これでも、ホエール情報部の腕ききなのだ。


 カテレヤの一件ハニートラップ以来、この船の乗組員が一番怪しい存在になったから、色々と調べておいた。

 ロシアはエリダヌスに協力的だが、そのせいでホエール情報部にも協力している。

 当然、逆もあるのだ。


 ちなみに母さんは、だいぶ前にホエール情報部との縁は切れている。


「仕事をちゃんとやってくれれば、情報部の所属でも構わないよ。ただ、会社を優先して欲しい。あと、費用は会計上別にしてくれ」


 パーサーはちょっとの間笑っていた。

 最後のは、勿論ジョークだからだ。


「失礼しました。そう言えば、青鯨様がよく仰ってました」

「何だって?」

「ユウキ様と戦おうとしても、周りがいつの間にかユウキ様の軍勢に変わってしまう。それは恐ろしい体験だと」


 セリーヌ、チカコ、迎人氏、ホエール軍、星系首相、国連総長、ロシア大統領、アメリカ合衆国下院議長、CIA、インド政府、それに今度は、京太郎氏か。

 まあ、最初から味方になってくれている人たちもいる。


「いや、俺って15の時に地球を飛び出したから、男友達が少なくてさあ」

「それで、敵も友達にしてしまうのですか?」

「まあ、戦いが終わればみんな友達というのは、日本では常識なんだよ」

「私などには非常識に思えますけどねえ。取りあえず、私もユウキ様のお友達のひとりとして、頑張ってみますか」

「ああ、よろしくお願いします」



 パーサーとの話を終えたから、残りは新婚初夜なんだが、艾小姐が怖がって俺の側から離れない。

 自動的にフェンシィも側にいるので、流石に初夜という訳にはいかず、ベッドルームでナミとナリを両脇に抱えて寝たのだが、朝には艾小姐もフェンシィもベッドにいて、とんでもないことをしたかのような状況だった。


 全員が全裸なのだ。


 フェンシィはボディガードのくせに、完全に熟睡している。


 色々あったからなあ。

 疲れてるんだろうな。


 パーサーは徹夜明けのような顔をして朝食を準備してくれたが、実際に資料を読んでいて徹夜だったのだと思う。

 何もコメントしなかったので助かった。


 午前中は、タルトとコラノの部屋で、立体映像によるライオン狩りを練習した。

 まあ、地球産の小型ライオンとしか戦えなかったが、タルトもコラノも及第点だった。


 フェンシィも途中から参加して、ライオンを2頭のしていた。

 昨日、殴られたところが疼いた。


 昼食はナミとナリが用意してくれて、やはりというか、何故かというべきか、5人での昼食になった。

 ナミとナリが手作りしたイチゴジュースもあったが、既に色々と試した俺には、チカコを納得させる味ではないと感じた。

 だが、艾小姐は美味しいと感じたのか、少しだけナミとナリに心を許すようになった。

 ショック状態から、立ち直るきっかけが出来てきたように思えた。


 午後は仮眠を取ったパーサーが復活してきて、新会社についての質問を次々にしていったが、俺のわかる範囲で答えといた。

 運用や需要のあり方などは、パーサーの方が専門なので、営業や利益の出し方等、パーサーを選んだ理由はそこにあるのだと言って納得して貰った。

 

「直ぐに、利益が出なくてもいいんだよ」

「いいえ、これは最初から凄い利益が出ますよ。パルタワインを18リナで仕入れて、船内では2G近くで売れるんですよ。国際線という強みです。船内消費なら貿易に当たらないのですから」

「密貿易みたいだけどなあ」

「船から外に出さなければ、密貿易にはなりません」


 ミゲールもカナホテルの売りは、タルトワインが20リナで飲めるからって言ってたな。

 地球では競りで8万から12万円になってしまうそうだ。

 タルトは国内消費が大事だから、無理してまで物々交換に応じないし、金塊など受け取らない。

 ああ、相撲だけは別だがな。

 お気に入りの力士には、平気で色々贈ってしまう。

 頭が痛いよ。


「黒豚保存会からも仕入れられないでしょうか」

「あれは会員制だから、地球で交渉しないと手に入らないよ」

「鹿児島でしたっけ、次に地球に行ったら交渉してきます」

「社員を使うことも考えた方が良いんじゃないかな、カルロ社長?」

「誠意が大事です。不慣れな社員じゃ上手くいきません」

「その社員も、社長が採用できるんだけど」

「今から、直ぐに人材は集まりませんよ。船長も心当たりに断られたら、軍のパイロットをご紹介してもらうしかありません」

「腕より人柄を優先して欲しい。操縦は殆ど専用AIしか出来ないから、不愉快な人物だとAIが不安定になるんだ」

「そうですか。やはり、心当たりの人物を口説き落としましょう」

「そうして欲しい」


 最高の船長はオペレッタだが、彼女がいるとツインリピートリープとかで、あっという間に飛んで行ってしまうから、今のところは拙いのだ。


 最後の夕食は、すき焼き大会になり、タルトとコラノ、万3兄弟、艾小姐、パーサーも交えて盛り上がった。

 特にニタ酒(濁り酒)は美味くて、ナリとナミも喜んだ。

 人種も国籍も、年齢も性別も身分も、全く問題にならなかった。


 皆が、等しく酔っ払ったからである。



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