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18 『決別と罠と』

 18 『決別と罠と』




 キヌたちは、ボンゴ皮のハンドバッグと靴を買ってきた。

 巻きスカートは、オグロヌーの白い部分に下の方だけ部分的に黒い縞が入っている優れものだ。

 全革の高級品である。

 流石に元侍女か。

 綿では、お気に召さないのだろう。


 選んだキヌたちのセンスは良いが、作ったシーリーンたちのセンスも、なかなかどうして優れている。


 縞模様がある毛皮は、縞模様をどう使うかが一番大事なところである。

 完成形を頭に描いてから裁断するのだ。

 それで、見た目の印象がガラリと変わったりする。

 縦縞、横縞、斜め、縞の間隔、縞の量などをすべて考えなければならない。

 トムソンガゼルなどは、ワンポイント柄があるから、上手く裁断しないとセンスの悪いものになってしまうこともある。


「領主様、キリン柄がありませんでした」

「キリンは少ないんだよ。あまり狩りたくないし」

「そうですね。可哀想ですよね。我慢します」

「そうなんだ。キヌは優しいな」

「そんな、領主様」


 キヌが赤くなってモジモジする。

 ちょっと可愛いかも。


「おほん、祐貴君。妻を褒めるのも慰めるのも僕の大事な役割なんだ。取らないでくれたまえよ」

「ホーサク。領主様は私たち部族全員の命の恩人ですよ。無礼なことは許しません」

「そんな、キヌ」


 豊作氏は少し涙目で小さくなる。

 全く、ホエール代表とは思えない。

 しかし、キヌは大人になった。

 おっぱいも体型もそんなに変わってないのになあ。

 二人の子持ちなんて、信じられない。


「でも、焼き餅焼きなんですね、ホーサクは。キヌはそんなホーサクを愛していますよ。チュ」

「キヌ!」

「嫌なのですか?」

「いや、驚いただけだよ」

「なら、もう一度、チュ」


 エリダヌス人には羞恥心が欠けているのだ。

 その証拠に、マサイ人たちはみんな恥ずかしそうにしているのに、エリダヌス人たちは全然動じていない。

 ナミとナリなんか俺をジッと見つめているだけだ。やばいかも。


「さあ、みんな座って飲み物でも飲んでいてくれ。俺はちょっと美味いものを仕入れてくるから」


 俺はピンク色に染まりかけている店内から飛び出した。


 マサイ人をかき分けるようにして国際茶楼にたどり着く。

 入り口で、テイクアウトの肉まんに行列ができているが、無視して店内に入ると、店内もジャージャー麺や肉うどんを食べる客で満席だ。


 実は、楼というのは2階以上のお店のことで、飯店や菜館にしなかったのは、1階を軽食にし、2階を宴会席や高級料理にしたかったからだ。

 いきなり本格中華というのも敷居が高いだろう。

 でも、軽食の茶房だけでもいけない。

 それで、茶楼にしたのである。


 ガゼル餃子の店というのも考えたが、カオルコが怒りそうなのでやめておいた。


 メニューには入れるはずである。

 何しろ、海鮮の材料がないのだ。

 餃子でも焼売でも、肉の種類で勝負するしかない。


 厨房に行くと、国際さんだけでなく、フィラーやその親族などで戦場のようだった。

 孔明さんとベアトリスも、フェンシィと一緒に肉まんを作っている。


「国際さん!」

「ああ、ユウキ様。お陰テ、タィ反響ですヨ」

「ジャージャー麺2つ」

「あいよー」

「割り込みで悪いが、ホエール代表が来てるんだ。肉まんを20個先に頼む」

「ヌーうどんいっちょ」

「あいよー」

「わかりましたヨ。フェンシィ、頼むネ」

「ガゼル肉ワンタン、3つ」

「あいよー」


 国際さんはコンロから離れられず、フェンシィに振るが、フェンシィもだいぶ疲れているようだ。


「全く、この忙しい時にホエールタィ表なんて」

「すまん、フェンシィ」

「ガゼル饅、たりないよー」

「わかってるヨー」


 怒鳴らないと、店と厨房は遣り取りできないくらいである。


「兄さんたちはラプラプで幸せかもしれないカ、お嬢様の警護をほっぽり出して、艾家の恩はどうするネ!」


 フェンシィは盛大に湯気が上がる蒸し器の中から、肉まんを取り出しながらも、文句は出る出る。


「まあまあ、艾家は動物園から護衛を10人派遣してきたから大丈夫だろ」

「それでも、恩と義理は考えないといけないヨ」


 丁寧に紙で包んでから、冷めないように箱詰めしてくれる。

 実に女の子らしい。


「何がおかしいネ」

「いや、フェンシィが一番女の子だなと思って」


 これはレティに教えられたことだが、今は俺もそう思った。


「ふざけてないテ、早く帰レ。忙しいんタ!」

「ガゼル漫、30お願いー」

「30ネー、今、用意してるヨー」

「だけど、夕方にはお前たちも帰るんだぞ」

「わかってるネ」

鴛鴦ユゥンヨァン炒飯4つ」

「はいよー」

「おい、フェンシィ。ユンヨンって何だ」

「ユウキには縁がない話ネ。さあ、邪魔ヨ」


 フェンシィは肉まんの箱を押しつけると、仕事に戻っていった。


「ヌーわんたん、いっちょー」

「あいよー」


 フェンシィには金塊を渡していたが、何かお礼をしなくちゃ不公平のような気がした。


 ヌーワンタンとかもあるのか。

 しかし、ユンヨンって一体何だろう?




「この肉まんは実に美味い」


 豊作氏はキネに4つに割ってもらい、食べさせてもらっていた。


「今は、ガゼルとヌーだけですが、今後はエランドやウォーターバック、イボイノシシやツチブタ、ボンゴなども試していく予定です」

「キリンやシマウマはどうなのかね」


 ダニエルがちょっと引いて、ナミとナリがピクリと動いた。


「マサイはイギリス系なので馬は食べませんよ。キリンも可愛いですから、食べた話は聞きませんね」

「ふうん、馬は美味いけどねえ」


 親父ギャグか、おっさん。


「さっぱりしていて力がつくと言われてますね」

「そうだよ。それに可愛いだけで食べられないなんて、少し不合理じゃないかね」

「ま、まさかホーサクは、あれも食べる気なんですか?」


 キヌが驚いたように言うと、キミとキネも涙目で豊作氏を見る。

 あれとは、勿論、オカピのことだろう。


「い、いや、まさかだよ」

「でも、可愛くても食べるって」

「じょ、冗談だよ、冗談」


 キヌは立ち上がり、ツカツカと俺の横に来てすがりついた。


「なっ!」

「なっ!」

「なっ!」

「ななっ!」


 俺とナミとナリと豊作氏は驚いた。


「領主様。ホーサクを叱ってください」


 直ぐにキミとキネが来て『叱って』とお願いしてきた。


「豊作さん、今のは問題発言でした。暫くそこで反省してください」

「なななっ、ゆ、祐貴君!」


「さあ、キヌたちには美味しいアイスクリームを奢ってあげよう」

「はい、領主様」

「はい、領主様」

「嬉しいです、領主様」


 俺は3夫人とエリザベスを連れてレティの店に行った。

 エリザベスを残したら、反省しないかもしれないからだ。


 豊作氏が蒼くなっているのを見て、ダニエルが蒼くなっていた。


 レティの店は、上に『シベリアンアイスクリーム』という手書きの看板が掛かっていた。


 アラディンのアイデアだろう。


 ここもいっぱいで、店の前のベンチやテーブルは子供連れで溢れかえっていた。

 店内もやはり満席で、俺は奥のカウンターの前に行った。

 感じの良い少女たちの店員が、意味ありげに目線をそっちに送ったからだ。


「まあ!」


 レティはキヌたちを見て、勘違いして驚いた。


「ホエール代表の夫人たちだよ」

「まあ!」

「レティさんですね。よろしく、キヌです」

「キミです」

「キネです」

「はい! こちらこそよろしくお願いします」


 キヌたちは早速、冷凍庫に並んだカップを眺めている。


「領主様。プランテンって何でしょう?」

「バナナの仲間だな」

「領主様、トマトって普通のトマトですか?」

「うん。ただのトマトなんだよ」

「ふえー」

「コーヒーは苦いのでしょうか?」

「ちょっぴり酸っぱいかな」

「へぇー」

「エリザベス、全部食べたいの」

「じゃあ、プレーン2個とイチゴを2個、トマトととコーヒーも2個ずつな。プランテンは4個もらおう」

「はい、ありがとうございます」


 レティは紙袋に2個ずつ入れていく。

 中には緩衝材が入っていて、最後にドライアイスを入れている。


「友達を応援に頼んだんだな」

「はい、一人じゃ無理ですし、アラディンさんは作る方が忙しくて」

「流行りそうで、良かったじゃないか」


 レティはエリザベスを見て、目を背けると、紙袋を渡しながら俺の手を握った。


「レティは、え、選んで貰えませんでした」

「まあ、アイスの研究をしながら、ゆっくりと人生を考えた方がいいよ。子どもたちの笑顔を見ている商売の方が向いているかもしれないだろう?」

「ユウキ様」


 レティは涙をこぼしながらも、職場なので懸命に耐えていた。


「また、直ぐに会えるよ」

「はい、必ず。ありがとうございました」


 俺は24リナ置くと、キヌたちを促して店を出た。

 キヌはまたですか、という顔をしていたが、ほかの3人は良くわかっていないようだった。




「ふむ、トマトには少しだけ塩を加えたか。やるな、アラディン」


 トマトアイスには工夫が見られたし、アイス全体も少しふんわりと仕上げる努力がしてあった。

 それで、ジェラートはいらないと判断したのだろう。

 レティが思い切りよく、切ったのだ。

 混ぜずにトッピングしてあるのも、アイスの味を引き立てている。


「この、プランテンは美味いぞ」


 タルトとコラノが隣のテーブルでプランテンアイスを横取りして食べている。

 ダニエルもプランテンに絶句している。


「祐貴君。肉まんに続いてアイスまで駄目なのかい。専門店でもコンビニでも、いくらでも売る手があるのに」


 豊作氏はプレーンのアイスに不満そうだったが、キヌたちが一口ずつあーんして分けてくれるので、たちまちご機嫌になった。


「駄目ですよ。手作りなんですから、量産はできませんよ。味だけまねして売り出せば良いじゃないですか。コーヒーもトマトも手に入るでしょう? ガゼルやヌーは、ホエールに売るほど捕ったら、絶滅しますよ」

「君はチカコみたいなことを言うね。現地の味を、しかも香料も使わないでまねしても本物にはならないよねえ」

「その通りです。現地に買いに来るしかありません」

「しかしねえ、それでは商売にならんのだよ。ホエールには400億人も顧客がいるんだよ」

「シメジのバター焼きですよ」

「何だって?」

「シメジのバターソテーを以前食べたでしょう?」

「ああ、あれは美味かったねえ」

「しかし、あれは日本全体でも年に100と採れない秘密のものです」

「一子相伝らしいね」

「それと同じです。売りたくても売るほど採れない。お金で買えるものではありません」

「しかし、売りたいねえ」

「量産化したシメジでもですか?」

「そうなんだよねえ。天然物とは比べものにならなかった」

「チカコの香水と同じですよ」

「うーん」


「ユウキ様。このイチゴは凄く美味しいです」


 パリーが声を上げる。

 エリザベスもうなずく。

 キネが一口貰って喜んでいる。


「普通のイチゴなんだよ」

「僕には、普通の味には思えないがねえ」

「実際には、チカコ味です」

「またしてもチカコか」


 豊作氏はため息をついた。

 この人は、何度もチカコを追い詰めては玉砕し続けているのだ。

 娘に弱いだけかもしれないが。

 もっとも、チカコ味はまだ成功していないのだ。

 俺もそっと、ため息をつく。


「ダニエル君!」

「代表閣下、私も今日初めて食べたのです。ユウキ代表が無理というならば、無理でしょう。生産力を高めていく努力はするつもりですが、現状ではお手上げです」


 まあ、シベリアンアイスクリームは、レティが社長なのだ。

 豊作氏も、14歳の女の子に無理は言わないだろう。




 夕方、ついにマサイとお別れの時がやってきた。

 残りの工事はサードたちに任せて、気の済むまでやらせることにした。

 大使館に噴水と池を作って、いざという時は避難場所にできるようにするそうだ。

 裏の密林側には、フェンスも追加するらしい。

 安全はサードの専門だから、口出しする必要はない。


 俺は見送りに来たエリザベスの妹や弟たちに、金ちゃんと銀ちゃんを抱かせていた。

 他にも何人か子供がいて誰の子供だかわからなかったが、空港の警備員たちが選別しているので知らない人ではないと思う。


 大人はジョアンとナイナ、マーガレット、ヘンリーとスザンナ、それにハッサンだった。

 そう言えば、キングは姿を見せなかった。

 シベリアンタイガーのニオイを気にしたのかもしれない。


 豊作氏はオカピの件があるので、先に着陸艇と貨物艇で旅客便に戻っている。

 キヌたちは、あまり旅行をしたがらなくなるだろう。

 オカピと子どもたちがいれば、もう気軽には出掛けられない。

 オカピを連れて、ハイキングとかができれば良いのだが。


 今回は旅客便の最高の部屋は、豊作氏に譲らなくてはならないなあ。

 パーサーにも会いたかったが、相手は豊作氏で手一杯だろう。


 豊作氏は出発前に言っていた。


『いつか、君は最高の地位に就くだろう。だが、それは虚しいだけだ。今のうちに考えておきたまえ』


 それは4星座の長と言うことだろうか?


 でも、大丈夫だ。

 俺は、領地が安定したら、再び処女惑星を探すつもりだ。

 リーナさんとオペレッタと一緒に、今度は3万光年先に行くのだ。

 銀河系は10万光年もあり、恒星だけでも2000億はある。ベテルギウスのような赤色巨星がゲートを作り出し、生命を宇宙に振りまくなら、別の人類が存在するかもしれない。


 存在しなくても、農地はあるだろう。


 それで駄目なら、アンドロメダにでも行ってやる。

 祖父さんや親父が想像もしなかった所まで。

 もしかすると、息子や孫が行けないくらいの場所にまで。

 そこで農地を開拓するんだ。


 俺が戻ってきた貨物艇を眺めながら、未来に想像の翼を広げていると、7歳ぐらいの女の子がシャツを引っ張ってきた。


 ハッサンの長女だろうか?


「ユウキ様。エリザベスもいつかユウキ様の星に行ける?」


 マーガレットの娘のエリザベスだった。

 うちのエリザベスが自慢げに胸を張ったがペッタンコだった。

 いや、比べるとポッチリとはあるかな。


「行きたいと思えば、何処だって行けるよ」

「じゃあ、サリーはホエールに行って金ちゃんと遊びたい」


 隣の更に幼い子が会話に参加してきた。


「馬鹿ね。金ちゃんは大人になったらマサイに戻ってくるのよ」

「そうなの?」

「そうよ」

「じゃ、サリーはマサイにいる」


 ハッサンが来て『次女です』と言って抱き上げていった。

 長女だと攫われると思ったのだろうか?

 それとも信用して次女を連れてきたのだろうか?

 悩んでいると、アズラーがカートに乗って現れた。


「ユウキ様、遅くなりました。ブルゾン100着でーす」

「早かったな」

「みんな、寝ないで頑張りました」

「じゃあ、貨物艇に運んでしまおう」

「はい、ユウキ様」


 俺はアズラーの隣に乗って、カートを貨物艇まで運転し、二人でパッキンして貨物艇の奥に積み込んだ。


「これで、終わりかな」

「後は、シーリーンからの伝言があります」

「何だろう?」


 アズラーはキョロキョロと辺りを見回してから、耳をと言うので、ちょっぴり屈むと、チュとキスされた。


「3人分ですからねー」


 アズラーはカートに飛び乗ると走って出て行った。


 だが、出口には艾小姐が仁王立ちしていた。


「やあ、艾小姐。いま、ブルゾンの追加が届いたところだ、よ?」


 艾小姐はツカツカと寄ってくる。

 もの凄く怖い。


 バシン!


 思いっきり、ひっぱたかれた。


「ロリコン! 色情狂! スケコマシ! 変態! 淫乱! ばかー!」


 艾小姐は走って出て行った。

 何だったんだよ。

 呆然としていると、フェンシィが現れた。


「お嬢様は、チャンスだと思っていたネ。でも先を越されたから怒っていたヨ」

「何のチャンスなんだよ」

「うーん、決別か告白か、そんなところネ」

「わけわからん。ひっぱたくのが告白か?」

「お嬢様は向こうに着いたら、淡鯨京太郎氏の許婚になるヨ。わかっているし、望んでもいたから、別に嫌ではないネ」

「それなら、俺は関係無いだろう」

「ところが、お嬢様は初恋をしてしまったヨ。最悪のタイミングで最悪の相手にネ」


 こいつ、最悪とか平気で貶してるよな。

 殴って良い?

 いや、腕力では俺の負けになるな。


「それで、決別か」

「五分五分だったと思うヨ。泣いてすがるか、怒るかネ。アズラーは知らずに引導を渡したことになるのカ」


 フェンシィは、面白そうに笑った。

 お嬢様が緊張して、化粧をし直して出掛けるところを目撃したらしい。


「それで、ひっぱたいて終わりなのか」

「多分ネ。泣いてすがるようなら、私が出て行ってユウキにキスしようと思っていたヨ」

「それは、お嬢様のためにか? フェンシィは京太郎氏との結婚に反対してるんだと思ってた」

「反対ではないが、初恋に気づいて欲しかったネ。そして乗り越えることをネ。引き摺ったまま結婚するのが最悪だったと思うヨ。やっぱり、こんな結婚は間違っていたとか何とかナ」


「乗り越えたんだな」


「まあ、ペイルホエールまで二晩あるから、二度泣いて到着する頃には、大人になっていると思うヨ」

「しかしなあ、俺は好かれていたとは思えないんだが」

「何言ってるネ。お嬢様が全裸ですがって何日も過ごすなんて、例え正気じゃなくてもあり得ないネ。ずっとユウキを頼りにしていたヨ。安心できるところはユウキの側だけだったヨ。それは正気に戻っても変わらないネ。お嬢様は本気で狙っていたヨ。一番のお気に入りの服も着てたしナ。でも、初恋なんてどうして良いのかわからないヨ。文字通り初めてなんだからナ。失うものが何もないパリーみたいなまねは、誰にでもできることじゃないネ」

「お前、見てたのか!」

「徹夜で見張っていたヨ。あれが最後まで行くという奴なのカ?」

「ち、違うからね!」


 俺は恥ずかしいので、『フェンシィのばかー』と叫んで走って飛び出した。

 フェンシィの笑い声が追いかけて来たのだった。



 最後に、孔明さんとベアトリスが乗り込んで、無事出発となった。

 サーラーは、両親が仕入をするので、後で両親と共にエリダヌスに来ることになっている。


 俺は帰りのことを考えて、オペレッタにペイルホエールまで迎えに来るように頼んでおいた。

 今から呼んでおけば、ペイルホエールまでタイムラグなしに来ていてもおかしくない。

 帰りは瞬時に帰れるだろう。

 もういい加減、お腹いっぱいである。

 面倒ごとは、終わりにしたい。


 朝から畑で働いて、美味いものを食って、妻たちと眠れるなら、他に何がいるというのだ。

 それ以上は欲張りというものだ。

 欲張るから、人の世は争いが絶えないのだ。

 腹一杯食える農民が一揆など起こすことはない。

 腹一杯食えれば、次の日も働けるからだ。


 俺たちは二人用のVIPルームに落ち着いた。

 バストイレ付きだが、一部屋で居間はない。簡単な応接セットが壁についているだけだ。

 行きにタルトとコラノが使った部屋と同じである。

 ところが、俺と妻4人で2部屋というのはちょっぴりと困るというか、あからさまと言うか、どうすれば良いのだろうか。

 二部屋、ベッド4つに5人である。

 妻が増えることは想定してなかったのだ。

 3人で二部屋予約しておけば、片方は待機部屋とかにすれば良かったのだ。

 勿論、3人一緒でも問題はなかったのである。

 しかし、今は5人だ。


 ベッドはデカいから、二人で寝ても何とかなりそうだが、誰と誰が寝るかでもめるし、誰と誰が同室かでもめる。


 取りあえず、一部屋にみんなで集まると、夕食になった。

 そこまでは何とかなった。

 だが、その後、皆が黙ってしまい、居心地の悪い空気に変わった。


「では、順番を決めましょう」


 ナリが唐突に切り出した。

 エリザベス以外は意味がわかったようだ。

 片方のベッドに集まった。

 当然、俺だけソファに居残りである。


「ナミとナリが先よね。私は割り込んだんだから」

「いいえ、パリー。私たちは半月も先に済ませているはずでした。本当はパリーの順番でもおかしくありませんよ」

「でも、それじゃあ」

「ねえ、何の順番なの?」

「妻になる順番です」

「ええっ、エリザベス、もう妻なの」

「本当の妻ではありません。これからユウキ様に……」


「ああ、ナリ。そのことは……」

「失礼します。閣下」


 扉が開きパーサーが、と思ったら、そこにはカテレヤがいた。

 パーサーの制服を着ている。

 後ろにカリーナとセリーナがいるから、見間違いではない。


「カテレヤ! 何で?」

「あら、閣下。軍を退役したら、カルロが就職先として紹介してくれたのですわ」


 カルロめ、俺に押しつけやがったな。

 カテレヤは、近づいてきてテーブルを壁に戻すと、ソファに座る俺の首に手を回し、顔に豊満な胸を押しつけた。


「何でも、ここの仕事を上手くこなせば、閣下から新しい船を頂けるそうじゃないですか」

「ほれは、カルホ・ホンサヘスひゃひょおうに聞いてふれ」

「あら、聞き間違いかしら? カリーナ! セリーナ!」

「はい、ママ」

「はい、ママ」

「二人で閣下にご奉仕しろ!」

「わかりました」

「了解しました」


 軍辞めても、変わってないよね。


 前だけではなく、両脇からも挟まれ、押しつけられる。

 カテレヤは、俺のズボンに手を入れてくる。


「どうわー、参りました。降参します」

「まったく、閣下は昔から素直じゃありませんね」

「素直だったら、困るでしょう?」

「いいえ、私は困りませんわ」


 カテレヤはナミたち妻など存在しないかのように振る舞っていた。

 俺が生まれた頃から、こんな仕事を続けてきているのだ。

 小娘たちなど、全然眼中にない。

 俺の経験値など何年積み重ねても、初心者ニュービー童貞チェリーにしか思えないだろう。


 どれぐらい、気持ちいいのだろうか?


 いや、駄目だ、駄目だ。

 経験したら、引き返せない麻薬のような世界かもしれないだろ!

 考えるな、俺!


「さあ、お嬢さんたちは、お隣で先にシャワーを浴びてきてくださいね。そうしたらきっとユウキ閣下が抱いて寝てくれますわよ」


 ナミたちは張り切って出て行ってしまった。

 催眠術か何かを使えるのだろうか。

 イケメンを同室にしておけば良かったよ。


「さて、閣下。条件を詰めましょうか」


 カテレヤは向かいの席で足を組み、見えそうな位置をキープした。

 カリーナとセリーナは俺の両隣で俺と腕を組んで肩に頭が触れる際どい位置取りである。


 なんか、手慣れてきてないか? 


「あら閣下。二人ともまだ処女ですわ。お確かめになりますか?」

「いいえ」


 即答すると、二人の目線が来たような気がしたが、どうせ確認する暇は貰えないのだ。

 おっぱいを押しつけられた気がする。


「もう、閣下は二人がどれだけ待ち焦がれてたかご存じないだけですわ。どうしても最初だけは好きな男としたいという乙女心をご理解くださらないといけませんわね」

「どうせ、へたれ男ですよ」

「あら、拗ねたりして、可愛いところも残っているじゃないですか。今晩、4人が済んだら、私が先にお相手しましょう」


 両脇の腕に力が入った。


「いいえ、結構です」

「あら、4人でおしまいですの」


 うう、ここで何と応えても、切り返されるだけだ。

 そのまま引き摺り込まれたら、どんな約束をしてしまうかわからない。


「それで、ロシアは何処までで手を打ってくれるんですか?」

「まあ、淡白な方。つまらないわ」

「別に面白くしようとは思いません」

「そうですねえ、ホエールと同等とまでは申しませんが、傘下の1隻ぐらい頂かないとホエールに引き離されてしまう気がするでしょうね」


「カルロは情報部を辞めたんでしょう」


「それを信じるも信じないも閣下のご自由ですわ。でも、ロシア政府が信じるかは別の話ですわね」

「それじゃ、カテレヤが軍を辞めていても、ロシア情報部は辞めていないと言うことじゃないですか」

「それも、あまり意味がある質問とは思えません。スパイというのは他国にいてこそスパイであって、自国にいるスパイなど、裏切り者以外はスパイではありませんよ。単なる事務職ですわ」

「つまり、国際線はスパイ天国になると言うことですか?」

「それが、閣下の決断にかかっていますわ」


 確かに初の国際線航路なのだ。

 どんなことでも起こり得る。


 それをホエール情報部に預けてしまえば大丈夫と思っていたのは考えが甘かった。

 ホエールとロシアに秘密協定があり、どちらかに一方的なアドバンテージがあると、不公平感から協定を破棄されかねないのだろう。


 ここは同じ待遇で、2頭の犬を雇った方が上手くいくのか。

 それとも競争になるのか。


 いや、アメリカや中国が乗り出してくると、片方だけではどんな秘密協定を何処と結ぶかわからなくなるのだ。

 2頭いれば、どちらかが警報を鳴らすだろう。

 互いにスパイもスパイキャッチャーも都合し合うはずだから、牽制し合いながらも、根本は味方同士でありたいのだ。


 そして、そこまで読んでの話なのだ。

 これは3方で納める意図が最初からあるのだろう。

 何にしても、中国のハニートラップを味わうのだけはごめんだ。

 その危険性は、カテレヤの比ではないだろう。


 カルロはロシアに義理立てした。

 俺が断ればそれで良いし、乗ったなら乗ったで協定は守られて続くのだろう。

 と言うことは、ロシアもホエールもエリダヌス担当はカルロとカテレヤがトップなのではないか。

 二人とも、引退する気なのだろうか。

 だが、引退などないのかもしれない。

 ならば、仲間になる方が断然お得と言うことだ。


「ロシアは優遇される替わりに、安全を保証してくれるのですか?」

「安全など、この世には存在しませんが、権益を守るために他国と協力はいたしますわ。テロや戦争などはごめんですから」

「それでも、その他国とはホエールで、お互いがスパイを送り合うことはなくなるのでしょう?」

「効率は大事ですから、そうなりますわ」


 両脇から良い匂いがして、熱い感触がして、柔らかい感触がする。

 処女を演出するなんて簡単なことだが、どうもカリーナもセリーナも処女のような気がする。

 ポリーナ先生を思い出すと、そんな気がするのだ。


 自由恋愛をしていれば、こんな仕事を続けてるとは思えないし、それこそ母親が事務職にでも転属させただろう。


 まあ、軍を辞めたのは本当かもしれない。


 だが、カテレヤは将来大統領職を継ぐのだ。

 それは、何処で何をしていようと、将来大統領になるための仕事をしていると言うことだ。

 イリエンコワ大統領の後釜にはなれないが、2代か3代後には王手をかけているだろう。

 だからこそ、派手な手柄が欲しいのかもしれない。


「半年後に姉妹船が就航します」

「流石は閣下、手回しが早いですわね」


 これは、牡牛座にやっと人が住める星が見つかった影響である。

 ホエール軍はその星を知っておきたいし、アメリカは移民船をチャーターしたいのである。

 それで、中国が焦りだしたところに、アメリカの某議員が、双子座にも航路を設けて貰えばと発言して、中国に誤解を与えたらしい。


「その船の人事はロシア情報部に任せましょう。ただし、経営上はカルロの会社であり、資本にまでは入れません。運営スタッフはカルロの会社員になりますから、きちんとした人を用意してください」

「まあ、ロシア資本の船では上手くいきませんので、それで十分ですわ」

「それから、お願いがあります」

「あら、何か条件をつけますの?」

「ええ、カリーナさんとセリーナさんは、優秀なのでしょう?」

「実技は男性恐怖症のせいでボロボロですが、理論は頑張り屋さんですからね。そこいらの学校ならトップですわね」

「では、お二人をエリダヌス情報部の顧問として迎えます。一からですが、情報部を設立してください。勿論、ロシアにもホエールにも都合の悪いことはしませんよ。危機回避と、株式会社CIAとの遣り取りがメインの仕事になります。まあ、頭脳労働ですね」


 カテレヤは大きく息を吐き出した。


「それは良い就職先ですわね。喜んで閣下の手足となるでしょう」


 男性恐怖症の娘たちを持て余しているのだ。

 だが、エリダヌスの領地には、同じようなのがいっぱいいるから大丈夫だろう。

 ちょっと失礼、と言ってカテレヤは部屋を出て行った。


「閣下。私などで本当によろしいのですか」

「セリーナさんは、もう軍は辞めたのでしょう?」

「はい。今は民間人です」

「それなら、エリダヌスで顧問をしていただいても問題ありません。カリーナさんもです」

「ありがとうございます、閣下」

「ありがとうございます、閣下」

「ならば、腕を放してください。話づらいんです」

「申し訳ありません。つい、母には逆らえず」

「ごめんなさい、閣下」


 顔を赤くして可愛かった。


 カテレヤが戻ってきた。

 ワインのカートを引いている。


「さあ、娘たちの就職祝いをしましょう」

「お仕事は良いのですか?」

「今日の仕事は終わりましたわ」

「豊作氏は?」

「とっくに奥様方と……ね」

「艾家のお嬢様はどうです」

「泣き疲れて寝てしまったようですわね。そんなことするんなら、閣下のベッドで寝た方がよっぽど気持ちよく眠れますのに、中国人って不思議な人種ですわね」


 いや、ホエール人なんですけど。


「では、乾杯しましょうか」

「その前にもう一つお願いが」

「何ですの? 私ですか。私なら既に身も心も閣下のものですわよ」

「カテレヤには本国に戻って貰います。こんな船の中にいても何にもならないでしょう。新造船の担当者を前倒しで派遣して、経験を積ませてください。商売の方も覚えて貰わなくてはなりませんから」

「私はクビですか?」

「カテレヤはいくらでもやることがあるでしょう? 大統領の補佐官とか。情報担当者とか」

「私、母の手伝いより、閣下の妻とかの方が良いですわ」

「そんな我が儘は言えないでしょ、どうせやらなきゃならないのですから。ゴールに近い方が得点は入れやすいですよ」

「ならば閣下のアシストをお願いしたいのですが」

「何でしょうか」

「エリダヌスの鮭が欲しいのです。できれば稚魚を頂きたいですわね。ハバロフスクで放して毎年遡上するようにしたいのですわ」

「中国の工場廃液で死滅したのでしたっけ?」

「ええ、ブラジボストーク、ユージノサハリンスク、北海道と広範囲に。お陰でカナダ産のサーモンを輸入してます。でも、エリダヌス産のはグレードが高いと聞いておりますわ」

「タガーノフ村長に言っておきます。凍り付くほどの寒いところを遡上するやつの方が良いでしょう」

「資金援助もしていただけます?」

「ひょっとして、ハバロフスクが故郷なんですか?」

「ええ、母の故郷です」


 カテレヤは遠い目をした。

 引退後に住まわせるのだろう。

 きっと、イリエンコワ大統領は、子供の頃に遡上する鮭を食べていたに違いない。

 なんて、親孝行な娘なんだろう。

 誰も、信じないだろうがな。

 どうせ、母親を引き摺り降ろしたとか言われるのだろう。


「そうですか。個人事業じゃ仕方がないですね。遡上を確認するまでは援助しましょう」

「流石は閣下ですわ。今夜は乱れてしまいそうです」

「新婚旅行中なのでそっとしておいてください」

「あら、サービスですのに」

「結構です!」

「もう、ひどい人!」


 その後、乾杯して引き下がったと思ったら、待っていても妻たちが戻ってこない。

 猛烈な性欲が襲ってきたところで、上気したカリーナとセリーナが現れて、俺は嵌められたのだと悟った。


 妻たちも、俺も、二人も一服盛られたようだった。


 欲望に逆らえるわけもなく、俺は処女二人を鬼畜のように責め立て、なかなか終わらなかった。


 二人は良く耐えてくれた。

 理由はわからないが、俺を待っていたのは本当だった。

 回復すると、二人とも抱きついて眠り『幸せ』と言ってくれた。

 素晴らしい体験だった。


 妻たちには言えないけど。


 領地での処女再生を提案したが、はっきりと断られた。

 それで、俺は二人が気に入ってしまった。

 ポリーナ先生は怒るだろうが。


 朝、起きると二人は消えていて、ぐっすりと眠った妻たちに起こされた。


 まるで何もなかったかのようだった。


 イケメンやシベリアンタイガーの様子を見て、タルトたちとおしゃべりして1日が終わり、先送りした問題に戻るはずだったが、妻たちは再びシャワーに消えて戻ってこなかった。


 俺は、再び同じ罠にはまったのだった。


 カテレヤが部屋に来て、肉食獣のような笑みを浮かべた。

 拙いと思いながらも、俺は何故か動けなかった。


「想いがあると拒んだりできないのですわ、閣下。本当に嫌な相手なら満足感など得られませんわよ」


 カテレヤは、本当に恐ろしい女だった。


 悪魔か!


 だが、カテレヤは何もせずに出て行き、入ってきたカリーナとセリーナは一途で可愛かった。

 悪いと思いながらも、妻たちはまたしても先送りしてしまった。

 3人で嵌められたと言いながら、実際はとても楽しんでしまったのだ。


 ペイルホエールでは、カリーナとセリーナは外交武官のようで、儀礼から護衛まであらゆるサポートをしてくれた。

 まあ、実技は落ちこぼれなのかもしれないが、俺には十分だろう。

 妻たちも、格式が高いところなので、二人がいることをとても喜んでいた。



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