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17 『隠し球』

 17 『隠し球』




 今はまだ、シベリアンタイガーにとっては深夜だから、起き出したりはしないだろう。

 一応、イケメンに見張りを頼み、ナミとナリにはイケメンを補佐するように頼み、更にサード一体に守りを頼んで、シーフのレストランに行った。

 行きたくはなかったが、仕方がない。


 ちなみにシーフはナイナの弟で、本当はシーファーが本名なのだが、いつも間にか泥棒シーフになったらしい。

 確かに、あの店に行くと金を巻き上げられるような気がする。


 大通りの向かい側の建物は、見た目は完成しているが、裏手はまだ工事しているところが多い。

 道路は簡易舗装なので殆ど工事は終わっている。

 しかし、見物客がもの凄く多い。

 人だかりが多くて、店の様子が見えない。


 シーフの店では道路までテーブルを出して、しっかりと客を増やしている。

 休日は明日のはずだが、なんちゃって週休2日のマサイだから、今日は良くわからない。

 1日は公式に休みの日だが、もう1日は勝手に休みにするからだ。


 領主に休みなんてないけどな。


 農民にも休みはないな。


 エッチも休みはないはずなんだが。


 ごほん。切り替えよう。


 ハッサンだけでなく、ダニエルとジョアンとナイナも待っていた。


 金の精算だからだ。


 明日、俺が金を払わずに逃亡したら、マサイ経済は破綻するだろう。

 まあ、ジュリエッタがエリダヌスと往復する時に、金塊をゴッソリ持ってきてくれたから大丈夫だ。

 金だけは、今のところ宇宙の何処でも同じ価値を持っている。


 しかし、ハッサンもだいぶ鍛えられたようで、金塊1個の取引(約1億円だ)にも慣れてきたようだ。

 一言何かを言うたびに金塊がこっちからあっちに消えていく。

 ダニエルやジョアン、ナイナまでが顔を蒼くしているのに、全然平気だ。

 マサイの一家4人の平均年収が、2万4千リナ(120万円)ぐらいなのだ。

 なのに取引の桁が1桁、2桁上がっても、平然としている。

 もう、税収3億円ぐらいの国の大臣じゃないな。


 一応、かかった経費の精算は終わった。

 ジョアンとマーガレットの分も、まあ、仕方がない程度の額で妥協した。

 毛皮や土地や機械類の立て替え分なども精算済みである。


 これからは、アルーシャ銀行に預ける分だ。


「エリダヌスの大使館運営資金に10個預ける」

「妥当ですな」

「ナナ&サラサ・マサイの予備費に5個、国債購入に25個、当面の仕入れの資金に5個」

「当然でしょうな」

「別に、各店の保証金として2個ずつ預けておく」

「お預かりしましょう」

「トマト加工資金に5個。これはエリダヌス財務省とマサイ財務省との資本提携にしよう。株式会社を設立する時は、株式で支払ってくれ」

「ありがとうございます」

「手数料はどうする?」

「ホエール銀行に3個で交渉します。うちはいりません」

「税金は?」

「それは、これから各店の売上げからいただきます」

「トマトケチャップの代金は?」


 ハッサンは、待っていましたという顔をした。


「ははは、それはエリダヌスに輸出できるようになってからにしましょう。まだ、商品化できていないものをお売りするわけにはいきませんからな」

「くそぅ、気がついたか」

「はい。2千万ではなく、2億は売れるかと」

「だが、生産量はなかなか追いつかないぞ」

「でも、エリダヌスケチャップよりは先になるでしょう?」

「うっ! まあ、そうだな」

「無理しないで、うちの商品を輸入してください」

「あんた、金貸しだったよな」

「閣下は農民でしたね」

「あははは」

「うわははは」

「性格悪くなったんじゃないか」

「閣下にはかないませんよ」


 まったく、汗もかかなくなりやがった。

 また、手強い奴が増えたか。


 たった2日でマサイ市場3千から、ホエール市場400億に頭を切り替えたのだ。

 だが、売りがあれば買いもあるのだ。

 きっと、死ぬような思いをしたことだろう。


 でも、これで、豊作氏に簡単にひねられるような経営はしなくなるだろう。

 授業料を俺が払うのは納得できないが、ひねられてから援助するよりマシかもしれない。


「ハッサン大臣」

「はい、ユウキ閣下」

「本当の敵は、あちこちにいるからな」

「閣下はお味方でしょうな」

「お互い、下が独立するまではだな。人口30万人からは、常にホエールが介入してくると思ってくれ。それまでは生産者の顔をするしかないよ」

「自給自足しないと介入されるんですな。私も娘たちを鍛えておくことにします」


 娘なんかいたのか?


「まだ、上が7歳ですが、閣下の評判が……」


 ジョアンをチラリと見る。


「その評判はデマだからね」

「先物買いをするかもしれませんし」


 いいえ、しませんよ。


「ハッサン大臣」

「はい、閣下」

「味方だから言うのだが」

「味方でも、娘は紹介しませんぞ」

「ふんっ、後悔するなよ」

「後悔しないよう努力しましょう」

「そうか、ならば後悔しないように言っておくが、ケチャップの甘みは砂糖だけではなく、プランテンを使ってみてはどうだ?」


 ハッサンは驚き、汗を流し、蒼くなって暫く唸っているばかりだった。


 やがて、立ち直り、立ち上がった。


「ありがとうございます」


 ハッサンは、深く深くお辞儀をするのだった。


 どうやら『ワザアリ』ではなく『イッポン』だったようだ。


 これで、マサイ人好みの独特の味がするケチャップは軌道に乗るだろう。

 黄色いバナナの国では生産できないしな。

 プランテンも増産決定か。

 バナナケチャップとかできたらどうしよう?




 その夜は誰も帰ってこないのを良いことに、ナミとナリとイチャイチャして過ごした。


 勿論、シベリアンタイガーの世話はちゃんとやっている。

 でも、妻たちともちゃんとやりたかったのだ。


「ナミは、昼間沢山しましたから、ナリの番です」

「沢山はしてません!」

「でも、ナリよりは多いでしょ」

「それは、ちょっとだけ」

「じゃあ、やっぱりナリが優先です」

「ずるいわよ」

「ずるいのはナミです」


 俺の左右の腕の中で、二人は可愛く争っている。

 普段は無口で、俺の前だけだと思うと、余計に可愛く思える。


「こらこら、喧嘩しないで順番にお風呂にでも入ってきたらどうだ」

「ああ、ナリ、お先にどうぞ」

「ナミこそ、先に入ってきなさい」

「不潔な女はユウキ様に嫌われるわよ」

「ナリは清潔です。ナミこそユウキ様に触られて、女臭くなっているでしょ」

「ええっ! 本当?」


 ナミは急に真面目になって、スカートをまくり始めた。


「う、嘘よ。大丈夫だから心配しないで」

「本当ですか、ユウキ様」

「ああ、ナミは良い匂いだよ」

「だ、駄目です。やっぱりお風呂に入ってきます」

「ナミ、領地じゃないんだから、夜に一人でお風呂なんて駄目よ」

「じゃあ、一緒に行きましょう」

「はい、一緒に行きましょう」


 それなら俺も、と思ったが、あちこち転げ回っている5頭の子どもたちや、ヌーを白骨化するのに忙しいソロモンや、ワインを探しているシバを放ってはおけないよな。

 イケメンたちは休憩しているし、サードは監督に戻してしまったしな。

 まあ、シップにはアンドロイドがいるから、女二人で風呂に行っても安全なんだから、俺は残っていよう。


 だが、俺が二人に不潔だと思われたらどうするんだ。


 やっぱり、きちんとお風呂に入ってからした方が良いよな。

 お風呂に入りながらするのも良いかな。

 いや、見張りは大事だよな。

 まったく、いつになったら解放されるんだ?

 これは新婚旅行じゃなかったのか?

 半月も旅行して、初夜がまだなんてあり得ないだろう?


「ああ、思いっきりやりたい!」

「はいなの、ユウキ様」

「ええっ?」


 エリザベスが飛び込んできた。


「え、エリザベスっ!」

「ここは寒いの。ユウキ様」


 エリザベスが押しつけてって、押しつけるものはないが、身体を押しつけてきて、軟らかくて良い匂いがして、性欲が解放され気味の俺には毒劇物だった。

 自然とお尻を抱いてしまい、手が離せない。

 いや、手が離せないわけではないのだが、手が離せない。

 エリザベスの顔が、お互いに寄り目になるくらい側にあって、動転している頭がついて行っていない。


「い、痛いところとか、もうないのか」

「痛いのは我慢するの」

「いや、そう言う意味じゃなくてさ」

「痛いことするの?」

「いや、そう言う意味でもなくってさ」

「痛くないことするの?」

「痛くないこともしないけど」

「思いっきりしてもいいの」


 駄目だ。やっぱりエリザベスはエリザベスであり、会話をどう組み立てれば良いのかわからない。


「エリザベス、顔が近すぎて、虎の見張りができないんだよ。少し離れて」

「いや!」


 何で否定なんだ!


「エリザベスはユウキ様に嫌がる要求をされないといけないの。5日間もサボったから、頑張るの」

「そんなことは頑張らなくて良いからね」

「じゃあ、やっぱり痛いこといっぱいするの」

「痛いことは、もう十分経験しただろ」

「それじゃ、エリザベスはもうユウキ様の妻なの」

「何でだよ」

「だって、ユウキ様に痛いことされると、妻になれるって教わったの」

「そんなことないからね」

「じゃあ、エリザベスは妻じゃないの?」


 はい、じゃないし。

 いいえ、でもおかしいし。

 まだ、ってのも変だし。

 勝手にお尻を触ってるし。

 段々、身体が正面に上ってきてるし。


「大体、何で裸なんだ、お前」

「だって、さっきまでナリとナミがこうしていたの」


 見てたのね。

 つーことは、二人はエリザベスが来ているのを知ってたのね。

 きっと、お風呂は早めに切り上げてくるのね。

 でも、エリザベスが一緒と言うことは、初夜はもう無理なのね。


 ひょっとしたら、俺に嫌がることされるんじゃなくて、俺が嫌がることをするために来たんじゃないのか。


「エリザベス、お尻以外も寒いの」

「ああっ、ごめん。こうか、これでどうだ」


 俺はエリザベスのお尻から手を離し、背中や肩をさすった。

 何処も程良く軟らかく、すべすべだった。

 そう言えば、エリザベスの右肩は負傷したんだっけ。


 そっと窺うと、エリザベスの右肩には傷跡があった。

 薄らとしているのだが、よく見るとわかってしまう。


 かなりの衝撃だった。


 俺は彼女を守れず、彼女はナミとナリを守ってくれたのだ。


「ユウキ様、泣いてるの?」

「いいや、泣いてないよ」

「エリザベスずっと一緒にいるの。だから安心していいの」

「どうして一緒にいるんだ?」

「だって、パパとママがユウキ様と一緒になれって言ったの」


 一緒に行け、の間違いじゃないのか?


「それでいいのか?」

「いいの」

「どうして?」

「だってエリザベスは、ユウキ様が好きなの」


 かなりの衝撃だった。


 俺はエリザベスを抱きしめて、ちょっとだけ泣いた。

 そして、二度と彼女をケガさせたりしないぞと誓うのだった。


 俺は妻のために、ハンドバッグと靴を4組作っていた。

 それはナミとナリとパリーと、そしてエリザベスのためのものだった。

 靴のサイズは、言い訳できないだろう。

 あのとき、エリザベスの撃ったスタンガンは、俺の心を撃ち抜いていたのだった。


「俺も、エリザベスが大好きだよ」


「あらっ」

「もうっ」


 風呂上がりのナミとナリに聞かれていて、ポカポカ叩かれてしまった。


 やっぱり、そうだよね。


 それから朝まで虎の世話があったが、テントの中では、左右にナミとナリ、上にエリザベスというポジションは変わらなかった。

 俺は何度もエリザベスも加えて初夜をと思い、駄目だと思い、良いのではと思い、やっぱり駄目だと思いながら寝ていたようだ。


 パリーがキスして起こしてくれたのは驚いたのだが。

 流石に朝に強いナミとナリも、何度も虎の世話があったので起きられなかったのだろう。


「おはよう、パリー」

「おはようございます。ホエールの船が到着したようです。着陸艇がもうすぐ降りてくるそうですよ」

「もう、そんな時間か」

「8時を過ぎました」

「虎たちの様子は?」

「ぐっすり寝ています。もう、野生動物には見えませんね」 

「そうだなぁ」


 かなり知性があると言うだけで、野生とは思えなくなっていた。

 条件を出したり、約束を守ったりするだけで、チンパンジーなんか及びもつかないほど高度な知性を持っているはずだ。

 人間だって約束を守らなかったりすることを思えば、彼らの方がマシかもしれない。


「両親はどうした?」

「もう、バスでナイロビに向かいました」

「寂しくないのか?」

「ユウキ様に選んでいただけたのです。パリーはそれだけで幸せです。それに両親まで地主として、使用人すら雇える身分にしてくださいました。弟や妹は幸せに暮らせるでしょう。これからユウキ様の役に立たないとバチが当たります」

「トマト農場か。ひと目見てみたかったな」

「いつでも来られます。次で良いじゃないですか」

「そうだな。できることを1つずつ片付けようか」

「はい、ユウキ様」

「じゃあ、寝ている妻たちを起こすから、朝風呂にでも入れてしゃっきりさせてくれ。今日は、お披露目とお別れがあるからな」

「はい、ユウキ様」


 俺がテント状の防寒着を開くと、左右のナミとナリが可愛くうめき声を上げた。

 エリザベスは完熟している。

 身体は未熟だが。


「ユウキ様!」

「何? 顔が、こ、怖いよ、パリー」

「どうして、エリザベスが私より先なんですかー!」


 誤解だからね!




 着陸艇には、ペイル動物園の飼育員が5名いた。

 警備員も10人いて、商売上失敗できない所まで進んでいるのが良くわかった。


 それぞれに挨拶して、艾小姐を待つことにした。

 飼育員にはイケメンとヒミコを紹介して、遣り取りを覚えて貰う。

 どうせ、シベリアンタイガーは貨物艇でなければ運べないし、バッファローが先である。

 それに、虎は夜行性だから、今は寝ているのだ。


 貨物艇は、どうやらカリフォルニアワインを大量に積んできたようだ。

 後は、カルバドスとか、リキュールか。

 財務省の職員たちが何人か来て、調べている。

 昨日、蒼い顔して金塊を運んだ連中がいるからわかったのである。

 だが、最新の銀行管理保護システムの箱が運び出されていた。

 ホエール銀行の特製である。

 豊作氏が用意してくれたのか。

 それにしては準備が早いよな。


 艾小姐が、カートに乗ってスタッフ用ブルゾンを持ってくると、どよめきが上がった。

 ソロモン柄とシバ柄が、予想よりも美しいからだろう。

 画家が想像で描くものよりも美しいのである。

 自然は、人間の想像力を超える時があるのだ。

 俺は実物を見てから作ったのだから、実物以上にはできなかったが、それでも想像は超えていると思う。


 艾小姐も着替えに行った。

 部下たちの前で戦闘服じゃ嫌だったのだろう。

 国際茶楼の手伝いでくたびれているのは服だけじゃないだろうが、気分を一新したいのは良くわかる。

 艾家にとって大事なのは、国際茶楼ではないからだ。


 先に妻たち4人が現れ、やはりどよめきのようなものを引き出したが、俺も実は驚いた。

 全員、キリン柄のブラチョッキと巻きスカートだけで、ブラウスを着けていない。

 シマウマの靴とハンドバックは持っていた。

 髪にはハイビスカスだ。

 とってもよく似合う。


 でも、きっとノーパンなんだろうな。

 4人とも、一応処女なんだよな。

 でも、新婚旅行で妻が二人増えて、しかも処女って言うのは何だかおかしな気がする。


 まあ、可愛いから許そう。


 人混みの中でトップレスは触られると忠告しておいたのだ。

 見られるのは平気なエリダヌス人でも、流石に触られるのは嫌がるのだ。


 そこへ、艾小姐が臙脂(えんじ、カーマイン)のチャイナドレスの美しい装いで現れ、何故か俺を睨み付けてから、スタッフと警備員を引き連れて氷温倉庫に入っていった。

 完全にお嬢様モードに戻ったようだ。

 絹に臙脂なんて、一番高価な組み合わせである。

 まさか、安い染料など使うまい。

 京友禅の2千万とかの振り袖を一度だけ見たことあるが、それに劣らないと思う。


 そうか。金には換えられない価値のものを身につけたかったんだな。


 妻たちは貴重なキリン革を着て、お金では買えない靴とハンドバッグを身につけている。

 キリンもシマウマも、殆ど在庫はないし、入荷予定もない。

 マサイ人たちは、キリンもシマウマも捕りたがらないからだ。

 

 意地っ張りと言うべきだろうか。


 確かに、物は金で買えるが、物となるまでは金では買えないのである。

 シベリアンタイガーの毛皮が、絶対に買えないことを考えればわかるだろう。


 待てよ。

 シロクマの防寒着は、マーガレットの店で400G(2百万円)だったよな。

 ならば、ブルゾンは100G(50万円)はするんじゃないか?


 毛皮代が一括だったし、在庫処分と言うことで安くなっていたから12Gなんて言ってしまったけど、現地価格の更に割引だったんだから、本当はもっと高いはずである。

 次に仕入れる時に、いい加減な金額では手に入らないだろう。

 北極圏に行って取って来るんだから、1頭で年収の2万4千リナ(120万円)ぐらいにはなるだろう。


 遠洋のマグロ漁船と同じである。

 年に1回の漁でも、年収を上回らなければ、経費があって赤字になってしまう。

 儲からないものを、金かけてまで捕りには行かないのだ。

 マサイ中央大陸で防寒着は売れないが、今後はどう転ぶかわからない。


 北大陸監視団が来れば、生活のために1つか2つは村ができるだろう。

 動物学者も世界中から押しかけてくるかもしれない。

 シロクマの毛皮の需要はあるのだ。


 などと考えていると、着陸艇が下りてきた。


「2台目だよな」


 ぼんやりと見ていると、知り合いが降りてきた。


「出た!」

「失礼だね、祐貴君。君と僕の仲じゃないか」

「どのような仲でしょうか、代表」

「それは、親友とか大親友という奴だよ」


 どうせ、敵の敵は味方とかいう奴だろう。

 京太郎氏を取り込まれるのが嫌なのに決まってる。

 敵が敵と結びつくのは、いつだって悪夢なのだ。

 俺か、京太郎氏か、両方かに嫌がらせをしたいのだろう。


「何故、マサイに? 先日、来たんでしょう?」

「そりゃあ、我がホエール銀行のアルーシャ支店の視察だよ」

「本当は?」

「まあ、シベリアンタイガーに、横やりを、いや、心配して見に来たんだよ」

「本音がダダ漏れですよ」

「まあまあ、君も領民だったキネのお祝いをしたいだろう? したいよねえ」

「お久しぶりです。領主様」

「領主様!」

「領主様!」


 キヌは15歳だろうか。既に二人の子持ちである。

 次女の、えーと、キマだかキミだかは、やはり子持ちで、三女のキネがこの度ご懐妊とかだったな。


 ロリコン親父め!


「やあ、第1夫人。第2夫人。第3夫人。お元気そうで実に良かった」

「領主様、私は敵ではありませんよ!」

「私もそうです!」

「他人行儀です!」


 3姉妹に迫られ、叱られてしまった。

 慌てた豊作氏が3人を後ろに隠す。


「それより、君もずいぶんと可愛らしい奥さんを連れているねえ。差し支えなければ、紹介してくれたまえ」


 ナミとナリは知ってるだろうし、Eカップのパリーと言うことはないだろう。

 もう、エリザベスに目をつけたのか、ロリコン。

 しかし、俺も人のことは言えないのか。

 この人と同格だと思うと、泣けてくる。


 ナミとナリは、既に会釈をしている。


「妻のパリーです。ご高名は存じ上げております」

「祐貴君の親友の豊作です。よろしく」

「つ、つまのエリザベスなの。よろしくなの」

「祐貴君の大親友の豊作です。エリザベス君はお幾つなのかな」

「11歳になったの」

「そうか、それは実にうらやましい、じゃなくて、素晴らしい」


 パリーに対する素っ気なさが浮き彫りになるような態度だった。

 しかし、この人だけは敵に回すわけにはいかないのである。

 敵対すれば、当然こちらもチカコというカードを切らなくてはならなくなる。

 そうしたら、宇宙がどうなるかわからない。

 戦争もしてないのに、飢餓や貧困が発生しかねないのだ。

 億単位の難民や餓死者が出てからでは取り返しがつかない。


 まあ、今回は秘密兵器を用意してある。

 豊作氏本人は駄目でも、妻たちは籠絡できるはずだ。


「では、代表。今回だけ特別にお祝いを用意してありますので、こちらにどうぞ」


 いつまでも、エリザベスの手を握っているので、仕方なく引っ張っていく。


「祐貴君、せっかちなのは嫌われるよ」

「いいえ、夫人たちも早く見たいはずです」

「シベリアンタイガーなんてオチはごめんだよ」

「まあ、ご意見は見てからお伺いしますよ」


 俺たちはバッファロー区画に行った。

 イケメンとヒミコがいるから、動物たちは大人しくしている。

 バッファローたちの奥に衝立があり、目隠しになっている区画があった。

 ナミとナリが今まで世話してくれていた、今回の隠し球が奥にいる。


「うわぁー」

「わぁー」

「きゃぁー」


 3夫人の反応は予想以上である。

 流石の豊作氏も、ぽかんと見ているだけだ。

 ナミとナリに案内されて、3夫人たちは大喜びだ。

 多分、一日中ここにいたいとか言い出すだろう。


「凄い」

「うわぁ」


 実はパリーとエリザベスも初めて見るのだった。


「ゆ、祐貴君。こ、これはオカピかい」

「ええ、地球にはもういない、野生のオカピです」

「まさしく、珍獣だね。あれなんかお尻の右が縦縞で左が横縞になっているように見えるよ」

「それより、この子供の首筋を見てください」


 豊作氏は、ゆっくりと近づいて覗き込むように見る。


「こ、これは、キリン模様に見える!」

「そうです。先祖返りか、進化かわかりませんが珍しいと思います」

「珍獣の中の珍獣か!」


 まあ、俺にも良くわからないのだが、オカピはシマウマに似ているがキリンの仲間である。

 先祖が同じなんだろう。

 首が伸びなかったキリンなのか、それともシマウマと同じように進化してきたのか。


 暫くの間、誰も口をきかずに飽きることなく珍獣の親子を眺めていた。




 3夫人たちがオカピを気に入りすぎたので、イケメンに頼んでオカピたちが3夫人に懐くように説得して貰った。

 ナリとナミを見慣れていたせいか、同郷のキヌたちに抵抗はないようだった。

 エリザベスが羨ましくて愚図っただけである。

 しかし、豊作氏も大層気に入ったようで、してやられたと思いながらも嬉しそうだった。


 シベリアンタイガーは厄介ではあったが、珍しさで言えば、この星ではオカピに軍配が上がるだろう。

 豊作氏がマサイに来るのは予想してなかったが、ホエールで出会う可能性を考慮しておいて良かった。

 オカピには気の毒だが、保険になってもらったのである。



 暫くして、シーフの店に出掛けることにした。

 大通りは混雑し、シーフの店も空きは無かったが、マサイ人たちは俺たちの姿を見ると、直ぐに空けてくれた。

 俺は妻たちに、3夫人を新しいナナ&サラサ・マサイに案内するように頼んで、豊作氏とダニエルだけをテーブルに着かせた。


 安全面は大丈夫である。

 一見、豊作氏は妻たちしか連れてないように見えるが、別の着陸艇で来るくらいの数の護衛は連れている。

 彼らは『草』と呼ばれる特殊な護衛用アンドロイドで、実はオペレッタの変身技術を取り入れて作った最新型である。

 直ぐに、地元民に溶け込んでしまうのが最大の特徴である。

 余程、それと注意していなければ見分けはつかないほどだ。

 先行して安全を確認しているのや、遠巻きにして監視しているのなど、タイプは様々である。

 必要なら、豊作氏と3夫人に化ける時もあるはずだ。

 勿論、忠誠心は壊す以外解除する方法はない。

 

 豊作氏はいつもアンドロイドを連れている。

 『人間は裏切るから』が彼の信条である。

 生まれながらにして、宇宙一の金持ちなのだから仕方がない。

 今は上機嫌ではあるが。


「珍獣は、大動物大公園で公開するかな」

「それは、上策ではありませんよ」

「では、祐貴君の案を聞こうか」


「はい。まずは徹底的に秘密にします。特に動物園などに知られないようにします」

「シベリアンタイガーには対抗できないからかい?」

「収入と言う意味ではその通りです。暫くは対抗しても無駄でしょう」

「では、下火になってから公開するのか。3年ぐらいは無理だよ」

「いいえ、公開はしません」

「では、どうするんだ。話題も収入も手放すのか」

「収入なんて、青鯨家には必要ないことです。オカピの飼育費なんていくらでもないでしょう」

「ならば、家族だけで楽しむのかい?」

「いいえ、青鯨家に絶対の忠誠を誓うものだけを呼んでこっそりと見せるのです。勿論、他家には内緒です。特に委員会メンバーなどには、気取られてはなりません」


 見せびらかすのが好きな豊作氏も、これなら暫くは我慢できるだろう。


「ふうん。でも、家族を呼べば子どもたちに箝口令を敷くのは難しいよ」

「しらばっくれるのです。そのうち、青鯨家に呼ばれることを皆さん望むようになるでしょう。一種の名誉と信頼です」

「少しだけ情報が漏れることを利用するのか!」

「それに、珍獣の繁殖に成功してから公開しても遅くはないでしょう。隠し球も使い方次第ですよ」

「祐貴君もずいぶんと隠し球を持っていそうだね」

「俺は農民ですから、せいぜい床下に麦を貯めているぐらいですよ」

「物騒な麦だね」


「いいえ、美味しい麦だけです」

「そういうことにしておこうか」


「それより、珍獣の追加があったら、このダニエルが秘密裏に確保します。暫くは見つからないでしょうが」

「そうか、そうだね。ダニエル君、よろしく頼むよ」

「はい、代表閣下」

「普通に豊作で良いんだよ」

「と、とんでもございません」

「何、ホエールの代表と言っても、この祐貴君にこてんぱんにやられて、今では抜け殻みたいなものなんだよ。早く引退して、妻たちと静かに暮らしたいと思っているんだ」

「何を気弱なことを言ってるんです。これから、また可愛い子供が生まれるんでしょう?」

「そう言えばそうだね。娘のキリは最近パパ、パパと可愛くてね。息子の財宝たからもくっついてきて、下の息子の豊漁ゆたかもそりゃ可愛いんだよ」


 何、この食いつき。

 気持ち悪いくらい、グニャグニャだな。


「特に娘のキリは嫁には出さないことにした。宇宙にも出さないよ。何しろゲートドライブなどと言う訳のわからないものに大事な娘は預けられないからねえ。行方不明シェァラオブゥミェンになって、辺境の変態男に捕らわれたら大変だろう。それに、キリはパパ大好きだから、将来は、パパのお嫁さんになるぅ、などと言い出しかねないしねえ。パパ大好きでパパのお嫁さんになるなんて言ってくれる可愛い子を外に出すなんて、そんな残酷なこともできないだろう……」


 こりゃ、だめだ。終わりそうもない。

 やはり、チカコがトラウマになっているのではないか。

 何気に俺のことを罵倒しているような気もする。

 後、流行っているのかシアラオブーメン?


 豊作氏の子供自慢は、キヌたちが帰ってくるまで延々と続くのだった。



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