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15 『一等地計画』

 15 『一等地計画』




 帰りの専用機は、平穏無事に飛んでいた。


 俺は動物用の貨物室の方で過ごさなければならなかったが、簡単な間仕切りで3方をふさがれた個室になっていて、ベッドも置いてあり、快適に過ごしていた。

 空調がシベリアンタイガーに合わせて12度というのが、少し寒かったぐらいである。


 他の間仕切りには、それぞれイケメンとヒミコ、ソロモン、シバと子どもたち、雄2号の子を産んだリリス(艾小姐命名)と子どもたち3頭もいた。


 勿論、彼らには結婚の概念はない。

 ソロモンの血縁でもないから、別のテリトリーから押し出されて来たのかもしれない。

 人口が南部に流動する時は、色々とあるのだろう。


 リリスというのは『夜の女』と言うような意味だと艾小姐は言っていた。

 教会によって貶められた地母神らしい。

 流石はお嬢様である。物知りだった。

 俺は娼婦と勘違いして殴られた。


 そう言えば、教会は色々なものを貶めてきたが、龍はその最たるものである。

 中国では龍は、皇帝とか帝位を表し、尊敬の対象である。

 日本でも『龍顔を咫尺(しせき)に拝す』という言葉は現代でも使われている。

 昔の中国の皇帝の前で『ドラゴンバスターです』などと名乗ったら即刻、処刑されただろう。

 日本の右翼団体は、龍退治のゲームを認めているのだろうか?


 モンゴル帝国はヨーロッパまで攻め込んだが、十字軍はエルサレムまでしかいけなかった。

 中国遠征など、経済的にも実力的にも無理だったのだろう。

 それは、大航海時代以降まで待たなければならなかった。


 オランダだかイギリスだったかは、豊臣秀吉の時代に日本の植民地化を狙っていたのだが、既に、鉄砲が10万丁以上あるという現地の報告を受けて、侵略を諦めたらしい。


 当時の船は、1隻辺り鉄砲250の戦力だから、10万となれば最低でも400隻が東洋にまで遠征しなければならない。

 実行できたとしても、元寇の時よりも悲惨な失敗になったことだろう。

 バルチック艦隊の前例となったかもしれない。


 信長のお陰か、種子島様々である。

 それとも鉄砲鍛冶が優れていたのか?

 技術大国日本なのか?


 日本が屈したのは、アームストロング砲が発明された頃(1855年頃か)である。

(正確には、南北戦争で使用されたライフル砲やペクサン砲だろう)

 どちらにせよ、南北戦争が長引いていたら、日本の運命も変わっていたかもしれない。

 南軍が勝ったら、日本人はみんな奴隷かな?

 女の子は、みんな性奴隷か!


 さて。

 別の部屋には、バッファローが10頭捕獲されていた。繁殖用である。

 ペイル動物園で何とかしてくれるだろう。


 イケメンによると、ソロモンはシバ夫ではなく父親だそうだ。

 ほんの1年ぐらい前までシバは母親と暮らしていて、時々現れるソロモンになついていたようだ。


 だが、次の兄弟たちができたので独立せざるを得なかった。

 そして直ぐに放浪している雄に捕まり、子作りされたようである。

 まあ、そう言う社会なのだから仕方がないのだが、ソロモンのように定住していない雄など、二度と出会わないかもしれないので忘れてしまったようだ。


 だが、父親を忘れてはいなかった。


 雌は放浪せず、父親のテリトリーの側に棲み着くかららしい。

 そうなると、近親婚が心配になるが、自然界というのは異母兄弟婚は普通なのだ。

 母親が育てるから、母が違えば兄弟とはわからない。

 異父兄弟は大抵は兄弟である。

 だから、異父兄弟と親だけはわかるのだ。

 そこで、放浪する雄の役割も重要なのだろう。


 雄1号から3号は、単純に近隣の雄で、ソロモンの威光で居着いていたらしい。

 上位の雄は時々周辺の下位の雄の見回りをして、テリトリーを荒らさないように威光を見せつけるそうだ。

 そうして、自分が衰えた時に、その中からテリトリーの後継者を選ぶみたいだった。


 まあ、そうしたことも、今後は明らかになっていくことだろう。


 それより、虎の子たちは女性陣に凄い人気だった。

 子供の愛らしさでは、ほ乳類では虎の子が群を抜いて可愛いから仕方がないのだろうが、夜型の生活を乱すぐらいに可愛がりに来るから困ったもんだ。

 早朝に出発したのだから、虎たちは眠いのだ。


 俺は全員を叩き出して、食堂で今後の打ち合わせをすることにした。


「まず、孔明さん」

「は、はい」

「あなたには、北大陸監視団に入って貰います」

「しかし、艾家の許可がいりますヨ」

「艾小姐、良いよな」

「はい。孔明さんがベアトリスと結婚できますし、将来は団長でしょうか、閣下」

「では決まりだ。ベアトリスもそれでいいな」

「は、はい」


 ベアトリスは赤くなっていたが、返事はできるようだ。

 孔明さんはガッツポーズまでしている。

 ずっと、イチャイチャしていたという情報は掴んでいたのだ。

 だが、マサイ人の妻がいると言うことで、監視団に対するマサイ側の反発も少なくなるだろう。

 まあ、反発など元々ないのだが。

 マサイは中央大陸の開発だけでも千年はかかるのだ。北大陸どころではない。


 実際は外交問題とも言えるので、ホエール側として艾家ではちょっと弱いのだが、俺とダニエルが認めれば反対などできまい。

 平和監視団というより、シベリアンタイガーの権利を守るためにマサイに赴くのだから、経済活動や侵略ではないのだ。


 エリダヌス憲章では、シベリアンタイガーの人権を認める予定である。

 十分に知的生命体であるからだ。

 鹿モドキや人類のコロニーと共生できれば、世界も認めざるを得ないだろう。

 艾小姐には、そこの部分を十分に納得して貰っている。


 ただし、動物園では凄い経済効果があるだろう。

 今までの艾家の収入が、霞むほどだと俺は予想している。

 同時に淡鯨家にも経済効果は及び、ペイルホエールは首都に次ぐ収入を上げるだろう。

 そうなれば、当然、青鯨家も顧客の資産が増えて儲かるのだ。

 しかし、豊作氏は意地っ張りだからな。

 まあ、対策は考えてある。


「次に国際さん」

「は、はい、閣下」

「あなたにはフィラーと、アルーシャで中華料理店を経営して貰いましょう」

「よ、よろしいのでしょうカ」

「勿論、フィラーがOKすればですよ」


 俺はちょっと意地悪く言ってみた。

 ポリーンとフィラーでぐらついていた時期もあったらしいのだ。

 ポリーンは俺の側にいすぎたのか、興味がなかったのか、詮索するのは女たちが十分にしているだろうから、俺が口を挟むことではないのだが。


「わ、私は国際グァオチーが良ければ、あの、その、それで……」


 フィラーは赤い顔を覆って恥ずかしがった。


「決まりですわね、閣下」

「うん、決まりだな。店は一等地を用意しよう」


 国際さんとフィラーは手を握り合って喜んだ。

 孔明さんとベアトリスなど、もう二人の世界に入っている。

 ただ、二人とも親の許可というのがこれからなのだが、その辺も、俺の関知するところではないだろう。

 まあ、孔明さんは名誉職だし、国際さんは地元で商売するのだから、花嫁の両親が反対するとは思えない。


「シーリーン」

「はい、ユウキ様」

「君には、ナナ&サラサ・マサイを経営してもらう」

「本当ですか!」


 シーリーンは目を大きく開いて驚いていた。


「共同経営者として、君の母親と、それから君の友人たちを雇って貰いたい。サマンとアズラーでいいかな。販売部門と製造部門があるから、人材は多い方が良いが、責任者はシーリーンがやるんだよ」

「頑張ります」

「よろしい」


 シーリーンは、サマンとアズラーと手を取り合って喜んでいた。

 革製品は、超高級ブランドを除いて、ホエールでも地球でもナナ&サラサが人気である。

 供給が追いつかず、売りたくても入荷待ちか、他のブランドに依託するかの状態である。


 ただ、マサイでは色々な毛皮が捕れる。

 供給地としてエリダヌスより遙かに優れているのだから、ここを本拠地として製造した方が色々な革製品が作れ、数も揃えられるというものだ。

 販売にナナ&サラサを利用すれば、マサイだけではなく世界中に売れることだろう。


「ポリーン、レイラー」


「はい」

「はい」


 二人とも期待で緊張している。

 一方で、自分たちが何か能力を披露した訳ではないと思っているのだろう。


「ポリーンの両親は、やる気はあるんだよな」

「はい、ですが上手くいかなくて」


 ポリーンの両親は小さな居酒屋を経営している。

 それなりに頑張って来たのだが、隣に娼館ができてしまい、経営状態は悪化する一方だという。

 娼館でも酒は飲めるからだ。


「レイラーの両親はどうだろう?」

「真面目です」


 レイラーの両親は酒屋である。

 地ビールなどを仕入れては売っているが、地元の酒造りがパッとしないために、今ひとつ商売にならない。

 ホエール産のワインや地球産のワインなどは輸入商が扱ってしまい、小売りにはあまり回ってこない。

 マサイ財務省は、フルーツ生産に力を入れているが、まだまだ酒までは手が回らないし、地元のブドウでのワイン造りは失敗に終わったばかりである。


「二人で女性客も来れるような酒場を経営してみないか。タルトワインとパルタワインを飲めるような店だが」


「本当ですか」

「信じられません」

「だが、儲かったら、地元の農家に再投資して欲しい」

「どうしてでしょうか?」

「地元の酒を造って欲しいからさ。地酒造りは農業次第なんだ。失敗したワインだって貴腐ブドウと言う手が残されている。流行廃りのない地元の酒を造るには農業が大事なんだ。それには長い年月がかかる。うちでも来年やっと10年ものの小麦蒸留酒とメープルの蒸留酒ができるんだ。多分、スコッチウイスキー並の味わいになると思うが、世界の何処でもないエリダヌス独自の味になると思う。最も村長たちやセバスといううるさい執事がOK出さなければ、15年とか30年とか寝かすことになる」


 でも、商品化できなくても地元民で飲んでしまうんだよな。

 タルトワインだって赤とロゼの他に失敗作の黒というのがあって、酒は酒だからとみんなで飲んでいたら、いつの間にか幻の銘酒としてオークションに出ていたりして、怒ったミゲールが大枚叩いて持って行ってしまった。

 それはそれで、地元の味ではあるんだけど、言わないでおこう。

 建前は大事である。


「わかりました。両親ではなく私たちに未来を託す意味が」

「地元の銘酒を造って見せます」


 レイラーとポリーンという美形で色っぽいのがいるんだから、ちょっと良い酒が置いてあれば店は儲かるはずだ。

 心配することはないだろう。

 二人とも真面目だしな。


 さて、残りはサーラーか。

 彼女はまだ幼い少女である。

 両親は日用雑貨を扱う商店を経営しているが、小さな小間物屋程度で、兄弟も多いから大変らしい。

 本人は勉強が得意だが、マサイには学校がない。

 富裕層の奥様方が、昼間に子どもたちを預かって読み書きを教えるぐらいである。


「サーラーにはユウキ領に来て貰う」


 サーラーは予想外の申し出に驚いたようだ。

 顔が赤くなるのは、俺が考えていることと全然違うことを考えているからだろう。


 ついでにパリーとレティも驚いている。

 いや、プッとふくれた顔をしている。

 何故か艾小姐も睨んでくる。


「サーラーはうちの女学院で勉強してくれ。将来はホエールか地球の大学に行かせよう。アリエ先生の機械工学や、カエデのクリニックで遺伝子研究を学ぶこともできるぞ」

「はい! はい! ユウキ様、是非お願いします」


 子供っぽい少女が勉強できると顔を輝かすのは、見ていて微笑ましいものである。


「外国人手当も奨学金もあるし、侍女見習いでも手当は付くから生活の心配はいらない。それに両親にも一等地でうちのナルメ器を売って貰う」

「本当ですか」

「ああ、儲かるかどうかはわからないが、マサイで売れる食器の調査をして貰えるから、うちも嬉しいんだよ」

「ユウキ様、サーラーは一生ついて行きます!」


 いや、そこは『一生懸命、勉強します』だからね。


 もっとも、アルーシャには一等地などない。

 だが、空港の貨物口から親父の砦前までは、目抜き通りの雰囲気ができつつある。

 ホテルや娼館が空港のターミナルがある北側だからイマイチ発展していないが、空港南側から行政区画、サバンナに抜ける大通りらしき雰囲気の基礎はできている。

 空港の東側に道路を伸ばせば、フルーツ農場にも繋がるのである。


 それを、一気に加速するのだ。


 マーガレットの店の向かい側に、ナナ&サラサ・マサイ、国際茶楼、ポリーン酒場、サーラー食器店が並べば、賑やかな通りになるだろう。

 観光客、ハンター、農民がみんな集まってくる。


 俺がひとりで想像してニヤニヤしていると、夢見るような顔をしているサーラーと見比べたパリーが涙目だった。

 レティは『ユウキの馬鹿ぁ』などと言って飛び出していった。

 艾小姐は、『ロリコン。ふんっ』などと言うと、金ちゃんの様子を見に行ってしまった。


 何だよ。マサイが発展するのが、そんなに気に入らないのか?




 アルーシャ国際空港には、ジュリエッタが先に着いていて、真っ赤な顔をして待っていた。

 実は、ジュリエッタには一度エリダヌスに戻って貰ったのだが、やはり先に着いていた。

 全く、ゲートの方が早いのだから、もどかしくなる。

 だが、ゲートもツインリピート飛行も極秘事項である。

 まだまだ、明かすことはできないのだ。


「ゆ、ユウキ様」

「ジュリエッタ、ありがとう」

「そんな、ジュリエッタはお役に立てるだけで幸せです。ただ……」

「何だ?」

「ご褒美を、もう一度」


 何だか、またモジモジし始めているが、これは北大陸で別れる時に、色々指示するため着陸船のコンソールで作業した後、ご褒美をあげた後遺症だろう。


 何でも、ジュリエッタの基礎回路は、オペレッタの言うところの『愛の奇跡』によってできており、そのせいでウズウズするらしい。

 キスで回路が溶けてしまうと言うことらしいが、5億回も流したりすればオーバーヒートしてしまうだけなんだと思うのだが、それでも彼女たちが信じているのだから仕方がない。


 それで、ジュリエッタとしては、オペレッタの記憶だけでは不満らしく、オリジナルのキスをせがんできたのである。


 その時のご褒美は済んでいる。

 C程度のおっぱいも確認してしまった。

 なかなか、良い出来である。


 特に13歳のナタリーを思わせるところが背徳的だった。

 そのまま二人で宇宙に行けたら、などという誘惑を振り払うのが大変だったが。


 だが、これは別の仕事だったな。


「そうか、どうもありがとう。可愛いよ、ジュリエッタ。チュ」


 衆人環視ではないが、人前なのでほっぺにキスすると、ジュリエッタはギコギコと歩きながら自分の着陸船に戻っていき、着陸船がふわふわと空中を漂い出した。

 知らない人が見たら、まるでUFOである。


 まあ、ジュリエッタにしてもらう仕事は、あと1つだからいいか。


 ユウキエアーの貨物が1台、旅客が1台来ているが、もう既に働きに出ているようだ。

 土建用ロボットが30台、建築アンドロイドが20体、それに資材と軽土木車両が3台、俺の一等地計画により作業を開始している。

 監督にサード2体が来ているはずだが、姿が見えない。

 きっと、キリキリ働かせているのだろう。


 ダニエル首相とハッサン大臣が、空港の外で呆れて眺めていたが、俺に気づいて歩いてくる。

 アルーシャ国際空港には、北のホテル側に近代的なエアターミナルがあるが、俺はいつも南側にある貨物用ゲートの方を利用しているから、歓迎などという大げさな儀式はしないで済むのだった。

 だが、迎える側は車でもなければ大変なのだ。


 しかし、二人の足が途中で止まってしまった。


 振り返ると、イケメンとヒミコに続いて、ソロモンが降りてきたところだった。

 30度を超える午後だから、死ぬほど暑いだろうに律儀な奴である。

 ちなみに空港のこの辺は舗装されていないので、草ぼうぼうである。

 芝刈り機みたいな作業用ロボットが毎日刈っているから、芝生みたいになっているが、熱帯雨林だから直ぐに草原になってしまうのである。


「無理するなよ」

「うぐるるる」


 俺がソロモンの首を撫でると、少しだけ勇気が出たのか、二人の大臣は歩き出した。

 レティやパリーが出てくると、更に安心したようだ。


「代表閣下」

「ユウキ様」

「やあ、首相閣下に財務大臣閣下」

「これが、そのシベリアンタイガーですか。この辺の密林の虎も恐ろしいですが、桁違いですね」

「我々に害をなすことはないのですかな」


 二人とも腰が引けている。

 マサイに住んでいるくらいだから、二人とも野生動物には慣れているのだが、流石に一番危険な猛獣であり、それも体重が2倍以上ある奴は恐ろしいのだろう。

 カバはケガで済んでも、虎との遭遇は死ぬ時もあるのだ。


「北大陸、シベリアンタイガー自治国の王、ソロモンだよ。知性が高いから、人権を与えることにしたんだ」

「本当ですか!」

「信じられん!」

「本当だよ。二人がソロモン王と友人になってくれれば、北大陸のシベリアンタイガーは、今後、絶対に人は襲わないよ」

「むむむ」

「何とも」

「ソロモン。中央大陸の王と大臣だ。挨拶しておけ」

「がるるる」


 ソロモンがのそりと一歩前に出て、右手を出す。


「その手の甲に、右手を乗せてくれ」


 ダニエルは恐る恐るだが、右手を出した。

 それを見て、ハッサンも何とかやり遂げた。


「ぐるるる」


 ソロモンは満足したのか、シップに戻っていった。

 きっと、暑すぎるのだろう。

 後で、氷温倉庫を一棟借り受けよう。

 冷凍でも大丈夫かもしれない。

 イケメンとヒミコは、草を食べて感想を述べ合っていた。


「北大陸の方が美味い」


 だろうね。



 それから、空港のカートに乗って、ダニエルとハッサンと3人で『一等地』巡りをした。

 目抜き通りは樹脂による簡易舗装が始まっていた。

 草や土埃を避けるためである。


 最初は、ナイナの弟が経営する南国風レストランの向かい側に造る、アルーシャ銀行である。

 今まで、財務省の庁舎内に間借りしていたが、3階建ての本格的な銀行になる。

 ちなみに、財務省より立派な建物になるのだ。


「大金庫の警備はホエールの警備システムを発注しておいた。銀行強盗など現れないだろうが、徒に犯罪者を作るのは嫌だよな」

「銀行の経営権はどうなるのでしょう」

「そりゃ、大臣に任せるよ」

「はあ?」


 ハッサンは頭を掻いて不思議そうな顔をしている。

 エリダヌス銀行のアルーシャ支店ができるのだと勘違いしているのだ。


「名前は、マサイ中央銀行でも良いよ」

「はあ?」

「ははは、ハッサン。代表は君の銀行だと言ってるんだ。わからないのか」


 ダニエルの方が先に気がつく。


「しかし、まだ3千人規模の街ですから、そんな大銀行などはいらないのでは?」

「隣はナナ&サラサ・マサイだ。奥に縫製工場も作っている。仮に1日100枚のスカートが2Gで売れたとして、1年でどれくらいになると思う」

「そりゃ、7万3千G(約3億6千5百万円)になりますな」


 計算は速いが、信じてない顔である。


「トマトケチャップは成功したか?」

「はあ、ユウキ様。例の方法でめどは立ちましたが、独特の味になりそうです。ですが結構いけますぞ」

「その独特が大事でね。それで、1本幾らぐらいで売るつもりだい?」

「はあ、せいぜい4リナ(200円)が良いところでしょう」

「じゃあ、それを俺が年間2000万本買おう。お代はいくらだい?」

「8千万リナ(40億円)ですぞ! 農地を全部トマト畑にしても足りません」

「だけど、それくらいは売れるんだよ。財務省としては税金がガッポリ入ってくるよな。そのためにはどうする?」

「移民と農地の奨励、工場の建設、生産、衛生管理。金ばかりかかりますな」

「すると、大臣は国債を発行しなければならない。それを売るのは?」

「それは、当然、銀行と。はあ、わかりました! ユウキ様はマサイに投資なされるんですな」

「そうだね。だって、ナナ&サラサ・マサイが年間7万G売り上げるんなら、10年国債を50万G(25億円)ほど買っておいた方が良いだろう」

「閣下は農民だと常々言っておられましたよね」

「だが、国債でトマト畑は広がるだろう」


 ハッサン大臣は、暫く考えていた。


「閣下は、金貸しより恐ろしいですな」

「いや、恐ろしい奴はいっぱいいるから、何とか農民を守るための自衛策なんだな。ダニエルはわかるだろう?」

「ええ、青鯨家でしょう。代表が樹脂を譲っただけで、総資産を3倍にされたとか」

「そうなんだよ。あの人がマサイに来たら、小遣いで大陸を買い占めかねないからな」

「しかし、樹脂の供給が止まったら、青鯨家が傾くと仰られておりましたよ」

「ええっ! 豊作氏はもうマサイに来たのか?」

「はい。美しい奥様を3人も連れて。でも、ユウキ代表が恐ろしいから、投資は暫くしないと仰いましたよ」


 やはり、恐ろしいのは銀行家である。

 金は貯めても駄目なのだ。

 売りと買い、両方がないと銀行は儲からない。


 今回は引いてくれたようだが、次はわからない。

 トマトケチャップだって、売上げが億本単位になれば介入してくるだろう。

 小口だから見逃して貰えるのだ。


 しかし、ホエールはあれで発展途上だというのだから凄まじい。

 400億の人口がいても、260星系だから1星系辺り2億人もいない計算になる。

 1星系40億人がゴールだとすれば、まだ5%未満なのである。


 嫌だ嫌だ、考えたくない。

 俺は農民なんだ。

 銀行家と勝負なんかしたくないんだよ。


 隣の国際茶楼の説明を始める頃には、二人の大臣は移民募集と資本と農地開発のことで頭がいっぱいになってきたようなので、落ち着かないから解放してあげた。




 夜、建設中の銀行などを見ながら、ナイナの弟であるシーフのレストランに集まった。

 手伝いたちは、後5日間は俺に雇われていることになっているので、入院しているエリザベス以外は出席している。

 ナミとナリも両隣に戻ってきた。

 タルトとコラノも合流したし、ジョアンとナイナも来た。

 レティは不機嫌なまま、両親と一緒にいる。

 艾小姐と万家の3兄弟もいる。

 周辺は、見物客でいっぱいである。


 シバが寝そべり、氷水を飲んでいるからだ。


 金ちゃん、銀ちゃんを一目見たがる女性や子どもたちもいっぱいで、艾家のペイル動物園は大成功間違いなしと思われた。


「先行、プレミア公開ですわ」(艾小姐)

「金は取れないぞ」

「仕方ないですわ。地元の人たちなのだから」

「動物園は、どれだけ準備しても足りないぞ、きっと」

「閣下のお陰で、予定よりも6日も早く成功の知らせを受けて、今頃、職員たちは驚喜していますわよ。おっぱいの成分もわかったことですし」

「ごふっ!」


 密かにジュリエッタに飛んで貰い、ペイルホエールには連絡をしておいた。

 シベリアンタイガーの受け入れを万全にしてもらいたかったからだ。

 勿論、艾家の秘匿回線であり、艾小姐の通信を送った。


 人権についても、きちんと考えて貰いたかった。

 王族扱いは無理でも、親善大使扱いぐらいにはなっていると思う。

 金ちゃん、銀ちゃんも、抽選で何人かは抱くことができるだろう。


 多分、ホエールの子どもたち優先で、凄い騒ぎになる。


 だが、予想では3ヶ月もすると金ちゃんも銀ちゃんも抱き上げられなくなるだろう。

 それはそれで、子どもたちに成長する姿を見せられて、価値はあるのだ。

 放映権は当然、淡鯨家の独占になる。

 俺は京太郎氏に依頼されて実行したに過ぎないから、成功報酬ぐらいは貰えるかもしれない。


 京太郎氏は、これのお陰で3つのものを手に入れる。


 シベリアンタイガー人気の経済効果。

 艾老師と華僑の信頼だか恩だか。

 艾小姐を妻に。


 俺も馬鹿じゃないから、京太郎氏が艾小姐を妻に望んでこんなことになっていることはわかる。

 だが、現場に艾小姐が乗り込むとはわかっていなかったし、京太郎氏は成功が見えないのにプロポーズするほど間抜けではなかったのである。


 そのせいで、艾小姐の気持ちが落ち着かないのだ。

 プロポーズされていれば良かったのに。


 今まで、金と権力で押しつぶす社会にいたお嬢様が、違う価値観に気づきつつあるのだ。

 突っかかってくるのは、危険水域に近づいているからのような気がする。

 そもそも、フェンシィが最初から艾小姐を俺に任せすぎたのだ。

 ナミとナリが自然に艾小姐を同じ扱いにしてしまっているのも危険である。


 パリーと同じ扱いなのだ。


 ナミとナリは焼き餅は焼かないが、扱いが慎重である。

 相手が妻か妻候補だと思えば、同格扱いにして仲良くしようとする。

 線引きが見えるようだ。

 それで、俺にもわかってしまうのである。


 だが、京太郎氏の依頼は、そもそも艾小姐との結婚のためである。

 それで、依頼された俺が艾小姐に手を出したら、何の意味があるのだろうか。


 俺は艾小姐を遠ざけないといけないのだが、シベリアンタイガーの世話では、彼女が一番頼りになるので遠ざけることができない。


 孔明さん、国際さんは、早速花嫁の両親に会ってきていて、更にラブラブ状態であり、頼りにならない。

 フェンシィは、どうも政略結婚では幸せになれないと思っているようで、壁役にはなってくれない。


 ミッションコンプリート直前なのに、ミッションの意義自体が崩れ去りそうな問題が発生している。


 俺の勘違いならそれで良いのだ。

 そうなら考えなくてもいい。

 だが、違ったらそれこそ大変なことになる。


 俺は、いざとなったらフェンシィとキスしてでも、艾小姐を拒絶しなければと心に誓った。



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