表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

13 『おっぱいの時間』

 13 『おっぱいの時間』




 フェンシィがスタンガンを撃つ前に、シベリアンタイガーは左腕で彼女を払いのけた。

 フェンシィの姿は、草むらへと消えていった。


 俺は走りながら、スローモーションで飛んでいくフェンシィと、再び跳躍しようとするシベリアンタイガーと、驚愕の叫び声を上げる艾小姐を見た。


 艾小姐は侍女服だから、攻撃を受けたら死ぬかもしれない。


 だが、間に合わない!


 俺が体当たりしても横から抱き取っても、シベリアンタイガーは止められないだろう。

 体重差がありすぎるのだ。

 しかも、艾小姐の直ぐ先にはナミとナリもいるのだ。


 どうりゃー!

 ぎゃわーん!


 俺はシベリアンタイガーの尻尾を掴み、思いっきり引っ張った。

 凄い叫び声が上がり、シベリアンタイガーの前脚は艾小姐の目前を横切り、艾小姐とナミとナリは腰を抜かして座り込んだ。


「レティ、3人を連れて行け!」

「はい」

「パリー、棒を近くに!」

「はい」


 俺はそれを実現するために、再びシベリアンタイガーの尻尾を引っ張り上げ、時間を稼がなくてはならなかった。

 虎の尾を踏む、という表現はあるが、虎の尾を引っ張るなどと言うのは聞いたことがない。

 だが、有効なら、この場はそれでも良い。


 再びの咆吼の中、レティはレーザーライフルを突きつけながら3人に駆け寄った。

 虎は銃器を嫌がるからだろう。

 パリーは3本の八角棒を草むらに突き立てた。

 二人とも、よくぞ、怯えることなく動いてくれたものである。


 俺が生き残れたら、キスしちゃおう。

 いや、絶対にするぞ。無理矢理でもしちゃうぞ。

 体中にキスマークをつけてやる。


 そうでも思わないと、俺が逃げ出しそうだった。


 シベリアンタイガーは、逆にゆっくりとした動作で振り向き、俺を睨み付けた。

 きっと、今までは子供のことで我を失っていたのだろう。


 どうやら、憎悪ヘイト標的タゲも管理する必要は無く、すべて俺に向いている。

 虎の尾は、急所にならないまでも、非常に不愉快な思いをさせる場所のようだ。


 だが、夕日の中でゆっくりと身体を俺に向ける、彼女の美しさはどうだ。


 もの凄い美人との遭遇である。


 大剣歯が少し割引だが、意志の強そうな瞳や煌めく毛並みは、人間から見ても凄い美女だとわかるのではないだろうか。

 銀とグレーの組み合わせは、珍しいホワイトタイガーを思わせるが、キラキラと輝いていた。

 決してアルビノ種ではない。

 銀髪と白髪はこんなにも違うのだ。


「人間風情が」


 そう言っているのが丸わかりである。

 美人の蔑みの目は、大分鍛えられていたのだが、やっぱり堪えるものだった。

 相手が虎でも、涙が出そうだった。

 決して、怖いからじゃないぞ。

 違うからね。


「ユウキ様」


 パリーが放ってくれた八角棒を掴むと、戦闘が始まった。


 夕日は更に夕日らしくなり、俺とシベリアンタイガーとの死闘はお互いに決定打もなく続いていった。

 お互い、体力だけを失う消耗戦である。

 スポーツではないから、我慢比べは死に近づくだけである。


 専ら体重差で、俺がだが。


 しかし、相手の体重を受け流す闘牛の要領が重要だった。

 一度でも正面から受けたら、潰されて終わりである。

 勿論、闘牛などしたことはないのだが。

 闘牛士って凄いよね。


 きっと有効打は目つぶしなのだろうが、生け捕りなので、それは使えない。

 目的は、相手の心を折ることである。

 こっちの心が先に折れそうだけど。

 折れて良いかな?

 誰か良いって言ってよ!

 いや、折れたら死んじゃうな。


 心ではなく、3本目の棒が折れた時、やっと俺は確信した。

 シベリアンタイガーの大剣歯は弱点でもあると。

 

 長すぎるのだ。


 確かに丈夫ではあるが、それでも上顎から先端まで50センチはありそうだから、先端部を叩けば、その衝撃は『てこの原理』を考えると、支点や作用点になる上顎の根元に凄く響くだろう。


 しかも、大剣歯は獲物に突き立て引っ張るという、前後に使うもので、左右にはあまり使われないだろう。

 それで、空中を飛んでくる戦法をとるのだ。


 こんなものを背中に突き立てられたら、大抵の獲物は絶命するだろうな。

 一撃必殺の武器なのだ。


 マンモスのような円形の牙ではなく、形状は左右が薄くなっている楕円形であり、分厚い日本刀を思わせる。

 しかし、硬ければ衝撃は緩和されないし、柔らかければ武器として進化していないと思う。

 多分、進化としては行き詰まった種なのである。

 飛ぶ攻撃は疲れも出るから、段々飛ばなくなってきたし。


 とは言え、俺の方も限界が近い。

 用意して置いた『手甲』も『小手』も既にボロボロで、後数回のツメ攻撃でイカれてしまうだろう。

 防刃の袖とダブルにしておいたのは、前回の戦いで学んだからだ。

 だが、腕も重たくなってきた。


 その次の攻撃で、俺の右小手がツメ攻撃に絶えられずに、バラバラになった瞬間、最大のチャンスが訪れた。

 俺は彼女の攻撃に逆らわずに左に回転して、そのまま一回転すると、棒をフルスイングで彼女の左大剣歯先端にたたき込んだ。

 大剣歯2本が空中を向くほどの衝撃を与えた。


 ぎゃわおぅ。


 しかし、彼女の大剣歯も心も折れてないようだった。

 折れたのは俺の八角棒の方である。


 俺は逃げずに飛び込んで、両手で大剣歯を掴み、左右に広げようと力を入れる。

 更に左手のツメ攻撃ができないように、彼女の左大剣歯を地面に向け引っ張る。

 顔がかしげられて、身体が左にかしぐのである。

 かしいだ方の手は上げられないだろう。

 そのまま拮抗し、睨み合いになる。

 大剣歯がミシミシ音を立てる。

 

 俺は殆ど握力の限界に来ているが、ハッタリで闘争心をぶつける。


 おうりゃ! 

 ぐわおぅ!


 彼女も咆吼で俺を脅しつける。

 だが、向こうもハッタリだ。

 涙目なのだから。


「俺の勝ちだ!」

「ぐわおう」

「俺の勝ちだ!」

「ぐわぁぉ」

「俺の勝ちだ!」

「ぐわわぅ」

「俺の勝ちだろ!」


 俺は右下に降りた大剣歯を右脚で踏みつけ、両手で上側の大剣歯を広げてから下に押し込んだ。


 ぎゃおおん!


 そこで、彼女は身体全体がごろりと転がり、力を抜いて負けを認めた。

 横たわり、息が荒れ、涙を何粒か流していた。

 体重があると、疲労度も高いからなあ。



 その後、俺は女たちに囲まれて、無様に介抱を受けていた。

 フェンシィも右肩から背中にかけて大きなミミズ腫れを起こしていたが、骨に異常はなく、湿布と包帯を巻かれていた。

 しかし、もの凄く痛そうだった。


 驚いたことに、フェンシィは2頭目の虎の子を抱えて戻ってきて、力尽きた母親に渡していた。

 虎の子は直ぐに母親のおっぱいにしがみついたから、彼女の子供なのだろう。


 更に驚いたのは艾小姐である。


 シベリアンタイガーのショックで、逆に正気を取り戻したらしく、バスの中からビデオカメラを持ってきて、死闘の一部始終を撮影していたという。

 今は虎の子たちがおっぱいを飲んでいるシーンを夢中になって撮影している。


「今度のコンテストは、貰ったわ!」


 緊張感の無い奴だ。

 今までのことは全部忘れているのだろうか。

 自分のおっぱいも見えているんだぞ。

 撮影してやろうか。

 いや、それは拙いな。


「レティ」

「はい」

「悪いが、見張りをしてくれ」

「でも、虎は単独行動を好みます。付近には、もういないんじゃないかと」

「レティ。これは俺の主観なんだが、彼女はずいぶんと美人じゃないか?」

「は、はい?」

「美人には、きっとストーカーとか保護者がいるもんだ」

「でも」

「レティがライフルを見せているだけで、次の戦いを回避できるかもしれないんだよ」

「わかりました」

「投光器もつけておけよ」

「了解」


 レティは何とか気合いを入れ直して、見張りに行った。


「パリー」

「はい」

「自前のレーザーを装備して、草原を監視してくれ。投光器は使わず、探知機で捜査するんだ」

「了解」

「怪しいものは威嚇するように」

「わかりました」


 パリーは疑問を差し挟まず、言われたとおりに行動する。

 軍人のようだった。


 この辺りの草原は凸凹しているのだが、丈の高い草と低い草があり、土地の高低差が良くわからなくなっている。


 シバの子供が突然現れたのも、彼女が突然飛んできたのも、この草に隠れられるからである。

 フェンシィが消えるように見えたのも、地面が低いところの草に飲まれたからだろう。


 シバは俺命名である。

 女王様というか、若いから王女に見えるけど子持ちだから別に良いだろう。

 ヒンドゥーの破壊神の大黒天ではなく、聖書に登場する御方にちなんだ。

 エチオピアの女王という説もあるが、多分景気付けのお話だろう。

 エカテリーナとどっちにするかで悩んだが、呼びやすい方にしたのだ。

 決して、シベリアンタイガーの略称じゃないぞ。


「シーリーン」

「はい。ユウキ様」


 うーん、この娘も良い娘ぽいなあ。

 領地のアリエ先生を思い出させる漆黒の肌で、マサイ基準なら中肉中背か。

 厚めの唇がちょっと色っぽい。


 しかし、『ユウキ、しけたツラしてるな。ちょっと一発やってくか』などと言う、下品な性格はしてなさそうだ。

 やってないけどね。

 やってみたいけどね。


「俺の武器と防具を一式見繕って欲しい。この通りボロボロなんだ」

「はい、ユウキ様」


 直ぐにバスに走って行った。


「ポリーン」

「はい?」


 ポリーンはやっとバスから出てきた。虎が怖いのだ。実に正常な反応である。

 きちんと戦闘用迷彩服姿でもある。


「歯科の治療キットがあるはずだから、持ってきてくれ。俺はシバから離れられないんだ」

「わ、わかりました」

「エリザベスは?」

「ここにいるの」


 エリザベスはフェンシィに付き添っているのかと思ったら、俺の後ろのナミとナリに付き添っていた。

 フェンシィは、さらしを巻いたような姿で寝転んでいる。


「フェンシィをバスに寝かせてから、合成ミルクで虎の子の食事を用意してくれ。いいか、合成ミルクにするんだぞ」

「わかったの」

「良い子だな」


 エリザベスは子供扱いを嫌うのだが、褒められるのは大好きである。

 取りあえず、頭を撫でておく。


「サマン」

「は、はい」

「悪いが、バッファローの残りの生肉を用意してくれ。柔らかいところを10キロ頼む」

「は、はい!」


 サマンは、普通の少女のように普通に恥ずかしがり屋である。

 だが、選抜メンバーに選ばれたのだから、きっと戦闘力はある方なのだろう。

 まあ、ポリーンほどは怖がってないようだ。


 ナミとナリによる治療が終わった。

 両腕打撲、両脚打撲ですんだ。

 痛いと言うよりは痺れている感じだった。

 日々、畑仕事で鍛えてなかったら、ボロボロだっただろう。

 3Gで鍛えられたからだ、という説もあるが。


 しかし、相手が子持ちの若い雌とは言え、この程度で済んだのは相手の弱点がわかったからである。

 彼女は、童貞?のガオー君より強いだろう。

 だが、彼女を屈服させ、子作りした奴が近くにいるような気がする。

 きっと、狡猾な年配の雄である。


「閣下。子猫ちゃんのおっぱいが足りませんわよ」

「用意させている。それに子猫じゃないぞ」

「流石は閣下」


 適切な突っ込み、という意味だろうか?

 子供たちがやせて見えるのは、俺だけではないようだ。


「艾小姐は、動物に詳しいのか?」

「一応、艾家の動物園で一通りのレクチャーは受けましたわ。将来は野生動物の保護活動をしようと思ってますのよ。あたくしの見立てでは彼女は母親としては未熟なのですわ。エリザベスが子供を持ったようなものですわね」

「そのエリザベスが合成ミルクを用意している。餌やりは艾小姐にも任せたい」

「わかりましたわ。ちゃんとやって見せますとも」


 まあ、正気に戻ったから、多少は鼻につく性格でも我慢しよう。

 興味があることには優秀らしいし。

 虎を怖がるよりはマシに違いない。

 フェンシィがケガしてまで守ったことは、覚えていないのだろう。

 落ち着いたら話をするか。


「ユウキ様、これでよろしいでしょうか」


 ポリーンが治療キットを持ってきた。

 歯科用で間違いない。


「ありがとう、ポリーン。続けてで申し訳ないが、ベアトリスに連絡して、直ぐにシップでこっちに来るように指示してくれ」

「直ぐにですか?」

「ああ、グズグズしてる暇はない」


 シバがここにいるだけで、雄の挑戦者が現れるような気がしてならない。


 授乳中の雌だからと安心はできない。


 確か、ライオンは雌が応じないと子供を殺してしまい、諦めた雌が応じるようにするらしい。

 ライオンは我が子を谷底に落とすとか言う、間違った伝説の由来である。

 虎は違うとは言い切れないだろう。


「わかりました、ユウキ様」

「それから、バスの投光器を森林側に向けておいてくれ。こっちにはランタンを追加だ」

「了解しました」


 俺は、治療キットを持ってシバの隣に座った。

 彼女はまだ涙目で、大剣歯が痛むようだった。


「少し我慢しろよ」


 俺は意味が通じなくても話しかけるのを止めずに、彼女の歯の治療を開始した。

 左の大剣歯の両隣の歯も、少し悪くなっていた。

 押されて欠けたのだろう。痛むはずだ。


 だが、大剣歯が一番ひどい。

 俺のせいとは言え、2カ所にヒビが入っている。

 補填剤には痛み止めも入っているから、最初にピリッとするのを我慢してくれれば、楽になるだろう。

 ついでに歯茎を綺麗にしてから、歯茎の再生薬を塗ってやれば、もう痛みはないはずである。

 人間用だが、大丈夫だろう。


 不安そうな顔をしながらも、彼女は最後まで我慢した。

 知性があると言うのは本当のようだ。

 何をして、何をされているのかがわかっている。


「よしよし、良く耐えたな」

「ウゴロゴロゥ」


 シバは痛みが綺麗になくなったのか、笑顔?を見せている。

 だが、おっぱいの出が悪いせいか、子供たちはミャーミャーと泣いている。

 少し困っているようだ。


 虎のおっぱいまでは良くわからないが、何となく人間ならAカップ以下のような気がする。

 4つあるように見えるが、どれも小さいのだろう。

 艾小姐が言うように、エリザベスぐらいの年齢なのかもしれない。


 ロリコンに襲われたのか?

 子供たちは将来ロリトラになるのか?

 ロリコンって遺伝するんだっけ?

 そう言えば、豊作氏は優性遺伝だったな。

 しかし、子供たちが男の子だと決まったわけじゃないな。

 いや、女の子の方が拙いのか。


 そこへ、そのエリザベスがおっかなびっくりやってきた。

 流石にシバには近寄りたくないようだ。

 合成ミルクは人肌に温まっていた。


「エリザベス、良くやった。良い仕事だぞ」

「はい。ありがとうなの、ユウキ様」


 エリザベスは笑顔になり、少し安心したようだ。

 俺の前でもずっと泣きべそのような顔をしていたのだから、虎の前ではかなり無理していたはずだ。


「エリザベスもおっぱい大きくするの」


 どうやら、艾小姐が言ってたのを聞いていたらしい。


「来年は12歳だろ。その頃には大きくなってるよ」

「頑張って、赤ちゃんをふたり産むの」


 そこは、張り合わなくても良いんだぞ。


 深皿に合成ミルクを入れ、シバに味見をしてもらう。

 シバは慎重にニオイを嗅いでから、ペロリと味見をした。

 その間に、子供たちは好奇心からか、ニオイに釣られてか、俺に纏わり付いてきた。

 腹を空かせた子供そのものである。

 深皿のミルクをそのまま子供たちに与えると、凄い勢いで嘗め始めた。

 どうやら、気に入ったみたいだ。


「多分、彼女はおっぱいの出が悪いので、単独で狩りに出ようと思ったんでしょうね。一頭は明らかに栄養不足ですわ。きっと、既に一頭か二頭はなくしているのだと思いますわよ」


 艾小姐が子供たちを撮影しながら解説している。


「ところが、お腹をすかせた子供たちは待ってられなかったんでしょうね。母親の後を追いかけて、運良くというか、運悪くというか、人間に捕まってしまい、慌てて取り返しに来たのだと思いますわ」


 捕まえたのは、艾小姐自身だからね。


「肉食獣もおっぱいの成分は同じなのか?」

「種によって脂肪球の大きさや成分は多少違いますが、短期間なら普通は大丈夫ですわ。合成ミルクならまんべんなく栄養を取れるでしょうし、足りない分を補填するだけならそんなに大きな問題はないと思いますわ。ただ、シベリアンタイガーなんて誰もデータを持っていないから、正確なことは誰にもわからないでしょうね」

「後でサンプルを少し貰うか」

「どうやってですの? まさか!」

「その、まさかさ」


 艾小姐はにんまりとした。

 撮影対象が増えたと思っているのだろう。


 丸わかりである。


 サマンが生肉を持ってきたので、ナイフで切り取り、シバの口に持って行く。

 食べやすいサイズにと思ったのだが、小さすぎたようだ。

 碌に噛まないで飲み込んでしまった。

 次はもう少し大きめにすると、3回ぐらいは咀嚼しただろうか。

 何度か繰り返すと面倒になってきたので、デカい塊をシバの目の前に景気よくドンと置いた。

 ところが、彼女は気に入らないらしく、ふんっと横を向く。


「どうやら、食べさせて欲しいみたいですわね」


 俺は半信半疑で肉を切り取ると、差し出してみた。

 彼女はペロリと食べてしまう。


「あらあら、バカップルみたいですわよ、閣下」

「ほっとけ!」

「まあ、これほどの美人はそうそういないでしょうから、閣下は幸せ者ですわね」


 艾小姐は揶揄しなからも、ビデオ撮りは忘れなかった。

 ただ、その間も、艾小姐は子供たちのミルクを追加していたから、動物好きで詳しいのは確かなようだった。

 シバが美人だと言うのもわかるようだ。

 自分が侍女服でガーター姿なのはわかってないようだったが。


 シバは10キロの肉を平らげてしまい、子供たちは十分にミルクを飲んで母親の元で眠っていた。


 その後、ポリーンとサマンとエリザベスで夕食の用意をして貰い、俺はシーリーンが持ってきた装備をナミとナリにも手伝って貰いながら、着付けをしていた。


「やはり、下には防刃のボディースーツが良いと思います」


 ナミとナリは戦闘の知識がないので、もっぱらシーリーンの意見を聞く。

 取りあえず、ブーツも新品に替えることにして脱ぎ、ズボンもボロボロだというので脱がされ、ボディスーツを着るためにTシャツも脱がされて、トランクス1枚にされてしまった。

 赤い顔をしながらシーリーンがボディースーツを着せてくれたが、ウエスト周りがきつくて入らない。


「すみません。1番大きいポリーンのを借りたのですが、男の方には合いませんね。どうしましょう」


 ポリーンは俺より身長があり、胸も豊かだから入ると思ったのだろう。

 だが、ウエスト部分は流石に無理だ。

 多分、フェンシィのでも無理だろう。


 俺はもう一度トランクス1枚に戻され、今度は念入りに体中を調べ直された。

 シーリーンは赤くなりながらも真剣だったので、俺は何も言えなかった。

 それから、一端予備の探検服を着せられた。


「ボディスーツはセパレートに改良します。明日の朝までには仕上げますので、それまでお待ちくださいませ」

「防刃の素材を加工できるのか?」

「家では、いつも母と繕いをしています。任せてください」


 シーリーンは笑顔でそう言うと、ボロを全部持ってバスに入っていった。

 夜なべ仕事をするつもりのようだ。


 シーリーンには頭を下げるが、それにしてもマーガレットは女性陣にどれだけ防具と衣装を売りつけたんだろう。

 武器屋のくせに、メイド服やらネグリジェやら下着やら、14日間洗濯しないでも良いほど売りつけやがったしな。

 勿論、武器や防具ほど高いものではないが、それにしたって15人分である。


 アルーシャに戻ったら、仕返ししてやろう。

 熱帯だからみんなTシャツとかで過ごしているが、女性は可愛い服が好きなはずだ。

 防具ではない日用品で勝負すれば良いのだろう。

 こっちには、強力なブランドだってあるのだ。


 そうだ。キリンプリントやシマウマプリントのパンツなんかどうだろう?

 領地で流行れば一石二鳥か。



 夕食は、夜遅くになってしまったが、全員で食事するわけにはいかなかったので、俺はラストになった。

 レティとパリーには警戒して貰わなくてはならないし、シーリーンはハンド縫製機で仕事中だ。


 ナミとナリは流石に眠いのか、先に軽く食べて寝てしまっていた。


 虎の子が起き出して、再びおっぱいの時間になったらしいので、艾小姐がミルクの準備を始めている。

 まあ、彼女の関心の殆どは虎の子にあるのだから当たり前なのだが、それでもきちんとやってくれているから文句などない。

 流石に侍女服に気づいたのか、上下とも戦闘用迷彩服に着替えている。

 色々、恥ずかしいことに気づいたのか、俺に近づかないようにしているみたいだった。


 フェンシィの世話は、サマンとポリーンが交代でしてくれていた。

 重症ではないと言うが、我慢強くて意地っ張りのフェンシィが寝込んでいるかと思うと、少し心配だった。

 だが、しばらくの間はシバの目の届くところにいないと何が起こるかわからないので、ふたりに任せた。


 夕食はまたしてもバッファローのステーキだったが、エリザベスが一生懸命に作ってくれたので、文句など言えなかった。

 味噌味は、まだ暫くおあずけである。

 パンとワインに、軽く茹でた野菜がついているので、エリザベスを褒めておいた。

 頭を撫でると、とても嬉しそうだった。

 トマトスープはトマトだけだったが、これも普通なのかもしれないし。

 マサイ人だしなあ。

 良くわからないが、マサイ人はトマトスープが大好きである。


 ステーキにナイフを入れると、シバが隣に来た。

 生肉しか食わないだろうと言うのは、俺の偏見だったようだ。

 塩と胡椒のステーキを一口やると、目が輝いていた。


 考えてみれば、野生動物でも塩は必要である。

 血や内臓を食べるのも、第一は塩分の補給である。

 天然の岩塩が露出しているところでは、あらゆる動物が集まり、岩塩を嘗めている。

 わざわざ海沿いの草を食べに来る動物もいる。

 シバが塩味を喜んでもおかしくはない。


 しかし、彼女は食べる量が違うのだ。

 エリザベスに頼んで、500gもありそうなレアのステーキを焼いて貰ったが、それを10枚もペロリと食べられた。


「奥さん、太りますよ」

「ぐるるる」


 今度は俺のワインまで嘗めている。

 仕方がないので、皿に少し入れてやると、嘗めること嘗めること、ずいぶんとイケる口のようだ。


「艾小姐。ワインなんか飲むんだけど、大丈夫かな」

「流石にわかりませんわよ。でも、知的な動物ほどお酒を好むと言われてますわ」


 まあ、シベリアンタイガーは知性があるとジョアンが認めているぐらいだから、きっとワインぐらい平気だろう。


 そこへ、ミルクを飲み終えた子供たちが駆け寄ってくる。


「こらこら、お前たちは駄目だ」


 俺は慌てて抱き上げる。

 すると、今度は俺のステーキに興味を持ったみたいだ。


「艾小姐!」

「もう、金ちゃんは私にください」


 艾小姐はむくれて、一頭を取り上げる。

 直ぐに俺の所に行ってしまう虎の子の態度が気にいらないようだ。


 ミャーミャー。

 子供たちの合唱が起こった。

 母親はワインに夢中のようだ。


 お前は、ストレスを抱えた主婦か!


「離乳食には早いと思いますが、小さな肉を噛んで軟らかくしてあげてみてください。遊びながらでも食べるかもしれませんわ。それも訓練なのです」


 俺はステーキの一部を切って、ゆっくりと噛んでから、母親似の銀ちゃん(艾小姐命名)の口に入れる。

 艾小姐も、俺のステーキを切ってから噛んで、金ちゃん(艾小姐命名)にあげている。


 子供たちはガムみたいにクチャクチャ噛んでいるが、嬉しそうなので大丈夫みたいだ。


 母親は2杯目のワインを嘗めている。


「奥さん、飲み過ぎですよ」

「ぐるるる」


「仲がよろしくて結構なこと!」

「艾家のために苦労してるんだぞ」

「ぐるるる」

「ミャーミャー」

「あら、お願いしたのは淡鯨の小父様ではなくて?」

「その、小父様に頼んだのが艾家なんだろ!」

「ミャーミャー」

「ぐるるる」

「閣下にお願いした訳ではありませんわ」

「ミャーミャー」

「そうかい」

「そうです。しかも、私に散々エッチな格好をさせて……」

「ミャーミャー」

「何だって?」

「ぐるるる」

「さあ、金ちゃん、お替わりですよー」

「ミャーミャー」

「さあ、シバ。もう一杯だけだぞ」

「ぐるるる」

「ふん!」


 流石、金持ちの鼻持ちならないお嬢様だ。

 これまでだって色々と世話を、世話を、いや、全然世話なんかしてなかったっけ。

 ナミとナリのおまけ扱いだったかもしれない。

 いや、お荷物か。


「ミャーミャー」

「ごほん、ほら銀ちゃん。お替わりだぞ」


 ぷー、くくくっ。

 うるせえよ!



     14へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ