01 『依頼』
01 『依頼』
「頼む! 大問題なんだ」
淡鯨京太郎氏は、喫茶ギルポンのテーブルに頭を擦りつけた。
ホエールでは2番目の権力者である京太郎氏がここまでするのだから、それは大変な問題ではあるのだろうが、その解決を辺境の一農民である俺なんかに頼んで良いのだろうか。
非常に顔色は悪いが。
ここ1年以上、淡鯨本家に引き籠もっていたそうだ。
「お父様……」
父親のこんな姿を初めて見るのだろう、カオルコがその父親の隣で驚いている。
ちなみに、カオルコの外見は15歳の美少女である。
一度、20歳から14歳に戻ったからである。
お嬢様系が好みのタイプなら、きっと一目惚れして痛い目に会うだろう。
保証する。
京太郎氏の依頼は簡単に言えば、
『マサイの虎を生け捕りにして動物園で飼いたい』
と言うことなのだが、それだけのことならマサイ人に頼めば済むことではないかと思う。
蒼い顔して態々エリダヌスくんだりまで来て、俺なんかに頭を下げることなんかないだろうに。
「何か複雑なご事情があるのでしょう」
相変わらずメイド服を着続けているナタリーが、俺の左隣で溜め息をついた。
どうせ、面倒くさいことになるのだろうと思っているのだろう。
俺も同意見だが、俺の方が未練がましいので、まだ何処かに逃げ道があるかもしれないと思っている。
最近、ナタリーのメイド服のスカート丈が短くなっている気がするが、あえて口に出すなどという迂闊なまねはしない。
気づかぬふりをすれば、更に短くなるかもしれないだろう?
何しろナタリーは、右隣のマナイみたいに潔くノーパントップレスミニスカートになることはないのだ。
一度ぐらいは見せてくれても良いのに、そんなことはあり得ないと突っぱねられている。
でも、メイド服のスカートが、その、なんだ、パアっと広がる瞬間も、それはそれで良いものなんだよね。
実は、地球人は羞恥心が強いのだ。
スケルトンが着られる、ホエール人の方が比較的弱いと思う。
例外はサクラコだけだ。
全裸でも平気なエリダヌス人には、羞恥心は殆ど無いようだが。
いやいや、今はそれどころじゃなかったな。
カオルコが気づいて睨んでいる。
怖い怖い。
「おほん、もう少し詳しくご説明をお願いします。ジョアンには相談したんでしょう?」
ジョアン・ヌゲーは、マサイでは一番のガイドであり、ハンターである。
移民団長の弟であり、第2次移民団を率いてきた人物でもある。
体育会系でハンティング大好きな京太郎氏に紹介したことがあり、確かWカップ・ジンバブエ大会?か何かの話で盛り上がり、その後3度ほど一緒にハンティングしているはずだ。
行方不明が長い俺は、Wカップは17回か18回ほど見逃している。
全試合を最初から観るのが夢なのだが、毎月結婚式などに出席しなければならないので、今のところ夢のままである。
などとは、主に出産と子供の誕生日であり、よく考えたらこれは同じものである。
満年齢というのは生まれた時は0歳だから、
『私の15回目の誕生日に結ばれたい』
などという時は、14歳の誕生日であり、既に通り過ぎているのではないだろうか。
博識のミヤビが言うには、誕生日は『誕生記念日』が正しい概念であるらしい。
『1周忌とか3回忌と同じじゃないのか』
『それは普通前倒しでしょ! 全く、ロマンの欠片もないのね』
そんなに怒ることないだろ。
ああ、また現実逃避していた。
「今回はジョアンもお手上げなんだよ。祐貴君に頼むべきだと言われたんだ」
専門家のジョアンがお手上げじゃ俺に出来ることなんかないんじゃ……
そう言おうとしたところに、ギルポンのウエイトレスがお茶を持ってきた。
緊張した面持ちで、京太郎氏とカオルコの前に紅茶を置く。
周囲のホエール人観光客たちも注目している。
勿論、ウエイトレスのミニスカートの裾にである。
ウエイトレスが屈み込む時には、視聴率が跳ね上がるのだ。
それから直ぐに二人目のウエイトレスが来て、俺とナタリーに玄米茶とメープル饅頭を置いていく。
実は彼女、ギルポン族ではなくナルメ族の娘で、あのクラの妹のクノである。
100パー妹かと問われると証明は難しいが、俺を見て恥ずかしそうに微笑む姿は、ファーストキスした頃のクラと99・999999%まで重なるから間違いない。
時間差双子である。
ちなみに屈んだ時の視聴率は100%である。
ギルポンがナルメに頭を下げまくり、苦労してウエイトレスにしたのである。
この看板娘のお陰で、売上げが3倍になったらしい。
『妹のクミは、姉のクラよりも更に綺麗になりそうですよ』
『へえ、それは楽しみだな』
『2年後にクノは失業です』
『その前に嫁に行ってるんじゃないか』
『駄目だったら、クノのこともお兄様がもらってくださいね』
『はいはい』
『もう、真面目に聞いてください!』
常連客の俺はそんなやりとりをするぐらい、クノとももう仲良しである。
まあ、お愛想だろうが。
もっとも、常連になる理由が仕事か補習授業であることが少し悲しい。
ただし、ナタリーやポリーナ先生を連れてくることが集客に貢献しているから、喫茶ギルポンでは俺の仕事も補習も大歓迎である。
意識がだいぶ脱線してしまったな。
マサイの虎なんか、おっぱいがあっても興味ないしな。
いかんな。真面目にやらないと京太郎氏はいつまでも帰ってくれないだろう。
「でも、虎は捕まえたんでしょう? それの何処が拙かったんです?」
いつの間にかマナイの前に置かれた特大のチョコレートパフェに若干引きながら、渋い顔で紅茶を啜る京太郎氏に質問する。
「それが、クライアントの要求は普通の虎ではなくシベリアンタイガーだったんだ」
「シベリアンタイガー?」
俺は知らないが、ナタリーが端末で検索してくれる。
「マサイの北大陸に棲息する虎ですが、これは地球では既に絶滅したサーベルタイガーの一種ですね。重さ600キロから1トンに達するようです」
サーベルタイガー? そりゃあ凄いな。
けれど、母さんはシロクマ以外はそれほど手強くないと言ってたような気がする。
ああ、母さんは母さんじゃなかったんだ。
でも、ベッドで『母さん』と呼びながら……
おほん、今の発言は忘れてください。
「それでも一騎打ちするわけじゃないんですから、麻酔銃か何かで捕まえられるでしょう?」
「いや、それは試したんだが、野生が強いのか捕まえた後で、ハンガーストライキを起こして死んでしまうんだよ」
「そうですか。では卑怯な手ですが、子連れの虎を捕まえれば、子供のために生きようとするんじゃありませんか?」
俺は、いい加減に思いついたことを言ってみる。
「……実は、それも試したんだ」
京太郎氏はバツが悪そうにし、小声で言った。
カオルコが少し咎めるような顔をする。
最近、領地内は子連れが増えてきているから、少し気分が悪いだろうな。
まあ、しかし、所詮は俺が思いつくような策だ。
天才とも言えるハンターの、ジョアン・ヌゲーが思いつかないはずはない。
「……母虎は子供を食べてから飢え死にした。勿論、直ぐにシベリアに戻したんだが、一歩も動かずに。 ……餌として大好物の生きたバッファローも与えたんだが、受け入れてはくれなかった」
うおーん、と京太郎氏は男泣きを始めた。
カオルコも父親にしがみついて泣き、ナタリーやマナイももらい泣きし始めた。
紅茶を追加しに来たクノも一緒に泣いている。
そのせいか、店内のホエール人観光客が、俺を咎めるかのように睨んでくる。
俺が悪者みたいじゃないか。
もっとも、エリダヌス人は男泣きが降参の合図だと知っているので、領主相手に馬鹿な奴だとか、相手が悪かったとか、当然の結果だとか言っている。
店内では少数派、マイノリティだったが。
「まあ、それだけ頑張ったんだから、説明すればクライアントも許してくれるんじゃないですか」
女性陣は自前のハンカチを出しているし、クノはエプロンをまくって涙を拭っているから大丈夫だが、京太郎氏は防疫所をくぐり抜けてきたからアロハシャツにバミューダパンツ姿だ。
ハンカチなんか持っていないだろう。
俺はポケットからハンカチを取り出しかけたが、タキが刺繍してくれたものだったので、慌ててポケットティッシュに切り替えて京太郎氏に渡した。
盛大に鼻水を拭われた。
セーフ!
マナイが気づいて呆れているが、大事な妻からの誕生日プレゼントを、二度と使えなくはしたくなかったんだもん。
仕方ないでしょ。
タキの匂い付きなんだから。
「それで駄目なら、赤ちゃん虎を何頭か誘拐して気長に育てるしか手がありませんね。頑張ってください」
さて、一応の義理は果たしたし、今夜はサクラコが『特製ハンバーグ』だって言ってたから早めに帰ろう。
特製というのは、甘いキスが付いてくるって言う二人だけの符丁だから、絶対に逃すわけには参らぬのだー!
がしっ
俺が立ち上がりかけたのを察したのか、両肩を掴まれる。
「祐貴君! そんな悠長なことをしている時間はないんだよ」
あの、京太郎さん。ぐちゃぐちゃの笑顔が怖いんですが。
それから、肩に指が食い込んでいます。
男の食い込みは嫌いです。
「今日は稲刈りもありますんで、お話の続きは後日と言うことで……」
「祐貴ぐーん! 熙子は確か君に」
「ああ、稲刈りは来月でした。今日は偶然暇です。夕方までは」
熙子と言うのはカオルコの母親で、京太郎氏の第一夫人であり、俺の元婚約者で、母親十人委員会のメンバーでもある。
今は15歳の処女であり、妻の邸のひとつに住んでいて、エリダヌスTVの社長もしている。
朝晩に5分間だけニュースキャスターもしていて、エリダヌス人にとても人気がある。
勿論、ホエール人にもだ。
トップレス天気予報など、ホエールには全く関係無いのに凄い視聴率である。
京太郎氏にしてみれば、娘のカオルコだけではなく、妻まで俺に奪われたことになっているのだろう。
これは、京太郎氏の中では、どっちひとつ取ってもとても大きな貸しになっている筈である。
どっちがより負債額が大きいかは知らないけど。
ふたりとも処女だから、いつでもお持ち帰りくださいと言いたいところだが、熙子とカオルコに殺されるから言わない。
それに、還したからといって、許してもらえるわけじゃないだろう。
『ご不満がございましたら、ご使用後でも代金は一切頂きません』
などと、人妻とか娘とかは、クーリングオフ対象にはならないような気がする。
いや、未使用だけどさ。
本当です。
処女再生による再選択というのは、危機的な中年夫婦の離婚を促し、後には見捨てられたおっさんたちがゴロゴロと言うのは間違った見解である。
女たちがやり直すのは当然だが、男たちにとっても、初恋の彼女が戻ってきたり、あこがれの先輩が現れたり、妹のように可愛がっていた後輩がもう一度現れるようなものだ。
それも中高生対象ではなく、全年齢版で。
しかも、処女である。
彼女たちは、もう一度恋をやり直し、今度こそ結婚するまで処女のままでいてくれる。
ホエールのデートスポットには、おっさんと女子高生のようなカップルが増えているらしい。
七湖にハネムーンで来る、年の差カップルも増えてきた。
通報したいくらいだ。
しかし、このおっさん、じゃなかった淡鯨京太郎氏はどうなんだろう。
美女のナタリーにも、トップレスのマナイにも、ロリのクノにも眉ひとつ動かす気配がない。
熙子さん、いや第一夫人ラブなんだろうか
それからは京太郎氏の独演会になって、淡鯨家の一番星ペイルホエールの政治的な勢力図から、在ホエール華僑の成り立ちと歴史を講義され、艾老師との劇的な出会いから、どれだけの恩があるかとかの話になり、老師の百二十歳の誕生日に老師が半生をそそいだ華僑資本の動物園に老師の夢であった虎を孫たちがプレゼントするなどという、まあ、俺には死亡フラグとしか思えない話になると、老師が寝たきりで明日をも知れない状態であるというまんまの話になって、更に孫たちから毎日のように催促をされて夜も眠れず、水虫も悪化している愚痴話を聞かされて、結局、どうでもいい話に夕方まで拘束されてしまった。
ここの雪駄は、履き心地が良いとも言っていた。
ちょっとお涙頂戴のいい話に心が動かされかけていた女性陣は、最後に来てどん引きである。
「それでは、近いうちにマサイに行って、ジョアンと相談してみます。結果までは保証出来ませんが、精一杯努力してみましょう」
どうせ、逃がしてもらえないのなら、やっているふりぐらいはしよう。
いつまでもしつこくされた上に、俺のせいにされかねない。
マサイ人にも迷惑だろう。
「ありがとう、ありがとう祐貴君。ああ、迎えは寄越すからよろしく頼むよ」
どうやら、なんとか納得してくれたみたいだ。
「それから、今度は男の子が良いな」
あんたもか!
それで、京太郎氏は笑顔で帰っていったが、喫茶ギルポンの代金は俺持ちなのかい!
長い話を聞きながら、みんな勝手に飲み食いしてたんだぞ。
マナイなんか特大チョコパフェを、ペロッと5杯も食いやがった。
「マナイ」
「はい、領主様」
「おっぱいにクリームが付いているよ。俺が取ってあげ、ぐはぁ」
ナタリーの情け容赦のない肘打ちが脇腹にたたき込まれた。
カオルコが紙ナプキンでマナイのおっぱいを拭いてしまった。
「何だよ。ちょっとした夫婦間のスキンシップじゃないか」
「外では領主と秘書官です。けじめはつけてください」
「ユウキ、職場ではパワハラよ」
確かにマナイは外では秘書官だけどさ。ケチ!
申し訳なさそうにするクノに、今月の小遣いの残りで支払いを済ませた。
いいんだよ。クノは何も悪くないんだからね。
ああ、クノには姉に劣らない癒やしの効果がある。
いやらしい効果はまだこれからかな。
ハアー、キンに小遣いの前借りを頼まないと、今月の残り20日間を金欠で過ごさなきゃならない。
これじゃあ、ナミとナリとのデートで、あんパンを半分ずつしか奢ってやれないぞ。
俺は政治家ではないから政治活動資金はもらえないし、社長ではないから必要経費も落とせない。
補習授業で喫茶店に行くと言っても、キン財務大臣も、スス内務卿も小遣いを上げてくれる訳ではないのだ。
勿論、京太郎氏との会見も、カオルコのお父さんとの個人的なおしゃべりとかで、経費にならない。
一応、領収書だけはもらっておく。
京太郎氏が成功報酬ならくれるかもしれないからだ。
経費別でだな。
そうだ、マサイに行くなら1段目の奥で雑草にまみれている金塊を少し持って行って、ハッサン財務大臣にリナ貨を融通してもらおう。
うふふ、へそくり、へそくり。
店を出ると、北森街道は夕方なのに人が多かった。
「何かイベントでもあるのか」
「ああ、今日は囲碁将棋道場の手伝いにサラサさんが来てるのですよ」
マナイが何でもないことのように説明する。
だが、囲碁将棋道場の前には人だかりが出来ている。
囲碁将棋道場はタルト村の敷地側にあり、コラノの経営になっているから、長女のサラサが手伝うことに何の不思議もない。
表門は北森街道にあるが、勝手口はタルト村である。
しかし、サラサがいても何のイベントにはならない筈である。
手伝いは、笹の葉茶を出したり、干し芋を配ったりするだけなのだから。
「サラサはそんなに人気があるのか」
「実は、サラサさんは村にいる時と同じように、時々スカートも穿かずにお手伝いしてることがあるんです。だからホエール人観光客が押し寄せてきて大変なんですよ。もっとも本人に気づかれないようみんな大人しく見学してるんですけど」
「へえー」
ちょっぴり見学したい。
「男ってスケベで馬鹿ばかりだわ」
「その通りです、カオルコさん」
「でも、お陰で商売繁盛してます」
カオルコはブラチョッキに巻きスカート。(不明)
ナタリーはメイド服。(多分、ひもパン)
マナイはトップレスミニスカート(多分ノーパン)
一方で全裸のサラサ。
チラリズムかラリズムか。
うん、やはり全裸の勝ちだな。
「スケベ!」
「変態!」
「浮気者!」
3つのストレートが同時に襲いかかってきて、効果は3倍以上になった。
うちの女たちは、きっと虎よりも凶暴だと思うんだ。
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