幸福と充足:表
いちゃいちゃ回です。
目を開けると、そこは僕の屋敷のリビングだった。
地球に旅立った時と同じ場所に戻ってきたようだ。ソファに座っていたディーナがハッと顔を上げて、立ち上がった。
「ユーゴさん!」
「ただいま、ディーナ。」
ぼふっ、と胸元に飛び込んできたディーナを受け止めつつ頭を撫でると、ディーナは「ううぅ」とうなり声をあげる。トラ縞の尻尾がふらふらと力なく揺れている。
「ユーゴさん……急に行っちゃうから……地球に行って、もう戻ってこないんじゃないかって……うう……」
「……そっか。ごめん。ごめんね、ディーナ。でも、僕がディーナを置いてどこかへ行くわけないじゃないか。君から離れるわけなんかない。」
「ユーゴ、さん……」
僕達は見つめ合って、そのまま顔を近づけていく——
ばっ、と背中にのし掛かる重み。
「ユーゴ! おかえりぃっ!」
慌てて振り返ると、そこにはエルサの満面の笑みがあった。無表情だった時の印象が強くて、相変わらず慣れない。でも、前よりも明るくなったエルサを見ると、嬉しくなる。
「エルサ……ただいま。」
無邪気なエルサの様子に、僕とディーナは顔を見合わせて苦笑するのだった。
◆
二人に地球での事を話した。
僕が両親に会って別れを告げた事を話すと、ディーナは感極まって涙を流した。彼女の両親は帝国軍の兵士達によって別れを言う暇もなく目の前で殺されている。それを思うと腸が煮えくりかえる。エルサだって、両親はもういないらしい。僕がいかに恵まれているかがわかる。
エルサと一緒にディーナを慰めて、そのまま夕食にする。ディーナが作ってくれていた。昨晩はエルサが帰ってこず、一緒に食べられなかった。三人で晩餐の食卓を囲めるのは、ありがたい事だ。
食べながら明日の予定を話し合っていると、珍しくディーナが提案してきた。
「あ、あの。その……ユーゴさん、私に戦い方を教えてもらえないでしょうか?」
「ディーナ?」
「私……これ以上、ユーゴさんに護られてばかりなのは、嫌なんです。昨日も、エルサさんを助けにいくのに同行できませんでした……。このままだと、ユーゴさんの足を引っ張ってしまいそうで……。」
考えてみれば、ディーナには屋敷で待ってもらう事が多かった。足の速さの問題もあるが、安全地帯である屋敷から出て欲しくないという考えもあったからだ。
しかしそれは、僕のわがままだったのかもしれない。いつも待っている身というのは辛いだろう。ディーナは僕のために力になりたいと思ってくれている。彼女自身の身を守るためにも、戦い方を身につけるのは決して悪い事ではない。
「ディーナ……うん、わかった。僕で良ければ、一緒に訓練してみようか。」
「は、はい! ありがとうございます! ユーゴさん!」
ぺこりとお辞儀をするディーナをにこやかに見ていると、それを見ていたエルサもピョンピョンと手を挙げた。
「はーい! はーい! 私もやる! ユーゴのために強くなるよっ!」
「ありがとう。でも、別に僕のためじゃなくてもいいんだよ?」
「いいのぉ! ユーゴのためなら何だってするんだからね!」
ありがたいけど、ここまで明確な好意を向けられると、少し照れてしまう。無邪気に跳ね回るエルサを抑えるのが大変だった。それにしても、エルサは【暗殺術】もあるし、今のままでも結構強いはずなんだけど……。
結局、明日は屋敷の広い庭で訓練する事に決めた。
◆
明日の予定も決めて、食後にソファでゆったりしていると、不意に目の前の空間に光が現れた。少しずつ大きくなり、人の形になっていく。きっと転移だろう。
誰が来るのか見当がついた僕は立ち上がり、迎える準備をする。自然と頬が緩んでしまう。ああ、そうか。来てくれた。来てくれたんだ。ディーナ達も先ほどの僕の話からわかっているようだ。
「勇悟っ!! きたよっ!」
光の中から現れた人影は、すぐに目の前にいた僕に飛び込んでくる。長い黒髪が勢いでなびいた。受け止めると、ふわりと彼女の香り。顔一杯の笑顔で、大きな目が嬉しそうに細められている。僕の幼なじみ、東識音だ。
「やあ、識音。いらっしゃい。ようこそ、スタジオーネへ。」
僕が歓迎を表明すると、識音は少し恥ずかしそうに頬を染める。
「勇悟、私、私ね。いっぱい、いっぱい考えたんだけど、やっぱり、勇悟と一緒じゃないとダメだよ。勇悟と一緒にいたい。離れたくないって思ったんだ。」
「識音……ありがとう。嬉しいよ。僕も識音と一緒にいたい。」
「ゆう、ごぉ……」
目を潤ませながらも笑う識音は可愛い。僕達は抱き合って見つめ合って、そして口づけ合った。ディーナ達から、かすかに声が漏れた。識音の湿った唇を味わい、彼女からの愛情を心身共にいっぱいに感じる事ができた。もう、離れない。離れたくない、という気持ちを、魂のつながりを通して共有し合った。
識音の体温がしっかりと伝わってくる。愛おしくて、このまま識音の全てを味わいたいという想いが強くなる。思わず識音を抱きしめる腕に力が入ってしまう。
「ユーゴぉ。」
と、そこでエルサから声が掛かった。そうだった。この場に二人がいる事を忘れて暴走するところだった。やっぱり自制が効かなくなっているな。これも、悪魔になっていた時の影響だろうか。
——ちっ
おい、なんか聞こえたぞ。
「シキネも一緒に暮らすのぉ?」
エルサが抱き合う僕達を見て首を傾げる。僕と識音は気恥ずかしげに身体を離してから、エルサへと向き直る。
「うん。これからは、識音も一緒だよ。」
「ほんとぉ? わかった! シキネ、よろしくね!」
「え? え? う、うん。よろしくね、エルサちゃん。」
ニパッと笑いながら、エルサは識音の手を掴んでぶんぶんと振った。識音は戸惑いながらも、微笑みつつ手を握り返す。それを見て僕は少し安堵する。いくら僕が一緒にいたいからと言っても、エルサがそうだとは限らない。
「シキネさん、私もこれからよろしくお願いします。」
ディーナもぺこりと頭を下げたが、識音は慌ててそれを押し止める。
「ディ、ディーナちゃん。そんな、私に敬語なんて使わなくていいよ。」
「え? あ、これは気にしないで下さい。癖みたいなものですから。……ふふ。それと同じ事をユーゴさんにも言われました。」
「あ、あう……うう、よろしくね、ディーナちゃん。」
どうやら、ディーナの方が一枚上手のようだ。とてもディーナのほうが年下には見えない。ディーナが歳の割にしっかり者すぎるけど、アニマは早熟だと聞いたから、そのせいかもしれない。
「そうだ、シキネさん! お風呂に入りませんか? ね、一緒に入りましょう!」
名案だとばかりに手を叩き、たじたじの識音の背中を押して、お風呂に喜ぶエルサの手を引っ張ってリビングを出て行くディーナ。尻尾がピーンと立っていた。僕をちらりと見て、ウィンクする。
(ユーゴさん、シキネさんがまだ遠慮しているみたいなので、ちょっとお話してきますね!)
僕はぽつんと一人、リビングに残された。
◆
お風呂から出てきた三人は、湯気をたて、ほんのりと肌を上気させながらリビングに現れた。僕は悶々としつつ、ソファに座って待っていた。
「ユーゴさん、お待たせしましたー。」
「ふぅー、気持ちよかったぁ!」
「勇悟、ここのお風呂すごいね! あんなにおっきいお風呂、ビックリだよ!」
三人が三人とも、タイプの違う美人なのだ。緑、白、黒の髪が艶々としている。湯上がりの艶めかしい様子を見せられて、ぼーっと見とれてしまう。
「どうしたんですか、ユーゴさん?」
「……あ、う、うん。いや、何でもないよ。ちょっと見とれてただけ。」
ついぽろりと本音が出てしまった。ディーナがそれを聞いて恥ずかしそうにする。なぜか識音はもじもじとしていた。
「ユーゴも早く入ってきて! 昨日の約束、忘れてないよね?」
はて、約束? エルサの言葉にしばし思案を巡らせる。そして、答えにいきついた。そういえば昨日の夜、エルサと二人でベッドに寝転んだあと……。う、そうだった。「あしたね」とか言っていたんだ。今更ながら、恥ずかしくなる。
「う……うん。覚えてるよ、エルサ。……あとで、ね。」
「やったぁ!」
ピョンピョンと跳ね回るエルサと、約束という言葉に首を傾げるディーナ達を残して、お風呂に退散する。そういえば、識音が来てからの事を考えてなかった。彼女には刺激が強すぎる気がする。どうしたものか……。
そもそも、識音は僕と同じ日本から来たのだ。いくらスタジオーネの常識は一夫多妻制だとはいえ、日本ではそうではない。僕がディーナやエルサと関係を持つ事に嫌悪感を感じるかもしれない。不安が募る。
お湯につかりながらもやもやと考えていると、のぼせそうになった。
悩んでいても仕方ないと切り替える。自己正当化かもしれないが、僕達はもう日本人ではない。スタジオーネ人なのだから、郷に入っては郷に従うのが筋だろう。もし識音がどうしても嫌なのなら、僕が我慢すればいい。そんな事で、みんなの関係にヒビが入るのは嫌だった。
ただ、はたして、我慢できるだろうか……。
それが、問題だ。
◆
浴場を出て、リビングに行くと誰もいなかった。まだ早い気がするけど、もう皆寝てしまったのだろうか。気配は三人とも主寝室にあるようだ。
主寝室に向かうと、中からはしゃぎ声が聞こえてきた。
「それで、シキネさんはユーゴさんのどこが好きなんですか?」
う。思わずピタリと足を止めてしまう。
「ええ!? そ、それは……その……優しいところとか……私の事、護ってくれるし……かっこいいし……ううう、は、恥ずかしいよぉ。」
「私も! ユーゴさんの優しいところ好きです! わあ、おんなじですね!」
ディーナの笑い声。うう、嬉しいけど入りにくい。
寝室の前で躊躇っていると、寝室の扉がキィと開いた。そこにはエルサが立っている。そういえば、エルサも【気配察知】を持っているんだった。
「ユーゴ、そんなところでどうしたの?」
「ゆ、勇悟? えっ!? き、聞いてた!?」
識音が戸口に立つ僕を見て急に慌て始める。ディーナも口を押さえて驚き顔だったが、クスリと笑った。エルサは僕の手を引いて、部屋の中に招き入れる。僕は観念して正直に白状する事にした。
「う、うん。ごめん、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、聞こえちゃった。……識音、ありがとう。僕も識音の優しいところが好きだよ。」
「うわあああ……」
真っ赤になって枕に顔を埋める識音に、なんだか申し訳なくなる。ディーナは識音の様子を見てニコニコと笑っている。二人とも寝間着姿でベッドの上に座っていた。識音はエルサの寝間着を借りたようだ。
エルサは僕の手を引いてベッドへと導いていく。僕がベッドに腰掛けると、後ろから抱きつく格好になった。背中に柔らかい感触が押し当てられる。お風呂上がりの良い匂いが鼻腔をくすぐる。どうして女の子の匂いは刺激的なんだろう。
そうしていると、今度は右腕に別の柔らかい感触が。ディーナが僕の右腕を抱え込むようにしていた。しっとりとした肌を上気させて、深い緑色の瞳が僕を見つめている。もはや、僕の理性はオーバーヒート寸前だった。
ああ、まずい。識音だって居るのに。
そこで、目の前に立つ人影。
識音が僕を見下ろしていた。
「勇悟……あの、ね。わたし、勇悟と……」
激しい鼓動と荒くなってきた息を抑えながら、立っている識音の手を掴み、引き寄せる。識音は抵抗せずに、僕の上から覆い被さるように倒れ込む。それを受け止めつつ、隣のディーナを抱え込んで、背後のエルサを巻き込みながら、僕達4人はベッドの上に倒れ込んだ。
もう我慢なんて必要ないだろう。
魂のつながりがあれば、僕達に言葉は必要なかった。
識音は完全に受け入れてくれていた。
身体を密着させ、体温を共有し、熱を交換し、魂でつながる。
それを何度も、何度も繰り返す。
幸福感と充足感を感じながら、僕達は1つのベッドで眠りについた。
読んで頂きありがとうございます!




