馬車の上で:裏
説教モードに突入していたソフィアを何とかなだめて、勇悟の観察に戻る。
「うう……悪かったわよ……。」
「わかればいいんですよ。わかれば。」
勇悟は、ゴブリンに襲われていた商人と会話している。その顔に生気はなく、先ほどの戦闘で全身は返り血に覆われていて何とも痛々しい。
すると、商人が洗浄を付与した水の属性魔法を発現した。魔力が男の体内から放出される。勇悟の全身が洗浄された。サッパリとした勇悟の、あどけなさが残る顔に驚嘆が映る。初めて見た魔法に興味津々といった感じで、微笑ましい。
そして、勇悟は地面に横たわる鎧の男の遺体に手を触れる。遺体を【アイテムボックス】に収納するようだ。魂の無い遺体は、アイテムボックスに収納できる。
行き先は、私の神殿の倉庫だ。
遺体……遺体? そこで、はたと気づく。ま、まずい。あの場所には——!
私はソフィアを肩に載せたまま、倉庫に急いで転移する。そこには、思った通りの光景が広がっていた。
◆
神具の1つ、【聖骸の杯】。
遙か昔、神々の間に起こった戦争で使われた兵器。
生物の遺体を糧に膨大な魔力を生み出すという——禁忌の神具。
神界に遺体なんて存在するはずがないから、管理もおざなりになっていた。
しかし、私がスキルを適当に創ったせいで、ありえないはずが、ありえてしまったのだ。
鎧の男の遺体は、【聖骸の杯】に吸収されていた。
「きゃあああああ!!」
「わああああああ!!」
私とソフィアは声を揃えて絶叫する。
膨大な魔力が【聖骸の杯】から溢れ出している。行き場のない魔力は暴発寸前だ。
「どうしよう! どうしよう!!」
「お、お、落ち着いてください、ミネルバ様!」
あたふたとする私とソフィア。
そこに拍車を掛けるように、ゴブリンの遺体が次々と収納されてくる。
【聖骸の杯】はそれらを次々と呑み込み、さらに膨大な魔力が溢れ出す。
あわや決壊、というところで私は思いついた案を即座に実行に移す。
「そ、そうだわ!! 魔力をあげちゃいましょう!!」
「ええっ!?」
開いていたアイテムボックスの回線を通じて、溢れ出していた魔力を叩き込むように送りだした。
【聖骸の杯】からほとばしる魔力は、渦を描いてアイテムボックス回線に吸収されていく。
しばらくして、全ての魔力が吸収され、辺りを静寂が包んだ。
「はあっ、はあっ」
私は、肩で息しながら、座り込んでいる。
「ふーっ。うまくいったわね!」
「全然うまくいってません!!」
キーンとソフィアの声が私の鼓膜を揺さぶる。声が大きすぎるのよ。
「あんな馬鹿げた魔力、勇悟殿に持たせてどうするつもりなんですか!」
「えー、大丈夫よ。チートといえば、膨大な魔力、これテンプレよね!!」
「あああああ、もう! なんで【聖骸の杯】なんて危険な物がこんな所に無造作にほっぽってあるんですか!」
「なんでだっけ……? ああ、そうだ、ユーピテル様に下賜されたけど、ゴテゴテしてて趣味が悪いから、適当に倉庫に入れておいたんだったわ。」
ソフィアはそれを聞いて肩の上で器用に orz の体勢になる。どうなってるのそれ?
しばらく説教されたあと、私たちは【遠見の鏡】の泉に戻った。
◆
勇悟は、商人の馬車に同乗して王都に向かっているようだ。
商人に色々と一般常識を尋ねている。
「はあ……。勇悟殿はしっかりしてますね。誰かさんと比べて。」
「え、誰かさんて、誰のこと?」
ソフィアがこちらをジト目で見るが、私は軽く受け流す。伊達に長年、嫌味を受けていたわけではないのだ。
勇悟が暦や時制について、商人に尋ねている。地球と全く同じである事に首をひねっているようだ。
「そういえば、暦や単位はミネルバ様が無理矢理地球に合わせたんでしたね。」
「だって、計算が面倒だったんだもの。」
「そのお陰で、既存のカレンダー、時計、定規に計りなどなど、全て役立たずになりましたけどね。人類にどれだけ迷惑を掛けたと思ってるんですか。」
「いいのよ! だって私は神様だから!」
ソフィアが、処置無しといった表情で首を左右に振る。私はエッヘンと胸を張る。
「そもそも、太陽や月もないのに、地球の太陽暦や日本の曜日を適用するなんて……。」
「太陽なんて、あっても眩しいだけじゃない。いいのよ。神様パワーで擬似的に太陽光だけ生み出してるんだから。」
「身も蓋もなさすぎます!!」
ソフィアがバサバサと羽ばたく。羽根が飛び散るから、やめてほしいな。
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