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理由:裏

私の王子様。


やっと見つけた。私だけの王子様。


彼を見てると胸がドキドキするの。


きっと、運命の相手に違いない。


私を助けにきてくれた、王子様。


あの人とは違う。


私を見てくれなかった、あの人とは。


あの人は、私の事なんて最初から相手にしてなかった。


あの人は、いつだって私ではなく彼女を見ていた。


あの人は。あの人は。あの人は。



どうしてか。


なぜだか。


あの人の事が頭から離れないのだ。



目の前にやっと出会えた王子様がいるのに。


私はどこかで、期待している。




キィィィ。


甲高い音を鳴らしながら、観音開きの玄関扉が開いた。


私と王子様は、それを正面で待ち受ける。もちろん、手はつないだままだ。



「やっと来たか。随分と遅かったようだが。」


王子様がカイゼル髭をいじりながら、ぼそりとつぶやいた。カイゼル髭がキュートで可愛いなあ。ふふふ。


開いた扉の向こうには三人の人影。


銀色の髪。今の私と同じ長い髪だ。凜とした雰囲気を持つお姉さん。


金色の髪。オールバックにしている。少しくたびれた様子のおじさん。



そして。


黒い髪。黒い瞳。優しい目。


私より頭1つ高くて、いつだって私は見上げていた。


でも今は同じ目線。


彼の目は私をまっすぐと見ている。


今の彼の左手は、空っぽだ。



「エルサ……。帰ろう。」


彼は柔らかく微笑みながら、左手を私に差し出した。



しかし私はぎゅっと目を瞑り、今握っている王子様の手にすがりつく。


「やだっ!」


せっかく出会えた王子様と別れるなんて。



しかし彼はそのまま、一歩、また一歩と私に近づいてくる。手をさしのべたまま。



私の目は彼の手に釘付けになっている。


もう少しで手が届く距離。



「無駄だよ。彼女はもはや人ではない。私の眷族となったのだ。」


王子様が彼に向かって話している。


そうだよ。私は王子様のものになった。もうあなたとは一緒にはいられないの。



彼はその言葉を聞いても、足を止めない。


その目は私を、私だけをしっかりと見据えている。



「ふっ。諦めが悪いな。だが、それ以上は近づかないで頂こうか。」


王子様はそう言うと、私を持ち上げた。私の首元に手を添える。


なんだろう? 王子様のひんやりした手が気持ちいい。



すると、彼はピタリと立ち止まった。私から視線を外して、王子様を睨み付けた。


「エルサを、離せ。」


「断る。私にも都合というものがあるのでな。」


そうだよ。王子様の言う事は絶対なんだから。


「離せ」


すると、彼の左手が徐々に赤くなっていく。


「む……何だ……?」


赤く、赤く、血のような色に。


同時に、膨大な気配が彼の左手から漏れ始めた。


「な、何だ……これは……」


王子様は彼の左手を見ながら冷や汗を流している。



徐々に。


彼の手が、形を変えていく。


ミシミシと。


ビキビキと。


血管が浮き立ち、筋張っていく。


赤かった手が徐々に黒ずんで、赤黒くなっていく。



「あ、あの手は……」


銀色の髪を持つお姉さんが冷や汗をかきながらつぶやいた。


「ユーゴの、手が……」


金色の髪を持つおじさんが呆然とした様子でつぶやいた。



指の先には鋭くて黒い爪が。


肘から先が異常なほど太く。


青い光で複雑な紋様が浮かび上がる。


真っ黒なオーラが、圧倒的な力が、左手から放たれている。



「馬鹿……な……これは……これはまるで……」


王子様はガクガクと震えだした。私も怯えている。


あの手は恐ろしい。


でも、どこか懐かしい。


理由はわからないが、今では完全に形を変えてしまった彼の左手は、恐ろしいもののはずなのに、私にとっては不思議な暖かみを感じるものだった。



そして、彼の手から白い光(・・・)が溢れ出す。


その光は暖かく、私を包み込む。



「くっ……これは、癒やしの光か……! しかし、そんなものでは眷族化を戻す事はできんぞ!」


王子様は光から顔をかばいながら、苦しげに叫んだ。


抱えていた私を地面に下ろすと、両手を前に突き出す。すると、両手から『闇』が放たれて光を掻き消していく。


「ふ……ははは……この程度の光、大した事は……」


王子様が笑いながらそう言うと、彼はニヤリと笑った。



バサリ。


黒いものが目の前にいっぱいに広がった。


私が抱えていたアルテアの翼だ。


「なっ!? 魔眼が解けただと!?」


アルテアはそのまま私を翼で包み込む。



そして、私とアルテアはそのまま、影の中(・・・)へと沈み込んでいった。




「やったー!! すごいわ!」


思わず拍手してしまった。【遠見の鏡】の中に映った勇悟君は、万物の癒やしを与える【治療光】のスキルによって、アルテアに対する魔眼の効果を解いたのだ。


それにしても、またあの腕だ。


ユーピテル様が【擬態】の解除を封印しているはずなのに、今の彼の左手はすっかり悪魔だった時のものへと変貌している。なぜかはわからないが、彼の大きな感情に起因しているようだ。


私はあの時の事を思い出した。私が彼に救われた瞬間。


今、彼の左手が放っているのは白い光。あの時の七色の光ではない。だが、白い光は彼の優しさを映し出すように暖かく、泉を通して見ている私の心まで癒やす。


「素敵ね……」


私がぽつりと独り言を言うと。


「おや、これはまた。勇悟殿の癒やしの光でしたか。」


バサバサとした羽音と共に、私の肩にかかる慣れ親しんだ重さ。


「……遅いのよ、ソフィアは。」


ふくれ面になった私に、ソフィアはやれやれのポーズをとる。


「そう言われましても。会合の事は前もって言っておいたじゃないですか。」


「もう! ソフィアのせいでエルサちゃんが大変な目にあってるのよ! あなたがいなかったから勇悟君に危険を伝えられなかったんだから!」


「それがなんで私のせいになるんですか……。それに、そんなに危なかったのなら、ユーピテル様に頼めばよかったのでは?」


「……うう……」


「ああ、なるほど。頼んでみたら叱られたのですね。」


ユーピテル様に言われた事が頭の中にリフレインする。


「……覚悟があるのか、って聞かれたのよ。私が関わる事で勇悟君や、周りの人達がもっと悪い目に遭うかもしれない。それって私のせいでしょ。」


「ええ、そうですね。ミネルバ様は最初からそういう事態も覚悟されているものかと思っていましたが。というか、勇悟殿は既にミネルバ様のせいで散々な目に遭っていますしね。」


「うう……否定できないけど……でも、そんな覚悟、私はしてなかったわ。私のせいで勇悟君や勇悟君の大切な人が命を落としたりしたら、私は悔やんでも悔やみきれないし、いつまで立っても立ち直れないわ。きっと。」


すると、ソフィアは考えるように頭を傾ける。


「ホッホウ……。それでは、これからは何も手出しせずに見ていますか? 勇悟殿なら自分で運命を切り開けるでしょう。例えその運命で勇悟殿が傷つく結果に終わったとしても、私はその方が良いと思いますけどね。」


そこでソフィアは言葉を切り、私の方を振り向いて聞いた。


「……でも、ミネルバ様は、それで良いのでしょうか?」



その問いは。


先ほど、あの銀髪の女騎士が勇悟君に問うたのと同じものだ。



「私は……私は、どちらにせよ後悔する、と思う。

 勇悟君を見捨ててしまっても、勇悟君を助けてしまっても。」



そう、結局同じことなのだ。


彼を助けて悪い結果になる事。


彼を助けずに悪い結果になる事。


どちらがいいかと言われれば、どちらも嫌だ。


でも、しいてどちらを選ぶかと言われれば。


私はきっと、彼を助ける方を選ぶ。



そこに、理由(・・)なんてない。


あの女騎士が言ったように。


人を助けたい、護りたいと思う気持ちに理由なんて要らないと思う。


目の前に困っている勇悟君がいるなら、それを助けたい。



当然、覚悟はしておかなければならない。


自分のした事によって引き起こされる結果に。


神として、人に関わるという事に。



神はサイコロを振らない。


しかし、そのサイコロはあくまで人の閉じた世界に限った事。


どんな神でも、自分自身のサイコロの目を知る事はできない。



これから先、勇悟君がどんな道を進むのか。


私にはわからない。賽は既に投げられてしまったから。


どうせ振ったなら最後まで見ていよう。


出た目が悪ければ、お行儀は悪いけど良い目に変えてしまおう。


彼に見守られている。だから私も彼を見守っていよう。



そう、思った。




【遠見の鏡】の中に映った勇悟君は悪魔の左手を振りかざす。左手から次々と爪撃が放たれて、不死身のはずの吸血鬼は全身を細切れに切り刻まれていく。


悲鳴をあげて許しを請う吸血鬼に対して、勇悟君は冷静に、冷酷に、ただただその身体を刻み続ける。人にはありえない速度で手が動き続けている。吸血鬼は指の先から徐々に徐々に形を失っていく。


逃げる事は叶わない。すぐにその素振りを察知されて回り込まれてしまう。吸血鬼はその場から一歩も動けずに、どんどん身体を失っていく。


弱点なんて、必要ない。


圧倒的な力の前には、逆らうことは叶わない。


騎士団長も、警備隊長も口を開けながらその光景を見ていた。


竜巻のように動き回る勇悟君。もはや目で追うことすら出来ない。目に映るのは太った吸血鬼がぼーっと立っているだけ。しかし、その身はダイエットを早送りしたように萎んでいく。


今度は、悪魔の手の爪が熱を帯び始める。すぐに赤熱化し、焦げた臭いが辺りに漂いはじめる。どんどんと温度が高くなっていき、今度は白熱化した。すると、爪に触れた吸血鬼の身体がジュッと音を立てて蒸発していく。再生する事は叶わない。


爪先から徐々に消えて(・・・)いく。バランスを崩して倒れてしまいそうなのに、まるで宙に浮いているかのように、その姿勢は崩れない。手品のような光景だ。


もはや吸血鬼は悲鳴をあげるのをやめていた。どうやら手足の感覚がなくなりつつあるようだ。不思議な顔をしながら、自分の手足がなくなっていく様子をぼーっと眺めていた。



つま先から、膝、もも、下半身が消失した。


指先から、肘、肩、首から下の上半身も消失した。



残されたのは頭だけ。


そこまで来て、勇悟君は動きを止めた。悪魔の左手で頭を掴み上げている。


そして勇悟君は、無表情で最後の一言を発する。



「さて、どのぐらいで再生する? また削って(・・・)あげるから。」



それを聞いた瞬間、吸血鬼は発狂した。


発狂した吸血鬼は自身の生命を否定し、残された頭は灰になっていく。



吸血鬼(ブルーコラーコ)は不死身であり、例え肉体を完全に滅ぼしても復活してしまう。


頭を切り離すだけで倒せるようなやわな存在ではない。本当の不死なのだ。


だから、それを倒すには自分で自分を殺させるしかない。


自分の生命を否定させるのだ。それは、ある意味で神を殺す方法と同じ。


勇悟君は、神を殺してしまうような力を振るった。



灰になった吸血鬼の頭はさらさらと勇悟君の手からこぼれ落ちた。


勇悟君はパンパンと手から灰を払うと、アルテアを呼び出したようだ。



勇悟君の影の中からアルテアと、エルサちゃんが顔を出す。


エルサちゃんの長くなった白い髪が、警備隊長の持つランプに照らされる。


女の子のように小さくて可愛かった身体は、すらりと四肢が伸びている。


蒼かった瞳は、紫色になっている。



エルサちゃんは、勇悟君をじっと見ている。


勇悟君も、エルサちゃんをじっと見ていた。



「エルサ、帰ろう。」


「……や。」


嫌々をするようにかぶりを振るエルサ。身体は大人びてしまったのに、仕草と口調は幼い子供のようでアンバランスだ。


「ユーゴは私の事、見てくれないんだもん。王子様は見てくれるよ。私の事、大切にしてくれるよぉ。王子様、どこぉ?」


エルサはキョロキョロと辺りを見回している。


「……エルサ。……王子様なんて、いないんだ。」


勇悟がエルサに残酷な現実を告げる。


それを聞いたエルサは耳を両手で覆ってしゃがみ込んでしまった。


「やだ! やぁだ!! 聞きたくない! 王子様はいるのっ! 王子様は私を見ててくれるの! 私を助けてくれるのぉっ!!」


駄々をこねるような彼女の様子に、グローリアもジョットも困惑している。


勇悟はそんな彼女を見て優しく微笑んだ。そして、彼女の側にしゃがみ込む。



勇悟がエルサに、頭をこつんと合わせた。



「エルサ。君は勇者様が好きだったんじゃないの?」


エルサはうるんだ瞳で勇悟の顔を見つめる。


「うう……だって、だってぇ。勇者様は私の事ぜんぜん見てくれないんだもん。」


「……うん。そうだね。勇者様はいつもお姫様に夢中だった。」


「そうだよぉ。私はお姫様にはなれないんだよ。いっつもいっつも、二人で仲良くして、私はのけ者なの。だから、私は私だけの王子様を見つけようと思ってぇ。」


「そっか……。」


勇悟は頭を離すと、エルサをそっと抱き寄せた。


「ごめん。ごめんね、エルサ。君をひとりぼっちにしちゃった。僕はディーナの事が好きで好きで仕方なくて。君に寂しい思いをさせちゃったね。」


「ううう……でも……でもね……それはしょうがないんだよぉ。最初から二人だったのに、私が、私が無理矢理、間に入ろうとしたから……」


「ううん。それは違うよ。エルサ。」


「……ぇ?」


「僕が君を誘ったんだ。こうなるってわかっていて、それでも君を護りたかったから。だから、君は悪くないんだ。悪いのは僕だった。」


「…………」


「最初から。最初からこうすれば良かったんだ。理由なんてもうどうでもいい。今さら、もう君とは離れようと思わない。君を失いたくない。僕は君が好きだった。好きになってたんだ。」


「う、ううううぅ……」


「【結魂】しよう。もう君を一人にはしない。ディーナや識音もいるけど、それでも、君だって僕にとってはかけがえのない存在だった。僕の左手は君だった。」


「ユーゴぉ……」


彼女の目からはボロボロと大粒の涙が零れている。



その時、エルサの背中に添えられていた勇悟君の左手が輝きだした。


七色の光。


原始の光。



極限まで高められた光量が画面を覆い尽くす。


光は全てを浄化していく。



エルサの瞳の色が、美しい蒼色を取り戻す。


彼女の身体から、邪悪な気配が失せていく。


吸血鬼になったはずの彼女は、あっという間に人の魂を取り戻した。



しかし、身体は縮まない。髪の長さもそのままだった。


少し大人になったエルサは、そのまま人間となった。



七色の光が収まると、勇悟は彼女の顔を見て微笑んだ。


「エルサ、元に戻ったね。」


「……ううん。戻ってないよ。」


エルサもまた微笑みながら、ふるふると首を振った。



「ほら、ユーゴの顔が、こんなに近い。」


そして、彼女はそっと、勇悟に口づけた。



口を付ける二人を見て、息を呑んだ二人。


グローリアは顔を真っ赤にしている。


ジョットは砂糖を丸呑みしたかのような顔をしている。でもどこか楽しげだ。



口を離すと、二人は微笑みあって立ち上がる。


そしてそのまま、額をつけて、手を握り合う。



「『結魂』」



勇悟がつぶやくと、二人の間にふわりと光が瞬いた。


その光は、勇悟の七色の光によく似ていた。



しばらく身を寄せ合った二人は、ゆっくりと身体を離す。


見つめ合い、笑い合う。黒い髪と白い髪が美しい対比を描いていた。



そのまま、再び口を付けた。




「めでたし、めでたしね。」


私はニコニコしながら、二人の儀式を見届けた。


「まったく、勇悟殿は次から次へと良い人を増やしていきますね。」


ソフィアはそう言ってため息をついた。


「勇悟君はハーレム属性の主人公としては天賦の才を持ってるわね。

 かくいう私も……うふふふ。」


「はぁ。笑い事ではありませんよ。大体、ミネルバ様はやはり女神としての自覚が薄すぎるのです。いいですか。女神たるもの——」


「あっ! 地球の様子を見ておきましょう! そうしましょ!」


またソフィアの長い説教モードが始まりそうだったので、私は話を切り替えた。


「……またミネルバ様はそうやってすぐに話から逃げようとして。だいたい、地球の様子はいつも欠かさず見てらっしゃるじゃないですか。」


そう。さぼっているように見えるけど、私はしっかりと地球の監視業務を続けていた。並列思考によるものだ。【遠見の鏡】となっている泉の中には、地球のテレビのように二画面分割モードで『スタジオーネ』と地球の様子が映されている。


つまり常に仕事をしているような状態だ。以前の私では考えられない事だった。あの地球をきっかけとして起きた一連の問題が、私を成長させた。少しは女神として自覚も出てきたつもりだ。


「見てるけど、ほら、識音ちゃんの様子も気になるじゃない? 結魂の儀式を見てたら思い出しちゃったわ。」


「そういえば、識音殿は随分と時間が掛かっていますね。別れを告げるだけという事でしたが。」



識音と別れてから、もう一週間を過ぎている。お別れを言うには十分な時間だ。


一体、彼女はどうしたのだろうか?



私は識音の様子を見る事にした。


読んで頂きありがとうございます!

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