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露見:裏

カイゼル髭の男は、ワイングラスを傾けながら思案に暮れている。


「まさか、あの者達が返り討ちにあうとは、な……」


脇に控えている執事服の男は何も喋らない。


「情報では、屋敷を買ったのは冒険者ランクFの男と、そのお付きと思われる女が二人だけ。そのはずだったな?」


執事服の男が慇懃に答える。


「はい。いまだ正確な情報はわかっておりませんが、その男はギルド内では『便意の魔法使い』と恐れられているとか。」


「『便意の魔法使い』だと? なんだその下品な二つ名は。」


ワイングラスを口から離して、男がしかめっ面になる。


「なんでも、奴に絡んだ冒険者達が突如として便意を催し、トイレに駆け込んでいったという逸話がまことしやかに流れていまして。」


「馬鹿らしい。そんなものは、たまたまに決まっている。その者達が一緒に摂った食事で食あたりでも起こしたのだろう。」


「はい。私もそのように考えます。実際、奴が受けた依頼も薬草採取程度しかなく、実力のほどはわかりませんが、大したものではないかと。」


「ではなぜ、あの者らが返り討ちなどという事になるのだ。」


「はい……。これも、あくまで噂程度なのですが、あの屋敷の外に王族が乗る馬車が停められていた、という情報がございます。」


「王族だと?」


ピクリとカイゼル髭が眉を上げて顔色を変える。


「ええ。未確認情報ですが、カテリーナ王女と騎士団長が随伴していた、という目撃情報もございます。」


「何を馬鹿な……。あの程度の冒険者の元にそのような方々が赴く理由がないだろう。……いや、しかし騎士団長か。『剣姫』と名高いかの女史であれば、あの者ら程度は軽くあしらわれる、か。」


「また、その男は警備隊ともつながりが深いようです。何度か事件に巻き込まれ、警備隊長とも友誼を結んでいるとか。街中で親しく会話しているところを度々目撃されております。」


「ちっ。忌々しいな。道理で今回の件の処理が早すぎると思ったのだ。普通なら、あそこまで一方的に多数の方がやられてしまうなど、簡単に信じられるものではない。あの警備隊長の男、普段は中立公平を謳いつつ、友人への贔屓目で判断するとは。」


「警備隊も王直属の部隊である事を踏まえますと、その男の周りには王族の影がちらついているものと愚考いたします。」


「うむ……。下手な手出しは王の注意を引く事になりかねぬ、か。」


男はカイゼル髭を指先でくゆらせながら思案顔になる。ワイングラスをゆらゆらと揺らしている。


「しかし、アレはあの屋敷に隠されているはずなのだ。それを見つけ出さぬ事には……。だがそれには、そのユーゴとかいう男が邪魔になる、か。」


「はい。奴の不在時に屋敷を調べた報告によれば、屋敷に何やら仕掛けが施されており、侵入は難しいとの事。恐らく何かの魔道具でしょう。奴は珍しい魔道具をいくつも所持しているとの事ですので。」


「ぬう……。厄介な。どうにかして解除する事はできぬのか。」


「……ひとつ、腹案がございます。」


カイゼル髭は執事服の男をじろりと睨む。


「……ほう。言ってみろ。」


「あの男の側には二人の少女がついています。とはいえ、常に側にいるわけではなく、一人で屋敷をでる事もあるようです。」


「ふむ。」



「その少女達を——拐かしましょう。」




私は怪しい男達の会話を【遠見の鏡】を通して聞いていた。


「二人を……誘拐するですって!?」


ありえない。そんな事をしたら、勇悟君の怒りを買う事は間違いない。怒りの矛先がこの男達だけで済むなら良い。だが、それがこの『世界』に向いたら……。


私はブルリと震えた。


一刻も早く、この事を勇悟君に伝えなくてはならない。だが、私にはその術がない。いつも通りソフィアとアルテアを通じて伝えなくては。


しかし、今この場にソフィアがいなかった。


「な、なんでこんな肝心な時に、あのフクロウはいないのよお!!」


ソフィアはいつもの助手同士の会合へと出掛けていた。タイミングが悪いにもほどがある。しかも、困った事に会合の場所は聞かされていない。なぜなら、会合では助手達が日頃の鬱憤を晴らすために、神達には会話の内容や陰口が漏れないよう配慮されているからだ。


当然、ソフィアへの念話も切られており、まったく通じない。


「ど、ど、どうしましょう! どうしましょう!!」


ま、まずいわ。


男達は誘拐計画を練っている。


「こ、こうなったら! ユーピテル様に!」


私は、奥の手としてユーピテル様の神殿に向かう事にした。




ユーピテル様の神殿は相変わらず荘厳な空気に満たされている。入り口は地球のギリシャにあるパルテノン神殿を思わせる作りだ。こちらが先なんだろうか、それともギリシャが先で後から真似したのか。


そんなどうでもいい事を考えている場合ではなかった。早く勇悟君に伝えなくてはいけないのだ。


私は神殿の中のユーピテル様を探す。いつもなら執務室で仕事をしているはずだ。私の脳裏にはあの高速の手さばきが思い出された。



執務室の扉をノックする。


しかし、返事はない。ユーピテル様の漏れ出るような威圧感も感じられない。一応扉を開けてみるが、そこにユーピテル様の姿はなかった。


「な、なんで! ユーピテル様までいないの!」


焦った私は神殿の中を駆け回るが、どこにもユーピテル様を見つける事ができなかった。事務室で仕事をしていたユーピテル様の『使い』に話しかける。仕事の邪魔をすると後でユーピテル様に怒られるが、今は緊急事態だ。


「ね、ねえ! ユーピテル様はどこにいるの!?」


「え、はあ、執務室におられるのでは?」


「それがいないから聞いてるんじゃないの! 神殿内のどこにもいないのよ!」


「そう言われましても……神殿内にいないのであれば、裏庭では?」


「それだわ!!」


そういえば、ユーピテル様は時々裏庭で休む事があった。私も裏庭でお茶を一緒にした事がある。あの時の緑茶、おいしかったな……。あ、そうじゃなかったわ。


早く裏庭に向かわないと!




はたして裏庭にユーピテル様はいた。


しかし、以前お茶を飲んだテーブルの所ではない。



「…………」


裏庭の片隅、そこには白い石碑がある。


たくさんの花に囲まれた場所。


それは、ユーピテル様の奥様であるユーノー様のための石碑だ。



ユーピテル様は、石碑の前に無言で佇んでいた。


慈しむように。


悲しむように。


懐かしむように。


物言わぬ石碑をじっと見ていた。



私は、そんなユーピテル様の姿を見て話しかける事ができなかった。


彼のそんな姿を見たのは初めてだったから。


いつも厳しく、時には優しく、私を叱ったり褒めたりしてくれるユーピテル様。


しかし、今の彼の目は、そのどれとも違う感情が込められているようだった。



「……どうしたんだい?」


ユーピテル様は石碑を見つめたまま、私に目を向けずに尋ねた。どうやら私には気が付いていたようだ。その口調は柔らかかった。


「あ、あの……勇悟君が……」


私が彼の名を口にすると、ユーピテル様はフッと笑った。


「また彼か。君は本当に彼が好きなんだね。」


「その……」


「……ミネルバ。」


「は、はい。」


「……私は、君がうらやましいよ。」


ユーピテル様の口から出た意外な言葉に固まってしまった。


そして、その言葉の意味する事も理解できた。


「ふふ、私もまた、君と同じなのかもしれないな。」


「そ、それは……どういう……」


「触れられない相手を追いかけ続けているという事さ。」


「…………」


「だが、君の相手はまだ……。」


「…………」


「いや、柄にもない事を言ったね。すまない。」


そう言って笑いながら、ユーピテル様は指をパチンと鳴らした。


すると石碑の上からシャワーのように水が降り注ぐ。石碑は水を浴びて光を反射し、きらきらと輝いている。同じように水をうけた周囲の花がざわざわと揺れ、笑っているようだった。


ユーピテル様は、まだユーノー様を愛しているのだ。


しかし、彼の場合、その相手はもういない。消えてしまった。私の神と人との恋の悩みなんて馬鹿らしくなるぐらい絶望的な悲恋が、そこにはあった。


「ユーピテル様……ごめんなさい。」


「なんのことだい? さあ、用件を聞こうじゃないか。」


ユーピテル様はそんな事には気づかないように振る舞った。




「なるほどね。……しかし、その程度では神が力を貸してはいけないよ。」


私のお願いを聞いたユーピテル様は、その首を縦に振ることはなかった。


「そ、そんな! ユーピテル様!」


「ミネルバ。よく聞きなさい。」


ユーピテル様は、私の言葉を遮るように強い調子で私に言い聞かせる。


「神が人に関わるという事、それはつまり、その人の運命を書き換えるという事だ。アカシックレコードに書かれた未来は、神が関わると白紙になる。」


「わ、わかっていますけど……」


「運命とはなんだろうね、ミネルバ。」


ユーピテル様の唐突な問いに、私の頭は真っ白になる。


「そ、それは……神が定めた人の未来、でしょうか?」


「違うよ。それは違う。」


ユーピテル様は、私の答えにゆっくりとかぶりを振った。


「運命はね、人が創り出すものだ。人と人との関わりによって出来ているものなんだ。僕達が運命を決めているのではない。」


ユーピテル様は諭すように言葉を紡いでいく。


「神が運命を書き換えるという事、それはつまり、人が自ら創り出した運命を書き換えるという事だ。それはとても傲慢な行いなんだよ。ミネルバ。」


まるで子供に言い聞かせるような口ぶりに、私は何も言えない。


「例えば、君が関わった事がかえって災いして、誰かが死んだとするね。それは仁木勇悟君かもしれない。仁木勇悟君の大切な人かもしれない。その時、君はその責任がとれるのかい?」


「あ……」


「大切な誰かが死んだとき、人は、最終的には、運命だったと受け入れなくてはならない。例えどんなに悲しくても、どんなに理不尽を感じてもだ。なぜなら、それは自身の運命だからだ。だが、そこに神の作為が入った時。それはもはや、『人の運命』ではない。『神の行い』だ。」


そして、ユーピテル様は言葉を切り、私の目をまっすぐと見据えて尋ねる。



「君に、その覚悟があるのか?」



私は、何も言う事ができなかった。


読んで頂きありがとうございます!

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