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来訪者:裏・前編

「は? あの男の正体がわかったのですか?」


「そうなの! 今から参りますよ。付いてきて頂戴ね。」


日課の訓練をこなしていたら、カテリーナ王女がやってきて私にそう告げた。



私、グローリア=カヴァリエリは王国騎士団の団長を務めている。国王陛下に剣の腕を買って頂き騎士を叙勲して、それから剣の道一筋に生きてきた。ひたすらに剣を極めて上り詰めて、気が付けば騎士団長を拝命していた。一応、カヴァリエリ子爵家の次女という肩書きもあるが、それよりも栄えある王国騎士団の騎士団長という職を誇りに思っている。


同時に私は、王国一の剣の腕だと自負していた。そう、過去形だ。


先日、あの『勇者』と名乗る男が陛下の謁見を賜った際に起こった事件。あの日私は、生まれて初めて私よりも上の存在がいる事を思い知ったのだ。いくら剣を振っても当たる気がしない。極めたと思っていた剣は、あっけなく受け流された。恐らく男がその気であれば、いとも簡単に私の首をはねただろう。


そして、キマイラとの戦い。私の膂力では傷一つ付ける事が叶わなかった。しかし奴は、どこからともなく取りだした魔鋼のショートソードを見た事もない構えで構えると、キマイラの攻撃を躱しながら叩き込んだ。そう、叩き込んだのだ。キマイラの強靱な肉体へあっけなく刃を差し込んだ。恐ろしい力が込められていたのが、地面に出来たクレーターでわかった。剣先はほとんど見えなかった。


かと思えば、キマイラと距離をとって対峙すると、奴の左手が赤い光と凄まじいプレッシャーを放った。絶対的な力を感じ取った私は、思わず膝をついた。気が付けば、キマイラは脳天から両断されており、地に伏していたのだ。


その時ほど、奴が名乗った『魔王』の存在を感じた時はなかった。



私はまだまだ修行が足りなかった。このままでは、王国を護る事など出来るわけがない。もし、万が一に奴が王国の敵に回った時、私には奴の剣を止める術はないのだ。陛下はああ仰っていたが、奴が敵かもしれないと考えると、奴の正体ぐらいは探っておくべきではないか、と私は愚考したのだ。


そこに来て、カテリーナ王女は奴の正体がわかったと言う。なにやら、カテリーナ王女は奴について勘違いをしているようだが、一も二もなく護衛としてついていく事にした。



奴の正体を知りたかった。


奴にもう一度会いたかった。


今まで感じた事のない気持ちが、私の中にあったのだ。




玄関から出てきたユーゴという男は、限りなく奴に近いと思えた。


黒い髪、黒い瞳。似た背丈、若い外見。声もよく似ていた。


間違いない、きっとこいつが。


「これはご丁寧に。初めて(・・・)お目に掛かります。私はユーゴ=ニキと申します。以後、お見知りおきを。」


くっ、ぬけぬけと。しかし家名持ちか……。


「うむ。ニキ殿か……聞き慣れない家名だが……」


「ああ、いえ、私は異国の出身なものですから……」


異国か。王国では見慣れない髪と瞳の色はそのためだろうか。それにしては、きちんと王女への礼儀もわきまえている。物腰も柔らかく、王女の突然の糾弾にもあくまで理性的に対応しているのは紳士的だった。あの男の持つ武力のイメージとは掛け離れているが、しかし、根底は似ているとも思えた。



屋敷の中に入ると、まず驚いたのは室温だった。外は暖かく、フルプレートアーマーを着ていた私には少し暑かった。着慣れているとはいえ、生理現象はどうしようもない。しかし、屋敷の中では少し涼しい程度に感じられ、快適だった。


さらに廊下には、いくつもの見慣れない魔道具が置かれていた。自分で掃除をするゴーレムなど見た事がなかった。一体、何者なのだ?


応接間の前には緑色の髪をしたアニマの少女が立っていた。使用人かと思ったが、ユーゴの意味ありげな視線を見た限り、気安い関係のようだ。一つ屋根の下に年若い男女が住むなど、ふ、ふしだらな。


応接間に入って、王女殿下に出された紅茶の毒味をする。その味も、味わった事のない深い香りが鼻を満たして非常に美味だった。あとで自分でも買い付けに行こうと思った。



カテリーナ王女がユーゴに用件を切り出した。しかし、ユーゴは困惑しているようだ。カテリーナ王女が言っている事は事実と大分掛け離れている。どうも王女はあの『勇者』の男に熱を上げていたらしい。あの日の晩は、泣いている王女を宥めるのが大変だったと近衛兵達がぼやいていた。


私からも捕捉したが、ユーゴはやはりしらを切っている。確かに、あの腕で冒険者ランクがFとは考えづらい。立ち居振る舞いにも、あの男のものほど洗練されたものは感じられなかった。


そこで私は一計を案じる。奴なら。不意打ちにも対応するはずだ。


ユーゴの席の側へと近寄り、その首へ突然の一閃を浴びせる。もちろん、寸止めだ。間違いで殺してしまったらまずい。


しかし、ユーゴは私の剣にぴくりとも反応を見せなかった。数秒後に何が起きたのかを理解したらしく、大げさに驚いて私に抗議してみせた。


やはり人違いか。奴ならこの程度かわすのは造作もない事。このユーゴという男もそれなりに武を修めているように感じるが、この剣程度も察知できないようでは、冒険者として大して立身もできないだろう。


我ながら大人げなかったと非礼をわびつつ、王女を説得して帰る事にした。これ以上、この男を問い詰めても何もでまい。さっさと帰って剣の鍛錬をした方がよほど有益だ。


「王女殿下……少々お待ち頂けますでしょうか。」


しかし何を思ったのか、ユーゴという男が王女のファンであると明かして呼び止めた。普段なら無礼であるとして注意しているところだが、今回はこちらから押し掛けた形なので強くは出られない。王女も満更でもない様子で男と話し込み始めた。やれやれ。


ふと、先ほどのアニマの少女の様子がおかしい事に気が付いた。紅茶を淹れる手が震えている。王女の前で緊張しているのかと思ったが、先ほどはそんな事はなかった。心なしか顔も青く、汗をかいている。



もしかして。



彼女は奴隷にされているのだろうか?


体調が優れないのに無理に働かされているのでは?



このユーゴという男、異国の出身だと言っていた。


王国では奴隷解放が進められている。一部の貴族はまだ奴隷を使っているが、帝国から輸入したものだ。王国内で新たに奴隷を作る事は禁止されている。帝国では人種差別が根深く、奴隷にされるのはもっぱらアニマなどの非ヒューマンだ。


平民が奴隷を扱う事も禁止となった。平民間での争いの元となるからだ。国王陛下は本当は貴族による所持も禁止としたかったようだが、反対派によって激しい抵抗にあったため、断念していた。


もし、彼女が奴隷だとしたら、このユーゴという男……。



さりげなく彼女の様子を探っていると、部屋を出て行こうとしているようだ。そこで、私はトイレを借りる名目で彼女に接触を試みる。


「もし。」




アニマの少女に案内されてトイレに向かう道中。


「お前、名前は何と言うのだ?」


「え? は、はい、私はディーナと申します。」


「ふむ、ディーナよ。聞きたい事があるのだ。」


「な、なんでしょう……」


かわいそうに怯えたような表情で私を見るディーナ。


「お前は、あのユーゴという男に奴隷として使われているのではないか?」


「っ!!」


奴隷という単語を聞いて強い反応を示すディーナ。決まりだ。おのれ、ユーゴめ。このような少女を。


「ち、違います! 私はユーゴさんの奴隷ではありません!」


必死に否定しているが、先ほどの反応を見た限りは間違いないだろう。きっと、ユーゴには否定するように言い含められているに違いない。


「もうよいのだ。この国では平民の奴隷所持は禁止されている。平民であるユーゴにお前を奴隷として扱う権利などない。お前は自由なのだ。」


「だ、だから……私は奴隷なんかじゃ……」


若干、ディーナの目が潤んでいる。辛かったのだろう。


「そう、お前はもう奴隷などではない。あの者の言う事を聞く必要もない。」


「…………」


ついに黙り込んでしまったディーナ。今まで奴隷として働いてきたのだ。いきなり奴隷ではないと言われても戸惑うに決まっている。


私は、彼女を優しく抱きしめた。


「ディーナよ。心配するな。お前の身柄は私が保証しよう。」


「……う……」


「それにしても、あのユーゴという男は何と言う奴だ。このような少女を。」


「……がう……」


「あの男にはしっかりと罪を償わせなければなるまい。お前もそれを——」


ドン。


ディーナが私を突き飛ばした。


「な、何を?」


「違う! 違います! ユーゴさんは……ユーゴさんは! 奴隷だった私を助けてくれたんです!! 救ってくれたんです!!」


ディーナは涙を流しながら吠えている。


「あなたにユーゴさんの何がわかるんですか!! ユーゴさんは素敵な方です!! ユーゴさんは私にとって……私にとって全てなんです!! 私がここでこうして生きていられるのも! 全てユーゴさんのお陰なんです!!」


「わ、わかった、わかったから——」


「ユーゴさんの側にいられるだけで幸せなのに! その幸せを私から奪わないで!! ユーゴさんをこれ以上、傷つけないでください!!」


「すまなかった! 謝る! この通りだ!」


私が頭を深々と下げると、ディーナはやっと落ち着きを取り戻した。


なんという事だ。あのユーゴという男は、彼女を奴隷にするどころか、奴隷から解放していたのか。知らぬ事とは言え、失礼な事を言ってしまった。


それにしても彼女の取り乱しようを見ると、彼女がどれだけユーゴの事を想っているかが伝わってきた。ユーゴもきっと彼女を大切に扱っているのだろう。私はとんでもない勘違いをしてしまったようだ。


魔王の件といい、ユーゴには私の勘違いで色々と迷惑をかけてしまった。この償い、どうすべきだろうか。



と、そこで、私の【気配察知】が不穏な気配を捉えた。どうやらこの屋敷の周りを取り囲んでいる。はっきりとした人数までは分からないが、かなりの人数だ。


しかし、これをディーナに伝えるのは躊躇われた。まださきほどの動揺から完全には回復していない。これを伝えてしまうと必要以上に怯えさせてしまう。



そうだ。


私が処理しよう。


ユーゴへの償いもある。


トイレに入ったふりをして抜け出せばいいだろう。



私は、作戦を決行に移すことにした。




トイレに入ったあと、ディーナの気配を探る。どうやらすぐにその場を離れてくれたようだ。ありがたい。


それにしても、やたら豪華なトイレだな。必要以上に広いし、どこもかしこも綺麗に磨かれていてピカピカしている。綺麗すぎて逆に用を足すのに躊躇ってしまいそうだ。


トイレから抜け出した私はディーナの気配に気を付けつつ、玄関へと足早に向かう。それにしても広い屋敷だ。王都の中でもかなり広い部類ではなかろうか。このような屋敷を手に入れてしまうなど、あのユーゴという男、本当に一体何者なんだろうか。


と考えながら走っていたら、途中で掃除ゴーレムを踏みそうになったので慌てて回避すると、目の前にディーナとは別の気配がいる事に気が付いた。


「なっ! あ、あぶな——」


なぜか【気配察知】にも引っかからなかった薄い気配だ。完全にぶつかる。私の身に付けている金属鎧と衝突すれば、ただではすまないだろう。


「……お、っと。」


しかし、完全にぶつかるコースだったにも関わらず、目の前の影はスッと避けてみせた。勢い余って、地面に転びそうになりながらも何とか止まった。


振り返ると、そこには白髪のヒューマンの少女がいた。黒い髪に負けず劣らず珍しい髪だ。あまり縁起の良い色とは言えず、一部の地域では忌み子とさえ言われるほどだ。しかも、その髪の下には危ない目に遭ったというのに一切の感情も見せない冷たい無表情の顔があった。


「す、すまない。無事だろうか。」


ぶつかっていないのは分かっていたが、一応確認する。すると、少女は何も言わずにこくりと頷いた。


「……どこ、いくの?」


首を傾げながら聞いてくる。うっ、どう答えるべきか。


「……ちょっと、外にな。馬車の中に忘れ物をしていて……」


「そう。……だったら、私が、とってくる。」


客として気を遣ってくれているのはわかるのだが、今はとても困る。


「い、いや。それには及ばない。ちと重いモノでな。」


「だい、じょぶ。私、意外と、力持ち。」


そう言って、力こぶを作るように腕を曲げる少女。その細腕は全く力持ちには見えないのだが……。


「う、うむ。あー……、いや、やはり必要ない。壊れやすいモノなので、他人に持たせるのは不安なのだ。」


重くて壊れやすいモノって一体なんだ!? と考えながら、少女の申し出を断る。なんでこんな事になった……。



そうこうしてる間に、ディーナの気配が近づいてきた。どうやら、こちらへと向かってきている。まずい、私はトイレにいることになっているのに。


「あー、すまないが急いでいるのだ、失礼する。」


「……ん。気を、つけて。」


そして、チラリと玄関の扉を見る少女。


「外にいる、人たち。結構、強い。」


「なっ!?」


驚いて白髪の少女を二度見してしまった。


「気づいていたのか!?」


「ん。襲撃の、予感。」


私が驚いていると、ディーナに追いつかれてしまった。なぜか息を切らしているディーナ。私を見るとしどろもどろで聞いてくる。


「ハァ……ハァ……あ、あ、あれ、なぜ、あなたがここに?」


「う……ちょっと出るモノが引っ込んでしまってな。」


最低の言い訳だが、しかしもうどうにかしてこの場を切り抜けるしかない。


「……引っ込、んだ? なに、が? 重くて、壊れやすい、もの?」


白髪の少女が聞いてくる。


「い、いや、それは……」


「え? 重くて壊れやすいものって何のことですか?」


今度はディーナが食いついて来た。


「…………」


私は冷や汗を流して言葉が出せなくなってしまった。



なぜこうなるのだ。


読んで頂いてありがとうございます!

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