来訪者:表・後編
「王女殿下……少々お待ち頂けますでしょうか。」
席を立ちかけたカテリーナ王女を呼び止める。
「……なんです? 私の用件はもうございませんわ。」
「い、いえ。それはよろしいのですが……。じ、実は、私は王女殿下の、その——『ファン』でして。もう少しお相手頂ければと……。」
「まあ。」
【高速思考】をもってしても、この程度の言い訳しか思いつかない僕の頭に残念な気持ちになる。
しかし、王女は満更でもなさそうだ。驚いた顔をした後に、ニコリと笑うと、浮かしていた腰を下ろした。王女の後ろに控えていたグローリアが眉をひそめている。近衛兵達も顔を見合わせた。
僕の後ろにいたディーナ達も不思議そうな顔をしている。
「ど、どうでしょう、紅茶をもう一杯。」
「あら、頂きますわ。こちらの紅茶、とても美味しいですわね。王宮でも飲んだことがないお味でしたわ。」
王女はニコニコとしながら、紅茶の味を褒めている。茶葉屋のおじさんには感謝せねばなるまい。ロイヤルブランドにも負けてないとは。
「ええ、こちらの紅茶は——」
王女に紅茶の説明をしながら、【並列思考】でディーナに念話で説明する。ディーナは紅茶を淹れている。ティーポッドは保温の魔道具の上に置いてあったので、冷めていない。
(ごめん、ディーナ。どうも屋敷の外におかしな奴らがいるみたいだ。)
(えっ! だ、大丈夫なんでしょうか?)
ディーナは思わず顔に出して、ティーポッドを持っていた手が震えている。ううん、まずいなあ。グローリアが訝しげだ。
(うん、結界があるから入ってはこれないけど、このまま王女達を帰すと鉢合わせになってしまいそうだ。)
(そ、そんなぁ……どうしましょう)
(今からアルテアにどうにかするようお願いするつもりだけど……アルテアは今、僕の影の中にいるからね。影から出てくるところを見られるのはマズい。かといって、僕が中座するわけにもいかない。)
王女は楽しそうに僕の話を聞いている。
「まあ、そうなんですの。……そういえば、あなた、異国の出身と仰ってましたね。どちらの出身なんですの?」
うわっ! そこ聞いてくるのか! まずい! まずいぞ!
「え? ええと、その、ここからは遠く離れているのですが、『ニホン』という国がありまして……」
「まあ、『ニホン』? 聞いた事ありませんわ。グローリアはご存じかしら?」
「いえ、寡聞にして存じません。」
王女がグローリアに問いかけるも、そっけなく答えるグローリア。そりゃそうだろうけど。グローリアは、少し態度のおかしい僕に気付きはじめているかも。
「遠くという事は別の大陸ですわね。どちらの大陸なのかしら。エスターテ大陸? インベルノ大陸かしら? もしかしてアウトゥンノ大陸ですの?」
ぐぬぬ。地理はあんまり詳しくないんだよ。商人のミケーレさんにある程度は聞いていて位置関係は知ってるけど、詳しくは知らない。確か、アウトゥンノ大陸が一番ここから遠いんだっけ。
「は、はい。アウトゥンノ大陸の……」
「まあ! そうなんですの! わたくし、アウトゥンノ大陸には詳しいんですのよ! 私の叔父様があちらに住んでいて——」
「あ、アウトゥンノ大陸の隣にあるインベルノ大陸にあります。」
「あら、そうなんですの? インベルノ大陸といえば山と雪に囲まれた大陸と聞いていますわ。わたくし、雪って見たことがありませんの。」
あ、危なかった!
「そうなんですか。雪というのは——」
内心で安堵しつつ、僕の使い魔である黒ワシのアルテアに念話で話しかける。
(アルテア、起きてるかい?)
(マスター! 起きてるぜ! 出番か!)
(ま、待って! まだ出てこないで!)
(へ? どうしたんだ?)
(実は——)
アルテアに屋敷が不審者に囲まれている事を説明する。そして、今は王女の相手をしなくてはならず、席を外せない事も。
(わかったぜマスター! じゃあオレはこっそりと影から出て外の奴らを倒してくればいいんだな?)
(うん……でも、大丈夫かい? 影から出ると見つかってしまうんじゃ)
(大丈夫だぜ! オレは【隠密】スキル持ってるからな! 姿を直接見られない限りは見つからないはずだぜ?)
(そっか。じゃあディーナの影に隠れてくれれば、ディーナに出て行ってもらうよ。あ、というか、外の奴ら倒せるのかな?)
(任せてくれよ! あっという間に片付けてやるぜ?)
(お、おう。じゃあ頼むよ。)
若干の不安を覚えつつも、ディーナに念話で言ってさりげなく僕の後ろに近づいてもらう。すると、グローリアがピクリと反応している。
「——それで、ニホンとは一体どういう国なんですの?」
「そうですね、魔道具が発展していて……」
「まあ! それでこのお屋敷には見慣れない魔道具がいっぱいありますのね!」
「は、はい。」
僕の影からこっそりとアルテアが顔を出した。【隠密】を発動しているが、僕の【気配察知】では察知できる。って、グローリアさんも確か【気配察知】を!
チラリとグローリアの顔を見るが、反応はない。どうやら【気配察知】のレベルが足りずに気づいていないようだ。内心で胸をなで下ろす。
影から出たアルテアは、今度はディーナの影にトプンと潜り込んだ。
よし、大丈夫そうだ。
ディーナはそのまま何食わぬ顔をして部屋を出ようとする。
「もし。」
その背後に声が掛けられる。目をやると、グローリアだ。
「すまないが、手洗いをお借りできるだろうか。」
うわあ。気づいているんじゃなかろうか。
「は、はい。どうぞ。ディーナ、案内してあげてくれ。」
「まあグローリアったら。」
王女はクスリと笑っている。ディーナは冷や汗をかきながらうなずいて、扉を開けて無表情のグローリアを案内しに出て行った。
(ユ、ユユ、ユーゴさん! どうしましょう!)
ディーナの涙声のような念話が届く。
(落ち着いてディーナ。大丈夫。トイレに案内した後でアルテアに出てきてもらえばいいから。)
(は、はい!)
「ニホンではどういったものをお召し上がりになりますの?」
「ええと、主にコメという穀物を——」
「コメ? どういった食べ物なんですの?」
「コメというのは——」
相変わらず王女の攻撃は続いている。僕は防戦一方だ。ここまで苦戦したのは『スタジオーネ』に来て初めてかも知れない。
【気配察知】によると、グローリアとディーナはトイレへとたどり着いた。なんだか途中で少しもたついていたようだが、グローリアはトイレへと入っていく。ディーナがトイレから離れると、その側からアルテアが飛び出して、屋敷の外へ出て行った。
ほっ。これで大丈夫かな。
と安心したのも束の間。
トイレに入ったはずのグローリアの気配が動き出した。
な、なんでだ!?
「あら、どうしたんですの? そんなに口を開けて。」
「い、いえ、コメを思い出したら食べたくなって……」
「まあ。ユーゴさんって面白い方ですわね。」
コロコロと無邪気に笑うカテリーナ王女。悪気がないのはわかってるが、わざとやってるんじゃないか、という気になってくる。
その間にもグローリアの気配はどんどんと動いている。どうやら玄関に向かっているようだ。ディーナは気が付いていないらしく、キッチンへと入っていった。
(ディーナ! グローリアさんが玄関に向かってる!)
(ええええ!?)
(止めて! 止めてくれ!)
(は、はいっ!)
慌てて念話でディーナにお願いするも、グローリアは玄関にたどり着きそうだ。
と思ったら、グローリアの気配にリビングから出てきたエルサの気配がぶつかった。しかし、エルサとは【結魂】していないため、念話ができない。
(ディーナ、グローリアさんがエルサとぶつかったみたいだ。)
(え、エルサさんが!?)
(うん、二人でグローリアさんを足止めしておいてくれる?)
(わかりました、ユーゴさん!)
グローリアとぶつかったエルサは大丈夫だろうか? あのフルプレートアーマーはかなりの重量だ。エルサは結構ステータスが高いし、グローリアの事だから寸前で止まったと思うけど、心配だ……。
「ニホンという国、ぜひ行ってみたいですわ。」
「はい。ぜひ一度いらっしゃってください。」
そんな国はないけど。
「うふふ……。あら、いつの間にか長居してしまいましたね。楽しかったものですからつい。そろそろ——」
ま、まずい!
「あ、ああーっと、えーと、グローリア様がまだお戻りではございません。」
「あら、そうでしたわ。グローリアったら遅いですわね。」
「うーんと、下世話な話で恐縮ですが、うちのお手洗いは特別製でして。魔道具で快適に過ごせるようになっていますので、グローリア様もつい長居をされているのかもしれません。」
悪魔の僕はトイレに異常なこだわりを見せた。日本人の性なのかもしれない。結果として、うちのトイレはウォッシュレットに温便座、消臭など日本のトイレと変わらない性能になっていた。
「まあ、面白そうですわ。私もお借りしてもよろしいかしら?」
「えっ!? えーと、はい、グローリア様がお戻りになられたら……」
「あら、そうでしたわね。私ったら。」
頬を染めて恥ずかしがるカテリーナ。
うう、アルテアはどうしてるんだ。
あ、そうか、五感を同期できるのを忘れていた。
…………。
これもうダメかもわからんね。
あ、グローリアさんの気配が玄関の外に……。
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