馬車テンプレ:裏
前話に引き続き、流血表現があります。苦手な方はご注意ください。
勇悟が街道に向かって歩いていくのを、私は【遠見の鏡】から眺めている。
色々と想定外はあったが、概ね順調だと言える。そう、順調なのよ。
「それにしても……ちょっと慎重すぎるわ。」
「当たり前です。見知らぬ世界に見知らぬ場所。辺りには魔物。死んだばかりで、慎重になるなという方がおかしいのです。」
不満を口にした私に対して、肩の上のソフィアが呆れた声を出す。
足下を見て前を見てノロノロと歩き、動物が逃げていく音にいちいちピタリと立ち止まる。
いい加減にイライラが溜まってきた私は、画期的な打開策を思いつく。
「そうだわ! ここは『てんぷれ』の出番ね!」
思い立ったが吉日と、街道に鏡の視界を向ける。あつらえたように幌馬車が通りかかった。御者席に中年の男と、鎧を着た男が腰掛けている。
「しめたわ!」
私は、森の中にいたゴブリンの群れを、馬車の正面に転移させる。突然現れたゴブリン達に、馬は嘶きをあげて立ち止まる。
驚くゴブリン達と、驚く男達。その様子が面白くて私はくすくすと声を立てて笑った。
「ミネルバ様!? なんという事を!」
ソフィアが素っ頓狂な声をあげる。いいじゃない、面白いんだから。
思った通り、ゴブリン達は深く考えずに、目の前の馬車を手頃な獲物だと認めたらしい。馬車の方も御者席に座っていた鎧の男が立ち上がり、飛び降りる。
ゴブリン達と男が対峙する。
ゴブリン達が男に一斉に飛びかかる。男は反撃しようとするも、多勢に無勢。死角から脇腹を槍で突かれ、悲鳴を上げて膝をつく。そして、背中に剣が突き立てられ、男は崩れ落ちた。
それも私の想定内。鎧の男のステータスは見ておいたからね。彼には悪いけど、神からすれば人間の一人や二人、どうって事はない。主人公を除いて、ね。
そして、ゴブリン達は馬車の方に向かっていく。
そこで、私の主人公こと勇悟がゴブリン達の背後に現れた。
◆
「様子が……おかしいですね。」
ソフィアがぽつりと漏らす。
現れた勇悟は顔面蒼白で、足取りもふらふらと怪しい。怯えたような表情を浮かべている。確かに初めての魔物だろうけど、所詮はゴブリン。そこまで怖がる事ないのになぁ。
ゴブリンの一匹が勇悟に襲いかかる。
途端、勇悟はギアが入ったかのように動きに精彩が顕れる。ゴブリンの剣を避け、腕をつかみ取った。
——瞬間、破裂音。ゴブリンの腕が爆ぜた。
「え?」「は?」
私とソフィアは間抜けな声を出す。
ソフィアは油の切れたからくり人形のように、ギギギと私の顔を振り返る。
「ミネルバ様……? 【身体強化】のレベルは下げましたよね?」
「ええ……。間違いなく下げたわ。今はLv1よ。」
「しかし……。あれは異常です。Lv1では1.5倍が精々のはずですが……。」
「そう言われても……。確かに今もLv1のままよ。」
勇悟の所持スキルを確認するも、そこには【身体強化Lv1】の文字があった。
「ホッホウ……。どういう事なのでしょう……。」
首を傾げるソフィアを横目に、勇悟の戦いを見守る。
◆
勇悟はゴブリンが落とした剣で戦うようだ。構えは様になっており、一朝一夕の腕前でない事がうかがえる。
「あら、勇悟君には剣の心得があったのね。」
「そのようですね。現代の地球で剣となると、剣道でしょうか。」
槍を持ったゴブリンが突きを繰り出す。勇悟は剣で受け流そうとしたが失敗し、腹部に刺突を受けてしまった。
「どういう事!? あの程度、勇悟君のステータスなら造作もなく受け流せるはずよ!」
そのまま、他のゴブリン達に囲まれ、防戦一方になっている。
「どうも、剣を上手く扱えてないように見えますが」
「あの構えはマグレだったのかしら……? でも、そんなはずは……。」
ぶつぶつとつぶやきながら観戦しているが、数の暴力により反撃もままならず、死角からの攻撃に次第に押され始めている。
「あーもう!! こうなったら!」
私は決心して、神様パワーを行使する。
勇悟に【剣技Lv5】を付与した。
途端、今までの動きが嘘だったかのように、剣筋が鋭く、早くなり、ゴブリン達を軽々と屠っていく。
まるで踊るような武技に魅了され、しばらくボーッと眺めていたが、勇悟が腹部に傷を負っている事を思い出す。
「あのままだと破傷風にでもなりかねないわ。VITが高いから大丈夫だとは思うけど、念のためよ!」
さらに、勇悟に【自然回復Lv5】を付与。
みるみる間に傷がふさがり、HPも回復しているようだ。さすがLv5ね!
◆
戦闘が落ち着き、そういえばうるさい声が聞こえないな、と思って肩に乗ったソフィアに目を向ける。
ソフィアはなんだかプルプルしている。
私はそーっと目を逸らし、「さーて、お茶でも飲もうかしら」と立ち上がろうとした。
「ミネルバ様!!」
「は、はいぃ!」
耳元で大きい声を出され、私は思わず気の抜けた返事をしてしまう。
「またしても、なんという事を!! 【剣技Lv5】!? 【自然回復Lv5】!? どれもこれもLv5Lv5って馬鹿の一つ覚えもいい加減にしてください!! 剣技のマスター級なんて歴史上2人しか存在しないんですよ!? それに、あんな自然回復、もはや人間を超越した生物じゃないですか!!」
「は、はい、ごめんなさい……」
ソフィアの恐ろしい剣幕に、私はシュンと落ち込む。
「そもそも! さっきのゴブリン達の転移は何なんですか! あんな事、許されると思ってるんですか! ミネルバ様の遊びで死んだ男が不憫でなりませんよ!!」
「えー……、別にいいじゃない、人間の一人や二人、減るもんじゃなし」
「減るんですよ!!」
翼をバサバサとしながらソフィアが大声を張り上げる。
「いいですか、今度という今度は言わせて頂きますが、ミネルバ様には神様としての自覚が薄すぎます。そもそも——」
説教モードに突入したソフィアはもはやユーピテル様でも止められない。私は大人しく正座して拝聴した。
そういえば、今回あげたスキルのレベル下げてないけど……、まあ、いいわよね。
読んで頂きありがとうございました!