潜入:裏
アカシックレコードで『勇者』の正体を調べてみると、大体は予想通りだった。
王国の一部の反王族派の貴族達が帝国とつながっていて、クーデターを企んでいるらしい。その前段階として現王を暗殺して国内に混乱を招き、その隙に一気に帝国軍が侵攻して王国を陥落させる、という計画だった。
帝国と内通している貴族達は、王国の占領後に帝国から爵位と領地を授けてもらう事が決まっている。どうやら、税収の一部をごまかして私腹を肥やしていたのが、露見しつつあるらしい。また、王が進める改革によって既得権益も失いつつある。焦った貴族達が手を組んで国家転覆を狙った。
王国は貴族達がどいつもこいつも腐ってるわね、と私は独りごちた。
計画としては勇者になりすました男が王城へと入り、賊達の潜入の手引きをしつつ、王との謁見時に賊達と協力して王を暗殺する。凱旋パレードによって警備が出払ってしまうため、王城の守りが薄くなるのも計画の内のようだ。
王は近衛兵に護られているが、勇者との謁見では王が魔王討伐の褒美を直接手渡しする。その隙を狙って王を人質にとり、宰相や大臣をも始末する計画のようだ。賢王である彼は近くに有能な人間をつかっているため、有能な人材の始末も兼ねている。
大体の筋書きは読めたが、先ほどソフィアに指摘された通り、これを勇悟君に伝える手段がない。
そこで、私は1つ名案を思いついた。
◆
「ねー、おねがーい。」
「ダメです。」
「いいじゃない。勇悟君には一杯迷惑をかけたんだから。」
「迷惑を掛けたのはミネルバ様であって、私ではありません。」
ソフィアがぷいと顔を背けてしまう。さっきから甘い声を出してお願いをしているのに、全く効果が無い。
勇悟君に伝えるのは無理だ。
だったら、彼の側にいるアルテアに伝えれば良い。
助手の間では、連携のために遠話回線が開いている。ソフィアであればアルテアと遠話ができる。アルテアから勇悟君に話してくれるようお願いするのだ。
しかし、いくら頼んでもソフィアが首を縦に振ることはない。冷たいのだ。
「うう……このままじゃ、王様が暗殺されちゃうわよ……」
「そうなったらそうなったで、仕方ない事ですね。」
つれないソフィア。
「勇悟君達、きっと戦争に巻き込まれるわ……」
「どうでしょう。彼ならあのお二方を護るために戦争からは逃げるのでは。」
「そんな事ないわ。責任感が強い彼は、きっと知り合いが死んじゃうのを嫌がって、王国のために戦うわ。」
「……そうかもしれませんが……」
「そしたら、戦争に巻き込まれて、あの二人が傷つくかもしれない。その時、勇悟君はどうなるかしら……」
「…………」
「きっと、前みたいに暴走して、あの悪魔の手で皆をなぎ払っちゃうわ。それどころか、魔神になっちゃうかも……」
「あーもう! わかりましたよ!!」
バサバサと翼を広げて、降参のポーズを取るソフィア。
「やったあ!! ソフィア大好き!」
そう言ってソフィアを抱きしめると、腕の中でもがいている。私の胸の中で喜んでくれるのね。ソフィアはゼハーゼハー言いながら、腕から潜り出た。
「ミネルバ様……抱きつくのは……やめてください……」
「あらあら、照れちゃってもう。」
「…………」
ソフィアはどこか諦めたような表情になった。
「じゃあ、あのアホワシに伝えますよ。偽勇者の背景と、クーデター計画の内容、首謀者の貴族あたりを伝えればいいですよね。」
「ええ、お願い!」
「ふう……あのワシと話すのは気が引けるんですが……」
ブツブツ言いながらも、ちゃんとアルテアに伝えてくれるソフィア。やっぱり私の友達だわ。
「あーあー、聞こえますか、バカワシ。」
◆
アルテアから話を聞いた勇悟は、ディーナ達の頼みもあり、王城へと潜入することにしたようだ。【完全隠蔽】付きの外套に身を包みながら城門を抜けていく。
黒い外套をまとった怪しい風采の彼は、どんどんと城内を進んでいく。迷わないあたりはスキルのお陰だろう。あの外套と彼の能力が組み合わされると、誰も感知できないんじゃないかしら。
侵入者の一人を危なげなく無力化した彼の元に、白銀の鎧を身に付けた騎士が気づいたらしく、彼の元へと走って行く。
「あ、まずいわ! 見つかっちゃったわよ!」
「大丈夫ですよ。彼のステータスなら問題にならないでしょう。」
「でもでも! 人を呼ばれちゃったらどうするのよ!」
「その前に勝負が決まるんじゃないですか。」
慌てる私に冷静な言葉を返すソフィア。本当にこのフクロウはぶれないわね。
しかし、ソフィアの予想に反して勇悟は騎士と会話している。どうやら、侵入者の処理を任せるらしい。途中、剣で斬りかかられる場面もあったが、勇悟は簡単に捌いてしまう。相手にすれば絶望的な状況だろう。
『僕は『魔王』と呼ばれていた存在だから。』
彼がそう口にしたので、私は口に含んでいたハーブティーをぶーっと吹きだした。綺麗な霧が舞って、虹が架かった。
「な、な、なんで、自分から魔王なんて名乗っちゃうのよお!」
「ホッホウ……。勇悟殿は……ちょっと天然というか……。いや、これも彼の言う『償い』のためなのかもしれませんが。」
「うー……これじゃあ、王国が勇悟君の敵に回っちゃう……」
「そうでしょうか? 少なくとも彼が行ったのは侵入者の捕縛や情報提供。王を害する意図がない事はすぐにわかるでしょう。敵と判断するかは微妙なところではないでしょうか。」
「でも、魔王って言ったら人類の敵って相場が決まってるじゃないの。」
「うーん、そうなのですが……」
「勇悟君ってなんというか……そう、『要領が悪い』のよね。」
「ああ、それは確かにありますね。勇悟殿の何でも背負い込むところや、自分だけで我慢してしまうところは、要領が悪いとも言えますか。」
「でも、そこがいいのよねえ。護りたくなるっていうか。うふふ、勇悟君ってやっぱりかわいいわあ。」
私がそうやってノロケていると、ソフィアは何も喋らなくなった。なによ、少しは反応してよね。
◆
白銀の鎧を身につけた騎士は、足早に謁見の間に向かっている。
もし先ほどの男が言っていた事が本当だとするならば、みすみすと侵入者を見過ごしてしまう事になる。そろそろ勇者がパレードを終えた頃だろう。急いで片付けなければいけない。
(それにしても、先ほどの男は一体……。魔王とか名乗っていたが……)
しかし先ほどの黒いローブに身を包んだ男は、若い声といい、背格好といい、少年と言っても良い程度の若さを感じさせた。
陽動の可能性もある。しかし、彼を見つけて接近したのはこちらからだ。彼が指し示した物陰を見たら、本当に侵入者らしき男が縛られていた。給仕の恰好をしていたが、懐に毒を塗ったナイフを忍ばせていた。
(だが、あの身体の動き……あの歳であれほどの武を身に付けているのは、確かに異常だ。魔王と言われればそういう気もしてくるが、しかし寄せられている魔王の目撃情報とは似ても似つかない。)
少年のことを考えながら、廊下を進んでいく。
(いずれにせよ、侵入者を確認したあとは念のため王の警護を強化した方が良いだろう。奴の助言に素直に従っていいものか悩ましいが、警備を強化する分には何の問題もないはずだ。)
そう結論を付けた頃、謁見の間に到着する。
【気配察知】で探ると、確かに3人ほど身を隠している気配がある。巧妙に隠れているが、このスキルの前では無力だ。あの魔王と名乗った少年も、『気配を読んだ』とか言っていたな。私よりも広い範囲が察知できるのだろうか。だとすれば恐ろしい事だ。
見張りに逃がさないように命令してから、隠れている男達を制圧していく。
先ほどの給仕になりすました侵入者と同じような恰好をした男達の捕縛が終わった。少年が言っていた通り侵入者の数は3人。
騎士はブルリと身を震わせた。
◆
謁見の間で、玉座に腰掛けた王と、膝をついて臣下の礼をとった勇者が向かい合っている。その周りには宰相や大臣、高位の貴族達がいる。
口元に髭を蓄えた初老の王が、厳かな空気の中で口を開く。
「勇者よ、面をあげよ。」
「ははっ!」
煌びやかな鎧を身につけた勇者が顔を上げて王を見る。その顔は真剣そのもので、緊張感を漂わせている。王は勇者の顔を見てニヤリと笑う。
「ふむ、良い面構えだ。」
勇者は恐縮している。王の近くに立っている金髪ロールの姫が彼の様子を見てニコニコと笑っている。
「さて、此度の魔王討伐の儀、ご苦労であった。魔王を倒したというその腕、褒めてつかわす。」
「ははーっ! 幸甚の至り!」
「ついては、白金貨500枚、そして王家に伝わる聖剣を一振り、褒美としてつかわす。」
「はは! ありがたく頂戴いたします!」
そう言って、玉座から立ち上がる王。傍らにいた家臣から聖剣を受け取る。勇者は頭を下げたまま、それを待っている。表情は見えない。
王が一歩一歩、男へと近づいていく。
勇者はじっとしている。
王があと一歩で勇者の元にたどりつく、というところでピタリと歩を止めた。
顔を見合わせあう貴族達。
勇者も、いっこうに近づいてこない王に痺れを切らしたように顔を上げる。
「勇者よ。お主に聞いておきたい事がある。」
「……? はっ! なんなりと!」
「お主は、帝国の間者に相違ないな?」
「っ!?」
ざわつく貴族達。ほとんどの貴族は王が何を言っているのかわからない、という表情だが、何人かの貴族は苦みの混じった驚愕の表情を浮かべた。
瞬間、近衛兵達が驚愕した貴族達を取り押さえる。
「な、なにを!」
「離せ! 無礼者!!」
わめく貴族達。王は勇者を見据えたまま、口を開く。
「とある筋から情報が入っての。国家転覆を企む不忠の輩が、此度の謁見の場において儂の暗殺を謀っておるとな。さらに、お主の正体についてもだ。」
それを聞いた勇者は、顔を下げてギリリッと歯を鳴らしたが、すぐにとぼけた表情になる。
「はあ……私には話が見えませぬが……」
「ふっ……。演技の腕は魔王を倒したという剣の腕に劣ると見える。まあよい。……何を待っておるのか知らんが、誰も助けになど入らんぞ?」
ニヤリと笑う王。
「ば、馬鹿な!」
大声を上げてしまう勇者。もはや企みは完全に露見していた。
「ちっ!」
悪態をついた勇者はバッと立ち上がると王へと近づき、手に持った聖剣を奪おうとする。しかし、それよりも早く王は一歩下がり、代わりに白銀の鎧の騎士が間に入る。
「させん!」
騎士剣に阻まれ、王へと近づけない勇者。苦虫を噛み潰したような表情で、騎士を睨みつける。周りの貴族達は悲鳴を上げて後ずさっている。
「仕方ねえ!」
そう言って、勇者は懐から丸くて赤い石を取り出す。
「な!? 【転移の石】か!? しまった!」
「へ! あばよ!」
騎士が慌てて止めようとするが、勇者は勝ち誇った表情で石を地面に叩き付ける。すると、石が粉々に砕けて地面から青い光が溢れ出てくる。それを見た勇者は間抜けな声を出した。
「あ? 青?」
次の瞬間、勇者の身体は何かに食い破られた。
◆
獅子の頭、雄山羊の胴体、毒蛇の尾。
それは、あまりにも有名な魔物だった。
「ば、バカ、な……キマイラだと……?」
白銀の騎士がうめき声のような声を漏らす。
「ぬう……まさか魔物を呼ぶとは。読み違えたわ。」
王が静かにつぶやく。
「ゆ……ゆうしゃ……さま……」
金髪ロールの少女は顔を青くして手で口を覆っている。
青い光。それは召喚の光。
男が【転移の石】だと思っていた赤い石は、実は【召喚の石】だった。青い【召喚の石】を赤く塗ってあったのだ。【召喚の石】は遠く離れた場所の魔方陣からモノを呼び出す事ができる。
青い光の中から現れたのはキマイラと呼ばれる魔物だった。
男の様子から、彼自身もその石を【転移の石】だと思い込んでいたのは間違いない。恐らく、帝国に切り捨てられたのだろう。計画が失敗しても、王の暗殺を果たすために。
全長4mほどの巨体を揺らして、キマイラの獅子の頭が咆哮を上げる。口の端には勇者の赤い血がこびりついている。
キマイラは普段山奥に住んでおり、滅多に人前には姿を現さない。性格は極めて獰猛で鋼のような肉体を持ち、口からは炎を吐いて山火事を引き起こす。その有害性から討伐依頼が組まれるが大勢の冒険者が犠牲になっている。通常、ランクA以上の冒険者パーティが討伐にあたる魔物だ。
キマイラの姿を見た貴族達は更に大きな悲鳴を上げて、我先にと謁見の間から出ようとする。しかし、キマイラがそれを許さない。獅子の口から炎が吐かれ、貴族達を襲う。間に入った兵士達が構えた盾ごと燃やされて悲鳴を上げる。
煌びやかな謁見の間は、地獄絵図と化していた。
近衛兵達は王と姫を逃がそうとするが、それをキマイラがめざとく見つけて飛びかかってくる。
しかし、白銀の騎士が片手に持った盾で受け止める。同時に、もう片方の騎士剣で斬りつけるも、キマイラは若干ひるんだのみで、傷1つつかない。
「くっ! やはり噂通りの強靱な身体だ!」
何度も剣閃が煌めきキマイラを斬りつけるが、傷はつかない。徐々にひるまなくなってきたキマイラが大きく前足を振りかぶる。
「ぐぁ!!」
盾で受けるも大きく吹き飛ばされ、背後の壁に激突する騎士。うめき声を上げながら剣を杖にして立ち上がるも、その動きは緩慢としている。
もはや、王達を護るのは数人の近衛兵達のみ。キマイラが大きく口を開き、炎を吐くために息を吸い込む。
「いや……いやぁ……」
姫は目元に涙を溜めながら、絶望的な表情でそれを見ていた。
「万事休すか……!」
王が瞑目したのと同時に、キマイラの口から灼熱の火炎が吐き出される。
はたして。
炎は王達を焼く事はなかった。
ゆっくりと目を開くと、そこには王達を護るように立つ影。
黒いローブを身につけている。
その前には炎を跳ね返すように、光の盾が現れている。
「お、お主は……いったい……」
王が誰何すると、ローブの男はゆっくりと振り向いた。
フードから覗いた口元がニヤリと笑う。
「通りすがりの、魔王です。」
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