潜入:表
昼過ぎ、とっくに帰ってきていたアルテアから報告を聞く。アルテアは空気を読んで邪魔せずに起きるのを待っていたらしい。意外と出来る鳥だった。ディーナ達はまだすやすやと寝息を立てている。朝までだったからな。
外では凱旋式のパレードが既に始まっており、宿屋が建つメインストリートからは屋台の売り子の声や楽士の音楽が聞こえてくる。ほとんどお祭りのようだ。
寝起きのだるい腰を上げて部屋の窓から見下ろしてみると、ちょうど宿屋の前をパレードの馬車が通っていく。馬車といっても、馬が牽いているのは豪奢な飾り付けがなされ、オープンカーのように屋根が付いていない車だ。その上には、キラキラと宝石が光る青い鎧に身を包んだ男が立っていて、通りの左右にいる観衆達に手を振っている。
派手な金髪と爽やかな笑顔の男に、女性達からは黄色い声が上がっている。しかし、彼の隣には派手なフリル付きドレスに身を包んだ女性の姿があった。こちらも金髪で、ロールヘアーというか、ドリルヘアーというか。歳はまだ未成年の少女といった感じだ。男に寄り添っている。
「ふーん、あれが『勇者』か。」
「ああ、そうだぜ! あいつ、遠話の魔道具で怪しい会話をしてたぞ。」
そういって、アルテアが昨日の男の会話を教えてくれる。『皇帝陛下』ね。
「嘘ばっかり話して、あの姫を誑かしてるみたいだったな。」
「ふーん。」
別にお姫様が騙されようとも関係ない。僕の中の声が囁いた。そうだね。でも、あの『勇者』とやらは気に入らないかな。何かきな臭い計画もあるようだ。償いとして、計画を伝えるぐらいはしてもいいかもしれない。
それにしても、アルテアは案外使えるようだ。言動はともかく、有能なようだし、悪い奴でもなさそうだし。彼がいいのなら使い魔契約してもらおうかな。
「アルテア、ありがとう。よく調べてくれたね。」
「おう! このぐらい朝飯前だよ!」
「もしアルテアが望むなら、僕と契約してくれるかい?」
「え! 本当に!? 契約してくれるのか! やったあ!」
無邪気にはしゃぐアルテア。そんなに使い魔になりたかったのか。昨日は無碍に扱ってしまって悪い事をしたかな。
でも、あの時は心が冷え込んでいたからな。
◆
僕が腕を出すと彼がその上に止まる。僕とアルテアが向き合う形になる。
そのまま僕とアルテアは顔を近づけて、額をくっつけた。すると、ふわっと光が瞬いてアルテアとの契約が完了した事がわかった。
【結魂】と違って感情が共有されるわけではないが、アルテアの場所がわかったり、念話ができるようだ。意識すればアルテアの五感情報が流れ込んでくる。彼の鋭い五感は普通の人間には情報量過多だが、【高速思考】や【並列思考】がある僕なら20%ほどを割けば処理できる。
アルテアの視界から自分の姿を見て不思議な気持ちになる。試しに念話で話しかけてみよう。
(アルテア、聞こえるかい?)
(おお! 聞こえるぜ! ご主人様!)
(ご主人様って……)
(だって、ご主人様はご主人様だろ?)
(うーん、でもその呼び方はくすぐったいなぁ)
(えー。うーん。じゃあ、マスターって呼ぶよ。)
(……うん……まあいいか。)
(これからよろしくな、マスター!)
(うん、よろしく。アルテア。)
アルテアはバサバサと羽ばたいて僕の肩に飛び移る。そんなに重くない。こうしていると、ソフィアを肩に載せたミネルバを思い出すな。
「ところで、普段からこうして僕の肩に載ってるの? 結構、目立つ気がするけど。あんまり目立ちたくないんだよなぁ。」
そう僕が言うと、アルテアは「大丈夫だ!」と言いながら肩から飛び立って天井でくるりと一回転してから、僕の足下へと飛び込んできた。
慌てて避けようとすると、アルテアはそのまま地面に突っ込んだ……と思ったら僕の影に波紋のような波が立ち、トプンと音を立ててアルテアが消えてしまった。どうやら、これがアルテアの言っていた『影に潜る』能力のようだ。
少ししてから、アルテアはまた影から飛び出して、バサリバサリと羽ばたいて僕の肩に戻ってきた。飛ぶ速さも結構早い。
「なるほどね。これなら、普段は僕の影に潜っていてもらえばいいのかな?」
「おう! 別にマスターの影じゃなくても、どこでも潜れるぜ! あと、遠くにいても影に潜ればマスターのところへ帰ってこれるしな!」
「へえ。それはスゴイ。影の中はどうなってるの?」
「うーん、なんかこう、暖かくて、気持ちよくて、気を抜くと眠っちゃうんだよなあ。居心地がよくて、つい長居しちゃうんだけど。でも、マスターの声はちゃんと聞こえるから大丈夫だぜ!」
「なんだか興味あるな。僕も影の中に入ったりできないのかな?」
「へ? ……うー、試したことないけど、オレと一緒なら入れるかも。オレが物持って入る事もできるからなあ。」
影に入るのはあとで試す事にして、そろそろディーナ達を起こそう。
◆
ディーナ達とアルテアが改めて自己紹介しあった。
アルテアはディーナの事を「ディーナ姉さん」、エルサの事を「エルサ姉さん」と呼ぶようだ。姉さんと呼ばれてディーナが嬉しそうにしていた。エルサは無表情だったが、アルテアのふわふわの黒毛が気に入ったらしく、熱心に撫でている。アルテアは撫でられて満更でも無い感じで目を閉じていた。
一段落ついたところで、僕が『偽勇者』の話を切り出した。
「そ、そんな! お姫様がかわいそうです!」
お姫様が騙されているかもしれない、というくだりでディーナが心配そうな表情で反応する。
「……勇者、ウソ、なの?」
エルサは勇者と姫の恋物語に憧れているせいか、偽勇者に怒っているようだ。
「ああ。多分、勇者は帝国のスパイか何かだね。なんでかはわからないけど、『魔王』がいなくなったのをチャンスに勇者になりすましたんだろう。」
まあ僕の事だけど。
「多分、王との謁見に乗じて何か企んでるんだろうね。誰かと会話してたから、単独犯ではなく組織的に。謁見の時となると王の暗殺か何かかなぁ。」
「そ、そんな! なんとかならないんですか!」
ディーナが驚いて、僕に縋り付く。猫耳と尻尾がピーンと立っている。
「うーん、一応この事はジョットさん辺りに伝えようと思ってるけど、証拠もなにもないからなあ。昨日の事もあるから、信じてもらえないかもね。」
苦笑しながら言うと、「そんなあ……」と言って猫耳と尻尾がへたり込んだ。
ジョットさんの事は出会った時の印象が良かったから結構信じていたが、昨日の事があって、あんまり当てにすべきでは無いと思うようになった。僕は人を無条件に信じすぎていたように思う。誰だって光があれば影もあるのに。
すると今まで黙っていたエルサが僕の顔を見て口を開いた。
「ユーゴが、いけば、いい。」
「え?」
「ユーゴが、王様、助けるの。……本当の、勇者様、だから。」
「エルサ……」
彼女の中では『勇者』が絶対的な存在だ。彼女はその理想像を僕に重ねている。彼女にそこまで頼られているのは嬉しくもあるが、勇者なんていう存在と同一視されるのは正直こそばゆい。
「僕は勇者なんかじゃ——」
言い掛けると、ポフッとエルサが胸に飛び込んできた。受け止めると、僕の顔をじっと見る。無表情なのに感情豊かなのが彼女なのだ。
「ユーゴ、おねがい。」
僕が返答に困っていると、ディーナも僕に懇願する。
「私からもお願いします。ユーゴさん。」
二人に挟まれたらどうしようもない。僕は静かにうなずいた。
喜ぶ二人を尻目にどうやって侵入するか考えていると、肩の上にいたアルテアがいきなり騒ぎ出した。
「な、なんだよ! バカフクロウ!」
「ん? どうしたアルテア?」
「え、今ちょっと……ええ!?……あー。……え、オレから!?……ちぇ、わかったよ!……ったく、貸しだからな!」
一人芝居のようにコロコロと表情を変えたアルテアが、グルルと悪態をつき、それから気まずそうに僕の方を見てくる。
「……あー、その、マスター。」
そして僕はアルテアの話を聞くのだった。
◆
「案外、簡単に侵入できるもんだなあ。」
僕は今、王城の中にいる。廊下を歩きながらキョロキョロと辺りを見回している。【空間把握】で完全に王城の構造は把握しているため、迷う事はない。
ちなみに、ディーナ達は宿屋においてきた。アルテアも一緒に残しているので、彼の目や耳を通じてディーナ達の様子がわかる。置いていくのは不安だったからとても助かる。今は部屋でくつろいでいるようだ。
廊下の向こうから、見回りの兵士が歩いてくる。
「どうもー。」
僕が挨拶してみるが、兵士はこちらを見ずにすれ違い、通り過ぎていった。
(すごいなあ、このローブ。)
そう、僕は今、識音から借りた外套を身に付けていた。ユーピテル様の【完全隠蔽】が施された魔法のローブである。効果は絶大で、近くで大声を出しても気づかれない。
しかし注意として、一度でも誰かに接触してしまうと、隠蔽効果が途切れてしまうらしい。また、外套の内側にある物は隠蔽されるが、外側にある物はされないので、武器などを手に持つと見つかってしまう。
(さて、怪しい動きをしている奴は……。)
僕の脳内に王城の地図が展開され、その上に【気配察知】が察知した気配が蠢いている。兵士達は見張りとして一カ所に留まっているか、廊下を巡回するかしている。他の気配から隠れるように移動している怪しい気配がいくつかあった。
怪しい気配がすぐそばにいたので、近づいていく。
コソコソと影から影に移動している男がいた。万が一見つかった時に怪しまれないためか、給仕っぽい衣装を着ている。一応、【暗殺術】スキルを持っているようだが、スキルレベルは2だ。ステータスも大した事はない。
もちろん、こちらには気づかない。謁見の間に向かっているようだ。
(うーん、サクッと片付けておくか。)
そう考えて男の後ろに近づき、ギュッとチョークスリーパーを決めて首をキメる。男はなんの抵抗も出来ずにカクリと気を失った。
アイテムボックスから縄を取りだして、適用に縛って転がしておく。物陰に置いておけば、しばらくは見つからないだろう。
時間があまりない。勇者達の凱旋パレードが終わりに近づいているのが気配でわかる。残りの怪しい気配は3人ほど。どれも謁見の間に近づいているようなので、謁見の間に行けば良いだろう。
と思ったら、それらの怪しい気配とは別に、近くにいた1つの気配がこちらへと近づいてくる。かなり速い。
ああ、そうか。チョークスリーパーの時に接触したから【完全隠蔽】の効果が切れているのか。隠蔽効果が戻るのは確か3分後だったな。よく考えれば、相手が【気配察知】を持っていない保証もない。うっかりしていた。
逃げてもいいが、隠蔽が切れている今では兵士達に見つかってしまうだろう。そうすれば、あっという間に多人数に囲まれる事になってしまうし、忍び込んだ意味がなくなってしまう。
僕は正体を隠したまま、近づいてくる気配に対峙する事にした。
◆
「止まれ、侵入者め。何者だ。どこから湧いて出た。」
目の前には白銀のフルプレートアーマーを身に付けた先ほどの気配の正体がいる。立派な騎士剣を抜いて構えている。ステータスを見ると、今まで見た中では一番高い。識音よりも高いという事は、一流冒険者よりも強いという事か。というか今、意外な情報があったような気がするが……そうなのか。
予想通り【気配察知Lv3】を持っている。Lv3といえば、上級者レベル。察知の網に引っかかってしまったようだ。
「僕は怪しいものじゃないよ。」
黒いローブをまとい、フードをかぶっている若い声の男。明らかに怪しい出で立ちの僕に、相手は警戒心を強めている。フードに隠れて顔は見えないはずだ。
「ふざけるな。答えろ、何が目的だ。」
有無を言わさない威圧が放たれる。しかし僕は涼しい顔をしてやりすごした。
「うーん、ちょっと王様の暗殺計画を小耳に挟んでね。」
「なんだと!?」
相手が殺気を出し、問答無用とばかりに斬りかかってくる。鋭い剣筋。さすが【片手剣技Lv4】持ちだ。しかし、【自動防御】が発動して簡単に避けてしまう。続いて幾重もの剣閃が襲いかかるが、身を躱し、手で払い、すべてを受け流した。相手が驚愕で息を呑むのがわかる。
そこで相手は僕から離れて構え直した。
「な、なんだお前は……私の剣が通用しないだと……!?」
「ちょっと待ってくれないかな。争う気は無いんだ。」
実力差を感じたのか、少しは僕の話を聞く気になってくれたらしい。
「僕が暗殺を企んでるわけじゃなくて、僕は暗殺を阻止しに来たんだよ。そこの物陰に侵入者が一人転がってる。」
物陰を指さすと兜から覗いている目がチラリとそちらを見る。しかし、警戒は解いていない。
「なんのために……?」
問われたが、答えられないな。
「残念ながら、それには答えられない。しいていえば、『償い』のためかな。」
「償い、だと……?」
「そう、僕は『魔王』と呼ばれていた存在だから。」
それを聞いてざわりと気配が泡立つ。
「ま、魔王だと!? しかし、魔王は勇者に討伐されたはずだ!」
「ああ、それね。勇者と名乗ってる彼だけど、実際には違う。彼は帝国のスパイか何かだと思うよ。」
すると、それを聞いた相手は動揺しているようだ。
「ば、バカな……証拠は? 証拠は何かあるのか?」
「証拠はない。だけど事実だ。信じるか信じないかは任せるよ。王との謁見で何か企んでいるようだしね。貴族達の中にも帝国の内通者がいる。」
「…………」
「それと、僕が気配を読んだ限りだと、あと三人ほど侵入者がいる。皆、謁見の間に向かっているようだ。」
「っ!?」
「精々気を付けるといい。では、僕はこれで。」
ちょうど3分。外套の【完全隠蔽】が発動する。相手には僕がフッとその場から消えてしまったように思えるだろう。
「ま、待て! くっ! どこへ消えた!」
辺りを探っているが、僕は既にその場を離れている。装備とステータスを見た感じ偉そうな立場の人だから利用させてもらおう。侵入者の存在を伝えておけば、謁見の間から【気配察知】する事で見つけられるだろう。『勇者』の正体も伝えたから、警戒してくれるはずだ。
とはいえ、証拠もないから絶対に信じてくれるとも限らない。侵入者以外の黒幕が動く可能性もある。念のために僕も謁見の間に向かうとしよう。最悪、僕が対処すれば良い。
それにしても、勢い余って魔王って名乗っちゃったよ。どうしよ。
読んで頂きありがとうございました!




