使い魔:表
僕はディーナ達と一緒に肩を落としながら歩いている。
ディーナは先ほどから僕の背中を撫でて慰めてくれている。エルサも左手を掴んで離さない。僕は自分が情けなくて、恥ずかしくて、仕方がない。
「ユーゴさん……もうしょうがないじゃないですか。信じてもらえないのは当たり前ですよ。私だって、ユーゴさんが魔王だ、なんて言い出したら正気を疑ってしまいます。」
「……ん。ユーゴ、過ぎた事、引きずらない。」
ダメだな僕は。あれだけ心配を掛けた二人に、また心配を掛けている。
パシッと自分の頬を叩いて気を引き締める。そうだ。信じてもらえないのは仕方が無い。王国が僕の罪を裁いてくれない、償わせてくれないのなら、僕なりのやり方で償う事にしよう。僕の中の彼もそう言っている気がする。
「ごめん、ディーナ、エルサ。自首するのは諦めるよ。その代わり、これから生きていく中で償う方法を考える事にする。」
「ユーゴさん、よかった。」
「そう。前向き、に。」
ポンポンと背中を叩く二人と一緒に宿屋へと帰ってきた。
おかみさんに言って夕飯を食べる。ホクホクの芋のスープが温かい。ディーナが嬉しそうにパクパクと小さな口にスープを運んでいる。エルサも無表情だがスプーンが止まらない。ディーナはスープを3回おかわりした。相変わらず身体の割に大食いだ。おいしそうに食べる彼女をニコニコ見ていると赤くなっていた。
その後、風呂に入って身を清める。魔王城にも風呂はあったが、三日分の旅路の垢が溜まっていた。
身体を洗いながら、左手を見る。あの時の大きな傷はそのまま残っている。しかし、指は自在に動かせる。今まで片手だけで苦労していたのが嘘のように、すんなりと両手を使えるようになっていた。欠けたパズルのピースがはまるように、左手は僕の中に収まっていた。
あの時、彼と握手した時、彼が消えていった時、僕の中には確かに変化があった。変質といってもいい。抑圧されていた意識、例えば復讐心。きっと、今の僕はブルーノを見たら我慢できない。あの少年をゴミのように蹴った彼を見たら、僕は容赦なく彼へと復讐するだろう。例え、あの少年が僕でなくとも。
実は冒険者達を殺した事に、今は大した痛痒も抱いていない。
しかし、償わなければならない、という意識は持っている。でもそれは、僕自身のためであって、彼らのためではない。我ながら最低だと思うが、所詮この世界は弱肉強食で、降りかかる火の粉を払っただけだ、と冷めた気持ちがある。
僕の本性なんて、こんなものなのだ。
大切なものを護るためなら、容赦などしない。
残酷な僕が、僕の中にいる。
◆
ディーナ達と部屋に戻る。湯上がりでほのかに赤くなったディーナの肌に目が行ってしまう。水も滴る、というべきか。エメラルドグリーンの髪が艶々としていて、とても色気を感じる。
今までよりも、自制が効かなくなった自覚がある。
部屋に入ると、ディーナとエルサがベッドに腰掛けた。僕は誘われるようにディーナの隣に腰掛けてしまう。彼女の身体までほんの数センチ。ディーナから目を離せない。息が荒くなっている。
ディーナが僕の様子に気づく。少し戸惑った表情をしているが、湯上がりの直後よりも頬が上気している。僕とディーナはじっと見つめ合った。
エルサが僕達を見ているにも関わらず、僕はディーナに口づけた。
彼女の柔らかい唇を舐めるように吸うと、彼女は艶っぽい声をあげる。そのまま猫耳を触ると、身をよじらせる。今まで右手しか使えなかったが、左手で同時に彼女のふわふわの尻尾をするすると撫でる。ディーナは声を上げて、身をくねらせている。
ああ、もう我慢できないな。
そう思って、彼女を押し倒そうとしたその時。
コンコン。
窓を叩く音が聞こえた。
【気配察知】には窓の外にとある気配を捉えている。しかし、今まであまり気にしていなかった気配だ。
なぜなら、窓の外にいたのは。
鳥だったからだ。
コンコン。
器用にクチバシで窓を叩いている。僕はディーナから身を離すと、二人を後ろに下がらせて、警戒しながら窓を開いた。
そこにいたのは、黒い鳥。
少し大きめだが、全長は1mに満たない。翼を広げると1.5mぐらいだろうか。翼も身体も真っ黒だが、頭の後ろだけ金髪のように金色が混じっている。足は黄色いが、クチバシは黒い。金色の瞳が闇の中に光っている。
「カラス……?」
「オレはカラスじゃない!!」
バサバサと翼をはためかせて部屋の中に飛び込んでくる。僕の頭にクチバシをぶつけようとしてくるが、そんなものは通用しない。身をよじって躱し、逆に鳥の身体を握って動きを止める。
「わ! わ! や、やめろ! はなせえ!」
慌てたように翼を動かしているが、僕は放さずにそのまま顔を近づける。
「何の用だ? 僕達を狙うのなら容赦はしない。」
心の底から冷気が湧いてくる。こいつは敵か? 敵だよな? 敵なら——
「ま、ま、まって! ちがう! オレはユーピテル様に言われて!」
「ユーピテル様だって?」
予想していなかった名前が鳥の口から出てきたので、驚いて手を放してしまう。すると、鳥はバサバサと天井まで飛んでから、ベッドの横のサイドテーブルに降り立った。
「はーはー……酷い目にあった……」
ゼエゼエと息を吐いている鳥。僕はまだ警戒を解いていない。ユーピテル様の名前を騙っている可能性もある。しかし、喋る鳥には身に覚えがある。
「……ソフィアの親戚か何かか?」
すると、鳥はまたバッと威嚇するように翼を広げる。
「ちーがーうー! オレをあんな頭でっかちのフクロウと一緒にすんなよ! オレの名前はアルテア。カラスじゃなくてワシだ。鷲。ユーピテル様の助手なんだ。偉いんだぞ!」
鷲だったか。生で見た事がないからわからなかった。確かにカラスより立派な体格をしている気がする。この口ぶりだとソフィアを知っているようだし、少し警戒レベルを下げる。
ディーナ達もアルテアの少し間の抜けた調子に警戒を解いたようだ。
「ふーん。で、その偉いアルテアは僕に何の用だ?」
「ああ、そうだった……。えー、ゴホン。良く聞けよ。……おめでとう! 今日からオレがお前に力を貸してやろう。光栄に思えよ!」
エッヘンと胸を張るアルテア。
「……なんだそれ。すごい上から目線だなあ。特に力は要らないから帰ってくれない?」
「え? ……え? え? ど、どうして? オレこうみえても強いし、色々できるんだぜ?」
「うーん、と言われてもなあ。別に困ってるわけでもないし。」
「そ、そんな! ま、まってくれよ! オレ、ユーピテル様に言われてここに来てるんだよ! このまま帰ったらユーピテル様に怒られちゃうよ!」
バサバサと僕の周りを飛ぶアルテア。羽根が部屋に散るからやめろ。
「知らないよそんな事。早く帰ってよ。」
いい加減イライラしてきた。
「え、えー……困るよ。オレが悪かったから。絶対に役に立つから。……オレ、斥候とか調査とか得意なんだよ。この黒い身体で闇に紛れてさ。実は影に潜ったりできるし。五感も結構鋭いし。……そうだ、何か知りたい事はないか? すぐに調べてくるから!」
僕の肩に載って頭を擦りつけてくるアルテア。うーん。面倒くさいなあ。
「うーん、そうだなあ。……あ、そうだ。じゃあさ。」
一つ、知りたい事があった。
魔王を倒したという『勇者』。
「『勇者』ってのを調べてきてくれない? 多分、王城にいると思うんだけど。魔王を倒したって言い張ってる男だよ。どういう男なのか。何が狙いなのか。」
「勇者だな! オッケー! じゃあ、待っててくれよ!」
窓から飛びだそうとしたアルテアだったが、思い出したように僕の方へ向かってくる。翼を広げると結構大きいので風がブワッと吹いた。
「そういえば! 使い魔契約しようぜ!」
「使い魔契約?」
「ああ! 契約すれば、いつでも好きな時に呼び出せるし、五感を共有したり、念話したりできるようになるんだぜ!」
「うーん、契約かあ。でもなあ。」
僕はもうディーナや識音と結魂してるし、あんまり魂のつながりみたいなものを増やすのも、と躊躇っているとアルテアが慌てだした。
「な、なんだよ! 契約してくれないのか! なあなあ! いいだろ! なあなあ!」
バサバサと頭の上を飛び回るアルテア。
「あーもう! うるさいな! わかった、じゃあ君が『勇者』の事をちゃんと調べてこれたら契約するよ。それでいいだろ?」
「ほ、本当か!? わかった! じゃあすぐに行ってくるよ!」
そう言って窓から飛び出していった。アルテアの黒い身体は闇に紛れてすぐに見えなくなった。気配を追ってみると、ちゃんと王城の方へ向かっているようだ。
「大丈夫かなあ。」
今頃になって心配になってきた。アルテアが見つかって捕まったら、僕の責任になるんだろうな。ああ、失敗したかなあ。
振り返ると、ディーナが笑っていた。
「ふふ、ユーゴさんとアルテアさんのやりとり、面白くって。」
ディーナの笑顔に毒気を抜かれた僕は自分のベッドに腰掛ける。いい雰囲気も台無しだ。続きをする気もなくなってしまった。
そう思ったが、ディーナとエルサが僕の両隣に腰を下ろした。二人とも僕を見上げている。ディーナは笑顔で、エルサは無表情で。
ふと、左腕に柔らかい感触。
「……ユーゴ、となり、いたい。」
エルサが僕の腕に寄りかかっている。湯上がりの白髪はすでに乾き始めていてサラサラだ。ふわりと石けんの匂いが香った。
「エルサ……だけど、僕はディーナが……」
するとエルサが僕を見上げる。目元がぷるぷるとしている。頬がほんのりと桜色になっている。無表情のはずなのに、恥ずかしさでいっぱいなのがわかる。
「……一夫、多妻制。ディーナばっかり、ずるい。私の、ファーストキス。ユーゴ、責任、とって。」
彼女の小さくて柔らかい胸が僕の腕に押しつけられている。恥ずかしがり屋の彼女がここまでするなんて相当だ。そのセリフを持ち出されると僕は弱い。ああ、そうか。責任はとらないとな。
さらに今度は反対側の右腕にギュッと感触が。そちらを見ると、やはりディーナが同じように腕に絡みついている。クリクリとしたドングリまなこが、切なげに僕を見て揺れている。
「ユーゴさん……私も……捨てないでくださいね?」
ああ、これも弱いセリフだ。一気に胸が締め付けられる。絶対に離したくない、という気持ちになる。ディーナは小柄の割に意外と胸が大きい。柔らかい2つの感触が悩ましげに僕の腕を刺激する。
抑圧してきた感情が、道徳心を押し出していく。
僕の中の彼がニヤニヤと笑ってグーサインをしているのが見える。
ディーナも、エルサも、好きになってしまったんだから仕方ないよね。
二人とも離したくないし、誰にも渡したくない。
ああ、もう我慢しなくてもいいや。
その晩、朝まで僕達の部屋からは声が漏れ出ていたらしい。
昼近くになって起きた僕達に、おかみさんがニヤニヤとした笑みを向けた。
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