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帰還:表

識音がミネルバと共に光に包まれて消えていった。


あとに残された僕とディーナは少しはにかみながら見つめ合うと、エルサがそんな僕達をじいっと見ていた。


左手をエルサに向かって差し出すと、彼女が嬉しそうな気配を漂わせて、てくてくとやってきて、無表情で左手を掴んだ。彼女の小さい手の感触が懐かしくて頬が思わず緩む。


僕は少し悪戯心を出して、掴まれた左手でギュッと彼女の手を握り返した。すると、エルサはビクリと身を震わせて少し目が大きくなった。そして、僕の顔と左手を交互に見る。ディーナはきょとんとした顔で僕達を見ている。


「あはは、驚いた?」


笑いながら、左手をにぎにぎと動かす。STR()が強い左手だがDEX(器用さ)も高いおかげか手加減も自由自在だ。彼女の壊れ物のような手を握りつぶしてしまう心配はない。


「なおった、の?」


エルサが僕の顔を見て聞いた。うなずいて答える。実際にはちょっと違うけど、まあ似たようなものだろう。


【擬態】を解こうかとも思ったけど、あの悪魔の手はなかなか凶悪な見た目をしていて、エルサには刺激が強すぎるかもしれない。時期を見て見せる事にしよう。ディーナにはこっそり見せてもいいかもしれない。


「よかった。」


無表情のはずなのに、満面の笑顔のように感じる。


「え、ユーゴさん、左手が……!」


ディーナが驚いた顔で僕の側に駆け寄ってくる。そして、握力が戻った事を説明すると大げさに喜んでくれた。二人の美女の笑顔に囲まれて少し気恥ずかしい。




「ディーナ、エルサ、大切な話があるんだ。」


僕が改めて話を切り出すと、二人とも真面目な表情になる。


「まずは、改めて二人に謝りたい。二人を護るためとは言え、二人から無理矢理離れてしまったこと。」


二人とも、あの時の事を思い出したのか少し悲しげに目を伏せている。


「ディーナには言ったけど、あの時の僕は弱い自分から逃げてしまったんだ。……逃げても何も解決しないのに、二人を信じ切れずに相談もしなかった。本当にごめん。僕が悪かった。」


僕が頭を下げると、ディーナがわたわたしている。エルサは僕の左手をまた手にとって握ってくれる。


「頭を上げてください、ユーゴさんっ! 私たちだって、すぐにユーゴさんを追いかければ良かったんです。」


「ん……ユーゴ、だけ、じゃない。……悲しかった、けど、ユーゴだって、辛かった。でしょ?」


「ディーナ……エルサ……」


僕は二人をギュッと抱擁する。ディーナの華奢な身体と、エルサの小柄な身体は簡単に僕の腕に収まってしまう。


「ごめん……ごめんね……」


僕はまた泣き出してしまった。なんだか、悪魔の僕に会ってから涙もろくなった気がする。これも、抑圧していた僕の一部なんだろうか。



しばらく抱き合って泣いていた。僕もディーナも泣いている。エルサも心なしか瞳が濡れている気がする。


それから、二人と別れてから今までの事を話した。


二人に話すのは辛かったけど、話さないのはもっと辛いから。


風理という少女と出会った事、贖罪のために彼女についていた事、森の奥の城に引きこもった事、二人でドロドロと愛し合った事、僕が悪魔になっていた事、魔王と呼ばれている事、魔神になりかけた事、冒険者を何人も殺めた事。


二人は静かに話を聞いていたが、僕が風理と愛し合った話のところで、ディーナが赤くなり、僕が悪魔になっていた話で、エルサが瞳を揺らした。


僕の懺悔のような打ち明け話が終わると、ディーナが僕に飛びついてきた。


「ユーゴさん……辛かったんですね……」


彼女はまた瞳をうるうるさせている。彼女は涙もろくなった僕なんかよりも、もっと泣き虫だ。でもそれは人を癒やす暖かい涙だと思った。


悪魔になり、人を殺め、他の女性と愛し合った。最低の行いにも関わらず彼女は僕を恐れずに受け入れてくれる。無条件で僕を肯定してくれる彼女に、思わず甘えてしまいそうになる。でも、それは二人ともダメになるのだと風理と学んだ。


依存したい心。それも僕の弱い部分の一つだ。


「ディーナ、ありがとう。でも、僕はもう大丈夫だ。」


僕は彼女からゆっくりと身を離し、彼女とエルサを見る。


「話した通り、僕はたくさんの間違いを犯してしまった。僕は自分がやってしまった事を償うつもりだ。自首しようと思ってる。」


それを聞いたエルサが焦った表情でかぶりつく。


「そんな……その時のユーゴさんは普通じゃなかったんですよね? 今のユーゴさんがわざわざ捕まりにいかなくても……」


「ううん、ダメだよ。僕のやった事だ。僕には責任がある。……ごめんね。二人を護るって言ったけど、場合によっては難しいかもしれない。」


すると、エルサがぷいっと顔を背けてしまう。


「……ユーゴは、バカ。」


「エルサ?」


「ユーゴは、何でも、背負い込みすぎ。冒険者は、ユーゴを殺しに、きた。ユーゴはそれを、返り討ちにしてた、だけ。でしょ?」


「……それでも——」


僕が言い掛けると、エルサがバッと振り返る。その顔は無表情なのに怒っているように見える。


「となりに、いてくれる、って言ったのに。ユーゴは、うそつき。」


「……ごめん。」


僕は謝るしかなかった。彼女の言っている事はある意味正しい。最初は『調査』目的だった冒険者パーティを壊滅させたが、彼らも悪魔の姿を見たら魔物扱いをして意思疎通は放棄していた。


しかし、理由はどうあれ僕が殺した事は事実なのだ。エルサがどう言おうと、償うと決めた以上は仕方ない。それを告げると、エルサは何も喋らなくなった。


ディーナは僕とエルサを見て困った顔をしていた。



「場合によっては死罪になるかもしれない。そうでなくとも、恐らく償うのには長い時間がかかると思う。」


これを言うのは怖いけど。


「だから……もし二人が嫌だったら……僕から——」



言いかけた僕の両手を握る二つの感触。



右手はディーナに。


左手はエルサに。



戸惑う僕に、ディーナは微笑み、エルサはじっと僕を見た。


「……二人とも、ありがとう。」



やっぱり、泣き虫は僕の方だったな。




僕達は『魔王城』で一泊したあと、街を目指す事にした。


ディーナ達はあれからも王都に宿泊していたらしい。宿代は前払いしてあり、荷物などがそのままなので、一度王都ビアンコに向かわなければならない。識音がもし『スタジオーネ』へ戻ってくるなら、王都で落ち合う事になっている。


城を出て、僕と風理がたどった道を来た時とは逆に進んでいく。城の周辺は生物の気配が消えている。悪魔だった僕の影響らしい。不気味なほどに静かな森の中を三人で歩き出す。


背後にある魔王城は、廃棄されていた砦を悪魔の力で改築したものだ。見る者を威圧する外観は、我ながら趣味が悪いな。


——余計なお世話だ。


誰かの声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。気のせいだよね?



それから徒歩で3日ほど掛けて王都に帰還した。


案外、王都から近かったので、冒険者でなく王都から王国軍の討伐隊が来ていた可能性もあるが、手を出さない限り何もしてこない相手を無理に討伐する必要もなかったのだろう。ドラゴンの尻尾を踏むことになる。


キャンプ道具や食料はアイテムボックスの中に入っていた。悪魔の僕は無駄に【魔道具作成】やら【鍛冶】やら【錬金】やら、生産系のスキルも極めていたから入っているものはその残滓だ。ちなみに、今はそれらのスキルは使えない。


アイテムボックスのアイテム一覧を見ていたら、あまりの無茶苦茶な内容に目を疑ったけど、悪魔の僕なら仕方ないか、と思い直した。自重しないと僕もこうなるのかもしれない、と反面教師にしつつ。



僕は二人と手をつなぎながら、王都の門へと向かった。




そこには見覚えのある顔。


僕とディーナの結魂を見届けてくれたエンリコさんだ。


「おお、ユーゴ殿! ユーゴ殿ではないか!?」


彼は僕の顔を見ると驚いた顔をして駆け寄ってくる。あの時の事はよく覚えていないが、彼から話しかけられた気がする。しかし、僕は彼を無視して門を出たはずだ。


「心配していたぞ! 無事だったか!」


彼は僕の元にやってくると、喜色満面といった様子で僕の無事を確かめる。


「エンリコさん……あの時は、すみませんでした。」


僕が謝ると、彼はキョトンとした顔をしてから、笑い声をあげた。


「はっはっは。なに、たまにはそういう事もあるさ。この世の終わりみたいな顔をして出て行ったから心配していたがな。その様子だと、彼女と仲直りできたみたいだな。」


そう言って彼は、僕と手をつないだディーナをチラリと見た。どうやら彼は、僕とディーナが仲違いをして別れたものだと思っていたらしい。概ね間違ってはいないけど、微妙に違う。


「あはは、まあそんなところです……。」


彼の笑い顔に説明するのはあきらめた。


久しぶりに冒険者カードを取りだして入門手続きをしてもらう。


僕の冒険者ランクは一番低いFのまま。依頼は薬草採取ぐらいしか受けてないからだ。懐も寂しいし、そろそろ本格的に活動しなくてはいけない。悪魔の僕が狩りまくった、アイテムボックスの中の魔物素材を売り払ってもいいんだけど。


「そういえば、隊長も心配していたぞ。あとで顔を見せてやると良い。」


警備隊長のジョットさん、金髪のナイスミドルには色々とお世話になったのに、僕は彼に後ろ足で砂を掛けるように王都を出てしまった。


僕には償いをする義務がある。あとで出頭する予定だ。


「はい、のちほど挨拶(・・)に伺います。」


「はっはっは、そうすると良い。」


エンリコさんは闊達に笑って僕達を見送ってくれた。




その後、宿屋に行って宿泊手続きをした。二人は、いつ僕が戻ってきても良いように三人部屋に滞在していたらしい。申し訳なさで一杯になる。お金は僕が残していった分に加えて、薬草採取などをして稼いでいたらしい。


宿屋のおかみさんには、思い切り怒られた。


「こんな可愛い女の子達を置いて、どこいってたんだい!」


「うう……すみません。」


「私に謝るんじゃないよ! 謝るのはこの子達にだろ!」


頭に角を生やす勢いで怒るおかみさんにたじたじになる僕。改めて二人に謝る僕を見ると、おかみさんは機嫌を直してくれたようだ。


「まったく。もう離すんじゃないよ?」


「はい、絶対に。」


僕が答えると、隣にいたディーナが顔を赤くしていた。



冒険者ギルドに行くと、少しは記憶が薄れたのか、僕の顔を見ても顔を引きつらせるぐらいの反応で済んだ。『魔王』としての僕は、今の僕とはあまりにも外見が掛け離れているため、僕だとは思われていないようだ。


依頼ボードを見てみたが、『魔王』の討伐依頼は見つからなかった。ランクS扱いになっていて、指名依頼のみになっているんだろうか。


おなじみの受付嬢が僕を見つけて声を掛けてきた。茶髪でえくぼの女性だ。


「あっ! ユーゴ……さん、ですよね?」


「はい、お久しぶりです。」


彼女は僕の顔をまじまじと見て、安堵の笑顔を浮かべた。


「はあ、ご無事でしたか。魔物にでもやられてしまったのでは、とギルド内では話題になっていましたよ。」


「それは……ご心配をおかけしました。」


「いえ、いいんです。冒険者なので、生き死には日常茶飯事ですから。でも、確か前回の依頼達成から一ヶ月ほど経っていますね。二ヶ月間、依頼を受けないとギルド加入員の資格を剥奪されてしまいますので、ご注意ください。」


「はい。わかりました。」


登録してまだ一回しか依頼を受けてない僕の事を覚えているなんて、と感動しかけたけど、恐らく初対面の時の印象が強すぎたせいだろう、と思い直した。


「あの……ところで」


せっかくなので聞いてみる。


「『魔王』ってご存じですか?」


すると、彼女は表情を暗くする。


「えっ?……はい……。何人も犠牲になってしまいましたからね……。『魔王』がどうかしたんですか?」


「いえ……なんでもありません。ありがとうございました。」


怪訝な顔をした受付嬢にお礼を言ってギルドを出た。



やはり、『魔王』はすでに王都でも有名な存在らしい。


それはつまり、僕が人類に対して『敵』だと認定されたという事。



僕はもう一度ディーナとエルサに謝って、警備隊の詰め所に向かう事にした。僕は裁きを受けなくてはいけない。償いをしなければならない。


二人は無言でついてきてくれた。




「自首だと?」


警備隊長のジョットさんが怪訝な顔で迎えてくれる。


「あれから顔を見ないから心配していたが、急に顔を出したと思ったら、一声目がそれか。説明してもらおうか。」


無精髭をこすりながら難しい顔をして聞いてくる。


「実は、僕が『魔王』なんです。」


「は……? お前が、魔王だと?」


髭をこすっていた手が止まり、目を見開いたジョット。


「はい。森の中にある砦に籠もって、やってくる冒険者達を殺していました。すべて、僕の責任です。」


ジョットさんは僕の告白を聞いて怪訝な顔をしている。


「しかし……」


「信じられないのはわかりますが、全て事実なんです。」


「だがな……」


「僕が、僕が悪いんです……」


僕の目が若干の潤いを帯びてきた時に、困り顔のジョットさんが口を開く。



「魔王はすでに討伐されたはずだぞ?」



ジョットさんの言葉にフリーズする僕。


「え……? え?」


「だからな、魔王は『勇者』によって倒されたはずだが。」


あれ、魔王って僕の事だよな? 僕がすでに討伐された? ある意味間違ってないけど、あれは『別の僕』だし……。っていうか勇者ってなんだよ。


疑問符でいっぱいになった僕にジョットさんが無精髭をこすりながら、説明してくれた。


「昨日、魔王を倒したと名乗り出てきた男がいてな。遠話の魔道具で確認したところ、確かに魔王の凶悪な気配が消えていたらしい。」


「そ、それは……」


「それで、その男が自分は『勇者の末裔』だと名乗ったものだからな。今は国を挙げて勇者としての凱旋式を準備しているはずだ。」


「で、でも! 本当なんです! 僕が魔王なんです!」


それを聞いて、ふぅとため息をつくジョットさん。そしてジト目で僕を見る。


「ほう、そうかそうか。お前が魔王だったのか。そりゃあすごい。たまげたな。今度からお前の事は魔王と呼んでやろう。よかったな、魔王よ。」


明らかにバカにしたようなジョットさんの態度にいらついてしまい、僕はつい大声になってしまう。


「し、信じてくれないんですか!?」


「阿呆が。自分から『魔王なんです!』と名乗る奴がいるか。」


「でも……それは……だって」


「大体、短い付き合いだが、俺はお前の事をそれなりに知っているつもりだ。お前がそんな事をする人間だとはどうしても思えんな。」


真面目な顔になったジョットさんにそう言われると、僕は何も言えなくなってしまう。でも、事実なのだ。何とか証明する方法はないだろうか。


そこで、一つ思い出した。



僕の左手。


悪魔の左手。



さすがに、悪魔のような手が生えているのを見せれば、彼も信じてくれるはずだ。後ろにいるディーナ達に見せるのは少し抵抗があるが、この際仕方ない。


「待ってください! 証拠、証拠があります。」


「証拠だと?」


眉をピクリと動かすジョットさん。


彼は警備隊長として公明正大な判断を下すために、何より客観的な証拠を重視する。どんな貴族や大富豪の権威でも彼の判断を左右する事はできない。


「はい、この、僕の左手を見て頂ければ……」


そういって、僕は左手の【擬態】を解く。



しかし、左手にはいっこうに変化がない。



「……あれ? あれ?」


何度試しても手は人間のままだ。そんな僕をジョットさんが白い目で見る。


「……なあ、ユーゴよ。長い間、そのディーナ達と会えずに寂しかったのはわかるがな……」


「……ち、ちが……」


「悪いが、俺もこう見えて忙しいんだ。お前の冗談に付き合ってる暇はないんだよ。わかってくれ。」



そして追い立てられるように詰め所を出た僕。


僕の後ろにはほっとしたような顔のディーナと無表情のエルサがいた。


読んで頂きありがとうございました!

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