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ありがとう:裏・後編

彼女が『シミ』とともに私の中に流れ込んできた時、彼女の勇悟君に対する強い思いに共感し、それが自分の望みであると悟った。


叶わないはずだった恋が、彼女のおかげで魂を得て、肉体を得て、彼と触れ合って愛し合えるようになった。


だけど、それは許されない恋。神としても、人としても。


神として、人と愛し合い、交わる事は許されない。


人として、既に大事な人のいる彼を奪い取る事は許されない。


我慢すべきだった。でも、私の中にいる醜い私が背中を押し、黒い感情に身を任せてしまった。彼を独占して、彼と愛し合った。


快感だった。自由だった。幸福だった。


しかし、それはただのまやかし。夢から覚めて、私は現実と向き合わなくてはいけない。私が引き起こしてしまった事の責任を取らなくてはならない。




目の前には、涙を流す識音と、そして勇悟がいた。


風理が私の中から旅立っていった。きっと彼女の魂はユーピテル様に拾われ、地球の循環の中へと還っていくだろう。


私の姿はすでに風理のものではなく、ミネルバのものに戻っている。風理の魂と肉体を失った私は、永くは地上にいるべきではない。



「ごめん……なさい……」


私はポツリと謝罪の言葉を漏らした。


「ごめんなさい、私……」


この程度で許されるほどの罪ではないとわかっていても。



もはや私は神ではない。しかし人でもないだろう。私は中途半端な存在で、私のいるべき場所はどこにもない。ユーピテル様とソフィアに合わせる顔もない。そして、勇悟の隣にいる資格もなければ、勇悟の前に立つ資格もない。


もう、消えるしかない。


神には魂がない。寿命もない。死の概念もない。神が消える時、それは自分自身を否定した時。私はもう、自分を肯定などできない。私の行いに対する償いは、私自身の消滅だけだろう。


「ごめんなさい……勇悟君……」


そして私は彼に向けて贖罪の言葉を紡ぐ。


「いっぱい、いっぱい、迷惑をかけて……あなたを苦しめて……」


彼を傷つけ、彼の周りの人々を傷つけた。


「償うことなんて、できそうに、ない。」


それは、あまりにも、あまりにも重すぎるから。


「……だから、私の存在をもって……私の消滅をもって、償わせて——」



パシン。



ジンジンと頬が熱を持っている。目の前にはチカチカと星が瞬いた。


「ふざけるな」


勇悟君がギリッと歯を鳴らす。


そうよね。私が消滅したぐらいで、償いになるわけない。彼の怒りがその程度で収まるわけがない。


「違う。僕が怒ってるのは、あなたが自分の消滅なんて言い出したからだ。」


え?


「確かに僕はあなたに色々と迷惑をかけられた。いっぱい傷ついたし、仲間と別れるハメになったのは何よりも辛かった。人もたくさん殺してしまった。……識音ですら、この手に掛けようとした。」


「うう……ごめん……なさい……」


「でも。それは元はと言えば、僕の弱さが招いた事だ。あなたに責任が無いとは言わないけど、僕にはあなたを責める資格もないし、そんなつもりもない。」


「そ、そんなこと」


「それでも、あなたは、僕以外のたくさんの人に謝らなきゃいけない。償わなきゃいけない。でも、それは決して自分の消滅なんて安易な道ではないはずだ。」


「…………」


「僕も、自分の弱さが招いた事を受け入れる。どんな事をしても償うつもりだ。だから、あなたも。勇気を持ってほしいんだ。」


「ゆ、うご、くん……」



彼は強い。


私はとても耐えられそうにない。醜い自分を、弱い自分を受け入れる勇気。


神が全知全能だなんて大嘘だ。神だって心は持っている。人と同じ心だ。心がある限り、悩むし、苦しむ。でも、心があるからこそ、喜びを感じる事もできる。


勇悟の隣に識音が立っている。彼女もまた自分の足で地面に立っている。


彼女もまた強い女性だ。ひとりで勇悟を助けるために、異世界までやってきた。彼への思いの強さは、私と比ぶべくもない。


どうして、この()たちは、こんなにも強く在れるのだろうか。



その答えは、先ほど風理が教えてくれたものだ。


人は一人じゃ生きられない。神もまた、同じなのか。


自分の弱い心に立ち向かうには、他の誰かの助けがいる。


風理が私の中に置いていった想いが、反省が、私を一歩踏み出させてくれた。



「……勇悟君。私は……私は。」


勇悟はじっと私を見て、私の言葉を聞いている。


「私は、あなたが。……あなたの事が、好きだったの。」


勇悟が目を見開く。識音が大きく口を開けた。


「でも、私は女神で、あなたは人間だから。……私達が決して結ばれない事もわかってた。だから、この気持ちには蓋をして、見ないフリをしてた。そんな押し殺していた気持ちが、今回の事を引き起こしたの。」


恥ずかしいけど、とても恥ずかしいけど、目は逸らさない。


「別にあなたが私を好きになってくれなくてもいい。あなたは優しいから、私が想いを伝えると、受け入れようとするかもしれない。でも、それはいらない。あなたに、私の気持ちを知ってもらうだけでいいの。」


彼は真剣な表情で私の話を聞いてくれる。


「勇気を持ってほしいって言ったよね。うん、私、がんばってみる。がんばって、弱い自分と向き合って、いっぱいいっぱい償いもしてみる。」


識音は柔らかい笑みを浮かべている。


「だから。だから。私を見守ってください。」


私はペコリと彼に頭を下げた。




私が彼に頭を下げた、その時。



——許さない。



どこからか声が聞こえた。



——自分だけ逃げるのか。


——俺たちを追い出しておいて。


——憎い。ずるい。



見ると、先ほど私の身体から出ていった黒い煙が、玄関ホールの天井近くに集まっている。黒煙はもくもくと蠢き、様々な怨嗟の声が聞こえてくる。


「なっ……あれは!?」


「穢れだよ!……たぶん、循環から外れた魂たち。長い間、循環から外れると、魂はどんどん汚れてしまうって……言ってた。」


勇悟の驚きの声に、識音が説明する。



黒い煙は雲のように成長していく。天井を埋め尽くすかのように広がっていく。雲の表面にはいくつもの人の顔が象られ、苦悶の表情を浮かべている。


穢れと呼ばれたその正体は、魂の循環から外れてしまった魂たち。彼らを受け入れていた私にはわかる。彼らは地球で、疎外され、迫害され、排斥された人たちのなれの果て。


クラスから排斥を受けていた勇悟も、あの中の一人になっていたのかもしれない。そう思うと、全身に悪寒が走る。



呆然と見ていると、黒い雲が突如動き出し、渦を巻いて私の元に向かってくる。


「きゃああああ!!」


慌てて神力で防ごうとするが間に合わず、私は黒い雲に取り込まれてしまう。


「ミネルバ!!」「ミネルバさん!!」


勇悟と識音の声が雲の向こうから聞こえる。



ああ、あああ。


雲は、私の口や耳から、私の体内へと侵入してくる。


私の中の奥深くまで、染み渡っていく。



私の意識が。黒く、黒くなっていく。


薄れていたはずの感情が、再び蘇ってくる。



「いけない! このままじゃまた!」


識音の慌てる声が聞こえる。


「くっ! でも、彼女を傷つけるわけには……」


勇悟の苦悶の声が聞こえる。



ああ、またか。


また、私は。


もう私は。


私なんか。



その時。



——ドクン


私の身体の中から脈動(・・)が。


——ドクン、ドクン


彼の身体から聞こえた、あの脈動が。


——ドクン、ドクン、ドクン


いやだ。私は。



肌が浅黒くなっていく。


手足が鱗で覆われていく。


金髪だった髪は黒くなっていく。



ダメ。ダメだ。助けて。



ミシミシと身体中から音がする。


口の中で牙が生えているのが分かる。


背中からは黒い羽根、頭からは角が生えてきた。



——助けて、勇悟君。


読んで頂きありがとうございます!

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