夢の果てに:表
長い、長い夢を見ていた。
夢の中で、僕は悪魔のような姿になっていた。
悪魔のような僕は、風理と相思相愛になっていた。
二人きりで城に閉じこもり、毎日、毎日、昼も、夜も、起きてから寝るまで、飽きもせず。僕と愛理はベッドの上で愛し合い、お互いを貪りあっていた。
「やめろ! やめてくれ! 僕は、僕にはディーナが!」
僕の叫びは届かない。
二人は笑い合い、お互いを抱きしめあい、口づけを交わす。
「ダメだ……ダメなんだよ……僕は、風理の事を……」
月野風理は魅力的な女の子だった。僕に影響を与えた。本について語り合う時間は楽しかった。だけど。
僕は、彼女の事を愛してるわけではない。
◆
夢の中の僕は日に日に凶悪な力を身に付けていった。スキル、魔法、ステータス。どれもこれも人の枠を外れた強力で超越的な力だった。
力を一つ身に付けるたび、僕は人間をやめていく。護るには過剰な力だ。だけど、夢の中の風理は、そんな僕を褒め、認め、肯定した。悪魔の僕はそれを喜び、ますます熱中していった。
そしてある日、そんな二人の元に冒険者パーティが現れる。森の奥で凶悪な気配を撒き散らす正体不明の存在を『調査』しにやってきた、ランクAの冒険者パーティだ。
風理は、悪魔の僕に囁く。『あいつらは私達の仲を引き裂こうとしている邪魔者よ。早く始末して続きをしましょう。』
「やめろおおおお!!」
悪魔は、そんな彼女の言葉にうなずき、身に付けた力を遠慮無く彼らに向けた。人外の膨大な魔力が、彼らを消し炭に変える。風理はそれを見て満足そうに笑い、悪魔の僕を褒めた。
「ああ……あああ……」
僕が、悪魔の僕が、人を殺していく。
その後も、別の冒険者が現れるたび、二人はまるでゲームか何かのように、簡単に人の命を奪っていく。どうやら悪魔の僕は『魔王』だと認識されているらしい。悪魔の僕は「風理は僕が護る」と壊れた人形のように繰り返し、時には残酷に、時にはあっけなく、殺人を行った。
「やめろ……もう……やめてくれ……」
悪魔の姿をした僕が人を殺すたび、僕は一つ何かを失っていく。ついには、悪魔が人を殺しても何も感じなくなりつつあった。僕の口から出る言葉は、すでに惰性とわずかに残された理性の絞りかすでしかない。
「…………」
一ヶ月が経つ頃、僕はもうあきらめていた。
もう、悪魔の僕は止められない。
きっと、これは、風理を見捨てた僕への罰。
そう思い始めると、少しずつ僕の身体が、悪魔の僕に吸い込まれる気がした。
ああ……もう……どうでもいいや……
◆
「勇悟……だよね?」
女の声。だけど、もはや聞き慣れた風理のものではない。その声は僕の中に波を立て、僕の心を掻きむしった。
悪魔の僕に吸い込まれつつあった、僕の最後の意識のかけらが、その声に反応する。しかし、もはや意識は薄弱とし、混濁し、その声の持ち主が誰かは思い出す事はできなかった。ただただ、ぼんやりと、その声を聞いていた。
しかし、悪魔の僕は、そんな声の持ち主すら容赦なく一撃で殺害した。
「う……うぁ……あああぁぁ……」
大きな喪失感が襲う。何かとても大切な、取り返しのつかないものが失われた気がした。その絶望は完膚なきまで僕を打ちのめす。
もう、限界だった。
僕の意識は、完全に消滅しようとしていた。
「勇悟、待って。」
しかし、そんな僕を呼び止める声が聞こえた。それは悪魔の僕に対する呼びかけだったのかもしれない。ただ、その声が、消えようとした僕をその場に留めた。そして、僕の意識ははっきりと呼び覚まされた。
「勇悟、私だよ。」
そうだ。この声は。この声はかつて僕の隣にいた声。僕を導いてくれた。僕を護ってくれた。そして、僕が護ろうとした声。
ついにその声の持ち主は、悪魔の前に姿を現した。悪魔に近づき、抱きしめる。
「勇悟……会いたかった。」
◆
僕は彼女の抱擁により、その言葉により、完全に意識を取り戻した。
しかし、それも長くは続かなかった。
風理が僕を呼び止め、僕はあっけなく彼女へと振り返ったのだ。
『勇悟、彼女を——識音を、殺して?』
そう言った風理の顔は、僕よりもよほど悪魔のように見えた。
悪魔の僕は、彼女の『悪魔の囁き』にうなずき、識音へと近づいていく。
「や……やめろ……あ……ああああああ!!」
僕の手が、彼女の首に掛けられる。
止められない。
止まらない。
僕の五感は完全に悪魔と一体になっている。
僕の目は識音の涙に濡れた瞳を捉えている。
僕の手は彼女の首筋の感触をしっかりと伝えている。
僕の耳は彼女のかすれた声を聞いている。
もう。
もう。
こんな世界。
こんな現実。
——くそくらえだ。
読んで頂きありがとうございました!




