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魔王:間・前編

幕間ではありません。

彼がこの世を去ってから、すでに一ヶ月が経った。



彼のお葬式で、彼の遺影を見た。


子供の頃のままの優しい笑顔がそこにはあった。



彼の両親が喪服を着て座っていた。


彼の母親はハンカチを濡らしている。小さい頃、彼の家にお邪魔した時に、よくおやつをもらった。優しい目が彼とそっくりで、大好きだったのを覚えている。でも、今その目は赤く腫れていた。


彼の父親は厳しそうな顔をしかめて、背を丸めている。何かを耐えている様子は彼によく似ていた。


子供の頃、彼が父親に訓練されているのを見た事がある。父親は幼い彼に厳しくあたっていて、それがまるで彼をいじめているように見えた。『いじめちゃだめ』と泣いてしまった私を、オロオロと慰めようとする父親と彼の姿がやはりよく似ていて、泣くのをやめて笑ってしまった。



棺桶に入った彼を見た時、私は、彼がもう笑ってくれない事を理解した。


「勇悟……」


なんで。どうして。


聞きたい事が一杯あった。言いたい事も一杯あった。



好きだった。


彼の事が、好きだった。



「勇悟ぉ……」


一晩中泣いて枯れ果てたはずの涙が、また溢れ出す。



しかし、今の彼はもう、私を慰めることはなかった。




一人で部屋でぼんやりしていた時、それは起こった。



「なに……これ……?」


目の前に、ぽっかりと穴が空いていた。


穴からは白い光が漏れていて、穴の向こう側は見通す事ができない。



私はふらりと立ち上がって、穴に近づく。


危ない感じはしなかった。光は暖かく私を照らしていた。



「東識音、だね?」


突然、部屋の中に低い声が響いた。そのバスボイスは、穴の中から聞こえてくるようだった。だが、不思議と恐怖は感じず、安心感を与える声だった。


「は、はい。」


思わず返事してしまう。


「君に頼みたい事があるんだ。」


「頼みたい事、ですか……?」


目の前の超常現象が、私に頼みたい事があると言っている。唐突すぎて、私の頭は全く回っていない。


「そうだ。君にしかできない。仁木勇悟と、月野風理。その両名と親しかった君にしか。」


その名前を聞いた時、私の胸はドクンと跳ねた。


「勇悟が!? 勇悟に関係のある事なんですか!?」



「そう、君の幼なじみの仁木勇悟君だ。——彼はまだ、生きている。」



勇悟が、生きている。



それを聞いた私の顔はどうなっていただろう。


「そして、月野風理。君の親友だった女性だ。彼女は少し厄介な状況になっているが……まあ、生きていると言えるだろう。今のところは。」


失踪したはずの、風理ちゃんも。



どうして。なんで。嬉しい。よかった。会いたい。


様々な感情が同時に浮かび上がっていて、頭が沸騰しそうだ。


胸がいっぱいになり、いつの間にか目から涙が流れていた。



「ゆう……ご……勇悟に……また、会えるの……?」


「うん。それが君への頼みだ。仁木勇悟に会ってほしい。そして彼を、救って欲しいんだ。」


「救って……? っ!? どういう事ですか!? 勇悟に何かあったの!?」


焦って穴に縋り付く。何も考えていなかったが、穴に触れても平気なようだ。


「待ちなさい。順を追って話すよ。」




そして、私は不思議な声から長い話を聞いた。


ここではないどこか、『スタジオーネ』。


そこに勇悟と風理はいるという。


勇悟が好きなファンタジー小説のような世界。勇悟は女神ミネルバの導きによって、その世界に転生していた。生前の彼のまま。私が好きな彼のまま。


勇悟はミネルバの助けを借りながら、様々な困難に立ち向かっていた。仲間と出会い、成長していく様は、さながら物語の『主人公』のようだ。



彼の大事な人の話も聞いた。『ディーナ』と言うらしい。


その女性は、生前の彼の頑なだった部分を解きほぐし、トラウマを克服させて、彼と魂のつながりを持ち、相思相愛になっていたらしい。


私はその話を聞いてショックを受けると共に、仕方ないという諦めも感じていた。なぜなら、彼を癒やす事は私には出来なかった事だからだ。むしろ、彼の事を救い出してくれた彼女に、感謝すら感じていた。



しかし、そんな彼と仲間を引き裂いた存在。女神ミネルバが暴走し、勇悟を独り占めするために、彼を孤立させた。ディーナ達を護るためには離れるしかない、という残酷な選択肢に私は戦慄を覚えた。


なぜミネルバがそんな状態に陥ってしまったかというと、地球から何か良くない穢れを取り込んでしまったのが原因らしい。そして、その穢れの中に風理の魂が含まれていた。風理は地球ではもう生きてはいなかったのだ。


ミネルバと風理の意識は混ざり合い、ひとつの人格を形成した。勇悟を溺愛し、勇悟を憎む、愛憎半ばの人格は風理の姿となって孤立した彼に近づいた。彼は、贖罪の負い目と、孤独に負け、彼女に魔法を掛けられてしまう。結果として、彼は完全に風理に依存するようになり、風理を溺愛するようになった。


風理の歪んだ愛を受け入れた彼は、彼女の穢れすら体内に取り込んでいき、今は悪魔のような風采になってしまっている。積極的に人類に被害をもたらしたわけではないが、世間では『魔王』と呼ばれて、恐れられている。



彼の今の状況に、私はまた涙を流した。


人を護るために、人に傷つけられていた彼はやっと安寧の地を見つけたというのに。人を護るために孤立し、人に依存し、人でなくなる事に恐れを頂いていた彼は、ついには本当に人ではなくなってしまった。


なぜこのような事になってしまったのか。


私を護って死んでいった彼は、生まれ変わっても幸せにはなれなかった。




「そこで、君の出番というわけだ。」


ユーピテルと名乗った声が、話を続けている。


「君には、ミネルバに魅了され、穢れに囚われた仁木勇悟君を救ってほしい。彼に呼びかけ、魔法を解除してほしい。」


そこで、ユーピテルは声を切る。


「彼の身体から穢れを取り去ることは難しいだろう。彼はもう……人ではいられない。」


私はその言葉に動揺を隠せない。


「しかし、もしかしたら——」


そしてユーピテルは1つの可能性を口にした。それはとても薄い可能性。しかし、賭けてみる価値はあった。


「月野風理には気を付けるんだ。彼女はミネルバと融合してしまっている。君の呼びかけにも応じるかどうかは、わからない。」


風理ちゃん。彼女は今も私の心の中にしこりを残していた。


私に、勇悟の事が好きかどうか、と聞いた彼女は、私の言葉に納得したようだった。ユーピテルの話では、彼女は勇悟への愛情ゆえにミネルバと共感したらしい。あの時の表情の意味が、今では違って思い出された。


「アカシックレコードで、ここまでの経緯やミネルバの状態はわかったが、未来を知る事はできない。神であるはずのミネルバが地上に降りてしまったから、もうどうなるか、予想すらつかないんだ。」


穴の中の声は、困ったようなトーンで話している。


「君には出来る限りサポートするつもりだ。恐らく、妄執に囚われた仁木勇悟君は君の事を始末しようとするだろう。君の事を判別できるかも、正直怪しい。」


だけどね、と声は続ける。


「彼を救ってやってほしい。彼は女神に翻弄され、運命に翻弄された被害者だ。救済なんて偉そうな事を言うつもりはない。それが、彼女を救う事にもつながるからだ。」


穴の向こうで、頭を下げる気配がした。見えるわけではない。


「頼む。彼女は、ミネルバは、僕の娘みたいなものなんだ。」



私は、彼の頼みに頷いた。


「わかりました。私も勇悟と風理ちゃんを助けたいです。……もちろん、ミネルバさんも。」


「……ありがとう。神の一柱として、ミネルバの父として、お礼を言うよ。」


「お礼を言うのは、無事に皆を救い出してからにしてください。」


「そう、だね。……では、君を『スタジオーネ』に送ろう。」



穴が大きくなり、光は勢いを増した。


私は頷いて、その穴に足を踏み入れる。



目指すは、異世界。彼と彼女がいる世界へ。


読んで頂きありがとうございます!


後編に続きます。

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