魔王:両
表と裏が一緒になり、両面になっています。
あれから、一ヶ月が経った。
僕と風理は、世を捨てて二人きりでプリマベラ大陸の奥地にいた。
風理は、この世界の事も何でも知っていた。
文化や風習だけではなく、その知識はスキルや魔法にまで及んでいた。
風理の手ほどきを受けてスキルを習得していった。
成長率が人外である僕は、魔物を倒し、経験値を得て、あっという間に人類最強となる。それどころか、人類という枠を超越した存在となりつつあった。
魔法に関しても一度覚えてしまえば、膨大な魔力を使って災害級の事象を引き起こせるようになった。魔法は想像力と魔力が全てと言ってもよく、属性魔法を極め、無属性魔法を極め、今は一部の特殊魔法を習得している最中だ。
魔力に属性を付与して操る属性魔法、魔力を純粋な力場として作用させる無属性魔法、これらの両方に当てはまらないのが特殊魔法と呼ばれるものだ。その効果は、時空間を操ったり、重力を操ったり、物を創り出したりと様々で、本来の特殊魔法の習得には人生を1つ掛けて、可能かどうか、というレベルらしい。
今、僕が習得しているのは空間を操る魔法だ。空間を切断したり、穴を開けたり、転移したりと、応用が幅広い。風理のイチオシだった。
僕の隣に寝ている風理を見る。
彼女は僕に身を寄せている。
風理がこんなにも愛おしく思えるなんて。
風理を護るためなら、僕は何でもするつもりだった。
僕と風理はこの一ヶ月、昼夜問わずドロドロになるように愛し合った。
僕の心は深く満たされ、彼女とひとつになる事で安心できた。
もう彼女からは離れられない。離れる気もない。
ああ、最高に幸せだ。
◆
そんな僕達の元には、時々邪魔者がやってくる。
「勇悟。また来たみたい。」
僕と抱き合っている風理が、耳元で囁いた。
その声色に、思わず反応して、彼女をまた強く抱きしめてしまう。
「ふふ、ダメよ。また後でね。」
僕は渋々と彼女から身を離し、ベッドから這い出た。
僕と風理の住居に侵入してきた邪魔者は、僕と対面するなりこう言った。
「貴様が魔王か! 俺が滅ぼしてくれる!」
魔王? 誰のことだろう?
「勇悟。あなたは主人公なんだから、他の主人公もどきに負けちゃ嫌よ。」
風理の言葉には聞き覚えがあるが、きっとデジャビュだろう。
とにかく。
風理を害するというのならば。
風理を傷つけようとするのならば。
容赦する必要はない。
「ああ……。風理は僕が護るよ。」
僕は火属性と闇属性を組み合わせ、【闇蛍】を無詠唱で発現させる。
闇の炎を纏った蛍たちが、部屋に広がる。
さらに、光属性と風属性を組み合わせ、【極光】を発現させる。
オーロラが邪魔者の周りに現れる。
「な、なんだ……この馬鹿げた魔力は!?」
邪魔者はオーロラに阻まれ、動く事も叶わない。
蛍たちが邪魔者の元に集まっていく。
「や、やめ——」
次の瞬間には、邪魔者の身体は闇の炎に包まれ、塵一つ残さずに消えていった。
「終わったよ、風理。」
僕は風理に微笑みかける。
「ふふ、さすがは私の主人公だわ。」
風理は僕に抱きついてくる。
僕はそんな可愛い彼女の様子に耐えきれず、彼女の腰を抱えてお姫様だっこする。彼女は僕の首に腕を回して、僕の頬に口づけする。
「さあ……続きをしましょ。」
「うん。行こう。」
そして僕達はまた、寝室へと消えていった。
◆
彼女と何度も身体を重ねるうちに、僕の意識は深く沈んでいった。
彼女の言葉を、彼女の意思を、できる限り叶えてあげたい。
もうすでに贖罪のためではなくなっていた。
彼女への愛のため。
いつの間にか、僕の姿は変わりつつあった。
肌は浅黒くなり、眉間からは黒い角が生えているようだ。
黒かった眼は赤くなっていた。
経験を積み、力を得た事で、全身の筋肉は肥大化している。
背中からは、なんだかバサバサと羽音が聞こえるようになった。
僕の姿を見て風理が怯えるんじゃないかと不安になったが、風理は「今の勇悟の方がかっこいいよ」と言ってくれた。
彼女と口づけする度に、僕の中には力がみなぎっていく。彼女はその力の事を『愛の力』と呼んでいた。
『愛の力』は、僕にとある感情を巻き起こすようだ。
それは、暗い感情。
彼女を護るためなら、全てを犠牲にしてもいい。
彼女を傷つけるものは、全て滅びればいい。
彼女が欲しい。彼女の全てが欲しい。
もはや僕は、彼女のために生きていた。
◆
その日も、いつもと同じように風理と愛し合っていた。
そして、また邪魔者がやってくる。
「勇悟。また邪魔者よ。」
風理と一度口づけてから、身を起こしてベッドから出る。
「そうね、私は少し休んでるわ。今日はちょっと激しすぎたみたい。」
僕は風理に謝って、ベッドに横たわる彼女にもう一度口づける。
「ふふ、いいのよ。早く始末して続きをしましょう。」
やる気が溢れ出し、僕は寝室を後にした。
黒い感情が渦を巻いている。
いい加減にしろ。
僕と風理の邪魔をするな。
一刻も早く片付けて、早く風理の元へと戻りたかった。
邪魔者が侵入した玄関ホールへと向かう。
【気配察知】が邪魔者の気配を捉えている。
【遠隔視】で邪魔者の様子を見る。フードを深く被っていて表情はわからない。
【鑑定】でステータスを確認する。人間にしては高いが、大した事はない。
さらに、属性魔法で、風属性と土属性を組み合わせて【風塵】を掛ける。
僕の周りに触れるものを塵と化す風が吹き荒れる。
水属性と闇属性を組み合わせて【氷牢】を準備しておく。
奴を視界に捉えた瞬間に発動させるつもりだ。
無属性魔法で全身を強化する。ただでさえ高い僕のステータスがブーストされた。今なら古代龍でも素手で殴り殺せるだろう。
扉を開くと同時に【氷牢】を発動した。
もはや、喋らせるつもりもない。僕は早く戻りたいのだ。
そしてそのまま、圧倒的な脚力で氷に閉じ込められた奴に近づく。
このまま拳で氷をぶち抜けば、【風塵】で氷ごと奴を始末できるはずだ。
氷の前に立ち、拳を構えたその時。
「勇悟……だよね?」
誰かの声が聞こえた。
なんとなく懐かしい声だが、誰の声だったかは思い出せない。
鬱陶しい。
僕はもう、風理以外は必要ないんだ。
そう思って拳を振り抜いた。
パキン、という音と共に氷が砕け散った。
閉じ込められた奴も全身が粉々になって砕け散ったはずだ。
僕は踵を返して、寝室へと戻ろうとする。
「勇悟、待って。」
また、あの声だ。
おかしい、【気配察知】には反応はない。
【魔力察知】にも引っかからない。
僕は周囲を警戒する。思わぬ手練れかもしれない。
魔力を混ぜた殺気を漏らして威圧する。
魔力が少なければ、これだけで死に至るはずだ。
「勇悟、私だよ。」
しかし、声は止まらなかった。
誰だ。誰なんだ。この声は。
この心を揺さぶる声は。
僕には風理がいるんだ。
誰にも会いたくない。
だが。
目の前に、光が溢れ出す。
僕は即座に闇魔法で闇を生み出しつつ、【魔法反射】を発動させる。
闇に覆われ、光は遮られた。
その中には人影が立っていた。
「勇悟……会いたかった。」
人影は僕に近づいて、抱きついてきた。
反撃しようと思ったが、僕はその顔を見て動けなくなっていた。
「う、うう……」
うめき声が漏れる。頭が割れるように痛い。
呼吸が荒くなり、脈拍が上がる。
「勇悟、思い出して。」
ドクンドクンと暴れ回る心臓。
その顔には、見覚えがあった。
どこか遠く、ここではない場所で。
いつか昔、ここではない世界で。
僕が初めて護った彼女。
僕の手をひっぱってくれた彼女。
僕を護ってくれた彼女。
ああ、そうだ。
彼女は。彼女は。
「し……き……ね……」
そして、僕達は再び出会った。
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