表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/83

月光:裏

引き続き、R-15表現があります。ご注意ください。

生まれた時から、私は活字に囲まれて育った。


稀覯本収集が趣味の父は、稀覯本のみならず、世界中の名作と呼ばれる作品を書斎に納めていた。その分野は多岐に渡り、私は本の世界に魅せられた。


しかし、その代償として、私は人と関わる事が少なかった。


人と話すよりも、本を読んだ方が楽しかったから。


幼稚園の時から活字を読み続けた私は、小学生になった時、周りの皆と話を合わせる事ができなかった。


はしゃぎ声を上げて走り回る彼らが、自分とは異質なものに見えた。



私は、彼らとコミュニケーションを取るのを、あきらめた。



私はクラスの中で孤立し、誰も私に話しかけるものはいなかった。


それは二年生になっても変わらず、先生はそんな私に戸惑いの目を向けた。



先生は私の両親に話を通したらしい。


三年生になった時、転校する事になった。



「ねえ、風理。あなたが本を好きなのはわかってるわ。」


母が優しく語りかける。


「でもね。他の人と話すのをあきらめてはダメよ。」


どうして、とは聞かなかった。母の気持ちも理解できたからだ。


「本の中に物語があるように、人それぞれにも物語があるのよ。」


その言葉は、私の胸を打った。



私は本の中の人物にばかり目を向けていた。


しかし、それは虚構のもの。そこにいる人々に厚みは無い。紙の薄さだ。


現実の人々の物語には、限りがない。


一人一人、別の物語が、生きている間ずっと続くのだ。



私は、人の物語も好きになろうと決めた。




転校先で、識音という少女と勇悟という少年と出会った。


識音は私とは違って明るく社交的、弾むような笑顔で、私を惹きつけた。



そして、勇悟。


初めて出会った時、彼はその優しそうな相貌で笑顔を浮かべていた。


いっぺんに、恋に落ちた。


一目惚れだったと思う。



私の心は甘酸っぱい初恋に浮かれ、彼が口を開くたびに大いに揺れた。


小さい頃から読んでいた恋愛小説の登場人物の気持ちが、初めて理解できた。



学校で話したり、図書館に行ったり。


本よりも好きになった彼の側にいる時間が、何よりも幸せだった。


彼が本を好きになってくれた時、私の事を理解してくれた気がした。



しかし、そんな彼の隣には、別の存在がいた。


彼の幼なじみ。


識音は、彼の事をどう思ってるのだろうか。



彼女にこっそり聞いてみた事がある。


「ねえ、識音ちゃん。」


「ん? なあに?」


「識音ちゃんって、仁木君の事、好きなの?」


すると、彼女は顔を真っ赤にして慌てだした。


「え、えええ、そ、そんな事、そんな事ないよお。」


その顔を見れば、答えは一目瞭然だった。



私は、彼の事が好きだ。でも、識音は私の親友だ。


彼の隣に小さい頃からいたのは、彼女だ。



私は、身を引くことに決めた。




心の奥に、淡い恋心を押し込めてから数日。


それは、起こった。


「おい、ブス。何読んでるんだよ。」


その男の子は私から本を奪い、そして、平和も奪った。



「おい、見ろよ! 仁木とブスが付き合ってんぞ!」


彼と話していた時、そんな幼稚な罵声が浴びせかけられる。


私は、自分の外見に特に思うところはなかった。


そんな事よりも、『付き合っている』という言葉が、例え私たちをからかうためのものだとわかっていても、私の心に大きな波を立てた。



しかし勇悟は、そんな彼らの言葉にヘラヘラしながら立ち上がる。


「べ、べつに」


やめて。


「こんな、ブ、ブス、なんか——」


言わないで。


「——好きじゃないよ」


ああ。



その言葉は、鋭い槍となり、私の心を抉った。


大きな穴が空いた私の心は、ヒューヒューと音を立てていた。



それから彼は、私に近づいてくる事はなかった。




彼らの圧力は日に日に増していたが、私は学校へ行くのをやめなかった。


識音がいたから。


彼女は、私の代わりに怒り、私の代わりに抗い、私の代わりに泣いた。


私はそんな彼女に、何も返す事ができていない。


彼女が望むなら、せめて学校には行こうと思った。



しかし、ついに識音も彼らの標的になってしまう。


友達に話しかけても無視され、落ち込む彼女を見て、私は決意した。



「識音ちゃん……私とはもう、仲良くしない方が良いと思うの。」


「か、風理ちゃん?」


「私は、識音ちゃんまで巻き込まれるの、耐えられないよ。」


「や、やだよ。私は、風理ちゃんから離れないよ!」



しかし、私は首を横に振った。


このまま彼女の好意に甘えていてはダメだ。


私が強くならなくちゃ。



私は識音も遠ざけて、ひとりになった。


どうせ、一年生の時から一人だったのだ。


その頃の事を思い出せば良い。



私はまた、本の世界に閉じこもった。




そして、その時を迎える。



部屋で本を読んでいると、突然、声が響いた。


——かわいそうに。お前はひとりになってばかりだな。


聞き慣れない声に驚き、部屋の中を見回す。


「誰っ!?」


しかし、誰の姿もない。



——お前を、『救済』してやろう。


その声は、私の頭の中に直接語りかけているようだった。


「きゅう、さい? どういう、こと?」


——お前の魂を肉体から解放し、自由にしてやるのだ。


「えっ……それって……」


——さあ、行くがよい。



その言葉を最後に、私の肉体の意識は途切れた。




長い間、さまよっていた。


私の意識は中空を漂い、暗い海に沈んでいた。



そこには、大勢の人々が同じようにいた。



ある者は、戸惑い。


ある者は、嘆き。


ある者は、怒り。


ある者は、恨み。



共通していたのは、強い負の感情。



彼らは世界から疎外され、迫害され、排斥された人々。



私も、そんな彼らの一人として、漂っていた。



例外はないように。



定められていたように。



私も、強い負の感情に囚われていた。



それは、愛憎。



どうして、あの時、私を見捨てたのか。


どうして、あの時、私を裏切ったのか。


私の中にあった暗い気持ちが、増幅されていった。



憎い。彼が憎い。


私を見捨て、裏切った彼が。


私を見ずに、愛してくれなかった彼が。



でも、愛しい。


彼が愛しい。彼に私を見て欲しい。彼に私を愛してほしい。



彼がほしい。


彼とつながりたい。


彼と一緒になりたい。



私の中で、彼への思いはどんどん大きくなっていく。



もはや、識音という存在は、私の意識から完全に消えていた。


私が我慢することなんかない。


私は——



そして、その空間に、穴がひとつ開いた。



空間の中にいた人々が、一斉に穴へと大挙する。


私も当然、穴へと向かった。


穴の先には、懐かしい気配と、親しんだ感情があった。



ああ、彼女も。


彼女も、私と一緒なんだ。


彼女も、彼の事が。



そして、私と彼女は、ひとつになったのだ。




ミネルバであり、風理でもある。それが私。



私は、勇悟の成長した身体を抱きしめた。


彼は私を受け入れてくれている。



ゆっくりと顔を近づけていく。


ああ、久しぶりに見る彼の顔は、相変わらず。



優しくて、かっこよくて。


好き。


大好き。



私の心に彼への思いが溢れ出し、もう歯止めが効かない。



彼の乾いた唇に、唇を重ねる。


彼とつながった気がした。



彼の口の中に舌を差し込む。


彼は一切抵抗しない。私の舌を受け入れてくれる。



次第に、クチュクチュと音が大きくなる。


彼の舌に、私の舌を絡める。



超、おいしい。



同時に、彼に魔法を発動する。


それは『魅了』。そして『隷属』。


口を通して、彼に私の『愛の力』を流し込む。



彼はもう抵抗できない。


彼のそばには、もう誰もいない。


彼の体内に、私の『愛の力』が流し込まれていく。


彼の中が、私で満たされていく。



口を離して、彼を見つめる。彼は頬を上気させて私を見てくれている。


「もう、見捨てないでね。勇悟。」


私は、彼に呪縛をかけた。



「ああ……わかったよ。」


彼が私を抱きしめ返してくれる。



ああ、嬉しい。


やっと。


やっと一緒になれた。



彼は私の耳元で囁いた。


「君を、君だけを護る(・・)よ。風理。」



そして、私たちは、ひとつになった。


読んで頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ