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スラム:表

その後、ディーナとエルサを伴って街を歩いた。


ぶらぶらとショッピングを楽しみ、エルサの日用品を買い揃えつつ、王都を観光した。途中、青果店の前を通るとエルサの目が果物に釘付けになったので、いくつか買い溜めておいた。


【アイテムボックス】では、時間の進みが極端に遅いようだ。屋台で買った肉串を入れておいたら、翌日取りだしてもまだホカホカだった。便利なスキルだ。


その他にもパンや水、塩や油、野菜や肉を買い込んでおいた。いざという時のために貯えは多い方が良いだろう。


ミケーレさんにもらった金貨20枚は、そろそろ心細くなってきていた。今後のために金策も考えておいた方が良さそうだ。冒険者ギルドで受けた薬草採取の報酬は銀貨5枚。日本円で約5千円だ。宿屋一泊が、二人部屋で一晩銀貨3枚。


エルサの部屋はどうしようか、と考えながら歩いている時だった。


裏路地から小さな影が飛び出す。【気配察知】で察知していた僕は、さりげなく先に移動して二人の前に出ており、飛び出した影を受け止めた。害意は感じられなかったので、【自動防御】は発動していない。


「わぷっ……な、なんだよ! 離せよ!」


見れば背の低い少年だ。まだ10歳ぐらいだろうか。生意気そうな顔の赤い相貌が僕を睨み付けている。薄汚れたボサボサの赤い短髪と、みすぼらしい服を見る限り、貴族のお坊ちゃんではなさそうだ。


「飛び出してくるなよ。危ないよ。」


少年を窘めるが、少年は手の中でギャーギャーと暴れ回る。僕が手を離すと、少年は悪態をつきながら再び飛び出し、通りの奥に消えていった。ディーナはぽかんとしている。


そして、二人の男が同じく裏路地から飛び出してくる。こちらは少年とは対照的にそれなりの身なりだ。しかし、口から出る言葉は荒々しい。


「くそっ、どこいきやがった!」


「まだ遠くには行ってねえはずだ! 探せ!」


二人は辺りをキョロキョロと見回している。どうやら二手に別れるようだ。


ふと気づくと、僕の隣にいたディーナが不安げな瞳で見上げている。僕はディーナにうなずいてから、男達に話しかけた。


「すみません、ちょっとよろしいですか?」


すると、男の片方が僕をうっとうしそうな顔で振り返る。ジロジロと遠慮のない視線が浴びせられる。


「ああ? なんだてめえは?」


「どなたかお探しですか?」


「ちっ、てめえには関係ねえだろ。

 ……いやまて、お前、赤い髪のガキを見なかったか?」


「ああ、それでしたら、あちらに駆けていきましたけど、彼が何か——」


と、僕が少年が駆けていった方とは逆の方向を指し示すと、男達は礼も言わずにそちらへと走り出した。


ディーナを振り向くとニコニコとしていた。僕も微笑みかける。エルサは相変わらずの無表情だったが、通りに消えた少年を気に掛けているようだった。


「エルサ、彼を知っているの?」


「……知らない、けど、たぶん、スラムの子、だから。」


「スラムか……」


エルサは元々はスラムの出だ。その事は、エルサと話している時に彼女から聞いた。同じスラムの子という事で、気になったのだろう。


僕はエルサに微笑みかけると、少年の消えた方角へと歩き出した。そちらは王都の暗部であるスラム街へと通じる。


少年を助けたのは、単なる気まぐれ。あるいは、幼い頃から僕の中に確かに存在するちっぽけな正義感。もしくは、ディーナへの見栄。



しかし、彼の目を僕は知っている。



何者も信じられない。味方は誰もいない。


それは、意固地になった僕の顔。


自分は一人だと思い込んでいた僕の顔だった。




スラムは暗澹としていて、まだ昼を少し回った程度だというのに薄暗い。


辺りは饐えた匂いと、排泄物の匂いが渾然一体となっており、顔をしかめる。


通りの端には浮浪者と思われる人々が座り込み、皆一様に暗い表情だ。



ここは、王国の影の部分。


王国の長い栄光の歴史の中で、迫害され、家を失い、働き口もなく、日々の糊口を凌ぐのにも苦しむ人々の姿だ。


賢王として名高い現国王ベルナルド=ビアンコは、このスラムの存在を憂慮し、改善に着手しているらしい。炊き出しを行い、簡易住処を与え、仕事を与える。しかし、それは今のところ大きな成果が見られていない。確かに一部の者は救われたが、スラムの人口に対して明らかに供給が不足しているようだった。


これにはいくつかの原因があった。そもそもスラムの人口が多いという事。貴族の反対派が一定数おり、圧力を掛けているという事。一部の金を懐に入れている貴族がいるという事。そして、王国が最近、帝国という外圧に晒されており、内政に掛けられる予算がそう多くはないという事。


新興国であるが勢いのある帝国は、表向き王国とは貿易関係を結んでおり、平和を望んでいるように見せているが、裏を返すと軍備を増強し、侵略の準備を進めているという噂がまことしやかに民の間で流れている。


汚職を行う貴族を断罪しようにも、彼らは一様に表面を取り繕うのがうまく、尻尾を掴ませない。先日逮捕されたゴルドーニ伯爵は氷山の一角に過ぎなかった。


王国は、肥大化した自身の身体を、支えきれなくなりつつあったのだ。



そんな事情を宿屋での世間話や、ディーナから聞いていた。スラムを眺めつつ、二人を連れて歩いて行く。


場違いだというのは理解している。周りの無気力な視線が突き刺さるが、無視しながら【気配察知】で先ほど出会った少年の気配を追いかける。


ディーナは道ばたの彼らを見て悲痛な表情になっている。奴隷だった頃の自分を重ねているのだろう。つないでいる右手を引き寄せ、身体を寄せつつ歩く。


エルサは無表情の仮面の下に、懐かしさとわずかばかりの諦めをにじませていた。


僕達が彼らに出来る事は目の届く範囲だけ助ける事だけだ。しかし、一度助けても二度目はなく、その範囲も狭い。結局、王国がやっている事と何も変わらない。下手な同情は絶望しか生まないのを理解していた。


僕達は無言でスラムを進んでいく。




懸念していた通り、柄の悪い男達が現れて、僕達の行く手を遮った。ディーナ達を下がらせて対峙する。


「おいガキ。女二人連れで随分と良いご身分だな。」


僕は、穏便に済ませるために、できる限り感情を出さないようにして答える。


「すみませんが、通して頂けますか。何か気に障ったなら謝ります。」


それを聞いた男達は一瞬呆気にとられたあと、大声で笑い出した。


「ガッハッハッハ! 謝るだあ? なんとも腰抜けだぜ!」


「僕はあなた達と争うつもりはありません。この先に用があるのです。」


すると、男達の先頭にいた禿頭の男が笑うのをやめ、鋭い視線をぶつけてくる。


「お前みたいなガキが、この先に何の用があるっていうんだ?」


「それは……」


僕がどう説明しようか逡巡したその時。



「ぐっ!」


突然、禿頭の男が頭を抱えて苦しみだした。


「うっ!」「ぐがっ!」「ぎゃっ!」


同じように後ろにいた男達も苦しみだした。


何が起きているのかわからず、何らかの攻撃を受けているのかと周囲を警戒していると、急に【自動防御】が発動し、僕はバックステップで後ろに下がる。


悶えていたはずの禿頭の男が急な動きで剣を抜き、僕に攻撃を仕掛けてきた。


続けて攻撃してくる男の剣を躱していると、さらに他の男達も得物を抜き、僕に攻撃を仕掛けてくる。


「待ってください! 争うつもりはないです!」


剣を躱しながら呼びかけるが、男達はブツブツ言いながら僕に攻撃を続けてくる。男達の目は焦点があっておらず、様子がおかしい。


このままでは後ろにいるディーナ達にも危険が及びそうだ。


仕方なく反撃する。禿頭の男の懐に飛び込むと、男に手加減したボディーブローを叩き込む。手加減しているとはいえ、肺の空気が吐き出され、それなりに苦しい攻撃だ。まともな人間なら、それで動けなくなるはずだ。


「なっ!?」


男は身体をくの字に曲げ、その場にうずくまるも、すぐに立ち上がって再び攻撃を繰り出してきた。



僕が呆気にとられていると、その隙に男達の一人がディーナに斬りかかった。



瞬間、剣閃。



僕は腰に下げていた魔鋼のショートソードを抜き放ち、居合いの要領でディーナに斬りかかっていた男の片腕を切り落とした。



いい加減にしろ。



「ぎゃああああああ!!」


腕を切り落とされた男は痛みに耐えきれずに絶叫を上げ、腕を押さえながらその場にしゃがみ込んだ。切断箇所からは、赤い血がどくどくと噴き出している。


すると、様子のおかしかった男達の目に、ふっと明かりが戻り、腕を切り落とされた男と、僕の姿を交互に見る。


「ひ……ひでぇ、いきなり腕を切り落としやがった」


「用を聞いただけで、なんでこんな仕打ちを……」


「いてええ! いてええよおお!!」


男達は怯えた様子で僕を見る。その間も、しゃがみ込んだ男の叫び声がスラム街にこだましている。


「えっ……あなた方がいきなり襲いかかって——」


「ひっ……ち、近寄らないでくれ!」


僕がそう言って男達に一歩近づくと、禿頭の男が顔を青くしながら下がった。


男達の内の一人が、腕を切り落とされた男に近づき、男の腕を支えて立ち上がらせる。


「あ……待って、ポーションを……」


僕がアイテムボックスから取りだしたポーションを差し出すが、男達は僕を見もせずに逃げ出した。支えられている男もうめきながら逃げていく。


後には、僕とディーナ達が残された。



と、そこで、僕の【気配察知】は先ほどまでなかった気配を捉えていた。


気配の方に振り返ると、そこには先ほどの赤髪の少年がいた。



少年は白い顔で唇を震わせている。


僕を見て怯えているようだ。



「き、君……」


僕が呼びかけると、ビクリと身体を震わせた。



「なあ、ち、違うんだって……」


僕がそう言って、一歩踏み出すと。



「く、くるなよお!」


少年は目に涙を浮かべながら一歩下がる。



僕がたじろぎ、何も言葉を発せないでいると、少年は踵をかえして走り出した。


僕は少年を追いかけようとしたが、その腕をディーナが掴む。


「ユーゴさん……今追いかけても怖がらせてしまうだけですよ……」


「そ、そんな……」


「わかってます。ユーゴさんは別に悪くありません。」


「ん……ユーゴ、あり、がと。」


振り返ると、エルサが僕の服の裾を掴んでいた。無表情な目で見上げている。



「うう……僕は、ただ、護りたかっただけなんだ……」


僕のうめき声は、スラム街に虚しく響いた。


読んで頂きありがとうございました!

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