となりに:裏
「うーん、エルサちゃんを連れて行ってくれるのはよかったけど……」
私は普段あまり使わない頭を使って唸り声を上げている。
「ミネルバ様、まだ考えてたんですか? 無理ですよ。勇悟殿とディーナ殿の仲は深すぎます。他の人が入る余地はありません。見てください、あの様子を。」
【遠見の鏡】の中では、服飾店の店内で勇悟君がディーナちゃんを抱き寄せていた。二人のあまりにも堂に入ったイチャイチャっぷりに、店内の客達は唖然としている。店員も声を掛けるわけにいかず、引きつった笑顔を浮かべている。
その甘い様子を私はしばし注視していた。彼に抱きしめられる自分を想像して、少し口元がだらしなく緩んだ。
「……はっ、いけないいけない。」
じゅるり、と滴る口元を拭ってから、エルサの様子を見る。彼女は甘い空間に入り浸る二人を見て立ちつくしている。
「うう……エルサちゃんがかわいそうよ。勇悟君ったら、二人とも愛してあげるくらいの甲斐性はないのかしら。」
「一夫一妻制の日本からやってきた彼には、なかなか難しいでしょうね。」
そう、何が問題なのかと言えば、彼は愛すべき人が一人でないといけないと思い込んでいる点なのだ。異世界『スタジオーネ』では一夫多妻制が当たり前だし、強い男は複数の女性を娶る義務がある、とさえ言えるのだ。
彼の常識を打ち破る必要がある。
それには、なにか『きっかけ』が必要だった。
「うーん……なにか、いいアイデアは……」
「はあ。仕事もこのぐらい真剣に取り組んでくれるとありがたいのですが。」
ため息をつくソフィア。仕事は仕事。恋は恋なの。
「大体、『スタジオーネ』の事ばかりで、他の世界はどうなってるんです。ユーピテル様だって、伊達や酔狂でミネルバ様に世界を任せてるわけじゃないんですよ。他の世界の管理だって重要な仕事なんですからね。」
「うるさいわねー。わかってるわよ。」
唇を尖らせながら思考を中断する。確かに、他の世界は最近疎かになっている。基本的には見守るだけなのだが、時折、循環できない魂が発生してバランスが崩れていたり、人類の存続の危機ともいえるような問題が起こる事がある。
私は、管理している世界を順番に眺めていった。
うん、『おとぎの国』は問題ないわね。少し鬼が増えてるから、鬼退治をするように神託しておこうかしら。
『不思議の国』、あらやだ女の子が紛れ込んでるわ。しかも女王の玉座の前で裁判に出席してる……って、危ない、トランプ達が!……ふう、これでよし。
一つ一つ世界の様子を確認していく。まあ、多少問題はあったけど、大した事なかったわね。
そして、最後の世界に取りかかる。
そこは、私が最も好きな世界。
地球のある世界だ。
◆
私が地球世界の管理を任されているのには、事情がある。
そもそも、地球世界というのは数多ある世界の中でもかなり特殊な世界だ。
人類という高度な知的生命体がいて、独自の文化を形成している。
彼らは、『宗教』という考え方を生み出した。
自然現象や天変地異に理由を求め、そこに超常的な存在を当てはめた。
人類のルーツや、世界のルーツをそこに求めたのだ。
結果として、彼らは一柱の『神』を生み出したのである。
そう、文字通り、それは『神』だった。
彼らの想像力は、地球上に漂う魔力を媒介として、超常的な存在を顕現させた。
生まれた『神』は、地球を管理しはじめた。
私たち、本来の神のように。
しかし、私たちからすれば、『神』も管理対象に過ぎない。
私たちは『神』にコンタクトをとったが、彼は自分の上にさらに神がいる事を理解しなかった。いや、理解しようとしなかった。
『神』が存在して地球を管理する以上、私たちは簡単には手出しできなくなった。彼と仕事がぶつかる可能性があり、もし万が一ぶつかると人類に途方も無い被害が発生する事が容易に想像できたからだ。
そうして、地球世界は付かず離れず、『神』の仕事を見守るという管理を行うのみとなった。手出しはしない。それが私たちの決まり事となった。
そんな『見るだけ』の管理業務は、新神にはうってつけだった。
『神』の様子を監視して、問題が起きたら報告する。
それを忠実に守っていれば良いからだ。
新神である私は、こうして地球世界の管理を任されたのだ。
◆
地球を見ていたら、見慣れないシミがあった。
「あら? このシミは一体なにかしら?」
ソフィアも私と一緒に地球を覗き込む。
「ホッホウ……何でしょうね、これは。私の知識にはありませんが……。」
シミは、私の最も好きな国、日本から漏れているようだった。
日本は経済が発展し、社会が成熟し、高齢化が進み、少子化が進み、世界でも類を見ないほど安定しているが、同時に問題を多く抱える不安定な国でもある。
地震に多く見舞われ、台風は列島を横断し、活火山も多く、地脈が集中するパワースポットとして、魂が集まりやすい場所でもある。
その黒いシミは、ぐねぐねと不定形に蠢いているようだった。
どうみても、何かの穢れた存在である。
ユーピテル様には勇悟君のことで散々迷惑を掛けた後だったので、ユーピテル様に相談する前に、まずは自分で解決してみようと考えた。
女神として『スタジオーネ』を含む数々の世界を管理できていたし、自信があった。『監視するだけ』なんて、つまらないじゃない。
それが間違いだったのだ。
◆
私は、シミの正体を探るため、神様パワーこと神力を使って解析を試みた。
神力は、神のみが持つ力であり、『神の奇跡』の源となるものだ。神界や管理世界の中であれば、いかなる現象も起こすことができるが、大きな現象の発生には大きな神力が必要となる。魔力も似たような性質を持つが、あちらはもっと効率が悪い。魔力が100必要とするところを、神力なら1で済む。
神力は神の体内から生まれるもので、自然には存在しない。管理している世界が多ければ多いほど、体内の神力は増え、起こせる奇跡は多彩になる。
シミを解析していると、それは突然起こった。
「きゃああああああああ!!」
「ミネルバ様!?」
私の身体の中を、何か良くないモノが駆け巡る。
それは、解析のために開いた回路を通じて送り込まれているようだった。
朦朧とする意識の中、回路を閉じようとするが、送り込まれてくる何かの勢いは増していく一方で閉じる事はできない。
『良くないモノ』が、私の身体を蹂躙していく。
腕に、脚に、腹に、背に、胸に、頭に。
もはや、手も足も動かせない。
呼吸もままならない。
「ミネルバ様! ミネルバ様ぁぁ!!」
ドックンドックンと鼓動が早まる。
ビクンビクンと身体が震える。
——そして、私の身体は、満たされた。
◆
ああ、そうか。
そうなんだ。
私の中にくすぶっていたもの。
彼が他の女の子と仲良くしている。
それは、嫉妬。
彼と一つになりたい。
それは、色欲。
彼を独り占めしたい。
それは、強欲。
彼以外のための仕事はしたくない。
それは、怠惰。
彼と一緒に好きな物を食べ尽くしたい。
それは、貪食。
私を見ない彼が気にくわない。
それは、憤怒。
私は女神様なんだから。
それは、傲慢。
何で我慢していたんだっけ?
◆
「ウフ、ウフフフフフフ」
「ミネルバ……様……?」
「なあに? ソフィア?」
「だ、大丈夫ですか?」
「ウフフ、なにをいってるの? 私なら大丈夫よ?」
「な、何か地球から流れてきていたような……」
「大丈夫だってばあ」
「……ユ、ユーピテル様に連絡を——」
ウルサイ、トリダ。
「ぎゃっ!?」
「あらあら、ソフィアはちょっとおねむみたいね?」
「ミネルバ様! 目を覚ましてください! ミネ——うぅ……」
「『惰眠』——ウフフ、静かに寝てましょうね?」
さあて、勇悟君を助けなくっちゃ。
私だけの『主人公』として、まだまだやってもらいたい事があるしね。
私に振り向いてもらえるようにがんばらないと。
彼の隣にいられるのは、私だけなんだから。
うふふ、待っててね。勇悟くぅん。
読んで頂きありがとうございました!




