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となりに:表

そして、エルサは無表情のまま、涙を流した。


「ユー、ゴ……」


彼女は、おずおずと手を伸ばし、そして僕の手をとった。


きっと彼女は今、自分と闘っているのだ。無表情の後ろには、しくしくと泣いている少女の姿が見えた。僕は、彼女を『護る』と決めた。彼女の笑顔を取り返すと決めたのだ。僕は、彼女の『勇者様』なんかにはなれない。でも、できる限り、彼女の側にいてあげようと思った。護りたいと思った。



ディーナは、救護室を飛び出したエルサを見送った僕に、こう言った。


「ユーゴさん……彼女の事、救ってあげてください。」


「私には聞こえました。エルサさんはユーゴさんの事を嫌ってなんかいません。彼女は、ユーゴさんに助けを求めていました。」


「私にはユーゴさんがいました。……でも、彼女には誰もいないんです。ひとりぼっちなんですよ。」


「ユーゴさん、行ってあげてください。」


そう言って、ディーナは僕の背中をポンと叩いた。彼女の顔を見ると、彼女は僕の顔を見てうなずいた。そこには、不安の影もない。あるのは、信頼。そして、僕は走り出したのだ。



エルサは、握った僕の手をまじまじと見つめる。


確かめるように。


慈しむように。


救いを求めるように。



僕は、そんな彼女の手を強くひっぱり、彼女の身体を引き寄せた。


「あ」


小さく声を漏らす。彼女の小柄な身体は細かく震えている。


彼女は、ゆっくりと顔を上げて、僕を見上げる。蒼い三白眼が潤んでいる。小さな唇を震わせながら、途切れ途切れしゃべる。


「ユーゴ……一緒に、いきたい。」


「うん。一緒にいこう。」


「特別じゃ、なくてもいい。……お姫様じゃ、なくても……いい。」


「……うん。」


「となりに、いたい。」


そう言った彼女の無表情には、確かに感情があった。




それから、僕はエルサを連れて詰め所へと戻った。


エルサは僕の左手を握っている。僕はその手を握り返す事はできない。左手に握力がない事を説明したが、ふるふると首を振って「これで、いい」と言った。


ディーナは、そんな僕とエルサを見て柔らかく微笑んだ。そして、同じように僕の右手をつかむ。僕はしっかりと彼女の手を握り込み、彼女に微笑み返した。



僕の左手、僕の右手、『スタジオーネ』にやってきた時に空っぽだった手は、今や二人によって塞がっている。


傷を残した左手は、エルサによって。


血に汚れた右手は、ディーナによって。



僕を構成する、過去の罪(ひだりて)未来の罰(みぎて)


今後も消える事はない。


向き合わなければならない。


しかし、僕は一人じゃない。


両手をにぎってくれる、彼女達がいるから。



三人で、ゆっくりと歩き出す。



あの時、僕の手を握ってひっぱってくれた彼女。


あの時の僕は、一人じゃなかった。


でも、僕はその事に気づくことはなかった。



あの時、僕から離れないと言ってくれた彼女。


あの時の僕も、一人じゃなかった。


でも、僕はその事から目を逸らし続けた。



彼女は今、どうしているんだろうか。


彼女は今、誰かが隣にいるんだろうか。



自分が一人じゃない事に気づいた時。


そんな事を考えた。




「おう、ちょっと見ない間に両手に花か。隅に置けないな、ユーゴ。」


警備隊長のジョットが僕達を見るなり、無精髭をこすりながらこう言った。


「からかわないでくださいよ、ジョットさん。」


「はっはっは。お前には散々驚かされたからな。少しは仕返しせんとな。」


快活に笑うジョットは、優しそうな目で僕と彼女達を見た。


「よし、じゃあ後始末といくか。……といっても、話は大体聞いたが、一応もう一度正式に話してくれるか。あと、エルサ、だったか? 君の話も聞いておきたい。」


「わかりました。」


「……ん。」


僕とエルサがうなずくと、ジョットは警備兵を呼び出して僕達に事情聴取した。僕は昨日の説明を繰り返す。エルサは別室に連れて行かれた。彼女は去り際に不安そうな目で僕を見たので、大丈夫だとうなずいてあげた。彼女とは魂のつながりはないが、【気配察知】で常に彼女の様子は把握している。


隠れ家を見つけた方法について、『エルサの気配を追いかけた』と言ったところ不思議そうな顔をしていたので、そういうスキルだと説明すると納得したようだ。スキルの詳細は聞かれなかった。【気配察知】はそれなりに使い手がいるのかもしれない。


20人を叩きのめした話をする。体術だけで制圧した、と説明したが信じられないようだ。ジョット以外の警備兵達は怪訝な顔をして、半信半疑といった感じで顔を見合わせている。


「実演しましょうか?」


と、僕が提案すると顔を青くする警備兵達。僕が鉄格子をひん曲げたのを見ていたらしい。ジョットが頷いたので、立ち上がって昨日の動きを再現する。パンチ、キック、と演舞する。拳は空気を裂き、蹴りは轟音を立てた。


今度は逆に目をキラキラして僕を見る警備兵達。ジョットも拍手してくれた。


「ううむ、かなりの動きだな。……ユーゴ、やっぱり王国に仕える気は……」


「ありません。」


と、首を横に振った僕に、ジョットはため息をついた。


「ふむ、惜しいな。惜しいが、仕方ないか。……そうだな、では模擬戦はどうだ? ユーゴほどの強者と戦う機会はそうはないからな。」


「それくらいでしたら……」


僕が答えると、ジョットは顔を明るくして、周りの警備兵達を見回す。


「よし、誰か挑戦したいものはいるか!」


しかし、誰も手を挙げない。押し黙って目を逸らしている。


ジョットはそんな彼らの様子に無精髭をこすり、しばし思案顔になると、ニヤリと笑ってこう付け足した。


「ふむ……では、もしユーゴに勝てたら、俺の娘に紹介してやろう。」


すると、一部の男達がバッと顔を上げて、ものすごい勢いで手を挙げた。皆、鬼気迫る勢いで、目が血走っている。


「はっはっは。独り身のやつばっかりだな。だが、俺の娘は安くないぞ。……ユーゴ、手加減してやるなよ?」


そして、ジョットはニヤリと僕に笑いかけた。




キン、キン、と剣戟の音が鳴り響く。


きらめく剣閃が縦横無尽に動き回る。


ひとり、またひとりと数を減らしていく。



今、僕は王都内の訓練場にいた。


周りには、先ほど手を挙げた警備兵達。全員を一人で相手していた。手には刃を潰した訓練用の剣。しかし、鉄の塊であり、当たればそれなりに危険な代物だ。


警備兵達は必死な形相で飛びかかってくる。僕はジョットさんに言われた通り、容赦なく彼らを捌いていく。【高速思考】によって加速された思考の中で、【気配察知】と【見切り】が彼らの位置と太刀筋を教えてくれる。スッと身を引くと、紙一重の位置を剣先が通り過ぎていく。


剣道の構えを解かずに『小手』を入れる。彼らもしっかりと防具を着込んでいるので、多少手荒にしても大丈夫だろう。小手を打たれた男達はうめきながら剣を取り落とす。背後から振り下ろされた剣を見もせずに躱す。驚愕の表情をはりつけた男を後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。


最後まで立っていた男が斬りかかってくる。剣道の動きで相手の剣を巻き込むと、相手の持っていた剣は空高く飛んでいった。そのまま『面』を決めると、男はその場に崩れ落ちた。


「ふう……」


剣道の習慣から、蹲踞(そんきょ)して(しゃがみこんで)、中段に構えた剣を納刀する。右手しか使えないので、右手の中で剣を半回転させて帯刀姿勢をとる。立ち上がると、一歩下がって立礼する。


すると、パチパチと背後から手を叩く音。振り返ると、ディーナとエルサだった。


「すごい! すごいですっ! ユーゴさん!」


「つよ、い。」


パッと花が開いたような笑顔と、対照的な無表情。彼女達の無邪気な様子に、思わず頬が緩む。


「うーむ、こうも簡単にやられてしまうと、我々の立場がないんだがな……」


と、髭をこすりながら、少し困り顔のジョットも側にいた。


「あはは……」


照れ隠しの愛想笑いをしながら、彼らに近づいていく。



瞬間、僕の【自動防御】が発動し、背後からの不意打ちを感知してサイドステップで回避する。【気配察知】は近づいてくる気配を捉えていた。振り向きつつ、右手に帯刀していた剣の持ち手を反転させ、居合いの要領で抜刀しつつ、相手の首に切っ先をつきつける。


「なっ!?」


そこには赤い鎧を身につけた男が剣を振り下ろした恰好で目を丸くしていた。


「どちら様ですか?」


剣をつきつけたまま誰何すると、男は冷や汗を流しながらふてぶてしく笑った。


「くっ……は、ははは、や、やるじゃねーか。坊主。」


「……ブルーノ殿、いったい何の真似ですかな?」


ジョットが赤い鎧の男を睨み付けながら言った。ジョットが僕を見て頷いたので、僕は剣を下ろした。


「ふん……ちょっと、噂を確かめにきただけだ。一人で『掃除屋』の残党どもを全滅させた、とかいう、眉唾のな。」


「馬鹿な事を……。それは紛れもなく事実です。そこにいるユーゴという少年は、20名を相手にしても、傷ひとつ負わぬ手練れ。それも、体術だけではなく剣技も一級……いや、騎士団の団長殿に勝るとも劣らぬと私は見たが。」


それを聞いたブルーノは、大声で笑い出した。


「カッハッハッハッ!! 団長に勝るだと? 傑作だな! あの化け物に勝てるやつなんているわけねーだろ! ましてや、こんなガキが……プッ」


ブルーノは僕を見て吹き出す。僕は、彼の様子を無感動に眺めていた。特に言い返す事もない。怒る事もない。卑屈になる事もない。必要がないからだ。


【鑑定】で見てみると、一番高い【片手剣技】でさえ、スキルレベルは3だ。もちろん僕のスキルはミネルバ様に頂いたものだから、傲るわけにはいかないが、それでも彼の立ち居振る舞いは、剣道の師範に比べるまでもなかった。


彼の人を見下し、小馬鹿にするような視線には見覚えがある。しかし、僕の心はもう動かない。動かされない。自分を犠牲にした贖罪はもうやめたからだ。ディーナに諭され、エルサを助け、僕は二人を『護る』ことで彼女への贖罪とすると決めていた。過去を見るだけではなく、未来を見ようと決めたのだ。


そんな僕を見ると、ブルーノは面白くなさそうな顔になった。


「ちっ……生意気なガキだぜ。……ふん」


ブルーノは捨て台詞を吐いて、踵を返すと訓練場を出て行った。




ジョットに謝られたが、彼には何の非もないので固辞した。ディーナは、ブルーノの失礼な態度に少し怒っていたようだが、僕が気にしてないと言うと矛を収めた。エルサは相変わらず無表情のままだが、少し殺気が漏れている。


ブルーノは王国騎士団所属の騎士で、子爵位を持っている。親はすでに鬼籍に入っていて、騎士団には親の七光りでコネ入団したともっぱらの噂らしい。手が早く、トラブルが絶えない。派手な赤い鎧は別に騎士団の指定のものというわけではなく、彼個人の趣味らしい。


恨めしげな視線の警備兵達とジョットに見送られ、訓練所を後にした。



二人と手をつないで街を歩く。


エルサにも服や日用品を買ってあげる事にした。『掃除屋』の拠点には、多少の着替えがあるぐらいで、私物は特になかったらしい。


以前、ディーナの服を買った服飾店に三人で入ると、前にも対応してくれた店員が笑顔で迎えてくれた。エルサに服を選ぶように促すと、無言でうなずいて店の奥に駆けていく。相変わらず無表情だが、どうやらはしゃいでいるようだ。


僕が無表情な彼女の感情を察する事ができるのは、どうやら【気配察知】のおかげのようだ。彼女のわずかな感情の揺らぎが気配にも反映され、その小さな機微が伝わってくる。



微笑ましい彼女の様子を見守りながら、僕とディーナも店の中を見て回る。


「ディーナ、ありがとう。」


「いきなりどうしたんです? ユーゴさん」


「エルサを認めてくれた事だよ。……なかなか、二人きりになれないしね。」


「……ふふっ、大丈夫ですよ。ユーゴさんの右手は私のものですから。」


ディーナはそう言うと、右手をつないだまま身を寄せ、体重を預けてきた。甘えているようだ。彼女の体温を感じながら店内をゆったりと歩く。


「でも、やっぱり……少し、寂しいかもしれないです」


思わず彼女を見ると、彼女は上目遣いで微笑んでいた。きゅっと胸が締め付けられ、彼女をそっと抱き寄せた。頭を撫でると、彼女の猫耳がピクピクと震えた。彼女は僕の胸に顔を埋めている。


時間がゆっくりと流れる。店内の喧噪が遠くなる。


「うぅ……ユーゴさんの匂い、好きです……」


「僕も、ディーナの髪の匂いが好きだな。」


ディーナの頭に顔を近づけてうずめると、彼女はあわあわ言って身じろぎした。石けんの香りと、彼女の甘い匂いがないまぜになった刺激的な匂いだ。



「…………」


気が付くと、エルサが僕達の様子を見ていた。手には可愛い服を何着か持っている。ピンク色やフリルが付いているものが多い。


僕はディーナと身を離すと、エルサへと向き直った。


「エルサ。服は選べた?」


エルサはこくりと頷くと僕の左手をとった。僕は柔らかく微笑んでから、エルサの手を引いてレジへと向かう。


ディーナは、何も言わずに僕の後ろをついてきてくれた。


読んで頂きありがとうございます!

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