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勇者様:裏

ディーナちゃんと帰路につく勇悟君を見守りながら、私はエルサと名乗った少女の過去を『アカシックレコード』で調べていた。


どうして、彼女のような人格が形成されたのか興味が生まれたからだ。今までの私は、そもそも個々の人間に興味を持ったことなどなかった。勇悟君に対しても『主人公』としての役割を求めていただけだったから、過去を調べるという発想はなかった。


アカシックレコードには、人々の過去だけではなく未来も記載されている。おおよそ人の自由意思と呼ばれるものは、電気的な信号で行われる物理現象でしかなく、一部の上級神からすれば十分に予測可能なものだからだ。ただし、そこに神の介入は考慮されていない。神が介入した時点で、その次元の全ての未来は再計算が必要となる。よって、私が介入しまくっている『スタジオーネ』に関しては常に未来が空白のままだ。


エルサの過去を読み進めると、そこには夢見がちな少女としての過去と、人を殺せない暗殺者としての過去を持つ彼女の姿があった。


勇者様の迎えを待つお姫様。


叶うはずのない夢を持つ彼女の姿は、私と重なって見えた。



勇悟君が蘇ってから、私はユーピテル様に何度も何度もお礼を言った。


ユーピテル様は『これに懲りたら、もう無茶な真似はしないように』と仰ったが、私はもう勇悟君をどうこうするつもりは無かった。気が付けばユーピテル様まで彼に加護を与えていたし、もう私が何もしなくても、彼はきっと大丈夫。あとは見守るだけでよい。


人と神の恋の物語は例を挙げれば枚挙に暇がない。かの有名なヘラクレスは、神であるゼウスと人であるアルクメネの子供だ。


しかし、所詮は創作。実際には神に生殖機能はない。そもそも、管理者であるべき神が、管理対象である人と生身で接触する事自体が許されないし、許されるべきではない。誰が許さないか、といえば私たち神自身であり、私たち神の住む神界のさらに上におわす原始の神々でもある。


私は彼に触れるつもりはない。人の恋と、神の恋は違うのだ。


そう、言い聞かせた。



しかし、一方で、そんな私を嘲笑う自分もいる。


「どうせ神失格なのだから、神のルールなど知ったことではない」


「自分の欲望に素直に従えば良い、彼ならきっと受け入れてくれる」


「どうして神である私が我慢しなくてはならないのだ」


そう、囁くのだ。



私は、どうすればよいのだろう?




助手の会合に行っていたフクロウがのんきに帰ってきた。彼らは数日かに一度、そうした集まりを催す。きっと上司の愚痴を言い合ってるに違いない、と私は考えている。ソフィアもさぞかしスッキリした事だろう。


「ミネルバ様、アカシックレコードで何を調べてらっしゃるんです?」


「んー、ちょっとね。あのエルサって子の過去を調べてたのよ。」


すると、ソフィアは眉をひそめる。鳥の顔で器用なことね。


「もうミネルバ様にはいくら言っても遅いですが……。アカシックレコードは神々の叡智。私的な事柄に使うのは良くありませんよ。公私混同が過ぎます。」


「いいのよ。管理業務の一環なんだから。ユーピテル様の命令のためでもあるしね。」


「はあ、屁理屈が上手くなってきましたね……。」


勇悟君に悪い虫がついては困る。全ては命令遂行のためなのよ。そうなのよ。



「それにしても、あのエルサって子、私に似ているわ。」


「どこがです? 似ても似つかないと思いますが。似てるのは青い目ぐらいじゃないですか?」


「外見の話をしてるんじゃないのよ! 中身の話よ。」


「ええ? それこそどこが似てるというんです? 彼女に失礼です。」


「どういう意味よ!」


この鳥、日を追う毎に口が悪くなってる気がするわ。誰に似たのかしら。


「あの子、勇悟君に憧れてるみたいなの。」


「ホッホウ……それはまた、難儀なことですね……。」


「そうよね……。勇悟君とディーナちゃん、もはや魂のレベルでつながってるからね。」


考え込む私に、ソフィアがポツリと漏らす。


「それにしても、複数の異性に好かれるとは、勇悟殿はミネルバ様が前に仰ってた『はーれむ』モノの主人公のようですね。」


「その手があったかーっ!!」


ガタッと立ち上がる私。驚いたソフィアが羽をばたつかせた。


「そうよ、『はーれむ』よ! 一夫多妻制よ! 男のロマンよ!」


「ミネルバ様は男ではなく女神様だったような気がしますが……」


「細かい事はどうでもいいのよ! 勇悟君には皆に愛を振りまいてもらうのよー!!」


そして、私をその末席に……おっと、いけないいけない。


「こうなったら、あのエルサって子を応援するのよ!」


「はあ……結局こうなるんですか……」



私の、新たな目標が定まった。




エルサは、勇悟とディーナが帰ったあと、警備隊の詰め所にある救護所のベッドで寝かされていた。


周りには誰もいない。彼女は無表情で天井を見ながらブツブツと呟いている。


「……助けてもらっちゃったよぉ……。ユーゴ……勇者、様……。」


すると、急にガバッとうつぶせになって、枕に顔を押しつけて手足をばたつかせ始める。


「あーあー! かっこよかったよぅ! うううぅ! ユーゴ! ユーゴ! 恥ずかしすぎて思わず寝たふりまでしちゃった……あぁぁぁ、お姫様だっこ、されちゃったぁ!」


辺りをはばかることなく、彼女のくぐもった幼い声が部屋中に響く。幸い、その声を聞いている者はいない。


「うう……でも……あの子……大事な人って、言ってたなぁ……。いいなぁ……。」


テンションの落差が激しい彼女は、枕を持って起き上がる。その顔は無表情のままだ。窓から射し込む月光を再現した淡い光が、彼女の白髪を照らす。


「私も……あの子みたいに……」


彼女の小さな声が、空気を震わせた。




翌朝、勇悟がディーナを連れて、警備隊の詰め所に現れた。昨夜の件を話すためだろう。


相変わらず手をつなぎ、二人だけの世界を繰り広げている。独り身の警備兵達は、そんな二人の姿を見て毒まんじゅうを食べたような顔になっている。妻帯者の警備兵達は、ニヤニヤとしている。


勇悟は気づいていないが、手をつないで歩く二人の姿はすっかり王都中の知るところとなっている。黒髪黒眼の少年が、緑髪のアニマの少女を連れて仲睦まじく歩いている様子は街中で目撃されており、甘い空気にあてられた人々が続出しているのだ。


そんな二人の『見届け人』であるエンリコが、詰め所にやってきた二人を招き入れた。


「うむ。相変わらず仲が良くて結構、結構。」


「おはようございます、エンリコさん。」


「おはよう、勇悟殿、ディーナ殿。すまんが、隊長はまだ出勤しておらん。昨晩は遅くまで後始末をしていたようだからな。話は聞いている。相変わらずの活躍だったようだな。」


ニコニコと笑うエンリコに、苦笑する勇悟。


「あはは……、まあ成り行きですよ……。中で待たせて頂いてもよろしいですか? エルサに話もありますし。」


「おお、救護室で寝ている少女だったな。事情聴取はまだ行われておらんが、なに、勇悟殿であれば構わんだろう。」


「ありがとうございます、エンリコさん。」


お辞儀して、二人は救護室へと向かった。


「まったく、仲が良すぎるのも考えものであるな。」


二人が通った後に残される独身警備兵の死屍累々に、エンリコはぽつりと漏らした。




救護室にユーゴが入っていくと、エルサはベッドからバッと身を起こした。相変わらずの無表情だが、三白眼でユーゴをジッと見つめる。


「ユーゴ。」


「やあ、エルサ。調子はどうだい?」


「ん、平気。」


「うん、よかった。これ、お見舞いだよ。」


そう言って勇悟はアイテムボックスからカットされた果物を取り出した。朝の市場で買ってきたものだ。


「ふぁぁ」


なんだか、エルサから変な声が出た。無表情だが、その目は果物の皿に釘付けになっている。勇悟が皿を動かすと、それを追って彼女の目がスススと動く。


「エルサ、果物が好物なの?」


「ん」


短く答えるが、そこには言葉にならない思いが含まれていそうだ。


勇悟が果物を彼女に与えると、一切れ目を恐る恐るといった調子で口に運んでいる。口に入れた途端、彼女の表情は動かなかったが、身体がプルプルと震えている。


そして、一切れ一切れをじっくりと味わいながら食べていく。一口食べる度に彼女はピタリと動きを止めて、ぶるりと震える。時折、変な声を漏らす彼女は、味を全身で味わうように目は閉じている。


そんなエルサの様子を、勇悟とディーナは相好を崩しながら見守った。途中で、顔を見合わせて微笑みあうのも忘れない。二人の間でのやりとりは念話で行われているらしく、もはやツーカーの夫婦のようになっている。


食べ終わると、彼女は空になった皿を名残惜しそうに見つめる。ただし、相変わらず無表情のままだ。


「おいしかったかい?」


「ん」


勇悟の問いに、こくりと頷いた彼女は、皿から目を外して勇悟を見上げる。


「ありが、とう。」


「うん、喜んでもらえたなら良かったよ。」


「ディーナ、も。ありが、とう。」


「ふふ、私は何もしてませんよ。」


「ん……」


エルサは、ディーナをじっと見つめた。そして、勇悟とつないだ手を見つめて俯いてしまった。


「ねえ、エルサ。……もし、君が良ければ、なんだけど。」


「……?」


ユーゴの声に首を傾げながらユーゴを見つめるエルサ。蒼い瞳が彼の目を捉える。


「僕達と一緒に、こないか?」


「……っ、…………。」


エルサは無表情を崩さないまま、ユーゴの言葉に瞳をかすかに揺らして、声にならない声を出した。俯いてプルプルと震えだした。


「エルサ?」


いきなりベッドを出てガバッと立ち上がるエルサ。そのまま、何も言わずに走り出して救護室の外に飛び出した。勇悟とディーナはそんな彼女の様子に目を丸くし、反応できぬまま彼女の背中を見送った。


「……嫌だったのかな。」


勇悟がポツリと漏らす。ショックを受けた様子の彼に、傍らにいたディーナはつないだ手をギュッと強く握り、寄り添った。




「ああああああああ、私のバカ、私のバカ、ばかばかばかぁ!!」


白髪の少女が詰め所の廊下を走っていく。


「なんでなんでなんで逃げちゃうの! 嬉しかったのに! ユーゴが、ユーゴが、誘ってくれたのにぃ!!」


詰め所を飛び出す。警備兵が呼び止めたが、構わずに走って行く。


「一緒にこないかって言ってくれたのに! ううううぅ!」


周りの視線を受けながら、王都のメインストリートを駆けていく。


「なんで……なんでなの……」


そして、広場の噴水の前で立ち止まった。



彼女の顔は無表情のままだ。



噴水の中央には、伝説の勇者の像が飾られている。ビアンコ王国の建国時に作られたこの噴水は、王都民の癒やしのスポットとして、長年親しまれている。朝にも関わらず、辺りにはベンチに腰掛けている人や、散歩している人がいる。


感情のない彼女の瞳は、噴水の中央の勇者像を見つめる。


「勇者、様……おいてかないでぇ……」



そうして、しばらく呆けていた彼女に、近づく影があった。


赤ら顔の男が三人、酒臭い息を吐きながら彼女を見て笑う。


「へっへっへ、おい、見ろよ、白髪だぜぇ」


「あー? おっ、なんだぁ、まだガキじゃねーか。」


「白髪たぁ……朝から不気味なもん見ちまったぜ。がはははは。」


その言葉を聞いてビクリと身を震わせる少女。


「おーい、嬢ちゃん、俺たちとイイ事しようぜぇ。」


「ぶはっ、おまえ、こんなガキんちょが趣味なのかよ。」


「うるせー、この貧相な体がそそるんじゃねーか。」


貧相な体、という言葉に再びブルリと震える。



男達が、彼女に触れようとした。


その瞬間、男達は後方に吹き飛ばされる。



「護るって、決めたんだよ。」


そこには、黒髪の少年が佇んでいた。




勇悟とエルサが、噴水の前で向き合っている。


三人の男達は警備兵に連行されていった。酔いが覚めるまで留置場に放り込んでおくらしい。



勇悟は、エルサの顔をじっと見ている。


エルサは、勇悟の顔を見られずに俯いている。



勇悟が、静かに口を開く。


「ねえ、エルサ。」


「…………」


「君は、もしかして、人前では上手く喋れないんじゃないか?」


「……っ」


「実は、君が救護室を出て行った後に喋っていた内容を、ディーナが聞いていたんだ。」


「…………」


「それで、追いかけてみたら、警備兵の人たちや、街の人たちも君の様子を噂していたよ。」


「…………」


「勇者様」


「っっ」


エルサの瞳が、今までにない揺れ幅で大きく揺れた。


「君は、こう言ってたんだよね?」



そして、勇悟は噴水の勇者像を見る。



「勇者なんて、柄じゃないよ。僕は、勇者になんか、なれないな。」


「…………うぅ」


「でもね、エルサ。僕は、君を『護る』って決めたんだ。」


「…………」


「僕にはディーナっていう大事な人がいる。君を『特別』には出来ないと思う。」


「…………」


「それでも、それでも構わないなら。」


「…………」


「一緒に行こう、エルサ。」



手を差し出す勇悟。


その姿は、地下で彼女の前に現れた彼の姿と重なっていた。



そして。


彼女の冷たい仮面に、一筋の亀裂が入る。



彼女の感情を映さないはずの瞳から、一筋の涙がこぼれた。


読んで頂きありがとうございます!


そろそろ『恋愛』キーワードを追加するべきかもしれません……

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