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勇者様:表

飛び出した僕は、【気配察知】と【空間把握】によって、エルサのいる場所へと最短距離を進む。豊富なステータスと、【軽身】の助けを受けて屋根から屋根へ飛び移る。


不思議な子だった。


無表情で何を考えているのかわからない。でも、なぜだか、その冷たい仮面の後ろでは、僕に助けを求めて泣く女の子がいる気がしたのだ。僕をジッと見つめる瞳は、何かを期待している気がしたのだ。


多分気のせいだとも思う。でも、放ってはおけなかった。『護りたい』と思ったわけではない。ディーナに言われた『人は皆を護れるほど強くはなれない』という言葉が、僕の心の深いところに残っている。手に届く範囲ですら、僕には広すぎる。僕の手は彼女だけで一杯だった。


ただ、漠然と、助けたいな、と思った。


『護る』のと『助ける』のでは、意味が異なる。『護る』とは、相手を信頼し、相手に対して責任を持つという事。しかし、『助ける』事は一時の気まぐれでしかない。助けた相手は、一時的には救われるかもしれない。だけど、いつまでも助け続ける事はできない。『助ける』とは、ある意味で無責任な行為なのだ。


しかし、例え無責任だとしても、彼女を見捨てる事は出来なかった。僕の脳裏には小学生の時に失踪した彼女が、笑顔をなくした彼女の顔が浮かんでいた。その顔は、無表情な白髪の少女によく似ていた。


この人助けは、単なる自己満足で、偽善で、贖罪だ。




エルサがいると思われる建物の外にたどり着いた。見た目は何の変哲もない民家だ。しかし、僕の【空間把握】は地下に存在する広大なスペースを察知していた。そして、その中の20人の気配。


エルサの気配はどんどんと衰弱している。


民家の扉を開けて中に踏み込むと、そこにいた見張りと思われる2人の男達の片方が、僕に誰何してきた。


「何者だ!」


しかし、僕はそれに答えずに、尋ねた。


「こちらに、エルサさんという方はいらっしゃいますか?」


エルサの名前を聞いた男達の目が険呑な光を帯びる。


「ほう……? その名前、どこから聞いた?」


「彼女自身からですよ。地下にいますよね。」


男達は僕の言葉にピクリと反応すると、次の瞬間に片方は黒塗りのナイフを投擲し、もう片方はダガーを取り出して襲いかかってきた。


【自動防御】により頭をわずかに動かしてナイフを躱しつつ、【見切り】が100%の確率で提示したダガーの軌道を避ける。同時に、ダガーの男のアゴに手加減したショートアッパーを決めつつ、ナイフを投擲した男に一瞬で間を詰める。


「ばっ!?」


男が驚愕した表情で迎撃を試みるが、暗器を持った腕を弾き、みぞおちにボディーブローを入れると、力なく崩れ落ちた。


あっという間に男達を無力化した僕は、無言で地下へと続く扉を開き、地下へ続く階段を降りていく。


殺すべきか、といえば殺すべきなんだろう。顔を見られたので、後で襲われる可能性がある。僕だけならともかく、ディーナに累が及ぶ恐れもある。しかし、例え彼らが束で掛かってきても、僕にはディーナを護りきる自信ができた。本音を言うのなら、人を殺すのは未だに怖い。覚悟はあるが、よほどの必要がない限り、命まで奪うつもりはなかった。



地下に降りると50m四方程度の地下室があった。ところどころに血がこびりつき、饐えた匂いやカビっぽい匂いが鼻をつく。目の前には残りの18人、そして目当ての少女の姿があった。


暴行を受けて、顔を腫らしている。黒装束はところどころ裂けており、垣間見える白い肌には血がにじんでいた。ムチを受けていたらしい。しかし、彼女は相変わらず無表情で、焦点のない目には何の感情も見られなかった。



僕は、いらつきを隠さなかった。



憤りをぶつけるように、無表情で向かってくる黒装束達を捌いていく。剣は使わなかった。彼女に血を見せたくなかったから。容赦なく拳を叩き込み、蹴りを入れ、投げ飛ばした。途中、魔法の炎が生み出されるのを【魔力察知】で察知したので、【魔法反射】を発動した。


【体術】が、僕に効率的な身体の扱い方を教えてくれる。骨の砕ける鈍い音を何度も聞いた。


数人が気配を殺しながら一斉に襲いかかってきたが、【気配察知Lv5】の前には全てが丸裸同然だった。【見切り】で全ての攻撃軌道を把握し、順番に叩き落とした。うめき声も上げさせずに気絶させた。



全員を叩きのめし、全員が地に伏した事を確認した僕は、憔悴した彼女に近づいた。


彼女は、ぼんやりと僕を見上げている。


感情の見られなかった瞳には、気のせいか光が灯ったように見えた。


地面にへたり込んでいる彼女に右手をさしのべ、贖罪の言葉を発する。



助け(・・)にきたよ。エルサ。」




「……ユー、ゴ。」


「うん。」


「……ありが、とう。」


「いいんだ。」


「……ゆう……」


「ん?」


「……しゃ……さ……」



何かを言いかけて彼女は気を失った。


ポーションを振りかけたが、精神的疲労までは癒やす事ができない。


僕は物言わぬ彼女を抱え上げる。その身体はあまりにも軽かった。



彼女がこんなところで集団暴行を受けていた理由はわからない。


しかし、倒れている彼らの身なりには、覚えがあった。



彼女を抱えて階段を登りながら、ディーナへと念話で話しかける。


(ディーナ、まだ起きてる?)


(はい、ユーゴさん。大丈夫ですか?)


(うん。今、終わった。……助けられたよ。)


(本当ですかっ! よかった!)


彼女の嬉しそうな声が脳内に響く。彼女の笑顔が伝わってきて、僕も微笑んだ。


(それで、後始末のために警備隊のところに行くけど、ディーナはどうする?)


(あっ、じゃあ! 私もついていきます!)


(うん、わかった。もう安全だから大丈夫だよ。)


階段を登り切った部屋で彼女を待つ。地面には最初に倒した二人がまだ気を失っている。



魂のつながりを通して、僕のすぐ側に光が現れる。少しずつ大きくなって、瞬き、人の形をとる。最後には光が収縮して消えた。


「何回か転移しましたけど、やっぱりまだ慣れませんね。」


そこには、はにかみながら立つディーナがいた。僕も微笑む。【結魂】の転移能力で、ここまでやってきたのだ。


「あ」


ディーナは僕を見て、驚いた表情になった。


「……お姫様だっこ……いいなぁ。」


少し赤くなりながらエルサを見るディーナ。そういえば、エルサを抱えたままだった。


「あはは、あとでいくらでもやってあげるよ。」


僕がそう言うと、ますます赤くなって俯いた。




警備隊の詰め所に赴くと、すでに深夜だというのに警備隊長のジョットがいたので事情を話す。


「なに、『掃除屋』の残党だと!?」


「はい、恐らく。」


「よく知らせてくれたな。急いで討伐隊を準備するぞ! ……全く、寝る間もないな。」


「いえ、すでに無力化しておきましたよ。」


「……? 聞き間違いか? 無力化したと聞こえたが。」


「はい。隠れ家と思われる民家に20名ほどいましたので、片っ端から気を失わせておきました。恐らく朝まで目覚めないはずです。」


僕がそう言うと、ジョットは顔に手をあてながら、ゆっくりと首を振った。


「そ、そうか……。もう驚かないと言ったが、無理な話だったか……。」


ジョットの大きいため息が響いた。



事情を話してエルサの世話を頼み、馬車に乗って警備兵達を隠れ家に案内した。ディーナも一緒だ。静まりかえった王都の道を、馬車が音を立てながら進んでいく。


隠れ家に着くと警備兵達が突入し、次々と黒装束が運び出されていく。その様子を、ディーナと二人で馬車の御者台に腰掛けて眺めていると、ディーナが話しかけてきた。


「ユーゴさん、あの人はどうするんですか?」


「あの人? ああ、エルサの事か。うーん、そうだね。どうしようかな。

 考え無しに助けたんだけど……僕には、ディーナがいるからな。」


僕がそう言いながら、彼女の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細める。


「……ありがとうございます。」


ディーナはそう言うと、座っていた距離をつめて僕に密着してくる。こてん、と頭を僕の肩に預ける。猫耳が気持ちよさそうに震え、しっぽがゆらゆらと揺れている。


そうしていると、魂のつながりを通して彼女の気持ちがぼんやりと伝わってくる。嬉しさ、幸福感、そしてちょっぴりの不安。


僕は彼女の肩に手を回して顔を近づけて話しかける。


「ディーナ、大丈夫だよ。僕はディーナから離れたりしないよ。

 ……ディーナが、好きだから。」


彼女はほんのりと頬を桜色に染めつつ、潤んだ緑色の瞳で僕を見上げる。


「ユーゴ、さん……。」


とくん、とくん、と彼女の鼓動が伝わってくる。彼女の気持ちが、彼女への気持ちが、僕達の間を行き来する。


そして、僕の鼻と、彼女の小さな鼻がくっつきそうな距離まで近づいて——



「全員、積み終わりました!!」


警備兵の無粋な号令が聞こえて、僕とディーナは身を離す。しかし、心は寄せ合ったままだった。




警備隊の詰め所に戻ると、エルサが目を覚ましたという事で会いに行くことにした。


ベッドに横たわっていた彼女は、僕を目にするなり身を起こして僕の名前を口にした。相変わらず無表情だ。


「ユーゴ」


「うん。気分はどう?」


「だい、じょうぶ。」


「よかった。」


途切れ途切れ答えてから、彼女は僕とディーナを交互に見た。


「ああ、彼女はディーナだ。……僕の、大事な人だ。」


「ユ、ユーゴさんっ!」


ディーナが隣で赤くなりながらあわあわとしている。


「……ん」


エルサは僕の言葉を聞くと、ほんのわずかに瞳を揺らした。そして、俯いてしまった。


「君はこれからどうしたい?」


「……?」


僕が尋ねると彼女は首を傾げて僕を見た。


「行くところはあるの?」


「……ない。……『そうじや』、が、居場所、だった。」


「そっか……。」


「……ゆう……しゃ、さま。」


「ん?」


「…………」


エルサは何か口にしたが、聞き返すと黙り込んでしまった。僕は頭を掻いて困りながら、ディーナと顔を見合わせる。


「ユーゴさん、私なら大丈夫です。」


「ディーナ……」


「優しいユーゴさんの事ですから。こうなる気がしてたんです……。ただし」


「ただし?」


「私の事を忘れちゃ、いやですよ?」


そういって、ニコリと微笑んだ彼女は、とても魅力的だった。




それから、ディーナと二人で宿に戻った。


エルサは一晩、事情聴取も兼ねて警備隊で預かってくれるらしい。また明日、話を聞きたいと言われて僕達は解放された。帰り際、ジョットさんにお礼を言われた。


宿への帰り道、僕はディーナと話し合った。



『助ける』だけのつもりだった。


『護る』つもりはなかった。



しかし、隠れ家の地下で顔を腫らした彼女を見て、無表情の仮面の下に感情を隠した彼女を見て、そんな僕の自己正当化という名の決意(おもいこみ)は、あっけなく崩れた。


その軽い身体を抱えて階段を登るとき、僕の気持ちは決まっていたように思う。しかし、それを認める事に恐れを抱く自分も、確かに存在していた。あの『むなしさ』が、あの『排斥』が、待っているだけではないのか。


今だって、『特別』なのはディーナだけだ。だけど——



そんな、曖昧な僕の気持ちをディーナに打ち明けた。


ディーナは話し終わった僕を見て、静かに笑う。


「ふふ、ユーゴさんって結構、面倒な人ですよね。」


「うっ……」


思わぬ言葉に図星をつかれて項垂れる僕。


「護りたいなら、それでいいんじゃないんですか?」


「……ディーナ?」


「ユーゴさんは難しく考えすぎですよ。自分の気持ちに素直に従えばいいと思います。」


「…………」


「私は、そういう風に、優しいユーゴさんが……好きなんですから。」


赤面しながら、ディーナはそう言った。


思わず、抱きしめる。



王都の夜の風は少し冷たかったが、僕とディーナは暖かいまま帰路についた。



なお、宿に帰ってから、ディーナをお姫様だっこしてベッドに運んだのは、言うまでもない。


読んで頂きありがとうございます!

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