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白髪の子:裏

エルサは森を抜けて、王都に向かっている。


「……あああああああ。き、き、き、キスされちゃったよぉぉ……」


エルサはぶつぶつと独り言を呟いている。


「うわーうわー、はずかしいよぉ! うう、もうやだ……」


彼女は、先ほど勇悟と対面していた時とは比べものにならない饒舌な口調で、ペラペラと喋っている。


「しかも! む、む、胸まで……ううう、小さいって思われたかな……」


しかし、彼女は無表情。表情筋をぴくりとも動かさず、独り言をつぶやくその姿は異様だった。


「うう……逃げてきちゃった……ユーゴ、おこったかなぁ……」



なぜ、彼女は先ほどまでとは打って変わって饒舌なのか。


なぜ、彼女は勇悟達の前から姿を消したのか。



なぜなら、彼女は極度のあがり症で、対人恐怖症で、恥ずかしがり屋だからだ。



他人を前にすると、上手く喋れない。




エルサは、ビアンコ王国のとある貴族の庶子として、この世に生をうけた。母親は天涯孤独の身で、貴族に庇護を求めたが、生まれた子供が不気味な白髪だったために疎まれ、母子ともに家を追われた。


幼い頃の彼女は、今のような無表情でも、テンパり屋でもなく、やや恥ずかしがり屋だが至って普通の子だった。むしろ、感情豊かで、ころころと表情を変える子だったのだ。


世間の風は冷たい。二人はとある街のスラムに住み着いた。日々の食事にも困る生活が続いたが、二人は寄り添って生きていた。エルサは、そんな貧しい生活でも満たされていた。


だが、エルサが5歳になった頃、ついに母親が栄養失調からくる病に罹り、命を落としてしまう。



残されたエルサに生きる術はなかった。


彼女はスラムに潜む『組織』に拾われ、暗殺者として鍛えられる事になった。



血のにじむ厳しい訓練で、周りの仲間達は次々と命を落としていった。辛い訓練は、彼女の顔から表情を奪った。彼女の内面は、暗殺者としての側面と、少女としての側面を持ち、ドロドロになっていく。教官の厳しいしごきを受け、人に怯えるようになった。そして、失敗への恐れから、緊張を抑えられなくなる。


あがり症でまともに『仕事』をこなせないエルサは落ちこぼれのレッテルを貼られ、暗殺の仕事を割り振られる事もなく、隠密性を活かした諜報任務だけを与えられるようになった。これなら人と向き合う必要もない。せっかくの【暗殺術】がもったいない、と何度も言われた。


こうして、人を殺せない暗殺者が生まれた。



彼女を拾った組織、その名を『掃除屋』と言った。王都に本拠地をもち、国内で広く活動する地下組織である。彼女は諜報任務の必要性が高い王都に拠点を移していた。



王都での初任務は、留置場での襲撃失敗の調査だった。依頼者の名前は知らされてないが、留置場内にいる男女の『始末』を命じられた、組織の末端とはいえ中堅に位置するはずの三人が戻ってこない。


調べれば調べるほど、おかしな話が増えていった。少年が組織の人間を返り討ちにした。無傷で三人を捕らえた。怪力で鉄格子をひん曲げた。麻痺ガスを吸ったが効かなかった。片手で二人を吹き飛ばした。


エルサは、彼はきっと自分と同じように特別な訓練を受けたのだと考えた。そして、そんな彼にこっそりと親しみを感じた。


結局、強化された警備に阻まれ、少年の顔を見る事は叶わなかった。エルサは情報を持って、拠点へと帰還した。報告を聞いた上司は慌てだし、どこかへと駆けていった。


その少年の名は、ユーゴと言った。




エルサの中には、少女がいる。


少女は幼い頃のままだった。


甘いものが大好物で、かわいいものが大好き。そんな彼女には夢がある。



それは、小さい頃に母親から寝物語に聞いたお話。


勇者が、とらわれのお姫様を助ける。ありふれた童話だ。



彼女の中の少女は、望んだ。


きっといつか、勇者が彼女を助けにきてくれる。


この辛い現実から、私を助けてくれる。




そして、その夜。『掃除屋』はあっけなく崩壊を迎える。


逮捕される幹部達。


しかし、一部の用心深い幹部達は姿を隠しており、難を逃れた。



エルサもまた王都の闇に紛れ、逃げ延びた。一部の【暗殺術】スキル持ちや【隠密】スキル持ち達も、同じように逃げ出し、幹部の下に集結していた。


幹部は言った。


——報復が、必要だ。


王都の闇は深く、それは王国全土に広がっていた。幹部達が捕まった事で彼らは、より深く闇に潜る事を決める。だが、その前に、彼らに対して土を付け、汚泥を飲ませる原因となった『きっかけ』に、彼らは代償として血を求めたのだ。まだ、成人にも満たない少年に。


エルサはその先触れの斥候として、ユーゴと名乗る少年の元に派遣される事になった。ユーゴの殺害における斥候を命じられた時、エルサの少女としての心にはチクリと痛みが走った。


計画ではユーゴの位置を確認でき次第即座に連絡し、残った暗殺者達で一斉に襲いかかる手はずとなっていた。



エルサは首尾良く冒険者ギルドを訪れたユーゴを発見した。黒髪黒眼の少年は、本人が思っているよりも目立っていた。


しかし、彼の側に佇む少女の姿を見て、そんな彼女と仲良く手をつなぐ彼の姿を見て、エルサはわずかに、ほんのわずかに、その表情を変える。憧れだった勇者と姫。彼女を優しくエスコートする彼の姿が、その理想に重なった。



ああ、なんで彼の隣にいるのは、私じゃないんだろう。




王都を出た森の中、エルサは無意識に彼の姿を追っていた。気配を消しながら、彼の背中を追いかける。気づいた様子はない。


彼は隣を歩く少女と手をつなぎ、歩幅を合わせて歩いていく。二人は何も喋らなかったが、時折お互いを見つめ合って微笑んだ。甘い表情だ。エルサの中の少女はきゃーきゃーと黄色い声を出した。


しかし、薬草を採取していた彼の様子が一変した。


頭を抱えて倒れ込む彼の姿に、エルサの内心は激しく動揺した。彼に縋り付いて泣く少女の姿は、エルサの内心に大きい同情を誘った。しかし、彼女の表情に変化はない。彼女は無表情に二人の様子を見続けた。



気が付けば辺りは暗くなり、夜の気配が強くなっていた。


エルサは、そこで自分の任務を思い出した。しかし同時に、ユーゴが倒れている事に頭を悩ませる。彼の様子は、訓練で死んでいった仲間達によく似ていた。


エルサはとにかく一旦帰還する事にした。二人の姿を背中に森の中を駆ける。



そして、そんな彼女の元に組織からの刺客が現れた。


連絡を怠り、王都を出て長時間潜伏していた彼女は、壊滅寸前の組織から逃亡したと見なされた。組織の兵士達には、裏切り防止のために位置を知らせる首輪がはめられている。


突如現れた刺客に言い訳も許されず、問答無用で彼女は処断される。


腹部に刺突を受け、彼女の意識は闇に閉ざされた。




目を開いた時、死んだはずの彼の顔が目の前にあった。彼の唇はしっとりと濡れ、ポーションの青い液体が彼の口元に垂れていた。そして、自分の口の中に残る温かい感触とポーションの味。


——口づけ、された。


エルサは、あまりの恥ずかしさと動揺から頭が真っ白になり、ユーゴにお礼も言わずに瞬時に逃げだそうとする。しかし、そんな彼女の腕を彼は素早く掴んだ。


体勢を崩し、彼に倒れ込むエルサ。


彼に抱き留められ、温かい体温が彼女を包んだ。そして——


(……!? っ……!! !!!!)


胸を揉みしだく感触。思わず、声が出る。無表情だったエルサの頬に、わずかに赤みがさす。


エルサの被っていた黒ずきんが静かに捲られる。エルサの素顔が、白髪が、外気に晒される。


——ああ、見られちゃった。


白髪の忌み子としての記憶が、エルサの脳裏によぎる。



黒髪の少年と、白髪の少女は、出会った。




「……うう、なんて言い訳しよう……」


エルサは、王都に戻っていた。勇悟から逃げだし、恥ずかしさを忘れるために、組織へと戻る。


逃亡者として処刑されかけたが、他に行くところもない。彼女はもはや、暗殺者としてしか生きられない。そう思っていた。



しかし拠点に戻ると、彼女は取り付く島もなく捕縛された。


一度、組織を裏切った者は、二度と信用される事はない。『掃除屋』は慎重な組織だった。



王都の外れにある組織の処刑場に連れて行かれたエルサは、すでに諦観に囚われていた。


裏切り者として暴行を加えられ、いたぶられ、エルサはボロボロになって消耗していく。



脳裏に、緑髪の少女と手をつなぐ少年の姿がよぎる。



ああ、私に『勇者様』などいなかった。


私は、『お姫様』などではなかった。



神様は、不公平だ。




夢でも見ているんだろうか。



黒髪の少年が、次々と組織の兵士達を吹き飛ばしていく。



剣を紙一重で避け、腹に拳を入れる。



背後から投げられたナイフを、見もせずに受け止める。



魔法兵が放った炎は空中で急に方向転換し、術者へと向かっていく。



気配を消して一斉に飛びかかった暗殺者達は、全て叩き伏せられた。



少年が一歩また一歩と、こちらへと向かってくる。




そして、目の前に手をさしのべて——



「助けにきたよ。エルサ。」


読んで頂きありがとうございます!


今回は女神様にお休みして頂きました。

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