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白髪の子:表

口移しでポーションを飲ませる。


腹部の出血が止まり、徐々に血色が良くなっていく。どうやら、ギリギリで間に合ったようだ。安堵しつつ様子を見守ると、ぴくりと身体をよじらせ、徐々に目を開いた。


瞬間、倒れていた()はバッと立ち上がった。あれだけの血を流していたのだから、急に動くのは危険だ。僕は咄嗟にそう判断して、()の腕を掴んだ。


「——っ!!」


ふらりと力が抜けたように、こちらに倒れ込んでくる。慌てて身体を受け止めると、柔らかい感触が手にぶつかる。


「ん? なんだこれ?」


ふにふにとした感触を確かめるように手を動かすと、倒れ込んできた彼は身をよじらせる。


「——や、やめ——」


なんだか辛そうな声だ。まだ身体が治りきってないだろうから、無理もない。あれだけ血を流していたんだ。僕は彼からゆっくりと身を離すと、顔を近づける。


「大丈夫?」


彼の顔がほんのりと赤くなっている。熱があるんだろうか? 僕は額で熱を確かめるために、彼が被っていた黒ずきんをめくり上げた。



そこには。


白い髪の女の子がいた。




「本当に、ごめんっ!!」


ひたすら頭を下げる僕に、白髪の女の子は何も喋らない。


ディーナが、そんな僕の背後でオロオロとしているのがわかる。



最低の事をした。


いくら助けるためとは言え、見ず知らずの女の子の唇を……唇を。


今思えば、ディーナがすぐ側にいたのだから、代わりに頼めば良かったのだ。ただ、あの時は彼女(・・)の事を()だと思っていたから、ディーナに頼むのは抵抗があった。もっと冷静になって【鑑定】していれば、すぐに女性である事に気が付いたはずだ。せっかくの思考速度も、思い込みという先入観の前には無力だった。


それだけならまだしも、先ほどの柔らかい感触(・・)



白髪の女の子は、無表情で僕の事をじっと見つめている。


白い髪。ほとんどベリーショートと言ってもいいぐらいの短い髪で、これも彼女を男だと見誤らせた一因である。僕を見据える瞳は、明るい蒼。その目は三白眼で、ジトッとした眠たげな印象を受ける。見つめられ続けると、居心地が悪くなる。恐らく僕と同い年ぐらいだ。獣耳やしっぽは見当たらない。ヒューマンだろうか。



「……ユーゴ。」


彼女がふと口を開いた。思ったよりも幼い声だ。


「っ! あ、ああ。僕はユーゴ。ユーゴ=ニキだ。……その、どうして僕の名前を?」


「……ありが、とう。」


「え?」


「助けて、くれた。」


彼女は無表情を崩さずに言葉を紡いだ。三白眼がまっすぐと僕の目を見つめる。



僕が答えようと口を開き掛けた時、彼女は突然すくっと立ち上がると、くるりと踵を返し、すたすたと歩き始めた。


「ま、まって!」


ぴたりと立ち止まった。


「君の……名前は?」


「……エルサ。」


それだけ言うと、振り返らないまま彼女はまた歩き出し木々の間に消える。もちろん、僕の広大な意識は彼女の薄弱な気配を捉えていた。が、王都の方向に向かって徐々にスピードを上げ、範囲外に飛び出していった。なんだかブツブツ言ってたが、聴覚は拡張されていないためわからなかった。



僕は並列した思考でエルサの足取りを追いつつ、おそるおそるディーナを振り返る。


「ディーナ、その……。」


「助けられてよかったですね、ユーゴさん!」


ニコッと笑うディーナ。


「……でも、私も……」


ボソボソと言いながら赤くなって俯いてしまった。


「ディ、ディーナ?」


ぽふっ、と飛び込んでくる。小さい頭を僕の胸にグリグリと押しつけてくる。猫耳がぺたり。抱き留めた僕はすぐにその意味に気づき、頬が熱をもった。


彼女の肩に手を置くと、ビクリと身を震わせて、おずおずと顔を上げた。彼女の上目遣いが、僕の気持ちを射すくめる。ギュッと手に力が入る。


彼女の小さな唇が、ほのかに湿っている。



ゴクリ、と喉が鳴った。


僕は、そのまま顔を近づけて——




すっかり顔を赤くしたディーナと手をつないで、王都への帰路を進む。


依頼の薬草は既に採取した分で十分だった。初日から前途多難だ。思わず、ミネルバ様の祝福がついてるかどうか確認してしまった。自分のステータスを見るのは、ずいぶん久しぶりな気がするな。


==================


ユーゴ=ニキ

15歳・男性・ヒューマン


Lv4           (Lv3→Lv4)

HP :350/350   (+150)

MP :4600/4600 (+300)

STR:160       (+100)

VIT:190       (+120)

INT:265       (+180)

DEX:145       (+80)


*スキル

【アイテムボックスLv5】

【鑑定Lv5】

【身体強化Lv3】     (Lv2→Lv3)

【軽身Lv1】

【剣技Lv5】

【自然回復Lv5】

【魔力操作Lv3】

【ステータス偽装Lv5】

【体術Lv3】       (Lv1→Lv3)

【投擲Lv1】       (新)

【魔剣技Lv2】      (新)

【気配察知Lv5】     (新)

【魔力察知Lv5】     (新)

【空間把握Lv5】     (新)

【見切りLv5】      (新)

【自動防御Lv5】     (新)

【魔法反射Lv5】     (新)

【高速思考Lv5】     (新)

【並列思考Lv5】     (新)


*加護

【女神ミネルバの祝福】

【大神ユーピテルの庇護】  (新)


※カッコ内は前回からの変更点

※偽装ステータスは省略


==================


「な、ななな、なんだこれぇ!?」


思わず大きな声を出した僕に、ディーナはビクリと驚く。


ステータスがとんでもない事になっている。まあ、それはよしとしよう。祝福を頂いた時からわかっていた事だ。スキルがなくても基礎能力だけで無敵になりそうだけど。


それよりも、スキルだ。一気にスキルの数が2倍以上になっている。祝福の成長補正のお陰もあるだろうけど、後半のLv5だらけのスキル群は明らかにミネルバ様が『神の奇跡』を行使した結果だと思われる。


薬草採取中に突然頭の中に溢れ出した情報は、これらのスキルによるものだろうか。あまりのショックに一時的に気を失っていた(・・・・・・・)ようだ。ミネルバ様には自重の二文字を覚えて欲しいものだ。正直、あの頭痛は二度と経験したくない。


しかし、苦労した分その効果は絶大で、僕の頭は倒れる前と別物になっている。正直、自分が自分ではないようで、やや恐ろしい。


そして、加護がもう1つ増えている。大神ユーピテル様。聞き慣れない名前だが、ミネルバ様に関係のある神様だろうか。会ったことが無いのに加護を頂いても良いのだろうか。


と、ここまで高速思考で考えた。ほんの数瞬。


「ど、どうかしましたか、ユーゴさん?」


ディーナが心配そうな表情で尋ねてくる。先ほど僕が倒れた事もあり、不安になっているんだろう。僕は彼女の頭を安心させるように撫でた。


「大丈夫だよ。ディーナ。ちょっと、僕のステータスがね……」


「ステータスがどうかしたんですか?」


くすぐったそうに目を細めながら見上げてくるディーナ。先ほどの感触を思い出して、思わず照れてしまう。


「うん。ステータスがだいぶ増えてるし、スキルも10個ぐらい増えてるし、新しい加護までついてて……」


「ええっ!?」


どんぐり眼を真ん丸に見開く。緑色の瞳が夜の闇に映える。


「すごいです、ユーゴさん!」


嬉しそうに笑顔になった。ああ、やっぱり彼女は喜んでくれるんだな。すでに人間の枠を外れてしまった僕を受け止めてくれる。



名前から効果がわかるものは省き、ミネルバ様に頂いたLv5のスキルの詳細を確かめる。


==================


【気配察知】 常時発動スキル

周囲の生命の気配を察知する。条件付きでの検索も可能。

Lv5…周囲1kmまで察知可能。生命の完全な識別が可能。


【魔力察知】 常時発動スキル。

周囲の魔力の状態を察知する。条件付きでの検索も可能。

Lv5…周囲1kmまで察知可能。魔力特徴から魔法の識別が可能。


【空間把握】 常時発動スキル

周囲の空間内の物体を把握する。条件付きでの検索も可能。

Lv5…周囲1kmまで把握可能。物体を内側含め把握できる。


【見切り】 常時発動スキル

相手の攻撃軌道を予測し、回避を補助する。

Lv5…全ての攻撃軌道を確率付きで列挙し、可視化する。


【自動防御】 常時発動スキル

害意ある物理的接触を察知し、自動で最適な防御行動をとる。

回避が難しい場合、極力ダメージを減らす防御を行う。

Lv5…周囲1km以内の害意に対して発動する。


【魔法反射】 任意発動スキル

発動中、魔法のベクトルを反転させる反射シールドを周囲に展開する。

シールド持続10秒間、再展開までのクールタイム30秒。

Lv5…特級魔法を反射可能。


【高速思考】 常時発動スキル

思考速度に補正をかける。

Lv5…思考速度について、INTに10倍程度の補正。


【並列思考】 常時発動スキル

思考を分割し、並列に行えるようにする。

Lv5…最大6つまで、それぞれ80%の思考速度で分割可能。


==================


どれもこれも、やばいスキルばかりだ。しかも、Lv5で恐ろしい効果となっている。


【気配察知】、【魔力察知】、【空間把握】によって周囲1kmの状況はもはや手に取るようにわかる。虫の一匹まで見逃さないほどで、膨大な思考能力がなければまともに情報選別ができない。頭が痛くなったのはこのせいだろう。


【見切り】によって攻撃の軌道は完全に予測され、不意をついた攻撃も【自動防御】される。かと思えば魔法で攻撃するとすぐに察知されて【魔法反射】で跳ね返される。


【高速思考】と【並列思考】がこれらのスキルを取りまとめ、隙をなくしている。


防御に関しては完全無欠というか、もはや攻撃を受ける気がしない。ミネルバ様の過保護っぷりを感じる。というか、明らかにやりすぎだ。



そして、新しい加護の詳細を見てみる。


==================


【大神ユーピテルの庇護】

大神ユーピテルが庇護下においた存在である事を表す証。

以下のスキル効果を内包する。


・【起死回生】 常時発動スキル

死に至る肉体的ダメージを受けた際に自動で発動。

一時的に肉体を凍結して限定的な時間回帰による回復を促す。

回復中は外部からの干渉を受け付けず、また与えられない。

Lvなし


==================



……どうやら、僕は不死身になったようだ。




王都に着いた。門番はエンリコさんではなかった。僕とディーナを見る度にからかってくれるので、少しホッとしながら門を抜ける。


森の中にはいなかった人の波に、【気配察知】や【魔力察知】が物凄い勢いで反応しており、僕の脳内の30%ほどが処理に追われている。先ほど出会った少女、エルサの気配も王都内に見つけた。場所はわかるが、何をしているのかまではわからない。ただ、気配や魔力の状態からボンヤリと健康状態がわかる程度である。


ディーナと連れ歩いて冒険者ギルドに向かう。既に夜なので通りを歩く人は少なくなっている。メインストリートは常夜灯が付けられているが、通りを一本入ると途端に明かりがほとんどなくなる。幸い、冒険者ギルドはメインストリート沿いにあるので、明かりには困らなかった。ただ、僕は【空間把握】のおかげで視界がなくてもほとんど困らないけど。


冒険者ギルドに入ると、酒場では相変わらず鎧姿の男達が酒を酌み交わしている。一部の男達がギルドに入ってきた僕の顔をチラと見ると、二度見し、ガタガタと震え出す。


そう、以前起こした『騒ぎ』のせいで、僕はすっかり一部から恐れられている。『便意の魔法使い』なんていう不名誉な二つ目まで付けられており、こればっかりはミネルバ様を恨んでいる。幸い、受付嬢については誤解が解けたが、あの時に絡んできた男達は僕の顔を見ると青くなって震えだし、お尻を押さえながら逃げ出す。



困り顔をしながら受付に向かう。


今朝も対応してくれた茶髪のえくぼがチャーミングな女性だ。相変わらずの営業スマイルで、僕に手を握られてエスコートされているディーナをチラチラと見ながら対応してくれる。


「こんばんは、ユーゴさん。依頼の報告ですか?」


僕は、そんな彼女の視線には気づかないフリをして答える。


「はい、こちらが依頼の薬草です。」


僕はアイテムボックスから採取した薬草を取り出した。アイテムボックスは未だに所有者を見かけないレアスキルであるため、魔道具という事にしてお茶を濁している。


魔道具の事を聞きたがる人もいたが、体内に埋め込まれているため見せられない、と答えている。嘘も方便だ。治安が良いせいか、魔道具目当てで襲いかかってくる輩は存在しない。犯罪を取り締まる警備隊が優秀だからだろう。


「はい、確かに受け取りました。ずいぶん時間が掛かりましたね?」


「ええ、ちょっとトラブルがありまして。」


「トラブル、ですか? 魔物でしたら、討伐報酬もお支払いできますが」


「ああ、いえ、魔物ではありません。」


「そうですか……。わかりました。何かお手伝いできる事がございましたら、ギルドまでご連絡ください。」


僕がちょっと答えづらそうな雰囲気を出すと、それ以上は深く聞いてこなかった。冒険者を尊重するギルド員のプライドを感じる。


報酬を受け取り、お礼を言って受付を離れた。



と、ここで白髪の少女エルサの気配が移動していく。王都の外れの方に向かっているようだ。家に帰るのかな、と独りごちて、僕はディーナを連れてギルドを出た。




ディーナと手をつないで、ゆっくりと夜の王都を歩く。



彼女とはまだ出会って数日しか経っていないのに、生まれた時からずっと隣にいたような気がする。



僕が彼女を見て微笑むと、彼女も僕を見て微笑んだ。


歩幅を合わせて歩くのが、もう癖になっている。



言葉はいらない。魂のつながりがあるから。


ヒューマンとアニマという人種の壁を越えて。


地球人とスタジオーネ人という世界の壁を越えて。



僕達は、歩いている。




宿屋につくというところで、エルサの気配に異変が訪れた。



気配が少しずつ弱々しくなっている。周りには数人の気配がある。



僕は、ディーナに話しかけた。


「ごめん、ディーナ。ちょっと、先に宿屋に入って待っててくれないか?」


「どうしたんですか?」


「うん、どうも今日出会った、あのエルサという子が誰かに襲われてるみたいなんだ。」


「そ、そんな! 早く、早く行きましょう!」


「ディーナは宿屋で待っていてほしい。」


「…………」


僕の言葉を聞いたディーナは瞳を揺らして僕を見た。僕も視線をまっすぐと受け止める。


「すぐに帰ってくるよ。ディーナに何かあったら、すぐに駆けつける。」


ディーナはゆっくりとかぶりを振る。


「ユーゴさん、私はユーゴさんを心配してるんです。昼間あんな事があったばかりじゃないですか。」


「ディーナ……」


「私も、ユーゴさんが危なくなったら駆けつけます。」


「ディーナ、それは——」


「もう一人になるのは嫌なんです!……わがままを言ってごめんなさい。」


「……うん、わかったよ。でも、まずは宿屋で大人しくしていてほしい。危ないかもしれないからね。」


「……わかりました。……ユーゴさん、無事に帰ってきてくださいね。」


「うん、もちろんだよ。」



僕は、夜の王都に飛び出した。


読んで頂きありがとうございます!

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