表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/83

森の中:裏

ソフィアからの説教を受けていると、事態は急変した。


勇悟が、地面に崩れ落ちた。


「な、なにが!?」


「こ、これは!!」


彼の意識は次第に衰弱していき、その生命は終焉を迎えようとしている。


「なんで!? どうして!?」


「危険です! 彼の意識レベルが急速に低下! このままでは……!」


私は、神様パワーをフル稼働して、彼の意識を、魂をひっぱりあげようと試みる。


「恐らく、ミネルバ様がスキルを一気に与えた影響で……あまりの情報量に脳と精神が耐えきれずに焼き付いて……自然に回復する症状ではないので【自然回復】も発動していないですね……」


「そ、そんな、私のせいなの!?」


大声を張り上げながらも、彼の意識を探る。意識体は奥深くに沈み込もうとしている。


「ごめん、ごめんなさい……!!」


私は涙を流しながら、懸命に意識体に手を伸ばす。


「どうして、どうしてこんな事に……!」


伸ばした手は、彼の左手をつかみ取る。


「私は、また……」


するりと。


彼の左手は私の手から抜け、意識体は完全に闇に堕ちていく。


「ああ……あああああ!! 待って!! いかないで!!」



しかし、私の声は。


届く事はなかった。




「彼が、死んだ?」


ソフィアが、やってきたユーピテル様に事情を説明している。


「はい。残念ながら……。勇悟殿の肉体は死に、魂も肉体と癒着していたため、消滅したものかと……」


「そ、そうか……」


ユーピテル様が珍しく動揺している。



私は。


私は、泣いている。



「ユーピテル様、申し訳ございませんでした。私が不甲斐ないばかりに、ミネルバ様を止める事ができませんでした。罰するなら、どうか私に——」


「違うわ!!」


バッと顔を上げる。


「全部、全部、全部、私が——ミネルバが悪いんです!! ソフィアは何も悪くないわ!! 私が馬鹿なせいで……馬鹿なせいで! 勇悟君に、なんてことを!! ああ……勇悟君……勇悟、君……」


ぽたりぽたりと、散々流していた涙が、また溢れ出す。


恐ろしい喪失感。虚無感。恐怖感。私の身を切り裂く。



「やれやれ。君という奴は……。よっぽど、彼がお気に入りだったんだね。」


「お気に、入り……? ちが……う……。彼は……そんなんじゃ……」


「そうだね。お気に入りというレベルではないか。

 君のそれ(・・)はもはや——恋、だね。」


「こ、い……?」


「うん。君は仁木勇悟君に恋してしまったんだね。ミネルバ。」



私が、勇悟君に、恋している。


ストンと。


その言葉は胸に落ちた。



同時に、彼を失った事による喪失感が大きくなり、私は嗚咽をあげてしまう。


「うう……うううう……!! なんで、私は勇悟君を……!! 勇悟君を呼んでしまったんだろう……!! こんなに悲しくなるなら……こんなに辛くなるなら……彼に出会わなければ——」


「それ以上は必要ない。」


「…………」


「ふふ、人に恋する神、か。まるで人間の書いた物語のようじゃないか。面白いね。」


「…………」


「仕方ない。君に免じて、一回だけ。一回だけ、ルールを曲げよう。」


「…………え」


「本来、魂というものは自然のあるべきまま、なすがままにするべきだ。でも、今回のケースは、むしろ神がその流れをねじ曲げた事によって起きた弊害。仁木勇悟君は、その被害者とも言えるね。まあ、被害者だろうとなんだろうと、救済などありえないんだが。……私も甘くなったな。」


「ユーピテル、様……」


「いいかい、ミネルバ。人と神は決して交わる事はできない。それは、肝に銘じておくんだよ。」


「っ! ……は、はい……」



そして、ユーピテル様は、その膨大な神力を——




彼の身体に縋り付いて泣く少女は、いつかどこかで見た光景によく似ていた。


彼女は、少し泣いては、彼の顔を見て、また思い出して、泣き始める。


その繰り返しだった。



そんな彼女を近くで見ている存在がいた。


黒装束に身を包み、木々の隙間の闇に潜り込む。完全に気配を殺している。



「…………」


何もしゃべらない。



長い時間そうしていたが、空に帳が降り始めた。


勇悟を見ている。その目には、どこか優しさがあり、どこか哀しさがあり。



ふいに、動き出す。


しかし、それは寄り添う二人の元へではなく、むしろ彼らから離れるためだった。


どうやら、襲う気はないらしい。



しかし、その影の前に、別の影が現れる。


瞬間、交差する二つの影。



片方はその場に崩れ落ち、もう片方は気配を殺してそのまま立ち去っていった。


後には残された影が一つ。




ユーピテル様は、奇跡の御技を行使して勇悟の肉体を修復し、魂のかけらをつなぎあわせ、元に戻した。本当に危ないところだったらしい。彼の魂は輪廻の輪から外れ、消滅の一歩手前だった。


そのままでは、また脳が焼き付いてしまうため【高速思考Lv5】と【並列思考Lv5】を魂に与える。


与えたスキルを剥がす事も検討されたが、一度覚えたスキルを無理に剥がす事は魂に傷をつけ、ダメージを与えるとの事だった。私が考え無しに行ったスキルレベルを下げる(・・・)行為も、魂に組み込まれた知識を抜きさる事につながるので、本当は良くない、とユーピテル様に窘められた。


これにより、勇悟の思考速度は、人類の枠を大幅に超える事になる。


地球に現存するスーパーコンピュータを超えるほどの処理速度を得た彼は、やろうと思えば、その精緻な空間把握能力と潤沢な演算能力を用いて、一種の『未来予知』に近い事すら可能だという。


かのアインシュタインが言った『神はサイコロを振らない』というのは、振る前から結果がわかるからだ。もちろん、『完全な予知』には全ての変数と乱数を把握する事が必要で、そんな事は人間にはできない。影響を与えずに観察を行い、収束した未来ごとに並列に存在できる、そんな超常的な存在である一部の上級神だけが可能な行為だ。人類は、そんな知性に『ラプラスの悪魔』と名前をつけたが。


しかし、彼の思考能力は、そんな神の領域に一歩踏み込んだ。



ユーピテル様は、これを機に彼の魂を地球に戻すのも可能だ、と仰った。


しかし、私はそれを激しく拒否した。私のためではなく、彼と彼女のために。


こんな別れでは、地球に戻った彼も傷つく。残された彼女も傷つく。


私のせいで二人が悲しむ姿を想像したら、とてもじゃないが耐えられなかった。


やはり、私は神失格なのだ。



ユーピテル様は、そんな私の様子を見て、何も言わずにただ肩をすくめた。




胸の高鳴りを抑えながら、その時を待つ。



彼の魂が世界へと回帰し、肉体へと還元される。



肉体と魂が馴染むのに数秒。それすらもどかしかった。



ゆっくりと、彼が目を開く。


私は言葉にならない声を発し、涙を流しながらその様子を目に収めた。



意識が収斂し、覚醒する。


彼の傍らで泣いていた彼女が、彼に覆い被さり、嗚咽を漏らす。



彼は、戻ってきた。


「おかえり……勇悟君。」




しばしの間、彼は周囲の状況と自分の変化に戸惑っていたようだが、早速手に入れた能力で、少し離れた場所で倒れている黒装束に気づいたようだ。ディーナと手をつなぎ、そちらの方向に歩き出した。


こんな時でも自分の事よりも他人の事を気にかけ、優先する彼の気質を微笑ましく思う。



勇悟が近づいても、黒ずきんに覆われた顔に反応はない。


彼はディーナをかばいつつ、ゆっくりと黒装束に近づき、傍らに膝をついて揺り起こす。腹部から血を流している。この出血量はかなり危険なはずだ。


返事はない。勇悟はそれを確かめると、即座にアイテムボックスからポーションを取り出して右手だけで器用に封を切ると、黒装束を抱きかかえ、ポーションの瓶を口にあてがって流し込む。


しかし、飲み込む気配はない。



痺れを切らした勇悟は、ポーションを自分の口に含むと、一切の躊躇もなく口移した。



背後でディーナが「あ」と口を開けている。


私も思わず「あ」と声を出した。


ポーションは患部に振りかけるだけでも効果が得られるが、血液不足のようなケースには効果がない。経口摂取する事により、増血効果が得られ、同時に全身の出血箇所を応急処置的に止血する事が出来る。



勇悟の口からポーションが流し込まれ、のどがゆっくり動き、嚥下される。こくん、こくん、という静かな音が森の中に響く。



しばらくすると、目を覚ましたようだ。


勇悟と目と目が合う。



瞬間、バッと身を起こし勇悟から離れようとする。


しかし、勇悟が一瞬早く黒装束の腕を掴み、その場に留める。


まだ貧血気味の黒装束は、急な激しい動きを起こした事でふらつき、力が抜け、勇悟に引っ張られた腕ごと、勇悟の元に倒れ込む。



その時、彼が気づいた。


赤面し、あたふたとしている彼の様子に、私は思わず笑い声を出した。



そう、黒装束は女性だった。


読んで頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ