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森の中:表

「よし、入ろうか」


「はいっ!」


僕はディーナと共に王都近くの森に来ていた。


冒険者ギルドで受けた薬草採取の依頼は一日の宿代程度の報酬だが、冒険者達の間では登竜門のように誰もが通る道だという。『ランクSも薬草採取から』ということわざがあるらしい。意味は『千里の道も一歩から』と同じだ。ギルドの受付嬢が、ちらちらと僕達のつないだ手を見ながら教えてくれた。


ディーナと相談したが、彼女も冒険者として一緒に活動したいらしい。「待つだけじゃ嫌なんです」とは彼女の言葉だ。彼女を危険な目に遭わせるのは嫌だったが、いずれにせよ僕が冒険者として活動するなら一緒について回ることになる。離れるつもりは無かった。僕が護ればいいから。


鍛冶屋の親父さんから格安で譲ってもらった装備を身に付け、草むらをかき分ける。


武器は魔鋼のショートソード。魔鋼とは、魔力を溜める『畜魔』の性質を持つ金属だ。普段は鉄と同程度の比重なのだが、魔力を溜めれば溜めるほど硬度と重量が増すらしい。


鍛冶屋で【魔力操作】を使って試しに大量の魔力を込めてみたら、恐ろしい重量になった。そのまま何とか振り回してみたら、試し切り用の木製人形が粉々に吹き飛んだ。親父さんのあんぐりとした表情は印象深い。思いついて、【魔力操作】で畜魔されていた魔力を抜いてみると、一気に軽くなった。


【剣技】と組み合わせてみたら、瞬間的に魔力を出し入れする事で、驚異の重量によって得た遠心力による加速と攻撃力、そして瞬間的に軽くなる事による変幻自在の剣技の軌道と、恐ろしい動きになった。親父さんは若干ひいていたように思う。


親父さんの青い顔を思い出しながら森に立ち入ると、鬱蒼とした森の香りと、濃厚な生命の気配が僕達を迎える。ディーナと手をつなぎながら、周囲を警戒しつつ進む。


ざくっ、ざくっ、と腐葉土を踏みしめながら歩くと、幼い頃に父親に連れられて歩いた山道を思い出す。こんな森の中ではなかったが、ハイキングというには険しい山道だった。子供の身には辛かったが、父親の背中を見て歩くのは楽しかった。


「あっ」


と、ディーナが手を引いた。


振り返ると、どこかを指さしている。指の先には依頼の薬草があった。アニマはヒューマンよりも五感が鋭い。視覚だけではなく、嗅覚にも頼っているのであろう彼女の探索能力には太刀打ちできない。


「すごい。よく見つけたね、ディーナ。」


褒めると、はにかみながら猫耳をピクピクと動かす。頭を撫でてやると、ふにゃふにゃになった。


「うぅ……ユーゴさんの手は危険です……」


言葉とは裏腹に嬉しそうなディーナを尻目に、僕は薬草を採取し始めた。




急に。


莫大な奔流が、僕の頭に叩き込まれる。



「うわああぁぁぁ!!」


思わず頭を抱えてうずくまった。頭が破裂しそうな痛みを感じた。


「ユーゴさんっ!?」


ディーナが駆け寄ってくるのを感じるが、返事ができない。


彼女の呼び声が、まるで水の底にいるかのように遠い。



ズキン、ズキン、と心臓の鼓動に合わせて疼痛が頭の中を這い回る。


視界の端にはチカチカと星が舞っている。


吐き気が、寒気が、目眩が、いっぺんに襲いかかってくる。



ぐるんぐるんと世界が廻り。


僕は、地面に倒れ伏した。



「——っ! ——っ!!」


ああ、ゴメンね。


泣かないで。



僕は、意識を閉ざした。




——ごめん、ごめんなさい。


——どうして、どうしてこんな事に。


——私は、また。



遠くで声が聞こえる。


悲しそうな声だ。


どうか、泣かないでほしい。



——せっかく、会えたのに。


——もう一人は嫌です。


——だから、起きて。起きてください。



糸を伝って声が聞こえる。


寂しいのかな。


寂しいのは、嫌だよね。



何も見えない。


何もわからない。



いいんだ。


僕はダメな奴だったけど。


こんな僕でも、誰かを護る事ができた。



誰かが、僕の手を引っ張る。



あの、笑顔が眩しい黒髪の女の子かな?


それとも、猫耳がかわいらしい緑髪の女の子だろうか。


それとも。



引っ張っていた手は力を失い、遠く、遠くに離れていく。



どこかへつながっていたはずの糸も、切れてしまった。



ごめんね。


ありがとう。



さようなら。




「君は、まだ消えてはダメだよ。」



低い声だ。



「いいかい? 君の魂は、今、危険な状態にある。」



ふーん、そうなんだ。



「今回限りだ。あまり好ましい事では無いからね。」



だったら別にいいのに。



「そういうわけには、いかないよ。君を待ってる人たちがいる。」



待ってる? 誰が?



「あの子や、あの子。それに、あの子もだね。」



誰だっけ。



「覚えてないかい? 君の大事な人、君を護った人、君を祝福した人……人ではないか。」



人じゃないんだ。



「ああ、そうさ。彼女は人じゃない。人じゃないのに、人に恋してしまったようだ。」



それは大変だ。



「おやおや、他人事だね。君も罪な奴だ。」



僕が? なんで?



「ははは。まあいいさ。早く帰ってあげなさい。」



帰る……?



「そうだ、帰るんだ。」



帰る……。



ああ……。



そうか、僕は。




ゆっくりと、目を開ける。


眩しい光が一杯に広がる。


瞳孔が開ききっていて、何も見えない。



「ユ、ユーゴ、さん……?」


懐かしい声だ。



ふわりと、僕の頬に手が添えられる。


ああ、そうだ。僕は、ユーゴだ。仁木勇悟だ。



「ユーゴ、さん……」


ぽたりと、僕の顔に冷たい感触が。



「ユーゴさん……! ユーゴさん! ユーゴさぁん!!」


がばりと、僕に覆い被さる柔らかい感触。



「良かった……! 良かったです……!」


細い身体が震えている。心配させてしまったようだ。



僕は、その身体を、確かめるように抱きしめる。



「ただいま、ディーナ。」




森の中で、僕はディーナに支えられて起き上がった。


すでに空は暗く、辺りは一面の闇に覆われている。


「僕は……いったい?」


ディーナに尋ねる。ディーナはまだ心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。


「薬草の採取中にユーゴさんがいきなり倒れて、私……。いくら呼んでも起きないし、身体が冷たくなっていって……つながりも感じられなくなって……私……うぅ……ふぇぇぇん!!」


ディーナはまた泣き出してしまった。僕は謝りながら彼女を抱き寄せて、頭を撫でる。


「ごめんね、ディーナ。心配させちゃったね。」


彼女は嗚咽を漏らしながら、僕の胸の中で泣いている。



何があったのか。


それは、わからない。


誰かの声を聞いた気もする。


覚えていない。



しかし、僕の頭の中には、前に比べて圧倒的な世界が広がっている。


それは、生き物の気配のゆらめき。


それは、空気中の魔力の流れ。


それは、木々の葉っぱ一枚一枚に至るまで。



今では、森の中、周囲1キロメートル。


木、葉、草、花、虫、土、砂、水、風、熱、魔力。


僕の意識は、しかしそんな圧倒的な情報を、圧倒的な速度で捌き続けている。


今、600m先の川で、魚が跳ねた。


今、900m先の木から、葉っぱが一枚散り落ちた。



そして、そんな意識に引っかかるものがあった。


それは、人。


ここから、100mほどの場所に、黒装束を身に付けて、地面に倒れている。



「ディーナ、行こう。」


僕はディーナの身を優しく離すと、手を取った。


「うぅ……。はい……。」


彼女も僕の手を握り返した。



魂のつながりは、いつの間にか復活していた。


読んで頂きありがとうございます!

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