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ショッピング:裏

その夜は、【遠見の鏡】を閉じておいた。


人間の、生命の営みは、なんて美しいんだろう。私は、今まで感じた事のない高揚感と、多幸感に包まれていた。神界はすでに夜。ここでは時間の流れが地球などとは異なり、おおよそ60時間周期で昼夜が入れ替わる。


ソフィアは側の止まり木で眠りについている。


空に浮かぶ白銀の月を眺めながら、神の身として、女神に生まれた意味を考える。男ではなく女。しかし、子供をなす能力はない。神には必要ないから。


今まで、幾度となく人間達の夜を眺めた。


はじめは興味深く見ていたが、いつしか何も感じる事はなくなっていた。人は、際限なく増えていき、そこには驚きもなければ、感動もなかった。多すぎる人間に個々の価値を見いだすこともなく、ただ漠然と一個の種として認識していた。


しかし、今は違う。


勇悟と、そしてディーナを見て、聞いて、感じて、そこに人間の美しさを、すばらしさを、優しさを学んだのだ。以前の私にはなかった、人間達に対する愛情や尊敬が生まれていた。それは、夜空に瞬く星々のように、私の心を彩った。


『スタジオーネ』の空には、太陽も、月も、星もない。


私には、それらの価値がわからなかったから。眩しいだけ。浮いてるだけ。いっぱいあるだけ。必要性を感じなかった。そもそも、『必要性』を考える必要などないというのに。ただそこにあるだけで、美しいのに。


『スタジオーネ』では、四季が巡らない。


4つの大陸は、それぞれが春夏秋冬で固定されている。私には、春の穏やかさも、夏の日照りも、秋の彩りも、冬の厳しさも、全てが等しく無価値だったから。季節がころころ移ろうのは面倒だとまで思っていた。生きているから、季節の巡りを肌で感じられるのに。


暦も、時制も、単位も、言語も、宗教も、おおよそ人独自の文化というものを認めず、自分の価値観を押しつけた。



私はいつだって、自分勝手だった。



私は、女神。だけど——




翌日、勇悟達は冒険者ギルドで依頼を受ける事にしたようだ。


ディーナも冒険者登録をするようで、目をギュッと閉じて恐る恐る針を指に刺している。それが終わると、勇悟は安心させるようにディーナの頭を撫でた。


ギルドの受付嬢は、そんな二人の様子をうらやましそうにチラチラと見ている。彼女には恋人がいないようだ。彼女にいい人が見つかるよう祝福しようかしら。


初心者向けの薬草の採取依頼を受けた二人は、王都を出る前に装備を調えるために鍛冶屋に向かった。


鍛冶屋のドワーフ親父は最初、勇悟を見て『ひよっこ』と馬鹿にしていたが、剣を振らせると表情が一変。最終的にはワイバーンの皮鎧や、魔鋼のショートソードを格安で与えた。最後には『ユーゴ』と呼ぶようになっていた。ディーナにもレッドリザードの胸当てと、鉄製の短剣が見繕われた。どちらも、おおよそルーキーには見合わない装備だ。


「て、テンプレすぎるわ!」


「良かったですね。お望みの『てんぷれ』ですよ。」


「うう……確かに、私が望んだ事だったけど。きっとこれも【天運】の効果よね……。」


「でしょうね。さすがはミネルバ様の祝福、御利益がありますね。」


ソフィアの空々しい褒め言葉に若干のいらつきを感じつつ、しかし勇悟達の役に立てた事を嬉しくも思う。



勇悟達は、王都を出るため西門に向かった。依頼の薬草は王都近くの森に群生している。森の入り口近くで見つかるため、危険度はそんなに高くない依頼だ。どうやら、ディーナに配慮した結果らしい。


昨日二人と会話していたエンリコと名乗る警備兵が門番を務めており、ニヤニヤしながら二人を見送った。二人はやや赤面しながら足早に王都を後にした。




その二人を追う影があった。


昨夜は【遠見の鏡】を閉じていたため、察知が遅れたようだ。


二人を追って森の中に入っていく。



「な、なによこいつ! ちょっとステータス高くない?」


「ホッホウ……。どうやら、『掃除屋』の残党のようですね。」


「【暗殺術】なんてやばいスキルまで持ってるし……」


「ああ、ミネルバ様が『ちゅーにびょう』がどうとかぶつぶつ言いながら創ってたスキルですね。」


「や、や、やめてぇぇぇ!!」


私の中の暗黒の甘美たる病(中二病)が疼いて暴走した時の封印されし黄昏の記憶(黒歴史)が刺激され、思わず顔を押さえてしゃがみ込む。あの時はノリで創った。今は反省している。


しかし、私の病気が暴走した結果、【暗殺術】はエグい効果を持っている。隠密と暗器を組み合わせた音の無い殺人術(サイレント・キリング)。毒物や毒蛇を使った毒殺術ポイゾニック・キリング。スキル取得には血のにじむ特訓が必要となるはずだが、習得しているという事は、暗殺に精通しているという事だろう。


勇悟が危険だ。


「ソフィアが『ふらぐ』立てるからよ!」


「そういわれましても……」


ソフィアが肩をすくめるような恰好をする。相変わらず器用なフクロウだ。


【天運】は万能ではない。その事は、神様として識っていた。勇悟個人に対する人の強い意志が絡むとき、未知の困難を退ける事は格段に難しくなる。すでに起こった事を良い結果に導く事はできるが、未然に防ぐのは難しい。勇悟自身が困難を認識し、『防ぎたい』と考えれば可能だろうが。


「どどど、どうしましょう! ああ、なんとかしないと!」


「落ち着いてください、ミネルバ様。まずは様子を見ましょう。いくら手練れとはいえ、勇悟殿なら何とか出来るでしょう。」


「で、でも! 【暗殺術】で気が付かない内にサックリと殺されちゃったらどうするの! サックリと!」


「そんな、勇悟殿をスナック菓子か何かみたいに。大丈夫ですよ、【結魂】の危険察知もありますし。何なら【気配察知】でも付与してあげればいいんじゃないですか?」


ソフィアの提案に私は目を丸くする。


「ソ、ソフィア? スキルの付与には反対じゃなかったの?」


「そりゃあ反対ですよ。ミネルバ様は考え無しにポンポンあげちゃいますから。でも、ユーピテル様の命令もありますし、なにより勇悟殿には迷惑を掛けましたから。」


「ソフィアーー!!」


私は肩の上にいるソフィアをむんずと捕まえてムギュウと抱きしめる。このツンデレフクロウめ。この。この。


「ぎゃああああ!!」


ソフィアがバサバサと私の胸元で暴れている。


そんなに喜ばなくてもいいのになあ。




ソフィアのお言葉に甘えて、スキルの大盤振る舞いをする。



えーと、【気配察知Lv5】でしょー。


【魔力察知Lv5】にー。


【空間把握Lv5】とー。


【見切りLv5】でー。


【自動防御Lv5】もいいわねぇ。


【魔法反射Lv5】とかもありかしら。



「これだけあげれば安心かしら? ソフィア、どう思う? まだ足りないかしらね?」


「…………」


「あら、ソフィア? どうしたの? いつものしかめっ面が、しかめすぎてブルドッグみたいになってるわよ?」


「…………」


「もー、なんとかいってよ、ソフィアったら。うふふふ。」



「ミネルバ様の……」


「え?」



「ミネルバ様の大馬鹿ものーーーーー!!!」


ものーーー。


ものーー。


ものー。



この後、ソフィアに滅茶苦茶スコールド(説教)された。


読んで頂きありがとうございます!

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