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目が覚めると、事件が解決していた。
僕とディーナが独房で寝ている間に、警備隊長は襲撃者とゴルドーニ伯爵のつながりを証明し、伯爵邸で深夜の逮捕劇が繰り広げられたそうだ。強制捜査が入り、汚職の証拠も複数発見された。さらに、襲撃者である『掃除屋』の本拠地へと大規模な作戦が展開され、幹部連中が軒並み捕縛されたとの事。この深夜にも関わらず、なぜか幹部一同が集合していたらしい。
目にクマを作った警備隊長ジョットから話を聞いた僕達は、開いた口が塞がらない。動きが早すぎる。話が出来すぎている。
「よって、君達への容疑は晴れた。無罪放免だ。すまなかったな。まあ一晩の宿代が浮いたと思ってくれ。」
「は、はあ……それはいいのですが……」
「ああ、それと、ディーナだったかな? 奴隷所有者であるロメオが、君の身柄を決闘に掛けて敗北した事は、複数の目撃証言から判明している。ロメオは既に死亡している事もある。君の所有権はユーゴに移ることになるな。」
「ほ、本当ですか! よかったぁ……」
ディーナが目をキラキラさせながら嬉しがる。
「ジョットさん、僕は彼女を奴隷から解放したい。どうすればいいですか?」
「おお、そうか。まあ、王国では奴隷制度の廃止が進められている最中。帝国での扱いは知らんがな。我が国の犯罪奴隷でない彼女なら、解放も問題ないだろう。商人ギルドで奴隷解放申請をすればいいだろう。」
「わかりました、ありがとうございます!!」
僕は思わずガバッとお辞儀する。ジョットさんは苦笑しながら、その様子を見ていた。
「はははっ……。礼を言うのはこちらの方だ。君たちのお陰で、今まで追求を逃れてきた汚職貴族も逮捕できたし、王都の暗部である組織も壊滅に追い込めた。国民の代わりにお礼を言おう。」
「そんな、僕は何もしてませんよ。」
「謙虚だな、君は。……なあ、君の『力』、王国のために活かすつもりはないか?」
相好を崩していたジョットが真面目な顔になって尋ねてきた。しかし、僕はゆっくりと首を横に振る。
「すみません。……僕は、弱いんです。王国を『護る』なんて大それた事、とても出来そうにありません。手に届く範囲が精一杯なんです。」
そう言いながら、僕はディーナを見る。ディーナは、そんな僕に柔らかく微笑んだ。
「そ、そうか。まあ、馬に蹴られるような真似はやめておこう。」
ジョットは、僕達の様子を見てぽりぽりと頬をかいた。
◆
留置場を出るときに、あの【結魂】の様子を見届けてくれた警備兵に話しかけられた。
「おお、ご両人。無事に釈放されたか。」
「ご、ご両人って……。」
「はっはっは。何を恥ずかしがる事がある。君たちは『結婚』したのだろう? まさか独房の中でプロポーズが見られるとは思わなかったがな。なに、偶然ながらも居合わせた身、見届け人として二人の幸せを祈らせてもらおう。」
「け、け、結婚……!」
ぼふっと音を立ててディーナが湯気を立てた。どうやら彼は致命的な勘違いをしているようだ。しかし、傍から見ればあれはプロポーズ以外の何物でもない。そして、僕も積極的に否定する気にはなれなかった。むしろ、頬が緩んでしまう。
「え、えーと、はははは……。そ、その、ありがとうございました。」
「うむ、息災でな。また困った事があれば尋ねてくるがよい。……彼女を不幸にするなよ?」
そう言って、ニヤりと笑った彼。と、別れる間際、肝心な事を聞き忘れていた事を思い出した。
「あっ。そうだ。……あの、その……お名前を伺っても?」
「おお、名乗ってなかったか? すまなんだ。私はエンリコと申す。」
「エンリコさん、色々とありがとうございました。ディーナは幸せにしてみせます。」
僕の言葉を聞いたディーナは、またぼふっと音を立てた。あわあわと声にならない声を上げている。
「はっはっは。ユーゴ殿は見かけによらず、意外とやり手のようだ。」
彼の笑い声に送られながら、僕達は留置場を後にした。しっかりと、手をつないで。
◆
「ユーゴ様、わ、私、こんな服、頂けないです!」
「ディーナ、何度も言ってるだろ? 様付けはやめてくれよ。もう奴隷じゃないんだからさ。」
僕とディーナは、王都中心部の大きな服飾店に来ていた。
あれから、商人ギルドで無事に彼女を奴隷身分から解放した。奴隷の証である奴隷紋が消えた肌を見て、彼女は嬉し涙を流しながら僕に抱きついてきた。僕はそんな彼女を抱きしめ返し、ゆっくりと頭を撫でた。
僕達は二人で手をつなぎながら王都を歩き、必要な物を買いそろえる事にした。彼女は賑やかな町並みを見てコロコロと目まぐるしく表情を変える。楽しそうな顔、好奇の顔、驚いた顔、おっかなびっくりな顔、美味しそうな顔、そして、笑い顔。そこに、奴隷だった時の表情はなかった。
「そうだ。ディーナ、服を買っていこう。」
「えっ……でも、私……」
「そんな恰好じゃ風邪をひいちゃうよ。僕も着替えがないんだ。一緒に買いに行こうよ。」
「は、はい……」
そう言って、彼女の手をひっぱって店に入る。実際には【全状態異常耐性】のおかげで、風邪を引くことはないが。そういえば、いつかこんな風に手をひっぱられた事があったな。あの時、僕は護られる存在だった。今の僕は、護る事ができているだろうか?
店に入ると、店員はディーナのみすぼらしい恰好にも嫌な顔ひとつ見せずに対応してくれた。ディーナが遠慮しているのをみて、僕は彼女に服を見繕って欲しいと頼む。ディーナは笑顔の店員に連れられて店の奥に消えていく。不安そうな顔を見せていたが、僕は笑顔で見送った。
試着を終えて目の前に現れた少女は、恥ずかしそうに俯きながら、どこか不安そうな表情をしている。可憐な白いワンピースは、彼女のエメラルドグリーンの髪に映えて、とても可愛い。気を利かせた店員が彼女の髪を梳いてくれたようで、ふわふわとしている。アニマ用にしっぽ穴が空いていて、服の後ろから覗いたしっぽがちょこんと見え隠れしている。
「ディーナ……かわいいよ。」
思わず口をついて出た僕の言葉に、ディーナは再びぼふっと湯気を出した。
◆
僕も平民用の服と下着を何着か購入し、ディーナの分と合わせてアイテムボックスに入れておく。他にも身の回りの細かい日用品を買いそろえていく。僕とディーナの二人分がアイテムボックスに収納されていく。護衛代として大金をくれたミケーレさんに感謝しなければ。
ディーナと二人で巡る街は、どこを見ても新鮮で、屋台で食べ歩きをしたり、露天商を眺めたり、川沿いを散歩したり、ゆったりと楽しくて優しい時間が流れていく。
今、僕達はカフェのオープンテラスでお茶を飲んでいる。
「ユ、ユーゴ、さん。」
「さん付けも要らないんだけどなあ。」
「ムリ! ムリです! よ、呼び捨てなんて……」
赤面して俯いたディーナが愛らしくて、頭を撫でてしまう。
「はふぅ……」
どうやらディーナは猫耳の付け根が弱点らしく、そこを重点的に撫でてやると脱力したように耳がへたり込む。そんな彼女の様子が可愛くて、僕は度々頭を撫でるようになっていた。
「……はっ、そうじゃありませんでした! ユーゴ、さん。あの、私はユーゴさんの邪魔では……?」
「? どういうこと?」
「ユーゴさんは冒険者の方ですよね? その、ぼでぃーがーど? として護衛をしていらっしゃるのでは? 私が側にいると、ユーゴさんのお仕事の邪魔になってしまうのでは……」
不安げに俯く彼女に、僕は優しく語りかける。
「ねえ、ディーナ。」
「は、はい。」
「僕は、君を『護る』って言ったよ。『護りたい』って。ディーナの側から離れるつもりはないよ。」
「はうぅ……」
「それに、僕はまだ冒険者として活動した事もないよ。この街、いや、この世界に来たばかりなんだ。」
「世界……?」
僕は、ディーナに話す事にした。昨日の独白では、遠い国としてぼやかして説明していた世界の事。地球、そして日本。事故で死んだ事。ミネルバ様の事。そして、自分が転生者である事。
異端者である事を告白する。しかし、そこに不安はなかった。彼女なら、きっと何を話しても受け入れてくれるだろう、と確信できた。
思ったよりも静かな気持ちで伝える事ができた。ディーナは、最初は驚いた顔をしていたが、じっと話を聞いてくれた。ミネルバ様の話になると、得心がいったように頷く。祝福の事だろう。
すべての話を終えた僕は、お茶を一口飲んでから、ディーナに尋ねる。
「……信じて、くれるかい?」
ディーナは大きな瞳で、しっかりと僕の目を見ながら頷いた。
「はい。信じます。ユーゴさんの事を、信じます。」
その後、嬉しくなった僕が彼女の頭を撫でて脱力させたのは言うまでもない。
◆
宿屋のおかみさんにディーナを僕の『大事な人』だと紹介すると、祝福してくれた。二人部屋を用意してくれた。一人部屋を追加で頼もうかと思ったけど、おかみさんに「女の子を一人にしておく気かい?」と怒られてしまった。
部屋に入って落ち着いてから、しばらくすると夕食に呼ばれた。二人でパンとスープを食べる。ディーナは、その小さな口でパンをはぐはぐと食べ、小動物のような愛らしさに僕は思わず目を細める。昼間の屋台でも、カフェでも、彼女はいちいち食べ物や飲み物に感動し、その度になだめるのが大変だった。
おかみさんも、そんな彼女の様子を見てニコニコとしている。
「かわいい娘だねえ。ほら、もう一杯スープどうだい?」
「えっ、あ、は、はい……」
小さな体で意外とよく食べる女の子は恥ずかしそうに頷いた。アニマは、性質上ヒューマンよりも大食いの傾向がある。今まで奴隷として粗食を強いられてきたのだろう。夢中で食べている。
結局、ディーナはスープを2回おかわりした。
◆
宿には共有の浴場がある。科学の代わりに魔法が発展したこの世界では、バッテリー代わりの『魔石』を使った魔道具が広く普及している。魔石への魔力注入は『魔力屋』と呼ばれる専門職が存在するが、それなりに値が張るため、平民の間では個人で風呂を所有するのではなく、公衆浴場が一般的だ。ちなみに、混浴ではなく男女別である。
僕とディーナは夕食後、浴場に向かった。昼に買ったタオルと着替えを持って入り口で別れる。
僕は久しぶりの風呂に大きく息をついた。転生初日は、風呂に入る余裕もなく眠りについたのだ。こちらの世界に来て初めての入浴だった。まだ転生して三日目にも関わらず、色々な事が起きすぎた。僕の手は血に汚れすぎた。それでもディーナに出会えた事で、転生してよかったと、素直に思えたのだった。
浴場を出ると、すでにディーナは上がっていて部屋に戻っていた。
くすんだ色だった髪の色は透き通ったエメラルドグリーン。埃にまみれていた肌は、すっかり本来の白さを取り戻している。ふかふかの尻尾が気持ちよさそうにゆらゆらと揺れている。
僕は、彼女が座っているベッドに、彼女の隣に腰掛けた。
以前は人一人分だったその距離は、今やゼロ人分。
彼女の顔は湯上がりで上気している。いや、湯のせいだけではないだろう。
ゆっくりと手をつないだ。
彼女はビクリと身体を震わせる。
頷いたまま、こちらを見ない。
魂のつながりを感じる。
彼女の気持ちが、僕の気持ちが、お互いの中に流れ込む。
——ああ、そうだね。
不安な気持ちもある。
ほのかな恐怖もある。
でも、それ以上に幸せが、期待が、愛情が、胸の中でないまぜになる。
手を優しくほどいて、彼女の腰に手を回す。
彼女のか細い身体が身じろぎしつつ、ゆっくりと、僕に体重を預ける。
彼女の手が、僕の回された腕にぎゅっとからむ。その手は少し震えている。
彼女の吐息が、僕の吐息と混じり合う。
暖かい。
彼女は目を瞑った。
ゆっくりと近づく。
熱い。
そのまま、僕達はベッドに——
——そして、魂のつながりは、満たされた。
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