襲撃:裏
ハラハラしながら様子を見ていたが、あっという間に勇悟君は男達を制圧してしまった。鉄格子ごしにも関わらず三人の男達を鮮やかに無力化していく手並みに、私は思わず拍手してしまったほどだ。
「すごい! すごいわ! さすがは私の『主人公』ね!!」
「ミネルバ様……『主人公』はやめたんじゃなかったんですか?」
ソフィアがジト目で私を見る。
「ええ、無理矢理つくった私の物語の『主人公』にするのはやめたわ……。でも、私にとって勇悟君は『主人公』のままよ。だって、ほら、その……見てると、ドキドキするんだもの。」
「ドキドキ、ですか……。」
「な、ななな、なによ! いいじゃない、別に! 本当にドキドキするんだから! な、なんか危なっかしくて放っておけないし! ……か、かっこいいし。」
最後の方はぼそぼそと小声になってしまった。幸いソフィアには聞こえなかったようだ。
作られた『主人公』はもう要らない。けど、彼を見ていたい。彼が『主人公』として活躍する、彼の物語を見ていたい、と思ったのだ。
『成り上がり』じゃなくてもいい。
『はーれむ』も要らない。
ディーナと二人でつつましい生活を送るだけでもいい。
それでも、私は彼らを見守っていきたいのだ。
◆
その後、二人は改めて事情聴取されたが、襲撃者の証言と照らし合わせて、嘘は言っていないと判断されたらしく、また同じ独房に入れられていた。再襲撃を警戒して、警備は強化されている。
襲撃者達は最初の内は口を閉ざしていたが、軽い拷問に掛けられると、あっさりと口を割った。彼らは『掃除屋』として活動している組織の末端らしい。上司から命令を受けて動いているため、依頼主の名前は聞かされていないらしい。拠点も、幹部達のいる本拠地とは別の地点しか知らない。実に慎重な組織のようだ。上司の名前を吐かせたところで、拷問は切り上げられた。
命令の内容は『ディーナと勇悟の殺害』そして『ロメオの殺害』だった。
「なるほどな。被害者と加害者の殺害、か。リザードの尻尾切り、という所か。」
警備団長ことジョットは、この事件の背景を概ね把握していた。そして、襲撃者の背景にいるのは誰か、という事もわかっている。だが、証拠がない。『掃除屋』とのつながりを証明するのは難しく、強制捜査にはそれなりの証拠が必要だった。
「とりあえず、ロメオ死亡にかこつけて『容疑者』に話を聞いてみる他ない、か。」
ジョットはそう独りごちて、動き出す。
数人の警備兵達を連れて、目指すはゴルドーニ伯爵家。
◆
一方、『掃除屋』は襲撃失敗の報を受けて慌ただしくなっていた。
組織の中では中堅と言える三人が、あっけなく敵の手に落ちたというのだ。いくら警備兵の多い留置場とはいえ、彼らの隠密技術はそう容易く破れるものではない。作戦成功の連絡がこなかったため、追加人員による諜報が行われた結果判明したのである。どのように捕まったのかは判然としなかった。
深夜、急遽集められた『掃除屋』の幹部達は、依頼主である伯爵への報告内容を決定し、場合によっては留置場での襲撃は諦める必要があると結論づけた。
嫡男であるロメオが虚偽の証言をし、決闘を侮辱するような真似を行った事は、もはや誤魔化せる事では無い。幸いロメオの殺害には成功していたため、全ての責任をロメオに押しつけて、勘当同然で後継の権利も剥奪済みだったと言い張れば、かろうじて伯爵家への責めを免れる可能性もあった。まさしく『リザードの尻尾切り』である。
とはいえ、『掃除屋』の信用のためにも、殺害対象にも関わらず生き延びた二人を見逃すわけにはいかない。留置場での襲撃は、警備が強化されたため難しくなったが、釈放されてから襲えばいいだろう。
とにかく、早く伯爵に報告するべきだ。伯爵への報告は下っ端に行わせるわけにはいかない。
幹部は重い腰をあげて、伯爵家へ向かった。
◆
ゴルドーニ伯爵家では、当主であるミルコ=ゴルドーニが『掃除屋』からの報告を今か今かと待ち受けていた。といっても、相変わらずワイングラス片手に奴隷の女を侍らせている。
「くそっ、まだか!」
ミルコはいらついた様子でふんぞり返っている。女の胸を荒々しく揉みしだきながら。女は乱暴な手つきに痛みをこらえて顔を歪ませながらも、抵抗せずに身を任せている。
そして、ついに待ちわびた報告がやってきた。執事が『掃除屋』の幹部を部屋に連れて入ってくる。
「待ちわびたぞ! さんざん待たせおって!」
「申し訳ございません、伯爵様。少々込み入った事情がございまして……」
「ふん、言い訳はよい。『始末』は完了したんだろうな?」
「それなのですが、伯爵様、ご子息の『始末』には成功したのですが……、件の平民と奴隷に関しては失敗し、生き延びているようです。」
「なんだと!?」
パリーンとワイングラスが床に落ちて割れる。ササッと執事とメイド達が割れた破片を片付け、新たなワイングラスを用意する。
「どういうことだ!」
「はい、伯爵様。私どもは、仕事に定評のある三人を派遣したのですが、どうも警備兵に捕まったようでして……」
「ふざけるな!!」
顔を真っ赤にしたミルコは、新しいワイングラスを幹部の男に向けて投げつける。男は、躱さずにワイングラスを額にぶつけ、赤い液体をかぶる。
「申し訳ございません。私どもの不徳の致すところです。」
男は腰を曲げて最敬礼する。しかし、ミルコの怒りは晴れるどころか、ますます強くなっていく。ミルコが再び声を荒げようとした時、横から執事が耳打ちする。
「なんだと? 警備兵だと!? ……ちっ、ロメオの件か。仕方ない、お前はしばし別室で控えておれ!」
そう言って、幹部の男を別室に下げさせる。幹部は何も言わずに、もう一度お辞儀すると、大人しく部屋を出て行った。部屋を出た途端、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「くそ……愚物が調子にのりやがって……」
幹部の男はぽつりと漏らす。それを聞いた者は誰もいなかった。
◆
しばらくして、警備隊長のジョットが執事に連れられて部屋に入ってきた。
「夜分遅くに申し訳ない、ゴルドーニ伯爵。」
「うむ、何用だ?」
ミルコは白々しく尋ねる。時間はすでに0時を回っており、早寝早起きの王国民にとってはかなり遅い時間だ。とはいっても、ミルコは惰眠を貪る事が常となっていたので、特に遅いというわけではない。
「昼間お話した通り、ご子息のロメオ殿を拘束しておりましたが……、先ほど何者かの襲撃を受け、ロメオ殿が殺害されました。」
あえて、襲撃者についてはぼかして報告するジョット。
さぞや激昂するだろう、と思ったが予想に反してミルコは冷静に返す。
「なんだと? うむ、そうか……。まあ、あの者はもはや勘当した身。伯爵家嗣子としての資格も既に剥奪しておる。当家には関係のない事だ。」
そうきたか、という表情でジョットは苦々しく続ける。
「とはいえ、ロメオ殿の起こした問題は無視できるものではありますまい。すでに何人か目撃者の証言も得られております。決闘に敗れたにも関わらず、それを無視した行い。我々の事情聴取に対する虚偽の申告。これらは重罪にあたるもの。我が王国では——」
「やかましい! 当家には関係ないと言っておるだろう!!」
「しかし——」
「ええい、うるさい! おいっ、客人はお帰りだ!」
「なっ……」
強引に話を切り上げ、退出を命じるミルコ。ジョットは仕方なく部屋を出る。
使用人に先導され、不機嫌な顔で廊下を歩く。と、そこで——
見慣れない男がぶつぶつと呪詛を吐きながら歩いてくる。そのただならぬ気配に、ジョットは思わず身構えた。男はジョットに気が付いていないようだ。
「ふざけやがってあの愚物が俺様の顔に傷をつけやがって『掃除屋』を便利屋だとしか思ってやがらねえ思い知らせてやる」
耳聡く『掃除屋』の単語を聞きつけるジョット。
「おい、貴様。今、『掃除屋』と言ったな。お前は『掃除屋』の一員か?」
「ああん?」
そこで初めてジョットを見る男。ジョットが警備隊の鎧を身につけている事に気づき、冷や汗を流し始めた。
「……へ、へへ、嫌だなあ。私は『掃除やらなきゃ』と言っただけで……」
「詳しく話を聞かせてもらおうか。」
連れていた警備兵達と男を取り囲むジョット。男は顔を青くしている。ジョットを先導していた使用人は急な展開にあわあわと何もすることができない。
ジョットは、そのまま男を連れて伯爵家の屋敷を後にした。
◆
「なんか……何もしなくても、解決しそうね……」
「ええ、そうですね。良い事じゃないですか。あとは、この幹部の男が締め上げられて、伯爵とのつながりも証明され、『掃除屋』の本拠地も判明。万事解決ですね。」
「せっかく勇悟君の活躍が見られると思ったのに……」
私とソフィアは、一連の流れを見ていた。
「それにしても、うまくいきすぎじゃないかしら……」
「ミネルバ様、何をおっしゃいます。ご自身の祝福の効果をお忘れですか?」
「えっ……あ、【天運】?」
「そうです。恐らく、【天運】によって勇悟殿の都合のいいように事件の解決が図られた結果かと。」
「……チートなスキルって色々あると思ったけど、【天運】が一番チートじゃないかしら。」
私は脱力しながら、勇悟君の寝顔観察に戻るのだった。
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