襲撃:表
僕は中学校の教室で、席に座っている。
僕の隣には、猫耳を頭に生やした緑色の髪の女の子が座っている。こちらを見て微笑んでいる。
僕と彼女は手をつないでいる。
皆に見られるのは恥ずかしいけど、でも手を離す気はない。しっかりと握ったその手からは、彼女の優しいぬくもりが感じられる。
ふと目をやると、反対側の隣には、黒髪の女の子が座っていて几帳面な字でノートをとっている。彼女の横顔は記憶の中の女の子に似ているが、はるかに大人びていて、ついドキリとしてしまう。
ふいに手が引っ張られる。
視線を戻すと、緑髪の少女は心配そうな目でこちらを見ている。僕は微笑んで彼女の頭を撫でてあげた。気持ちよさそうに目を細め、しっぽがゆらゆらと揺れている。ふわりとした彼女の髪はさわり心地がよい。猫耳がピクピクと動く。
チャイムが鳴った。
皆が立ち上がる。僕達も立ち上がる。
僕達は教室を出ようとする。しかし、そこに見覚えのある男子生徒が立ちふさがった。周りを見回すと、皆が僕達を見ている。黒髪の女の子も僕達を、いや、僕を見ている。その顔は無表情だった。
緑髪の少女は不安そうな目で僕を見上げる。僕は彼女を背中に隠し、皆を見返す。
一人の男子生徒が前に出てきて、僕の肩越しに女の子に手を掛けようとする。
僕は、その手を払った。
すると、その手が破裂し、視界が赤く染まる。
僕の右手は血に濡れている。
周囲の生徒達は、そんな僕を見て恐怖の表情を浮かべる。
——バケモノ。
彼らの口が、そう動いた。
しかし、僕の左手はしっかりと背後の女の子とつながっている。握力のないはずの左手は、しっかりと彼女の手を握り返していた。ギュッと力が込められる。僕に躊躇はない。彼女がそこにいるから。
生徒達が一斉に襲いかかってきて、僕は——
◆
そこで、僕の脳内にアラーム音が鳴り響く。独房の窓の外から、クロスボウを構えてディーナを狙う黒ずくめの男のイメージが浮かび上がった。ディーナに危険が迫っている事が理解できた。
夢から覚醒して即座に跳ね起きながら、アイテムボックスから『ゴブリンの剣』を取り出して、窓の外にいる男に投擲した。
剣は異常なスピードで手から放たれ、そのままクロスボウを支える手に命中した。男の手が爆発したように弾け飛び、指が数本宙を舞った。
ふざけるな。
奪わせはしない。
そのまま窓に駆け寄ると、鉄格子の間から自分の手を見て放心している男の腕を掴んで引き寄せた。男は力に流されるまま、鉄格子に押しつけられる。
「ぎゃああああああああ!!」
男が大きな悲鳴をあげる。見れば、男の後ろにはさらにもう二人、同じように黒装束に身を包んだ男達が立っている。僕が睨み付けると、ハッとした様子で距離をとった。
後ろを振り返ると、ディーナが目をこすりながらベッドの上で身を起こしている。しかし、なぜか独房の前にいるはずの警備兵は気づいた様子もなく背中を見せている。
「助けてくれえええ!!」
腕を掴んでいる男は、鉄格子に押しつけられてメキメキと嫌な音をたてている。顔が苦痛に歪んでいる。
「何が目的だ? なぜ僕達を狙う?」
自分でも驚くほどの冷たい声が出た。抵抗するなら、すぐにでも殺すつもりだった。
「ああああああ!!」
男は答えずに悲鳴を上げ続けている。僕は男の腕を強引に引っ張り、そのまま脚で踏みつけるように壁に固定する。ブチブチと嫌な音がしている。悲鳴が一層大きくなる。
腕から離した右手で今度は窓の鉄格子に手を掛け、思い切り力を込める。グググ……と鉄格子がひん曲がり、男の上半身が鉄格子の間に収まった。今度は反対側に力を入れて鉄格子を曲げると、男の上半身は鉄格子に挟まれ、身動きできなくなった。男はうめき声をあげる。
男の黒ずきんを剥がし、髪を掴んで顔を上げさせる。
「聞こえなかったか? もう一度聞く。目的は?」
「し、始末を頼まれたんだ」
「誰から?」
そこで、背後の二人が動き出す。一人は投擲用の投げナイフを構え、もう一人は黒色の小さな玉を取り出した。同時に二つの物体が窓越しに投げつけられる。投げナイフは僕の眉間を狙っているようだ。動体視力が投げナイフの軌道を捉え、首をズラして避けようとした。が、そこで後ろにディーナがいる事を思いだし、咄嗟に左手を軌道上に差し出す。投げナイフが掌に突き刺さる。
一方、黒い玉は独房の中に入り壁にぶつかると、黒い煙を勢いよく吐き出し始めた。
黒い煙があっという間に部屋に充満した。煙を吸い込んだ男は激しくむせながら気を失った。どうやら麻痺性のガスのようだが、僕達には祝福の【全状態異常耐性】があるため効果がないようだ。外から警備兵達の騒ぎ出す声が聞こえる。僕は声を出さずにジッと身を潜める。
(ディーナ、大丈夫か?)
【結魂】の『念話』で、ディーナに話しかける。すぐに返事があった。
(はい、ユーゴ様。これは一体……?)
(わからない。いきなりこの男達が攻撃を仕掛けてきたんだ。僕達を始末しにきたらしい。)
(始末、ですか……。)
物音を立てないようにしていると、僕達が気絶したものと思ったのか、残った二人が鉄格子に駆け寄ってくる。
「くそっ、完全にはまってやがる!」
「あのガキ、なんつー馬鹿力だ!」
「すぐに警備兵どもが駆けつけてくるぞ、どうする?」
「くっ……こいつをこの場に残してはおけない……拷問にでも掛けられれば……。」
「仕方ない、こいつは始末する他ないな……。」
と、そこまで言いかけた時に、僕は鉄格子ごしに右腕を伸ばし、片方の男の襟首を掴む。
「なっ!?」
そのまま思い切り男を振り回し、隣にいた男にぶつける。二人は揉み合いながら数メートル吹っ飛び、もんどり打って倒れた。地面に倒れた男達はピクリとも動かなくなった。
◆
左手に刺さった投げナイフを抜く。ナイフには毒が塗られていたが、僕には何の意味もなかった。左手から血が滴り落ちた。
横からディーナが僕にしがみついてきた。
「ユーゴ様! 手は大丈夫ですか!? 早く手当しないと!!」
しかし、左手の傷は【自然回復】によって、すぐに塞がった。
「こ、これは……?」
「ディーナ、大丈夫だよ。僕は、スキルのお陰で傷がすぐに治るんだ。……はは、本当に化け物だよね、これじゃ——っ!」
ディーナが僕に抱きついた。
「ユーゴ様……。言いましたよね? 私は、あなたを恐れたりしません。」
トクン、トクン、とディーナの鼓動が、ぬくもりが伝わってくる。
「私はユーゴ様を信じています。ユーゴ様も私を信じてくださいますよね? だって、ほら——」
魂のつながりは、消えてないから。
◆
バタバタと複数の足音が響き、独房に警備兵達がなだれ込んでくる。だいぶ薄くなっていたが、ガスを吸わないように口元を押さえている。彼らは僕達に剣や槍を向けた。
僕はディーナをかばいながら、大人しく空の両手を上げる。
「待ってください! 襲撃されたんです!」
「襲撃だと?」
警備兵達が二つに割れ、後ろから警備隊長が現れた。金髪のナイスミドルが、鋭い視線を僕にぶつける。
「詳しく説明しろ。」
警備兵達は警戒を緩めずに僕の話を聞いた。逃げられては困るので、外に襲撃者が二人倒れている事を先に伝えると、警備隊長は指示を出して二人を確保した。途中、男を鉄格子に挟んだ時の事を話すと、警備隊長は男を見て眉をひそめた。
「これを……お前がやったのか……?」
「はい。」
「どうやって?」
「その……こう力ずくで……ぐぐぐっと」
「はあ?」
警備隊長は訝しげな声をあげる。そう言われても他に説明のしようがない。僕が実演する、と提案すると、警備隊長は頷いて、アゴで鉄格子へと促した。
右手でぐぐぐっと男を挟んでいる鉄格子をひん曲げる。
「な!?」
警備隊長は素っ頓狂な声をあげて、目を見開いている。
「こ、これで証明になりましたか……?」
「あ、ああ……。この目で見ては信じるしかないだろう。」
警備隊長はうなりながら、『アニマのハーフか?』などと首を捻ってぶつぶつ喋っている。鉄格子の男を捕縛したあと、先を促され、最後まで説明する。鉄格子ごしに二人を伸した事を聞くと『もう驚かんぞ……』と言いながら首を振っている。
「非常に現実離れした話だが、実際に見せられてはな……。あとは襲撃者どもに聞いてみるとしよう。」
と、そこで別の警備兵が飛び込んできた。
「隊長!!」
「なんだ、騒がしいぞ。」
「伯爵家嫡男のロメオ=ゴルドーニが、独房内で殺害されています!」
「なんだと!?」
警備隊長の顔が驚愕に染まる。僕も驚いていた。ディーナも、僕の背後でシャツを掴んでいた手を震わせた。
王都の夜は、まだまだ明けそうにない。
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