二人で:裏
私とソフィアは、勇悟君達の様子を見守り続けた。ユーピテル様はすでに神殿に帰還している。
【結魂】の様子を、両手で頬杖をついてニヤニヤしながら見届ける。二人の間に魂のつながりが生まれた。それが私の祝福によるものだという事が、何よりも嬉しかった。二人がそのまま身体を寄せ合ったので、その後の場面については目を瞑った。ソフィアの目も塞いでおく。覗きの趣味はないからね。
二人は独房の中で飽きもせずに語り合い、私はそれを聞きながらお茶を飲み、アップルパイを食べた。甘酸っぱい味が口の中に広がる。ああ、おいしいなあ。それは、今まで食べたどのアップルパイよりも美味しく感じた。咲き誇る草花は匂い立ち、鮮やかな色彩は目を楽しませる。ああ、美しいなあ。
そのまま一緒にベッドで寝る事にしたようだ。私は万が一を考えてドキドキしたが、まあ、特に何もなかった。二人はつながりを確かめ合ったまま、眠りについた。私は、飽きもせずに二人の寝顔を見続けた。
「寝ちゃいましたね。」
ソフィアは静かに口を開いた。
「ええ、そうね。」
私も小声で応じる。別にこちらの声があちらに伝わるわけじゃないが、こういうのは気分の問題だ。
「また、意識体で呼び出すんですか?」
「まさか。……さすがに、そんな無粋な真似はしないわよ。」
ぶすっとしながら答える。ソフィアは何がおかしいのか、そんな私を見てクスクスと笑った。ソフィアの笑い声、久しぶりに聞いた気がするな。
今日は二人だけにしてあげたい。二人に、幸多かれ。
◆
一方、そんな二人に対する『敵意』を、私は感じ取っていた。
現ゴルドーニ伯爵家当主、ミルコ=ゴルドーニ。奴隷であるディーナを傷つけようとした貴族青年、ロメオ=ゴルドーニの父親で、権謀術数に長けた疑惑の人物。汚職や裏取引など黒い噂が尽きないが、狡猾に立ち回り、尻尾をつかませない。
彼は今、憤慨していた。
「ふざけるな!! 我が伯爵家の後継を拘束するなど、何たる屈辱か!」
赤い液体の入ったワイングラスをテーブルに叩き付ける。
「おのれ、憎たらしい王の犬どもめ……。この伯爵家の名に泥を塗る真似は捨て置けぬぞ!」
憎々しげに、ナイフを分厚いステーキに突きたてる。
「ロメオもロメオだ! 聞けば得体の知れぬ凡骨に決闘を挑み、しかも無様に敗れるとは! 何たる迂闊! 何たる無能か! 凡庸だとは思っていたが、まさかここまでとは!」
ステーキを荒々しくぶつ切り、肉片を口に放り込む。くっちゃくっちゃと咀嚼して呑み込む。
「しかし、まずい、まずいぞ……。決闘の約束を破った上に、虚偽の証言だと? 衆人環視の中では偽証も難しい……。あの無能を切り捨てるだけで済むならまだしも、最悪、我が伯爵家に責が及ぶ可能性があるではないか……。」
げぷっ、と人心地ついてから、思案顔を続ける。
「仕方ない……。強硬手段で解決といくか。要は、決闘の原因となった奴隷と、反目する証言を続ける平民を潰せば良いだろう。さすれば、いかに王の犬どもとはいえ、貴族の証言を無視するわけにはいくまい。」
そう結論づけると、控えていた執事に『掃除屋』を呼び出すように命令した。
◆
「ふ、ふ、ふざけるんじゃないわ!!」
「ミ、ミネルバ様?」
「こんのクソ親父! こうなったら私の神様パワーでぇぇ!!」
「わー!! 待って、待ってください!! ミネルバ様!」
「止めないでソフィア!! 早くこのバカを始末しないと!!」
私が敵意の出本を【遠見の鏡】で確認すると、そこには醜い狸のようなオッサンが、勇悟君とディーナちゃんにちょっかいを掛ける算段をつけていた。
——ミネルバは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の伯爵を除かなければならぬと決意した。
と、有名な書き出しみたいな事を考えた所で、ソフィアに制止されたのだ。
「ミネルバ様、だから介入は極力避けましょうよ。」
「そうはいっても、こんな三下悪役キャラの典型のようなやつ、神罰を与えても誰も困らないわよ。」
「神罰は気軽に使うものじゃないですよ! それに、勇悟殿が表に出て力を使うようになれば、こういう事も増えますよ。その度に神罰を落とすつもりですか?」
「片っ端から神罰してやるわ!」
はあ、とソフィアは顔を翼で覆った。
「無茶苦茶です。そんな事をしていたら世界のバランスが崩れて、管理しているミネルバ様ご自身が力を失っていきますよ。」
ソフィアの言う事にも一理ある。神様は管理している世界と一心同体と言っても過言では無い。世界が力を失えば、同じように神も力を失うのだ。そのため、神は常に世界を見守り、維持する責がある。私は、まだ神様見習いだから、管理している世界は少ない。ユーピテル様などは、万を超す世界を管理していて、その分、強大な力を持っている。
「ぶう……。じゃあ、どうすればいいって言うのよ。このままじゃ、勇悟君とディーナちゃんが危ないのよ?」
「心配なさらなくとも、ミネルバ様の祝福があればお二人は大丈夫でしょう。よっぽどの手練れでもない限り、【天運】や【結魂】の危機察知能力をかいくぐって、あの勇悟殿のステータスを打ち破るのは不可能ですよ。」
「そんなこといって、手練れが来たらどうするのよ! そういうの『ふらぐ』っていうのよ!」
「その時は仕方ありません。神様としては公平を欠きますが、力を振るう他ないでしょう。でも、万が一つだと思いますけどね。」
私はまだ納得いかなかったが、我慢することにした。話を聞かずに暴走した結果が、勇悟君に対する仕打ちだったのだ。二度と同じ失敗は繰り返したくない。
うう、心配だ。
◆
呼び出された『掃除屋』という怪しげな連中は、伯爵から依頼を受けると、即座に行動を始めた。
三人組の黒ずくめの男達が、王都の夜を跋扈する。
勇悟とディーナが留置場に捕らえられている事は、調べればすぐにわかる事なので、男達にとっては容易い仕事だった。見張りの警備兵は厄介だが、二人が逃げ出すとは考えられておらず、守りは手薄になっている。すでに警備隊は騒動のおおよその事情を察しているようだ。あの伯爵嫡男の様子を見れば誰でもわかるというものだ。
男達はハンドサインで合図しながら、留置場の敷地内に侵入する。そのまま、足音を殺しながら、いくつかある独房の様子を鉄格子付きの窓から確認していく。
その内の1つに、伯爵家嫡男ロメオの姿を認める。ロメオはいびきをかいて寝ている。警備兵は独房の外で背中を向けて立ち番しているようだ。男達はうなずきあい、魔道具を使って男達とロメオの独房に消音結界をはってから、窓越しに話しかける。
「ロメオ様……。ロメオ様……。」
「……むにゃむにゃ……。」
なかなか起きないロメオに痺れを切らし、小石を拾い上げてロメオ目がけて投石する。
「ぶぎゃっ!? な、何事だ!!」
「ロメオ様、ご無事ですか?」
「お、お前達は……なるほど、『掃除屋』か。親父があの平民の始末を命じたんだな? くくくっ……そうかそうか、さすが親父だ。動きが早い。」
「はい。その前にロメオ様がどのような証言をしたのか詳しく確認しておけ、との事でしたので、こうして伺いました。」
「ふははっ、そうか! 証拠作りのためだな? よし、話してやろう。」
そうして、ロメオは男達に向かって自身が行った証言の内容を話しだした。
「——いきなり襲いかかってきたが、それを察知していた私は華麗に避けて、やつの腕を——」
「——やつは卑怯な足さばきで私の剣を躱そうとしたが、私の神速とも言える剣の前では——」
「——奴隷に襲いかかったやつは、咄嗟にかばった勇敢な護衛の男の首を怪しげな力を用いて——」
唾を飛ばしながら、身振り手振りで喋り続けるロメオ。まるで、自慢するかのように作り話を吹聴する彼の姿に、男達は呆れたような雰囲気になっている。
一通り話が終わると、ロメオは満足そうにしている。男達はうなずきあった。
「では、ロメオ様。お父様からの伝言です。」
「ほう、親父の伝言だと? 聞こうではないか。」
「『お前の事は見限った。我が伯爵家にお前のような無能は必要ない。あの世でせいぜい達者にするがよい。』」
「なっ!?」
伝言を終えるやいなや、男は背中に隠し持ったクロスボウを取り出し、窓からロメオに対して射がける。クロスボウから飛び出した黒塗りの矢が、ほとんど音を立てずにロメオの胸に吸い込まれた。
「ぐっ!? がっ……!」
ロメオが胸を押さえながら、ベッドの上に倒れ込む。ビクビクと何度か痙攣していたが、すぐに動かなくなった。ベッドのシーツに赤い染みが広がる。
男達は消音結界を解くと、無言で独房を後にした。あとには、静寂が残された。
◆
「ざまあみろよ……うん……。」
そう言いながらも、私の心は晴れない。ロメオという青年は、奴隷をいたぶったり、勇悟を傷つけようとしたり、おおよそ好きになれる要素もなく、むしろ嫌っていたと言ってもいい。
いつもの私なら「ざまああwwww」と言わんばかりの勢いで、ロメオの事を口汚く罵っていただろう。しかし、なぜだか、親に見捨てられ、裏切られ、冷たい独房の中で無様に死んでいった彼の事を馬鹿にする気にはなれなかった。
「ミネルバ様……。」
自分の心境に変化に戸惑っているのは私だけではなかった。ソフィアが心配そうに声を掛けてくる。
なんでだろう?
『人間の一人や二人減るもんじゃないでしょ?』
前に私が言った事だ。実際あの時は、人間なんてやたらたくさんいるし、私からすれば皆似たようなもの。一人二人死んでも、魂が循環する限り世界のバランスには影響しないし、大した事ない。
そう、思っていたのに。
私が考え事をしている間に、黒ずくめの男達は、ついに勇悟達のいる独房を見つけたようだ。勇悟とディーナは先ほどまでと同じようにベッドに横たわっている。男達はうなずきあってから、先ほどと同じように消音結界を仕掛けた。男達と勇悟君達が結界に覆われ、外界から音が遮断される。【遠見の鏡】には通用しないけど。
そして、先頭にいた男は無言でクロスボウを構える。ディーナの頭に狙いをつける。
息を呑む。
私は、神様パワーで矢を止める準備をする。
ソフィアは固唾を呑んで見守っている。
男が引き金に指を掛けた。
——瞬間。
勇悟が予備動作なく立ち上がったかと思うと、次の瞬間にはクロスボウを持つ男の指が飛び散った。
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