二人で:表
ディーナと抱き合って泣いていたら、不意に僕達の身体から淡くて優しい光が溢れ出した。
「な、なんだこれ。」
「ユーゴ様の身体が、光ってます……!」
「ディーナ、君の身体もだ。」
僕とディーナはお互いの身体を指さしあい、光の美しさにみとれながら、しばらく向き合っていた。光が次第に収斂し、消えてからもしばらく見つめ合い、どちらからともなく吹き出して、笑いあった。
すると、独房の立ち番をしていた警備兵が、僕達に話しかける。彼は若干頬を赤らめ、落ち着かない様子だ。
「あー、その、なんだ。今のは魔法か何かか?」
彼がその場にいる事をすっかり忘れていた僕達は、今までの話が全て彼に筒抜けだった事を察した。過去を語り合い、苦しみを共有した僕とディーナは、あまりの気恥ずかしさに赤面して俯いてしまう。彼も無粋な真似はしたくなかったのだろう。しかし、謎の発光現象は見過ごす事はできなかったようだ。申し訳なさそうな表情をした彼に、僕は答える。
「わかりません……。急に身体が光を発したんです。」
「ふむ、そうか……。ステータスを確認してみてはどうかね?」
言われるまで気づかなかった。僕は早速『ステータス』と念じる。
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ユーゴ=ニキ
15歳・男性・ヒューマン
Lv3
HP :200/200 (+10)
MP :4300/4300 (+30)
STR:60 (+10)
VIT:70 (+5)
INT:85 (+10)
DEX:65 (+5)
*スキル
【アイテムボックスLv5】
【鑑定Lv5】
【身体強化Lv2】 (Lv1→Lv2)
【軽身Lv1】
【剣技Lv5】
【自然回復Lv5】
【魔力操作Lv3】
【ステータス偽装Lv5】
【体術Lv1】 (新)
*加護
【女神ミネルバの祝福】 (新)
※カッコ内は前回からの変更点
※偽装ステータスは省略
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レベルが上がり、スキルが増えたりしているが、それよりも気になる表示があるのを見つけた。
「加護……?」
「おお、なんと! やはり先ほどの光は加護によるものだったか!」
「わ、私にも加護が、加護が増えてます!」
驚きを隠さない警備兵とディーナ。僕は、加護の詳細を知りたいと念じる。
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【女神ミネルバの祝福】
女神ミネルバが敬愛し、祝福した存在である事を表す証。
ミネルバの祈りにより、以下の4つのスキル効果を内包する。
・【成長促進】 常時発動スキル
魂の成長を促し、レベル上昇速度、ステータス成長、スキル成長速度を倍加する。
Lv5…全てに10倍の補正。
・【天運】 常時発動スキル
運に身を任せる時、得られる結果が良いものになる。
Lv5…意識せずとも最良の結果が得られる。
・【全状態異常耐性】 常時発動スキル
全ての状態異常に対して耐性を得られる。
Lv5…いかなる状態異常も完全に防止する。即死効果や疾病も受け付けない。
・【結魂】 任意発動スキル
全幅の信頼を寄せたものと、魂のつながりを得られる。
相手の状況を把握し、助ける事ができる。
発動後は恒久的に発動し続ける。
Lv5…相手の危機察知、位置捕捉、念話、相手の元への転移が可能。
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「な、なんだこれ!?」
あまりの効果に僕は面食らってしまった。ディーナも、そんな僕の様子を見て首を傾げながら、加護の内容を確認したようだ。驚きの表情を浮かべ、言葉を失っている。僕は彼女の様子を横目に、警備兵に話しかける。
「す、すみません、取り乱しました。どうやら、女神ミネルバ様に祝福の加護を頂いたようです。」
「な、なんと! 女神様が直接!? そ、そんな話は聞いた事がないぞ! 今までの例では、加護とはいっても天の使いや精霊によるものがほとんどで、神からの加護など……」
ブツブツと考え事をしている警備兵を見ながら、僕は加護の内容をもう一度確認していた。
【成長促進】は、ただでさえステータスが人よりも高い僕にとっては、恐ろしい効果を生みそうだ。レベルやステータスだけでなく、スキルまで急速成長を始めたら、もはや完全に手がつけられなくなる。しかも、Lv5の効果として10倍の補正がつくようだ。人の10倍速く、人の10倍強く成長する。最早、人を完全にやめている。
今までの僕だったら、人からの『排斥』を恐れ、人を傷つける事から逃げ、この力をひたすらに隠し、封じ、場合によってはミネルバ様を恨みまでしていたと思う。
しかし、今はディーナがいる。
彼女を護りたい。その為には力が要る。人を傷つける覚悟が要る。例え、他の人から排斥されても構わない。彼女は僕を裏切らない。彼女は僕を恐れないから。だから、僕はこの力から逃げない。自分と向き合い、彼女を護るために力を振るう事を決めたから。
【天運】は、これからの僕達にとってこの上ないプレゼントだろう。不運を避け、幸運を得る。単純だが非常に強力だ。祝福とは、ミネルバ様の祈りによるもの、と説明されている。ミネルバ様は僕達の幸福を祈ってくださったのだろうか。
【全状態異常耐性】は、彼女を護る為にもありがたい効果だ。どんなにステータスが高くとも、毒や麻痺を受ければ、あっけなく力尽きる可能性もある。それを完全に無視できるというのは大きい。Lv5であれば、病気すら防ぐらしい。至れり尽くせりである。
そして、【結魂】。
全幅の信頼をおく相手とのつながりを得られる、という効果、そして僕とディーナが同時に祝福された意味を考える。ミネルバ様は、あの泉を通して僕達を見守ってくれていたのだ。少し恥ずかしさもあるが、でも素直に嬉しいと思えた。
ふと気づくと、ディーナもこちらを見つめていた。
「ディーナ。君は、僕に救われたと言ってたね。……でも、それは僕もなんだ。僕も、君に救われた。僕は、今まで義務感から『護らなくちゃ』と考えていた。相手は誰でもよくて、護る事にこだわっていた。……だけど、君に出会って、君と話して、君に全てを打ち明けて、初めて僕は『護りたい』って思えた。君の事を、護りたいって思ったんだ。」
「ユーゴ、様……。」
そして、その言葉を口にした。
「ディーナ、僕と【結魂】してほしい。」
「はい……。はい……!!」
ぽろりと涙をこぼしながら、ディーナはゆっくりと頷いた。
◆
薄暗い独房の中。
警備兵が見ているその前で。
僕達は向き合って立ち、お互いの手を取り合う。
ディーナは、頬を赤らめながら、嬉しそうな表情で柔らかい笑みを浮かべている。
僕も似たようなものだろう。自然と頬が緩む。
そして、二人は目を瞑り、念じる。
『結魂』。
ふっ、と僕達の手が光り、そして確かに彼女とのつながりを感じた。
彼女の暖かい気持ちが流れ込んでくる気がして、少しくすぐったい。
同時に、僕の気持ちが彼女に伝わっている、という確信が得られた。
お互いの望みが一致している事が、心で理解できた。
僕達は、そのまま近づいて——
◆
独房の外に立つ警備兵は、見て見ぬ振りを決め込んでくれたようだ。こちらに背中を見せて、しかしソワソワと落ち着きのない様子で立っている。
僕達は笑いあって、離れた。
もう大丈夫。
彼女とは離れていても、常に近くにいるから。
彼女の笑顔が眩しい。クリクリと大きな瞳がまっすぐと僕を見つめている。
その笑顔を見た時。
チクリ、と。
僕の胸に小さなトゲが刺さる。
トラックに轢かれて満身創痍で横たわる僕。もはや、しゃべる事もなく、動く事もない。
そんな僕の抜け殻に、縋り付いて泣いている女の子。
いつだって、側にいてくれた彼女。
僕の事を、ひっぱってくれた彼女。
離れないと、言ってくれた彼女。
僕を『護って』くれた彼女。
しかし、もう彼女と会う事は出来ない。あの魅力的な笑顔を見る事は出来ない。
きっと、彼女は僕を許さないだろう。
今では、彼女の気持ちも理解できた。
でも、それはもう叶わない。
◆
確かめ合って、笑い合ったはずの僕が悲しげな表情になったのを見て、ディーナは心配そうな顔を見せた。猫耳が不安げにしおれている。
僕はゆっくりとかぶりを振って、目の前の女性を見つめ直した。
これは、僕の中にしまっておこう。いつか、取り出せる時が来たなら、その時は——
そのまま、僕とディーナは再びベッドに腰掛けて、夜が更けるまで語り合った。
自分の事、相手の事、家族の事、好きな事、やりたい事。いくら語り合っても言葉は尽きない。
途中で何度か警備兵が交代していったが、彼らは何も言わずに、独房の前に立っていた。
どちらともなく、次第に眠気に襲われて、横になる。
二人とも同じベッドの上で、向き合って笑い合う。
彼女の甘い吐息が、僕の顔に当たってくらくらする。
お互いの心臓の音が聞こえるぐらいの距離。
ドクン、ドクン、ドクン。
僕達は何も言わず、魂のつながりを感じながら眠りについた。
読んで頂きありがとうございました!