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護りたい:表・後編

僕は、困惑していた。


彼女を信じたい、と思う反面。


彼女に畏れられる事に恐怖する自分もいる。



父は言った。


『誰かを護るという事は、その誰かを心から信じるという事だ。』


『護る事を怖がってはいけないよ。護れなかった時の事を怖がるんだ。』



きっと僕は、まだ本当の意味で人を護った(・・・)事などないのだろう。



僕はいつだって『護らなくちゃ』と思うだけで。


そこには、義務感。


そこには、焦燥感。


そこには、劣等感。



自分の都合で、相手は見ずに。


きっと、相手も助けてほしいと思ってるから。


きっと、護れば喜んでくれるから。


きっと、護れなければ後悔するから。



そこには打算しかない。


相手への信頼なんてない。


いつだって自分本位だった。



僕は、卑怯者だ。




ディーナは、僕の事をまっすぐ見つめている。


しかし、僕はそれに応える事はできない。


目は泳ぎ、身体は縮こまる。



「……やっぱり、私なんかにお礼を言われても困惑するだけですよね……。」


「そ、そんなことは……。」


ない。そう言いたかったが、言葉は宙に浮いたままだ。


「私は、ユーゴ様の事を何も知りませんし、私なんかをなぜ護って頂いたのか、今でも不思議でなりません。」


「…………」


「それでも、嬉しかったから。その気持ちだけでも、伝えようと思ったのです。」


「…………」


「私なんかがお礼を言っても——」


「そんな事ないっ!!」


「ユーゴ、様……?」


「僕は……僕は……」



言葉にならない。


ありがとうと言いたい。


でも、その言葉は薄っぺらすぎるから。


彼女を信じられていないから。



「僕の父はね……ボディーガードと呼ばれる、職業だったんだ。」




護る事のスペシャリスト。要人警護のプロ。


僕の父、仁木燈司(にき・とうじ)は私設警備員として、報酬と引き替えに安全を約束する。


その仕事ぶりには定評があり、各界の著名人はこぞって父の警護を受けた。



僕は、そんな父の背中を見て育った。


僕を護る大きな存在。


いつか僕もそんな存在になりたい。子供心にそう思ったのは、物心ついて間もない頃だった。



父は、その幼い思いを告げた僕に、嬉しそうな、それでいて少し悲しそうな、複雑な表情を見せた。



それから、父による鍛錬が始まった。


毎日竹刀を振り、短い距離ながらも家の周りをジョギングし、父の厳しい指導を受けた。


人を護る事を学んだ。



幼稚園で、いじめっ子からいじめられっ子を護った。


いじめられっ子から感謝された。


嬉しい。



僕は、護る事に一種の快感を覚えていた。


ちっぽけな正義感が満たされ、感謝される事で自尊心を得た。



それは、小学生になってからも相変わらずで、幼なじみの識音のボディーガードを気取っていた。しまいには、識音から怒られた。



僕が小学校3年生になったある日、父は仕事中に重傷を負ってしまう。


父が包帯だらけで病院のベッドに横になっている。信じられなかった。父は僕にとって絶対の存在だったから。


退院した父は、後遺症からボディーガードを続けられなくなった。



父は荒れた。


僕や母に当たるようになった。


僕の中で、絶対の存在が音を立てて崩れていくのがわかった。



同時に、ボディーガードという仕事にも興味を失っていった。


人を助けても良い事なんてないじゃないか。


自分だけが傷ついて、損ばかりだ。




それから、しばらくして、クラスに転校生の女の子がやってきた。


少し太ってはいたけれど、マイペースで独特のテンポを持ち、読書好きで物知りで。今にして思えば、子供な僕達から抜きんでて内面が発達していた。


僕と識音は、すぐに彼女と仲良くなり、いっしょに遊ぶようになった。彼女の影響で、僕もファンタジー小説を好きになった。一緒によく図書館に出かけた。彼女の勧めてくれる本は、どれもこれも非常に面白く、僕は寝る間も惜しんで読みふけった。そのせいで、学校によく遅刻していた。


しかし、そんな魅力的な彼女を、外見を理由にからかう者が現れた。


彼女は困ったような顔をして笑っていた。


僕が一緒にいると、『おっ、仁木とブスが付き合ってんぞー!』と幼稚な野次が飛ぶ。僕は恥ずかしくて、彼女から離れた。


識音は最後まで彼女の側についていたが、一緒にいじめられると彼女がそれを固辞するようになり、彼女は一人になった。


どんどんと排斥圧力は高まる。いつしか、彼女は笑わなくなった。


僕は、もう護る事をあきらめていた。護ったら、僕がからかわれる。



彼女が失踪したのは、転校してきて半年が経ってからだった。



両親は捜索願を出し、警察は山狩りまでしたが、彼女を見つける事はできなかった。


警察の調べは学校まで及び、僕達は刑事に話を聞かれた。



いじめについて。



彼女の両親は、彼女に対するいじめの事を知っていたようだ。優しそうな両親は憔悴し、憤慨し、僕達を恨みのこもった目で見た。——あの顔は、一生忘れる事はできないだろう。



結局、警察は『いじめを苦にしての家出』という紋切り型の結論をつけたようだ。



彼女はその後、僕達の前に現れる事はなかった。




僕は、後悔した。


なぜ彼女を護らなかったのか。手をさしのべなかったのか。側にいてやれなかったのか。


激しい自己嫌悪から、僕は引きこもった。



クラスメイトの顔を見たくなかった。


なぜ、彼女がいなくなったのに、平然としていられるのか、理解できなかった。



仮病を使って布団をかぶり、学校を休んだ。


何も考えたくなかった。



すると、いきなり布団がめくられ、蛍光灯の眩しい光が目を刺す。


「勇悟! ほら、学校行こう!」


識音だった。


識音は僕の手を掴むと、無理矢理引っ張り出し、赤面しながら着替えさせ、顔を洗わせ、ご飯を食べさせ、学校に連れて行った。


僕はその間、何も言わず、識音もまた、何も聞かなかった。


それからは学校にも通うようになり、識音と僕は笑顔になれるようになった。


しかし、ふとした拍子に彼女の事を思いだし、暗い気持ちになる。その度に、識音は有無を言わさず僕を引っ張り回した。



そうして僕は、彼女のことを、ゆっくりと、色褪せさせた。



その代わりに、僕は誓った。


もう、二度と見捨てたりしないと。


もう、二度と裏切ったりしないと。


もう、二度と笑顔を失わせないと。




僕達は小学6年生になり、識音は親の都合でこの街を離れる事になった。


僕は、いつだって識音に頼りっぱなしだった。


識音は、僕なんかよりもよっぽど『人を護る』事をわかっていた。



今までありがとう、と識音に伝えると、識音はいつも通りの笑顔で、僕には眩しかった。



識音と別れて心細い気持ちを、僕は一層『護る事』に転嫁した。


義務感と、焦燥感と、劣等感と。



色々な感情が渦巻き、僕の中で『護る事』は絶対の価値観となった。




「だけどね、その後に通り魔事件があって——」


僕は、ディーナに長い長い話をしている。


絞り出すように。


切り捨てるように。


懺悔のように。


「でね、その友達は『命の恩人だよ』って言ってくれたんだけど——」


胸が一杯になる。


しかし、僕は無表情で話を続ける。


「クラスで『排斥』がはじまってね——」


「助けた友達も——」


「小学生の時に彼女を見捨てた罰だよね。あはは。」



今まで黙って聞いていたディーナは、急に立ち上がると、僕に飛びついて抱きしめた。


「……ディー、ナ?」


「私は、ユーゴ様を裏切ったりしません。」


「…………」


「私は、ユーゴ様を怖がったりしません。」


「…………」


「ユーゴ様。あなたは優しすぎます。人は、そんなに強くありません。皆を護れるほど、優しくなれません。あなたが護れなかったからといって、恨んだりもしません。」


「…………」


「何度でも言います。私はユーゴ様に護られて、救われました。嬉しかった。」



ぽろぽろと。


ぽろぽろと、僕の目から大粒の涙が零れ出す。



信じたかった。


助けたかった。


怖かった。



僕の感情が、今まで溜め込んでいた感情が、堰を切って流れ出す。



嗚咽を漏らしながら、彼女を強く抱きしめる。


彼女は、何も言わずに、僕の頭を撫でてくれる。



彼女の華奢な、折れそうな身体。



ああ、そうか。


これが。



——これが、『護りたい』という気持ちか。


読んで頂きありがとうございました。


一番、書きたかったシーンをやっと書く事ができました。

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