失敗:裏
私とソフィアは悄然としながら、【遠見の鏡】の泉に戻った。
既に、ソフィアには恨み節を思いっきり聞かせた。ソフィアは自業自得だと言いつつも、私を止められなかった自分にも責任がある、と言って二人して落ち込んでいた。
そして、私たちは目にしてしまう。
腰を抜かした様子の、貴族然とした青年。
ボロ服を着て、涙を流しながらへたり込んでいる少女。
呆然と佇む勇悟。
左腕には血がついている。
そして——
——首がねじ曲がった男。
「ど、どどどど、どういう事!? これは!?」
「わ、わかりませんよ!!」
あわわわ、と言いながら踊り回る私とソフィア。
すると、警備兵が現れ、勇悟達を連行していった。
「まずい! まずいわよ!! 主人公から一転、いきなり犯罪者ルートかしら!?」
「終わった……。」
ソフィアが遠い目をしている。もし犯罪者になって、処刑されるような事になれば、彼の魂は肉体に引きずられて消滅してしまうだろう。
「介入するわよ!」
「い、いや、ちょっと待ってください、ミネルバ様!! まだ処刑されると決まったわけでは! 先ほどむやみに力を振るうなとユーピテル様に言われたばかりではありませんか!」
「じゃあどうすればいいのよ!!」
「様子を、様子を見ましょう。もしかしたら、勇悟殿が自分で解決するかもしれません。」
「うううー! もどかしいわ!!」
「こらえて、こらえてください! ミネルバ様!」
私はやきもきする気持ちを抑えながら、成り行きを見守った。
◆
勇悟と貴族は、別々の部屋で警備兵の詰め所で事情聴取を受けている。
勇悟は、ぽつりぽつりと事情を警備兵に説明した。
勇悟の言い分はこうだった。
・貴族が奴隷の少女を『処分』として殺害しようとしていた。
・自分は間に割って入り剣を止め、無意味な殺人を思いとどまらせようとした。
・しかし、逆上した貴族は『無礼打ち』として勇悟を始末しようとする。
・側近と思われる老年の男が貴族に対して『無礼打ち』が成立しない、と告げる。
・貴族はならばと『決闘』を提案。勝利すれば奴隷を解放すると言った。
・決闘を受けて勝利したところ、貴族は約束を放棄して護衛の男に奴隷の始末を命じる。
・護衛の男から少女をかばうも、左腕を負傷。
・男に体当たりし、揉み合った拍子に男の首をねじ曲げた。
「なによそれ! 勇悟君はぜんぜん悪くないじゃない!!」
「ええ、ええ、良かったですね、ミネルバ様。これなら処刑は免れますね!!」
「ちょっと待って、安心するのはまだ早いわ。貴族がどう言い訳するのか確認するのよ!」
【遠見の鏡】をいじって、別の部屋で行われている貴族への事情聴取を見てみる。
貴族は椅子にふんぞり返って、偉そうに警備兵に説明した。
貴族の言い分はこうだった。
・貴族は奴隷に荷物を持たせ、朝の市場を歩いていた。
・すると、いきなり勇悟が貴族を強襲。
・貴族はとっさに反撃して、勇悟の左腕に負傷を負わせる。
・勇悟は奴隷を解放する事を貴族に強要。
・貴族は脅しに屈する事はできないため、代わりに『決闘』を提案。
・決闘に勝てば、奴隷の少女を解放してやる、と約束。
・勇悟は決闘を受け、闘うも、貴族が余裕の勝利。
・諦めきれない勇悟は、決闘の結果を無視して奴隷少女を強奪しようと近づく。
・護衛の男がとっさに間に入ったところ、勇悟は男を攻撃し、男の首を魔法か何かでねじ曲げて殺害した。
「よくもぬけぬけと!!」
「ミネルバ様、しかし、私たちは実際の状況を目で見たわけではありませんよ。神様なら公平にですね……。」
「勇悟君が嘘つくわけないじゃない!! そもそも、こんなやつが勇悟君に傷一つ付けられるもんですか! こいつが嘘をついてるに決まってるわ! 私が天罰を下してやる!」
「はぁ……。まあ、私も勇悟殿が正しいのだと思いますけどね。でも、万が一、間違って天罰を下したら、今度はユーピテル様がミネルバ様に対して天罰を下すことになりますよ。」
「うっ……。」
「しかし困りましたね。このままでは、平民である勇悟殿よりも、貴族である彼の証言が重視されて採用されてしまいそうです。奴隷は主人には逆らえないでしょうし……。」
そう言って、お手上げのポーズをとるソフィア。
「うう……。もしそんな事になったら、王国丸ごと潰してやるんだから……。」
◆
事情聴取が終わり、関係者が集められる。
貴族の青年は、勇悟の事を憎々しげに見ている。
勇悟は、茫然自失という体で俯いている。
奴隷の少女は、そんな勇悟を見て悲しそうな目をしている。
警備隊長と名乗る男が現れた。
金髪をオールバックにした40代のナイスミドルといった様子の彼は、無精髭をこすりながらこう言った。
——私たちでは判断できないため、他の国民達からも証言を集める。
それを聞いて、激昂したのは貴族の青年。貴族の言う事を無視するとは何事か、こんな得体の知れない平民の言う事を信じるのか。しかし、警備隊長は黙って首を振る。曰く、彼らは王直属の部隊であり、貴族であろうとなんだろうと、捜査する権限を与えられている。私たちは『民に剣を向ける存在ではなく、盾を向ける存在である』と。どこかで見た標語のような事を言った。
真っ赤になった貴族は癇癪を起こして暴れ出した。すぐさま、警備兵達に取り押さえられ、連れて行かれる。残された警備隊長は、勇悟の肩をポンポンと叩くと、そのまま部屋を退出した。
「なによ、しっかりしてるじゃない!」
「ええ、素晴らしいですね。現ビアンコ国王のベルナルド=ビアンコは、賢王として名高いですし、さすがお膝元の王都と言ったところでしょうか。」
「うんうん、ビアンコ王国は来年は豊作にしてあげましょ。」
先ほどと言ってる事が180度変わった気がするが、気にしない。
とはいえ、いまだに容疑者である勇悟の身柄は、留置所に置かれる事になったようだ。独房が足りないらしく、警備隊長が気を利かせたのか、奴隷の少女も勇悟と同じ独房に入れられる事になった。
◆
「ふー、いったんは様子見ね。」
「しかし、勇悟殿も次から次と事件に巻き込まれますね。まあ、ほとんどはミネルバ様のせいですが。」
「うふふ、さすが私の主人公よね! この調子でバンバン人助けして成り上がりよ!」
私は右手を天に振りかざす。やっぱり王道も捨てがたいわよね。
「それにしても、勇悟殿の叶えたい事はなんでしょうね。」
「そりゃあ、私の主人公なんだから、『はーれむ』に『一国一城の主』でしょ! 『世界最強』もいいわね!」
「ミネルバ様……。あなたが叶えたい事じゃなくて、勇悟殿が叶えたい事ですよ。本当に大丈夫ですか?」
「なによ! きっと勇悟君も同じ気持ちよ! 悩みや未練だって、そんな大したもんじゃないだろうから、私ならササッと解決してみせるわ!」
「はぁ……。勇悟殿はそんなに薄っぺらな方では無いと思いますよ……。」
まるで、悩みのない私が薄っぺらみたいじゃない。ぷんぷん。
読んで頂きありがとうございました!