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宿屋を出た僕は、忘れていたランベルトさんの冒険者カード提出のため、冒険者ギルドに向かう事にした。早朝にも関わらず、王都はすでに活気に溢れ、ちらほらと屋台も出ている。この世界では、人々は皆早寝早起きのようだ。明かりが乏しい事も原因の一つだろう。


通りを歩きながら、今日の予定を考える。どうせ冒険者ギルドに行くのだから、依頼を受けてみようか。日用品も買わなきゃなぁ。服だって替えが欲しい。装備も調える必要があるだろう。やる事は山積みだ。しかし、僕の足取りは期待と喜びから軽くなる。ファンタジー小説の中の登場人物になった気がしていたのだ。


しかし、綺麗な面もあれば、汚い面もある。


「なにやってるんだ! このノロマが!!」


平穏な朝の王都に、男の不作法な声が響く。目をやると、金糸を散りばめた——良く言えば豪奢、悪く言えばゴテゴテの——装飾服を身に纏った恰幅の良い青年が、顔を真っ赤にしている。足下には、良く言っても『ボロボロの布きれ』を身に付けたアニマの少女が、地面にまき散らした果物を一生懸命に拾い上げている。目から流れた涙が、ぽたりぽたりと道を濡らす。


「荷物1つも満足に持てんのか、この役立たずめ!」


「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


「……もうよいっ! お前はもういらん! 始末してくれる!!」


激昂した青年は傍らに控えていた皮鎧の男からショートソードを受け取ると鞘を抜き取り、抜き身の刃を振り上げる。様子を見ていた観衆から悲鳴が上がる。


マモラナクチャ。


剣を抜いた青年を見て、半ば条件反射気味に駆けつけて青年と少女の間に入り、動体視力をフル稼働させて右手でショートソードを受け止める。握力のお陰か、剣は手の平に届く事はなかった。


「な、なんだお前は!!」


「それはこっちのセリフだ! なぜ彼女を殺そうとするんだ!!」


僕は思わず声を荒げつつ、青年に食ってかかった。後ろに控えていた皮鎧の男が、一歩前に出てきて彼をかばう。


「ふんっ! 使えない道具(・・)を始末しようとしただけだ!」


「道具……だって……!?」


「使えない奴隷の始末なぞ、主人として当然のことだ!」


「ど、奴隷?」


「そんな事より、貴様! 貴様貴様!! 俺をゴルドーニ伯爵家嫡男と知っての狼藉か!」


地団駄を踏みながら青年は唾を飛ばし、僕の事を指さす。


「例え奴隷だとしても、人の命を軽々しく奪っていいわけがないじゃないか!!」


「うるさいっ! おのれ、無礼打ちにしてくれる!!」


そういって、ショートソードを構える青年。しかし、そんな青年を後ろにいた年配の男が止める。


「ロメオ様。さすがに、あの程度の言動では、無礼打ちの要件を満たしませぬ。この衆人環視の状況では無理がございますかと……。」


「くっ……! ぐぬぬ……。ならば、ならば決闘だ!! まさか逃げたりしないだろうな!」


耳慣れない単語に僕は驚愕する。


「決闘!?」


「ふんっ! お前が勝てばあの奴隷を解放してやろう! これで受けるだろう!!」


「か、解放……? 本当に僕が勝てば彼女を解放するんだな?」


「くくくっ、ああ、お前が勝てれば、な……!!」


「……わかった、受けるよ。」


ざわっ。成り行きを見守っていた観衆がどよめき、僕達から離れ出す。朝の市場は、即席の決闘場に早変わりした。




貴族の青年がショートソードを滅茶苦茶に振るう。僕は、冷静に剣筋を見極めて躱していく。剣速はゴブリンと変わらない程度で、軽々と見切る事が出来た。


いつまで経っても当たらない事に業を煮やしたのか、青年はショートソードを大きく振りかぶる。


僕はその大振りを躱すと、隙だらけの青年の脇腹に拳をめり込ませた。内蔵を傷つけないように、だいぶ手加減したつもりだ。貴族の男は脇腹を押さえてうめきながら、ショートソードを取り落とす。僕は、ショートソードを拾い上げて男の首筋につきつけた。


「僕の勝ちだ。」


青年は苦虫を噛み潰したような顔をして、僕を仰ぎ見る。勝負は決した。例えどんな相手でも、命まで取るつもりはない。まだ、その覚悟もない。


「くっ……くくくっ……誰が解放などするものかっ!! やれっ!!」


青年が叫ぶと、皮鎧の男は腰に下げていた剣を抜き放ち、僕達の闘いを呆然と見ていた少女に近づいた。鋭利な刃が、彼女の恐怖に歪む顔を映す。男が、剣を振り上げる。


「やめろおおおおおお!!」


ショートソードを放り出し、彼女に覆い被さるようにして飛び込む僕。


護らなくちゃ。


護らなくちゃ。護らなくちゃ。護らなくちゃ。


マモラナクチャ——



——グサリ、という音がして、剣は僕の左腕(・・)に吸い込まれた。



瞬間、激痛と共に、僕の脳裏にあの事件の記憶がフラッシュバックする。


男の驚愕する顔と、記憶の中の通り魔の顔が重なる。


「うわあああああああ!!」


無我夢中で男に体当たりする。まるで、通り魔にそうしたように。


男ともみくちゃになって倒れる。



わからない。


何もわからない。


どうすればいい。



右手が、


右手が、


右手が、男の首に触れる。


右手が、男の首を、



——ゴキリ。




気が付いた時、男の首はあらぬ方向に曲がっていた。


人の可動範囲を大きく超えたそれは、誰から見ても、男がもう動き出さない事を理解させた。



誰も、声を上げない。



誰も、動かない。



貴族は、腰が抜けたようだ。



少女の顔を正視する事は出来ない。



僕が。



僕が。




僕が、殺した。




僕は、人を殺した。


読んで頂きありがとうございます!

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