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再会:裏

『ピリリリリリリ ピリリリリリリ』


めったに耳にしない呼び出し音(・・・・・)が鳴り響く。


私は、慌てて勇悟君の意識体を帰還させると、身だしなみを整えてユーピテル様の住む神殿へと向かう。肩の上ではソフィアが緊張した顔をしている。といっても、フクロウのソフィアの表情は変化に乏しく、雰囲気から判断しているだけなのだけど。


相変わらず巨大な神殿の入り口をくぐると、ユーピテル様の瀑布のような威圧感が感じられ、私の額に冷や汗が垂れる。これは、怒っている。心の折れそうになる重圧の中、必死に歩を進めてユーピテル様がおわす執務室にたどり着く。


深呼吸して心を落ち着かせてから、思い切って扉をノックする。


「ミネルバです。」


「入りなさい。」


ひとりでに扉が開き、部屋の中に招かれる。足下を見ながら、一歩一歩ゆっくりと踏み出す。私の足は毛足の長い絨毯に沈み、足音一つ立てない。背後で扉が音も立てずに閉まったのがわかった。


「何が言いたいか、わかっているね?」


ユーピテル様の低く渋い声が鼓膜を揺さぶる。思い当たる事はいっぱいあるが、ユーピテル様がここまで怒る事というと一つしか思いつかない。私は、全身の血の気がひいていくのを感じる。ブルブルと震えながら、顔を上げてユーピテル様の姿を目に収めた。いつもと変わらない髭面が、今日はいつにもまして恐ろしく見える。口は笑っているが、目は笑っていない。海より深い蒼をたたえた目が、細められている。


「あ、あの……」


「仁木勇悟君」


ビクリ。その名前を聞いて、身体を震わせた。同時に、膝が笑いはじめる。


「そ、その……」


「申し開きがあるなら、聞いておこうか。罪の無い地球人を独断で別の次元に転生させた、その理由をね。」


「ち、違うんです。彼は、その……自ら望んで……」


「ほう。自ら、望んで。本当かな、ソフィア?」


そう言って、私の肩に乗ったソフィアをちらりと一瞥する。ソフィアがぶるりと震えた事が、肩を通じて伝わってきた。


「た、確かに彼も最終的には了承していましたが……ミネルバ様は、その、彼を『主人公』にする、と仰って……地球で死んだ彼の魂を神界に連れてきて、半ば強制的に転生させました。はい。」


「裏切ったわね! ソフィア!」


「黙りなさい。」


強烈な気を当てられて口をつぐむ。ソフィアは目を合わせずに、そっぽを向いている。私はあまりの重圧にくらくらしてきた。


「ミネルバ。私はこれまで、君のやる事をかなり甘めに、大目に見てきたつもりだよ。君が仕事をサボって自分の趣味全開の世界創りに熱中するのも、管理業務の訓練の一環として認めてきた。」


「は、はい……。」


「だが、今回の事はさすがに頂けない。地球の魂というのは、特別なんだ。君も十分わかっているはずだよね?」


「ええ……。」


「地球の魂は、地球の中だけで循環させる必要がある。その事は、口を酸っぱくして教えたよね? さもなければ、微妙なバランスの上に成り立っていた地球の魂魄濃度が低下し、カルマが増加する。カルマが増加すると、人々の精神にも影響が出る。」


「うう……。」


「とにかく、一刻も早く彼の魂を回収(・・)して、地球に還すんだ。転生してそんなに時間が経っていない今なら、まだ肉体に定着しきっていないはずだ。」


「それが……その……。」


「なんだい?」


「ユーピテル様。ミネルバ様は彼の魂と肉体に干渉して、急速な成長促進と言語記憶や技能記憶の植え付けを行っています。」


「なんだって!?」


ユーピテル様から怒号と共に圧倒的なプレッシャーと魔力が放たれる。あえて擬音にするなら『ゴゴゴゴ……』。私は絶望的な気分になりながら、傍らのソフィアを恨みがましく見る。


「そんな事をしたら、魂と肉体は完全に定着、いやそれどころか癒着して、世界と切り離せなくなる……。魂を無理に回収したら、魂自体が崩壊する、か。」


「はい。ですので、私に提案がございます。」


ソフィアが片翼をあげて、くちばしを動かす。私は、放心しながらその様子を眺める。


「ふむ、言ってみたまえ。」


「ありがとうございます。要するに、彼の魂を満足させ、昇天させればいいのです。彼の望みを叶え、未練や悩みを断ち切り、世界とのつながりを断つ。そうすれば、彼の魂は浄化され、世界から解放されるはずです。」


「言うのは簡単だがなあ。彼の望みとは何なのかな?」


「それは……自分にもわかりませんが……」


「片手落ちだね。……しかし、他に方法もない、か……。」


ユーピテル様は数秒の間だけ思案顔だったが、高速思考で完全探索を終えたのであろう。諦めた様子で首を振った。


「はあ……、まったく。厄介な事をしてくれたね、ミネルバ。君にはお仕置きが必要だね。」


「ひっ!」


「お仕置きの内容は後で決めるとして、君に命令だ。仁木勇悟君の望みを探り、可能な限り実現をサポートしたまえ。また、彼の悩みや未練を調べ、速やかに解決しなさい。」


「は、はい!」


「ソフィア、ミネルバがこれ以上無茶をしないよう見張っておくように。何かあれば、私に連絡しなさい。」


「かしこまりました。」


「それでは、話はこれで終わりだ。」


そういって、ユーピテル様はパンパンと手を叩く。宙からふっとティーセットが現れた。ティーカップがひとりでに動き、コーヒーカップに黒い液体を注ぎ込む。コーヒーの香ばしい香りが部屋に充満した。


「やれやれ、呑まないとやってられないよ。」


コーヒーカップ片手に一息つくと、忙しなく手元の書類に目を通し始める。すごい勢いで書類が処理されていく。瞬く間に書類の山が減っていくが、その間にも次々と書類が山の下から現れている。


「……あ、あのー、ユーピテル様。」


「ん? まだいたのか。なんだい?」


ユーピテル様は、喋りながらも書類を処理しており、手の動きはもはや音速を軽く超えている。しかし、空気を操作しているため、風も音も発生していない。


「その、勇悟君の事なんですが、彼には地球に女の子の幼なじみがいましてですね……」


「ほう、幼なじみか。」


「そうなんです。それで、彼女の存在は彼の未練になってるんじゃないかなーって……」


「なんだって?」


ピクリ、と手が止まる。


「つまり君はこう言いたい訳か? 君の尻ぬぐいのために、地球の魂をもう1つ連れて行きたい、と。」


「うう……。有り体に言えばその通りですが……。」


「ダメだね。それは許可できない。そもそも、彼女はまだ存命だろう?」


「それはその通りなんですが、少し手を加えれば……。」


「正気かい? 罪の無い地球人を転生させただけじゃ飽き足らず、命まで奪うのかい? ふざけるのも大概にしたまえ。」


ブワッという怒気が私を覆い、全身に鳥肌が沸き立つ。


「いいかい? 僕達は世界を維持するために『管理』しているだけなんだ。決して『操作』しているわけじゃない。自然の理をねじ曲げるのは極力避けるべきだ。力があるからといって傲ってはいけない。昔はそういう神もいたけど、僕が粛正した。そうだね?」


「は、はい。すみません……。」


「もし、仁木勇悟君がその幼なじみに未練を持っているなら、それは別の形で解決しなさい。彼女の命を奪う事は許さない。」


「わかりました……。」


私は項垂れながら、執務室を後にする。


肩の上のソフィアは、「だから言ったのに……」と言いながら、ため息をついた。


読んで頂きありがとうございます!

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