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昼休みになり、それぞれが思い思いの場所で昼食をとっている中、購買のパンと紙パックのジュースを持って屋上へ向かった。ドアを開けると、屋上に人影はなかった。おかしいなと思って辺りを見回すと、背後から階段を上がってくる足音が聞こえた。
「なんだ、早いな」
「あ、蒼井君」
振り返ると、同じく購買のパンと紙パックのジュースを持った蒼井がいた。一緒に屋上へ出て、いつもの場所に上り、向かい合って座る。
「今日は寝坊しなかった?」
「した」
蒼井はパンの封を開けながら答える。
「やっぱり」
笑いながらジュースのストローを指す。
「なぁ、購買のパンのメニューって変わったりしねぇのかな?」
そう言いながら蒼井が頬張っているのは焼きそばパンだ。こちらはメロンパン。購買のパンは安い割にサイズが大きいので、少し得した気分になる。
「変わらないんじゃないかなー、そもそもあまり買う人もいないしね」
大抵の生徒は、皆弁当を持参しているので、購買を利用する生徒はそれほど多くない。
「いい加減飽きるんだよな。かと言ってコンビニ寄ってる時間もねぇし」
「早起きしないとお弁当も作れないしね。僕もそこまで早く起きれないかな」
「……お前んち、親は弁当作ってくれねぇの?」
少し間を置いて蒼井は尋ねてきた。
「僕は今父さんと住んでるんだ。仕事で家には滅多に帰ってこないけど。母さんとは一緒に住んでないんだよ」
別居当初は誰かに言うのも聞かれるのも嫌だったが、最近は特に気にすることもなくなった。
「そうか……」
蒼井はそう言ったきり、また焼きそばパンを頬張り始める。僕も思い切って尋ねてみた。
「蒼井君こそ、お弁当作ってもらえないの?」
蒼井はパンを飲み込んでからいつもの調子で答えた。
「あー、俺の親もお前の家と似たようなもん。父さんが死んで、母さんは夜にも仕事行くから、家に帰ってくるのはもう俺が学校行った後なんだ」
「……そうなんだ。蒼井君のお父さん、病気とか?」
躊躇いがちに尋ねると、蒼井は押し黙ってしまった。
「あ、あの、言いたくなかったら言わなくてもいいから! ごめん、嫌なこと聞いたよね!」
慌てて言うと、蒼井は遠くを見つめて、いつもの調子で答えた。
「自殺」
「え?」
「俺の父さんが死んだの、自殺なんだ」
その後の言葉が見つからなかった。
蒼井は何ら気にしていないような口調で続ける。
「死んだ理由は教えてもらってないけどさ、馬鹿みたいに泣いたのは覚えてる。母さんも一緒に。だから、お前のこと他人事とは思えなくてさ」
蒼井が必死に自分を止めてくれた理由はそういうことだったのかと、申し訳なさに言葉が見つからず、ただ一言だけ呟いた。
「……ごめん」
「謝るなよ」
「うん……でも、ごめん」
それから少しの間、沈黙が下りた。
お互い何も言わずにパンを頬張る。早々とパンを消費した蒼井はジュースをストローで一気に吸い上げ、紙パックを手で握りつぶした。
「まぁ、お互い大変だな」
「……」
「困ったことがあったら、何でも言えよ」
「う、うん。蒼井君も言ってね」
そう言い合って、再び沈黙が下りた。その時、
「仲が良くてうらやましいわね」
ミノリが彼との間に浮かび上がった。ミノリの体に自分の体が半分すり抜けてしまっている。
「ミノリさん!」
「購買のパンばかり食べてたら栄養偏っちゃうわよ」
「ん? ミノリいるのか?」
相変わらず蒼井にはミノリの姿が見えないようだった。
「あ、うん。ここに」
すぐ近くを指差すと、蒼井はそちらを見た。ミノリも見ているが、蒼井はたぶん見えていない。
「なんか言ってる?」
「……購買のパンだけじゃ栄養偏るって」
「そう言ってもな……」
ぼやく蒼井にミノリが更に言う。
「栄養食品の方が栄養とれるかもね」
「あの固形のですか?」
「そうそう」
「なんだって?」
「栄養食品の方がいいんじゃないかって」
「あー、でもあれ高くね? その割にあまり腹にたまらないし」
「それはそうよ。栄養バランスを考えて作られてるものなんだから」
「栄養バランスを考えて作られてるんだから当然だって」
「お前もそう思うか?」
「うーん、僕もパンの方がいいかな」
「もう、これだから育ち盛りの男の子は」
ミノリは呆れたようにため息をついた。姿が見えないのに話が通じているのは、よく考えればすごいことだなと思った。
「そういえば、この前ミノリ言ってたよな、チャットのメンバーで集まってみればって」
先日、ミノリがチャットでオフ会を開いてはどうかという話をしていたことだ。
あの日、蒼井の名前を知った後、思い切って尋ねてみると、蒼井はあのチャットにイサメの名前で入っているという。そこでミノリのことも話してみると、最初は疑っていたようだったが、チャットで本人と話して一応納得してくれたらしい。
「そうだね」
「でもミノリはみんなに見えないんじゃねぇの?」
「あら、私は行かないわよ」
あっけらかんとミノリは答える。
「ミノリさんは来ないって」
「言い出しっぺのくせに」
「そうですよ、来たらいいじゃないですか」
そう言うと、ミノリは少し拗ねた様子で答えた。
「だって、私はこの学校から動けないもの」
「え?」
「幽霊も行動制限みたいなものがあるのよ」
「そ、そうなんですか……」
「なんだって?」
蒼井がこちらを見て首を傾げる。
「ミノリさんは学校から動けないんだって」
「じゃあ、学校でやればよくね? どうせあそこのメンバーはこの学校の奴なんだし」
聞いてみると、蒼井の友達の立見という女子生徒もチャットのメンバーだったらしい。ルウの名前で入っていた人だ。蒼井も本人に聞いて初めて知ったそうだ。
「でも、タツキさんは?」
タツキは大学生だと言っていたから、学校でやるとなるとタツキは参加できなくなるのではないだろうか。
「あいつは別に良くね?」
「あはは」
チャットと変わらないタツキの扱いに思わず笑ってしまった。すると、ミノリも笑って口をはさんだ。
「一応、タツキもこの学校の生徒なのよ」
「そうなんですか?」
「ここの卒業生だもの。私と同級生だったの」
そこで蒼井に仲介する。
「なんだ、あのチャット本当に身内だけか」
「みたいだね。元々あのチャットルームは地元の人が集まるところみたいだけど、こんな身近な人が集まるなんてすごいなぁ」
「偶然ってすごいわね」
そう言ってミノリは意味ありげにクスクス笑った。気になったので聞こうとした時、蒼井が欠伸をして横になった。
「食べてすぐ寝ると牛になっちゃうわよ」
「ミノリさんが牛になっちゃうよって」
「平気平気。眠いから時間になったら起こして」
そう言うと、すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。蒼井は羨ましいほどに寝つきがいい。
「本当に寝つきいいわね」
「そうですね」
笑って答え、メロンパンを齧る。
「ねぇ、聞いてもいいかしら?」
「なんですか?」
パンを飲み込んで、ミノリの方を見た。ミノリは微笑んで目の前に回り込んだ。
「死ななくてよかったと思う?」
「え?」
一瞬わけがわからなかったが、少し考えて自分も同じような質問をしたことを思い出した。
あの時、屋上の端で死んで良かったと思うか、と聞いたのだ。
あの時の彼女の答えはいいえだった。
彼女は僕の答えを待って微笑んでいる。僕はまっすぐ彼女の目を見て、できる限りの大きな声ではっきりと答えた。
「はい!」
以上で『どうしてこうなった』は完結となります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
2009.11 執筆
2012.6 修正




