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帰宅すると、真っ暗な廊下を進んですぐに自室に入った。本来なら父がいるはずの家に、今は自分以外誰もいない。
きっと今夜も仕事で帰ってこないのだろう。
それほど大きくはない家でも、一人ではとても広く感じるので最初は不安だったが、この広さも静けさも、もう慣れてしまった。
部屋の明かりをつけて鞄を適当な場所に放り、パソコンの電源を入れた。少し古いタイプのパソコンのため、起動してから通常通りに動くまで時間がかかる。
ディスプレイの明かりを横目に部屋を出て、風呂場へ向かった。起動している間に制服を着替えて、シャワーを済ませる。その頃には、起動し終わってスムーズに動かせるというわけだ。この一連の流れが日課になり始めていることに危機感を覚えないのは少し問題かもしれない。そういえば、いつからテレビを見なくなっただろう。
着替えてパソコンの前に座る。夕食として、近くのコンビニで買ってきたパンを食べた。味気ないパンを作業のように咀嚼して、緑茶で流し込む。我ながら不健康だとは思う。
パソコンですることはその時によって変わるが、最近はとあるチャットルームに顔を出すことが多くなっている。地域別に区分けされたチャットルーム群の一室で、偶然見たチャットルームの会話のログがおもしろかったので、なんとなく気になって覗くようになった。最近は会話に参加することも増えた。時には深夜までチャットに参加している時もあるが、それを咎める父親はいない。
チャットルームには、すでに常連のメンバーが入室していた。住んでいる地域が近い人の集まる場なので、このメンバーの中にもしかしたら近くに住んでいつ人がいるかもしれないと思ったが、それは一度も聞いていなかった。
聞いたところで、仮に相手から会おうと言われても、自分はそれを承諾しないだろうことはわかっていた。
名前の欄に「マコト」と入力して入室ボタンを押す。普段話すことが苦手な自分にとっては、チャットに参加して文字による会話をする方が気楽だった。現実の一切がこのインターネット上では関係のないことになる。
それに、この時間だけが誰かと繋がって誰かに認識してもらえる、唯一の時間だ。