彼のこと
それにしても、なぜ彼のことを好きになったのだろう。
あたしの好きなタイプは包容力のある大人の男だった筈だ。堺雅人的なね。堺雅人に包容力があるかどうかは知らないけど。無いかもしれないけど。
しかし同い年の彼に何故惹かれたのだろう?
身長170cmくらい、体型標準でちょっと猫背、年収もきっと同期だし自分と同じくらいだと思う。うーん、わからない。
しかし、好きになるというのはこういうものなのだろう。
「好きになるのに理由なんか要らない」となんかのドラマで言っていたしねー。
正直言って、彼と付き合いたくてたまらない。
けど彼にそれは言えないし、彼を前にすると緊張してそれどころじゃなくなる。
テンパリ過ぎた結果、”嘘”まで吐く破目になった。本当どうしよう。
っていうか彼女いるのかな? 聞いたはいいが「居る」と言われるのが怖くて訳わかんないことを又言ってしまった気がする。なんて言ったっけか? まぁいいやーどうせ大したこと言ってない。・・・いや待て、
「言った!」机にバン!と手を突き、思わず叫んでしまった。
隣の席の琴音が、そして他の社員もあたしを何事かと伺っている。
えーと、えーと、よし良い手を思いついた!
「すいません、シャーペンの芯が折れて顔面に直撃しちゃって」っておい大丈夫かこの言い訳?
「なんだ、なにごとかと思っちゃった。大丈夫?」と琴音が聞いたのと同時に他の社員の視線も無くなった。
「大丈夫、ごめんねー」ってかコレで納得されるあたしって・・・まぁいいや。ごまかせたし!
っていうかあたし、早く子供が欲しいとか言ったよ! 本当意味不明! なぜそんな台詞を! あー最悪だー。なにあたしー。
他にも変なこと言ってないかなと考えながら仕事している内に6時の終業時間になった。残っている仕事は明日に回しても大丈夫だし、今日は早々に帰ろう。まだ月曜日だしね。
「お先に失礼します」席を立ちつつバックを持ち、定番の挨拶をした。
お疲れー、お疲れ様、又明日ねーなどいろいろな言葉が返ってき、それに会釈をしつつ早足で会社の出口に向かう。
さっさと帰ろう、そんですぐ寝て、嫌な事忘れちゃおう。
「お疲れ。」
駅まで着き、電車を待っていたら、後ろから声を掛けられた。
声だけでわかる。間違えようも無い、この声は。
「甘木くん」きょとんとした顔であたしは言った。