第14話「物心の悪意」
………………
まだ桜も咲いていない季節。
冬が去ろうとしているが、まだ肌寒い空気だ。
そんな季節が変わろうとしている時期に、また一つの事件が起きようとしていた。
………………
「知ってる?」
「なにを?」
「人さらいタクシー…」
「ああ、知ってる…」
「この近くで起きてるんだろ…」
「気持ち悪いよね…」
「○○君のお父さんも、失踪しちゃったらしいわよ…」
このような話し声が、天声学園中から聞こえた。
話題になっているのは、この地域で起きている行方不明者の増加という事態についてだ。
このことは、連日テレビでも取り上げられ、この地域の人々に恐怖を与えた。
行方不明になっている対象は、サラリーマン、OLや、学生など。
被害者すべてに共通するのが、朝から仕事に行き、職場に姿はあったことから、帰宅中に失踪したとのことだ。
そこから、一つの噂が生まれた。
『人さらいタクシー』と…。
その噂の内容は、夕暮れ、帰宅中の人間の近付き、そのタクシーに人が乗った瞬間、異様な叫び声がタクシーの中から聞こえ、いつのまにか、タクシーは消えてなくなり、翌日、そのタクシーに乗った者は、朝の新聞に載ることとなった…。
この噂は、一人の通行人が、上記の状況を実際に目撃したことから、広まって行った。
それ以来、タクシー会社の仕事は減り、悪質なデタラメとも思われたが、日を重ねるごとに目撃者と、失踪者が増え、より噂は現実的に認知されていった。
『人さらいタクシー』は、今だに、目的、原因などが謎のまま失踪者を増やし続ける…。
………………
そんな噂が立つ平日の夕方。
放課後になり、生徒達は部活動をしているか、帰宅をしているかだった。
グランドからは、野球部の掛け声が聞こえる。
そんな部活動で賑わう中、クラス委員の仕事を終えた風奈が帰宅しようとしていた。
「…」
帰っても、札束の封筒しかない自宅のマンションにだ。
彼女はため息をついた。
………………
夕暮れになり、陽が暮れた。
彼女が歩く帰宅路も、黒い影に染まる。
あまり人が歩かない通りだったので、黒い影が大きくなると不気味だ。
だが、風奈はそんな薄暗さには慣れていたので、不気味には感じない。
しかし、今日だけは違った。
いつもの突き当たりのT路地を抜けると…。
「…!」
風奈は驚いた。
目の前に、タクシーが。
「えっ!」
古ボケた四角い形の白いタクシーが、彼女の目の前に対して後部座席のドアを向けている。
たまに、車が通るくらいでしかない狭い路地にタクシーがあるとは…。
それに、さっきまで車の音など、全然聞こえてはいなかった。
「なに?」
風奈の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。
『人さらいタクシー』…。
学校中で広まっていて、くだらないと思っていた噂が…。
ガチャッ!!
目の前の後部座席のドアが、いきなり開いた。
………………
「やっべ…」
見知らぬ道を、翔助はゼファーを引きながら歩く。
ここ、どこだ?を連呼しながら、自分の歩く道を見渡す。
翔助が、この道に入ったのは、愛車ゼファーを学校帰りに走らせていたら、急に、キャブレータが不調を起こしてしまい、気付いたら、見知らぬ場所を歩くはめに。
とりあえず、バイク屋を見つけて、修理をしてもらおうと歩く。
だが、歩けば歩くほど、道が解らなくなった。
「あー!!どこだ、ここは!イラついて、反吐が出るぜ!!」
と、嘆いた時…。
「きゃああああーー!!!」
!?
悲鳴が響いた。
翔助は、悲鳴がなった方に首を向ける。
彼には、いつも自分に説教してくる生意気な風奈の声だと解った。
「なんだ!?」
ゼファーのサイドスタンドを立たせ、その場に駐車させ、ハンドルから手を離す。
そして、声が響いた方向に体を走らせた。
すると…。
カッ!!
大きな光が、体から放たれる。
この光は、翔助の体をゼイファーマンへと変身させた。
宇宙人が現われたとき、身に危機が迫ったときに変身可能。
しかし、変身しながら、妙な空気を、翔助は感じた。
………………
開いたタクシーのドアから、うねうねとした触手が伸びる。
蛇のように飛び出した三、四本の触手は、風奈の四肢に巻き付く。
「なによ!」
手足に絡み付く触手は、風奈の体をドアの方へと引き込む。
このように触手を絡ませて、タクシーは多くの人々をさらっていたようだ。
「ぅ…」
触手は、更に強く締め付ける。
その圧迫感に風奈の意識は、遠退く。
そして、あと少しでタクシーに引き込まれそうになった時…。
タッタッタッ!!
大地を蹴り、駆け抜ける音が響く。
とても強い足音のようだ。この激しい足音は、意識が遠退いた風奈の耳には入る。
だが、彼女の意識を触手の締め付け強さが奪う。
「誰が…」
風奈の意識は薄れた。
「貴様がぁあああーー!!!」
激しく足音を鳴らし、その場に現れたのは、ゼイファーマン。
風奈の締め付けられ、力尽きた姿が網膜に焼き付いた。
「変態タクシーが!!!」
タクシーから放たれた気色の悪い触手が彼女を引きずり込もうとした時…。
タクシーの元へ駆けながら、ゼイファーマンは大きく右腕を振りかぶる。
振りかぶった右手に、血管が激しく浮き上がった。
右手を刀のように反らし、手刀を作り上げ、思いっきり動かす。
「今作った必殺技!!ナナハン・チョップ!!」
ゼイファーマンがそう叫び、触手を狙って手刀を振る。
ブン!!
手刀は、大きく空気を切り裂きながら、彼女の体に巻き付いた触手を斬る。
ブチッ!ブチッ!ブチッ!ブチッ!
妙な音を鳴らしながら、触手は切断された。
気持ちの悪い緑の液体を、断面から流し、風奈の制服に飛び散る。
手刀は勢い余って、彼女の制服の上着をも裂いた。
そこから、肌が覗く。
(ウホッ!)
ゼイファーマンは、不可抗力だが喜ぶ。
だが、そんな喜びを冷ますかのごとく…。
グォオオオーーーン!!!
激しい回転音が、ゼイファーマンの耳に入る。
例のタクシーから、エンジンが鳴り響く。
そのエンジン音に、ゼイファーマンは、再びタクシーの方に首を向ける。
「なんなんだ…。このタクシーはよ…」
気味の悪い緑の液体を吐き出しながら、タクシーから飛び出した触手はビクンビクンと脈を打つ。
触手が飛び出た室内は、黒く大きな闇か影により見えない。
ゼイファーマンが来たのは、ちょうど風奈が締め付けられた所からだ。
そのせいか、ある考えが頭に浮かぶ。
(えっ…、SMタクシー…。そげな…)
ゼイファーマンの意識は、あくまで万年発情期、名塚翔助。
そんな卑猥な考えが浮かびながらも、ゼイファーマンの目がタクシーの運転席に向いた。
すると、ある事実に気付く。
「!!」
運転席には、誰の姿もない。
人の気配も、生物の気配すらない。
このタクシーは無人で動き、そして、触手を放ったり、エンジンが勝手に始動した。
さすがに、ゼイファーマンは妙な気持ち悪さを感じた。
「なんだ…、こいつ…」
そう言いながら、左腕を振りかぶる。
あまりの不自然さに、とりあえず殴ることにした。
狙うのは、タクシーのエンジンルーム。
ゼイファーマンの力なら、一撃でエンジンを破壊できる。
だから、エンジンルームを狙い拳を放つ。
ドン!!
放たれた拳は、タクシーの外装を突き破り、エンジンに衝撃を与えた。
ゼイファーマンの左拳に、手応えがある。
確実に、エンジンを破壊した。
ブスン!!
鈍い音を放って、大きな黒煙がエンジンルームから、狼煙のように上がった。
黒煙が、ゼイファーマン、風奈の居る周囲を包み込む。
ブス…、ブス…。
と、タクシーから異音が響く。
完全に、エンジンが止まり、タクシーはただの鉄の固まりになった。
これが、無人の人さらいタクシーの最期の光景。
「…」
ゼイファーマンは、気を失った風奈を抱き抱えながら、タクシーの黒煙を睨んだ。
彼女を、早く病院に連れていかねばと思うと同時に、黒煙がゼイファーマンの目に強く染みた。
もう動かなくなったタクシーは、ただの廃車。
動くことはない。
………………
後日…。
行方不明者達は、何事もなかったように自宅、職場へと帰ってきた。
タクシーに引きずり込まれた以外、彼らはなにも覚えては無かったそうだ。
そして、とある某所にて、古い形式のタクシーが、エンジンが大破された状態で発見される。
タクシーは、15年間この地で走り続けた物だが、つい最近、廃車処理された物だったそうだ。
このことが、今回の事件と何の関与があるかを、警察は調査中。
人さらいタクシーの謎は、謎のまま終演となる。
そんな内容のニュースが、つけっ放しにされたテレビから流れ、一人部屋の病室に横たわる風奈は耳に入れた。
「寂しかったんだよ…」
独り言を呟く。
彼女の体に、怪我などはない。
しかし、彼女の病室に友人が来ても、両親が来ることはなかった。
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