↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

人間関係を主題にしない小説は成立するか。

作者: ムクダム
掲載日:2026/09/09

 世の中に様々な小説が溢れているが、具体的な部分を剥ぎ取って極限まで抽象化すると、ほとんどの小説は人間関係について語っているものだと思う。

 戦記物、恋愛、ミステリー、ホラー、SFなど様々なジャンルが存在するが、いずれも人間について描いているものである。人間以外を主役にする小説もあるが、それでもその人間以外のものに人間が投影されている。また、他者を描写せず、モノローグだけで成立する小説も存在するが、これも前提として他者があり、それを切り離すという意味で人間関係を描いていると言える。

 

 人間が紡ぐ小説はどうあっても人間関係から逃れることができない。近代文学の一形式であるところの小説は、作者の作り出した人物・筋を通して、人間や社会を描き出そうとするものである。社会も人間の集合である以上、人間や社会を描くとは、結局のところ、人間関係を描くことに他ならない。

 とどのつまり、小説とは人間関係の面白さをいかに描くかが焦点となる。

 本当にそうだろうか。

 人間関係から外れた、人間関係を超えた面白さを作り出す小説は成立し得ないのだろうか。最近、小説を読んでいる時に、ふと、そんな考えが浮かぶようになってきた。あらゆる小説が結局は一つのテーマに集約されるというのは、なんだが不自由なことのように思えるのである。


 全ての小説を網羅することは不可能であるから、自分の知らないところにそう言った小説が存在しているかもしれない。しかし、それが人間関係を描いた小説以上に面白いものになっているかは甚だ疑問である。

 人間関係以外をメインに据えながらも面白い小説というものあるのであれば、是非とも手に取ってみたいが、それには読者である自分の心の持ちようを変える必要があるように思える。

 多くの小説で人間関係が描かれるのは、読者が最も関心を寄せるのが人間関係であり、結局のところ、人間は人間のことを知りたいという欲求に抗えないことの証ではないだろうか。自分のことにせよ、他人のことにせよ、人間は人間を知ることに人生を費やしているのかもしれない。

 しかし、だからこそ、私はその人間を超えたところにあるものを知りたいのである。

 

 人間は一生を費やしても、この世の全ての小説を読むことはできない。であるからこそ、小説を選ぶときには何か自分なりの基準、着眼点を持つことが大切ではないだろうか。

 目下のところ、私の小説選びの基準は、それが人間関係から外れたところを目指す作品か否かということになる。思うような結果はまだ出ていないが、少しだけ読書というものに深く接することができるようになった気がする。終わり

 

 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。