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ランナーズハイ  作者: 鵲 壱汰
4/5

友達の幸せは自分の幸せ

朝4時。

辺りはまだ薄暗い。

ギターケースには貰った基礎練の教本とメトロノーム。

自転車を走らせ公園のある河川敷へ向かう。

練習時間が惜しい。

河川敷につくと辺りは静かで水の流れる音だけが聞こえる。


少し丘になっている所にベンチと東屋がある。

そこに腰掛け教本を広げスマホのライトで譜面を照らす。

俺はギターケースからYAMAHAのアコースティックギターを取り出した。

ピコピコと電子音が軽快になるメトロノームに合わせ弦を弾く。

雨の日以外は毎日通うことにしよう。

心でそう思いながらひたすら弦を弾いた。


7時頃には学校へ行く準備をしに家に戻った


「あんた今朝はどこ行ってたの?ランニング?」


母が朝食の準備をしながら聞いてくる。

いつも通りの自宅は朝の日差しがリビングを照らしている。


「河川敷でギターの練習だよ。家だと近所迷惑になるし朝じゃないと楽譜みえないからさ。」

「早起きは健康的でいいことね」


そう言うと俺の前にコーヒーを置いてくれた。

コーヒーのほろ苦いい香りが鼻腔をつく。

俺はコーヒーに砂糖を3杯いれミルクポーションを1ついれた。

目の前に置かれた朝食のパンにマーガリンを塗りイチゴジャムをこれでもかと塗り広げた。


「あんた糖尿病になるよ〜?」


一人暮らしの時は小言を言われることなんてなかったな。

今はそれさえ心地よい気がする。

昔はなんであんなに鬱陶しいと感じていたのだろうか。


「その分運動することにしよう。」

「そんなに甘党だった?コーヒーもブラックじゃなかった?」

「かっこつける必要もなくなったのさ」


朝はとにかく糖分を入れたい。

口を甘いもので満たすと頭が良く働く気がする。

朝食を終えると食器を重ね台所まで片付けた。

ブレザーのボタンとネクタイを締め身支度を済ませ、少し早く登校することにした。


「いってきまーす」


余裕のある朝は気分がいい。

今日も高台から見える海はしけることなく穏やかだ。

今は仕事前のもったりとした気の重さもない。

学生ってこんなに気楽だったかな。


「おーい!今日も早いな!」


いつもの通学路を歩いていると後ろから聡美が駆けてくる。


「聡美も早いな。」

「まあな!朝ランニングしてるから早起きしててさ。時間余しちゃうんだよな〜。」


聡美は中学時代は野球部のキャッチャーで毎朝のランニングを欠かさなかった。

高校に上がってから部活には入らなかったがランニングだけはつづけていたっけ。


「体づくり は 辞めてないのな。」

「まあな。」


俺の含みのある言い方に聡美は少しムスッとした。

聡美は中学3年の最後の試合、自分のエラーで負けてしまった。

彼が野球をやめたのはそれが原因だろう。


「...野球部はいらねぇの?」

「そうだな。高校は遊びたいんだよ。」


聡美は少し俯き目を逸らした。


「後悔しないか?」

「しねぇわ」

「いや、でもさ」


これは俺のエゴだ。

聡美に野球をやめてほしくない。

ここで、自分に負けてしまったら絶対に後悔する。


「たった1回の失敗していじけてんなよ。」

「別にいじけてねぇよ」

「いじけてるじゃねぇかよ。」


思わず熱が入る。

いや、腹立てたって駄目だ。

聡美はこの頃本当はどう思っていたんだ。

聡美の本心が知りたい。

二人で話しがたい。


「聡美!ちょっとこい!」

「ちょっとって...おい!学校遅れるぞ!」

「勉強よりも大事なことあるだろ!根回ししとくから心配すんな!」


俺は強引に聡美の腕を引っ張り最寄り駅まで連れ隣町行きの列車で押し込んだ。


「おい!本当に学校どうするんだよ!親に怒られるどころじゃねぇぞ!」


そう聡美が怒るので彼の顔の前にスマホを向ける


「桜から学校に連絡してもらうから。母親のフリしてもらってな。」


事情を伝えるメールを送信した。

桜からは後ほど怒られるだろう。


「それ、バレねぇか?」


聡美が不安そうにこちらを見るので悪戯っぽく笑って見せた。


「バレたらバレたよ。」


ローカル路線。

田舎からでる列車は一車両しかない。

すべてが自由席。

椅子はくすみ、床はハゲてツギハギがあり、窓縁の方が黒ずんでいる。

天井にはなんの意味があるか分からない扇風機がガリガリ音を立て回っている。


「んで、どこ行くんだよ。」


聡美が呆れた笑みをこぼしながら俺に言う。


「とりあえず隣街まで」


俺がそう言うと聡美は吹き出した。


「連れ出したのにノープランかよ!」

「ブラブラしながら少し二人で話したかっただけだよ。」

「まったく。勇み足もいいとこだ。」


隣街まで約2時間半。

俺の地元は何処へ行くにも遠い。

とてつもなく田舎って言うほどでもないが都会ではない。

とにかく遊ぶところがない。そんな街だ。


スマホから着信がなる。

桜からだ。

列車の運転席横のトイレへ向かい通話にでる。


「あいよ。どうした?」

「どうした?じゃねーよ!」


スマホの向こうで桜は食い気味に怒った。


「今どこ!聡美は一緒なんでしょ?」

「まあ落ち着けって。聡美と隣町まで行くわ。」

「今日中には帰ってくるんだろ?日またぐなんて庇いきれないからな!」

「わかってるって。桜がいて本当に助かった。ありがとう。」


感謝を伝えたが桜は無言になる。


「さ、桜?」

「一つ貸しだからな」


そういうとブツっと通話が切られた。

これは怒っているな。

カフェでも連れて行ってやろう。


「桜は?なんか言ってた?」


戻るなり聡美にそう聞かれる


「今日中には帰れよだって。庇いきれねぇからだとさ。」


聡美はそうかと小さく頷き外をぼーっと眺めていた。

俺が桜に怒られたと伝えるとそりゃそうだと笑っていた。

外は晴れて窓から見える海は太陽に照らされキラキラと光っている。

他に乗客のいない貸切の列車は俺らのエスケープに打って付けだった。


「なんで野球やらねぇの?」


最初に口を開いたのは俺だった。

しばらく沈黙が流れる。

空気が重くのしかかる。

鼓動が喉の奥からトントンとつっつく感じがする。


「俺が野球を始めたのは親父の影響だ。」


聡美はポツリポツリと話し始めた。


「小さい頃は親父が好きだった。釣りに行ったりサイクリング行ったり。

それが、今の俺の趣味になってたりもする。

でも最近馬が合わなくてさ...」


俺は黙って聞くことにした。

俺の知らない、知ることのなかった聡美がそこにいたのだ。


「親父は勉強ばかりしてきた人だからさ。学力至上主義みたいな?ただ、野球は応援してくれた。

中途半端にやめるなんて許さないってさ。」


話を聞くにとても良い父親じゃないか。

なんだよ、ただの反抗期かよという言葉が喉まででかけるとそれを飲み込んだ。


「俺のエラーで負けた試合の後さ...親父によくやったな、頑張ったなって言われたんだよ。その言葉が妙にムカついてさ。」


列車がトンネルに入る。

音が狭い空間に反響する。

オレンジ色の明かりが車内をチラチラと照らす。

間もなくしてトンネルを抜けると山道に入っていた。


「試合に勝っても褒められなかったのにな。」


おかしいだろ?と聡美は怒りながらこちらを見る。


「なんか、親父が何考えてるかわかんねぇんだ。考えたらムカついてくるし言う通りにしたくねぇって思う。」


聡美は上を向きながら、ふぅーっと一息つく。


俺が尋ねる。


「自分でもわかってるだろ?そんなの親父言い訳にしてるだけだって。」

「わざわざ言葉にすんなよ。野暮だなぁお前は。」


聡美は苦笑いする。


「今はそうしなきゃ耐えられない。俺は弱い。弱い奴だよ。ダセぇよ。」


そう言う聡美の目には涙が溜まって見えた。

本人であっても友達を卑下するのは気持ちのいいもんじゃないな。


「ダサくはねぇよ。弱いかもしれねーけど。」


俺はそういう嫌な事から逃げ続けた。

考えることすら目をつぶった。

他人の指図は耳障りのいい事だけ聞いた。

けど、聡美。

お前は違うじゃねぇか。


「今聡美は、もがいてもがいて頑張ってんじゃねぇか。弱い自分を否定しようと頑張ってんじゃねぇか」


弱い自分を励ますように言葉が口から溢れる。


「それで、へこたれても弱い自分に負けても俺がいる。

俺がお前を引っ張って行ってやる。今日みたいにさ。

それでも駄目なら一緒に地獄だって付き合ってやるよ。」


途中停車で列車の扉が開く。

春の風が車内に入る。

どんよりとした空気が変わった気がした。


「お前くさいセリフ言うな」


聡美が笑いながら言う。


「茶化すんじゃねぇよ。」

「はは、でもありがとうな。」


俺は聡美の心の中を覗いた気がした。

おそらく、俺がどうしようと聡美の未来は大きく変わることは無いだろう。

聡美は高校を卒業したら進学して大企業に就職して大学で出会った人と結婚して幸せになる。

でも、大人になった時に少しでも後悔が無くなってくれたらそれでいい。

まもなく列車は終点につく。


「そろそろ終点だな。せっかくだからなんか食ってから帰るか」


聡美はどこかすっきりした顔でそう言った。

今回の俺の行動にどれほど意味があっただろうか。

隣街の駅のホームは別世界の入口のようだった。


隣街の喫茶店で食事をした後、13時頃には帰りの列車には乗っていた。

乗客は病院帰りか老人が数人乗っていた。

聡美が来週の宿泊研修について聞いてきた。


「龍之介の班は晩飯何作るんだ?」

「なんだったかな?カレーじゃね?てかカレー以外を作る班なんてあるの?」


宿泊研修の班は出席番号で勝手に決められた。

時期的にまだ友達関係が構築される前だろう。

これを機に生徒同士の親睦を深めるのが学校の思惑だ。

実際、宿泊研修をきっかけにカップルが沢山できる宿研マジックとかあったし。


「聡美って千歳のこと好きだったよな?」

「ぶふぉ!?」


聡美が飲んでいたペットボトルのお茶を吹きこぼした。


「お、俺お前に言ったっけ!?」

「いや〜どうだったかな〜…でも見てたらわかるわ」


実際、聡美の千歳に対する態度はあからさまというか逆も然りなんだけど。

つまり彼らは両思いだったんだ。

聡美も千歳も奥手なもんで卒業まで思いを伝えられずじまいだった。


千歳の未来を知っている俺としてはどうしても聡美とくっついてもらいたい事情がある。

千歳は東京へ進学する。

その後パパ活やらネズミ講みたいな怪しいビジネスに手を出したりする。

実際に俺も誘われたし。

何があったかはわからないが、大学の先輩とかの影響でも受けたのだろう。


聡美の結婚式で再会したときは高校時代の面影などないほどに整形していたし、容姿に余程自信がついたのか性格が大変傲慢になっていた。

大学を卒業したのかすらわからないが俺が死んだ年にはデリヘルになっていた。

整形の手術費用でかなり借金があったようだった。

社会人になって再開して以来、近況を報告し合う仲だったが彼女が変わることを止められなかった。


「聡美さ...千歳に告っちゃえよ。」


聡美はやれやれと呆れたように言う


「お前みたいな度胸ねぇよ。今の関係壊したくないし。」

「でも、千歳は絶対お前のこと好きだよ?」

「お前それ直接千歳に聞いたのか?」

「聞いた聞いた。好きって言ってたよ。」


本当はこの時期まだ聞いてないが、聡美の結婚式の時聞いたからまあいいや。


「マジで!?本当に聞いたんだな?」


目を見開いてぐいっと俺に顔を近づける。

聡美はにやけヅラでそっか両思いか...と小声で自分に言い聞かせていた。


「龍之介...俺告るわ。」


聡美の目には決意がようやく腹を決めたようだ。


「お?やる気になったか!」

「おう、来週の宿泊研修で告る。」

「サポートは任せろ。」


俺と聡美は拳をこつんと合わせた。

まもなく終点、俺らの地元へつく。

線路がつづく海岸沿いに鹿よけの汽笛がなっていた。

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