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崩壊  作者: 深澤敏朗
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崩壊

暗い部屋の中に正座をして座っている。

着ているパジャマの左袖を脱ぎ、肩にかける。

肥満というわけではないが、腹筋の上に厚く覆い被さる脂肪の山に果物ナイフを突き刺した。

私は切腹をしようとしている。

ただし、昔の武士が聞けば飽きれるような理由だ。

私は確かに死にたいと思っている。

ただし、本当に死にたいのであれば今すぐにでも家のベランダからコンクリートの庭に落ちれば、確実に死ねる。

それをしないということは私の中にまだ生きていたいという本能があるからだ。

何と惨めである。

私は果物ナイフが腹に刺さる具合を見て、死への願望と生存の本能を測っている。

そして、生存の本能がいつも勝つのである。

ブヨブヨとした脂肪は必ず果物ナイフを弾き返し、腹には鬱血の痕が残る。そのようにして、私は明日も1日生きることを決断する。


翌朝、私は何事もなかったように目覚める。

起きると同時に粉がダマになったコーヒーを体に流し込み、急いでスーツに着替える。

駅までの道中、丁度1本のタバコを吸いきり、大通りに入る前にシケモクを捨てると、朝のサラリーマンの波に溶け込んでいく。

爪楊枝のように人が詰め込まれた電車の中で、私はポッケからまるで大きな大根を収穫するかのようにスマホを取り出す。

腕を上に上げながら、スマホに映る日経新聞をスクロールし、読み流す。

会社に着くと席に座り、仕事のある日は仕事に追われ、ない日はパソコンの覗き見防止フィルターに隠れながら、ネットニュースを読む。

1日を終え、家に帰ると、また果物ナイフを腹に突き刺し、明日は生きるか死ぬかを自分に選ばせるのだ。


私はいつものように1日の仕事をやり過ごすと18:00の電車に乗り、家へと帰っていた。

今日はやけに電車が空いている。

ふと、目の前を見ると、年は16歳くらいであろうか、ピンクの髪を肩まで伸ばした少女が私を見つめている。

黒いパーカーを着て、唇にはピアス。とても学校に通っているとは思えない。

私は反射的に目を逸らすと、彼女は次の駅で降りていった。

正直、気味の悪い少女である。年齢に似合わない厚化粧、だらしのない姿勢、ボサボサの髪の毛。どれをとっても、この世の者とは思えない容姿であった。

おまけに気色の悪いのは目である。私を見つめるその目は、まるで生まれたての赤ん坊のように首が座っていない。私を見ているようで、どこかを見ている、あるいはどこも見ていないような目であった。

私はこの目に腹が立ってしょうがなかった。まるでお前など眼中にないと言われているような気分だ。

そんなことを考えながら、私は家へと帰った。


その日から、よくその少女を帰り道で見るようになった。

同じ年齢の制服を着た女子高生がスマホに夢中になっているなか、彼女はいつもボーっと一点を見つめている。

それは電車の広告であったり、窓の外であったり。

彼女は毎回、違う駅で降りていく。

ある時は新宿、ある時は高田馬場、またある時は池袋のように。

ある金曜日、私は彼女の向かう先が気になり、彼女をつけてみることにした。

彼女が今日降りたのは鶯谷である。

私も鶯谷で降りると彼女の10m後ろを気づかれないように歩幅を合わせて、尾行した。

あるラブホテルの前で彼女は立ち止まった。

そうか、彼女は流行りのパパ活女子というやつだ。新宿、池袋、各地のラブホテルを転々として体を売って生活しているに違いない。

彼女を塀の影から見ていると彼女が私のいる方を見つめた。

「ねえ、そこの」

背筋が凍るような思いであった。私は塀の奥に急いで姿を隠した。

「そこのおじさんだよ。さっきから私の後ろを歩いてる」

私は息を殺して、その場をすぐに立ち去った。


月曜日の朝、私はいつも通り人の詰まった電車に乗っていると、小柄な大学生の頭の後ろに、ピンク髪の女を見つけた。つむじの部分は髪を染め切れていないのか、円形に黒髪が広がって、まるでカッパのようだ。

あの少女だ。朝、見かけるのは珍しい。

私は急いで、少女に背を向けると、何もなかったかのようにスマホで新聞をスクロールする。

ふと違和感に気づくと、小さな手が弱い力で私のコートを摘み上げ、後ろに引っ張る。

その感触には小学生が友達にちょっかいをかけるような無邪気さがあった。

私は彼女の手を掴み、人混みの中から強引に引っ張り出すと

「次の駅で降りようか」

と彼女の耳元で囁いた。

彼女は言葉を発することも首を縦に振ることもしなかった。しかし、彼女が私に同意したのは明らかであった。

駅から降りると、人混みを掻き分けて、駅内にあるコーヒーショップまで彼女を引っ張る。

「何がいい」

捨てるように彼女に問いかけると

「キャラメルフラペチーノ」

と不貞腐れた声で、彼女は店員に注文した。

私もアイスコーヒーを1つ頼むとなるべく人が周りにいない空いている席を選び、彼女をソファー席に座らせると、私は椅子を地面を引きずりながら引いた。

「それで、僕に何か言いたいことがあるんだろう」

私は強気に彼女を問いただした。

「話があるのはおじさんの方じゃないの?」

彼女は口角を少し釣り上げながら、挑発的な態度を取る。

「おじさんというのはやめてくれよ。まだ、今年で28だよ。」

彼女は話を続ける。

「そのアラサーのおじさんが夜にJKを追いかけて何をしてたの?」

「それは…」

私は少し口を閉ざすと、彼女が私を覗き込むので、慌てて、話し始める。

「単純に気になったんだよ。いつも同じ電車に乗る派手なピンク髪の女が。しかも、毎回違う駅で降りていく。

私は君が何をしてるか知りたくなった。それだけだ。別にやましいことはない。興味欲だよ」

「言い訳はしないんだ」

彼女は微笑んだ。

「今更、言い訳してもしょうがないだろ。帰り道が一緒だったとか言い訳してみたところで、君は私が鶯谷で降りるところを見たことがない。言い訳のしようがないじゃないか。だったらせめて誠実に本当のことを伝えるまでさ。JKのことを追いかけて、性欲を満たしていたっていうのが1番気持ちが悪いからね」

「おじさん、饒舌だね。あまり話さない人かと思ってた」

彼女が指摘した通り、私は興奮しているように思える。

一度、大きく息を吸い込み、勇気を出して確信に迫った。

「それで、君が求めているものは何?。金か?それともサラリーマンをからかって満足しているのか?。何が目的でもびた一文、お金を払うつもりはない。私に関わるのは辞めてくれないか?」

そうすると彼女は

「別にお金なんて、貰う気ないよ。おじさんが少し気になっただけ」

の口にした。

「ならば、これ以上、話すことはないな。今後一切、お互いの周りに近寄らないこと。万が一近づいてしまったら、即座に2人とも離れるようにすることが条件だ」

私は彼女との関わりを完全に断つべく、意思を伝えた。

いきなりのことであった。女は片手でカードを机に叩きつける。明らかに私の名刺である。

「どこで見つけた。」

流石に私もいつになく目が泳いでしまった。

「今日は帰りの18:00 にこの店で集合ね。集まらないなら、会社に電話して、あなたが何をしているのか聞こうかしら」

彼女は立ち上がるとその場を去った。



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